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体調が回復するまで医務室で過ごした後、迎えに来てくれた楓と昼食を取る為、学食に向かう。
出来れば何事もないまま、ゆっくりと昼食を取りたかったが、神はどうやら私に試練を与えたくて堪らないらしい。
神なんて大嫌いだ!
「おや、そこにいるのは姫じゃないですか?」
女性限定メニュー――通称:乙女ランチを手に席を探している私達に、鬱陶しい奴が話しかけてきた。
当然ながら聞こえない振りをして無視し、愛しの楓と会話をする。
「楓には心配かけちゃったね」
「本当だよ〜。昨日も様子がおかしかったから心配したよ。体調が悪いなら、ちゃんと休まないとダメだよ?」
「うん。気を付けるよ」
「姫〜!ひ〜め〜!」
無視していたら、私を呼ぶ声がどんどん大きくなっていく。
私が敢えて無視している事に気が付いて欲しいが、あの鬱陶しい奴は、どうやら空気を読むという事を知らないらしい。
日本人なら、社会で生きて行く為に必須科目であると言うのに……嘆かわしい。
そのせいで、学食にいる生徒も私の存在に気が付いたのか、視線を集めてしまう。
「姫様ぁぁああ〜!……聞こえておられないのですかぁぁああ〜!」
「ん?姫ってなんだい?」
流石に無視しきれなくなってきた為、仕方なく奴を視界に入れる。
奴の隣では、件の美少年の葵君もいて、姫が何なのか聞こうとしている。
「くっ!?……楓ごめんね?少しだけ待ってて」
これ以上はもう本当に恥ずかしいので、速攻で奴に近寄り、そのうるさい口から言葉が出せない様に、更には他の人には見えない様に、やや内角をねじ込むように渾身の右ストレートを放たせてもらった。
「ぐはぁっ」
「こんにちは、先日はどうも」
「あ、ああ。こんにちは」
吹き飛ぶ奴を横目に、何事も無かったかのように、私は完璧な笑顔で葵君と相対する。
葵君も事態が呑み込めていないのだろうが、戸惑いながらも挨拶だけは何とか返してくれた。
「それと、私が貧血で倒れた時、運んで頂いた様で、重ねてお礼を。ありがとうございます」
そのままたたみかける様に、お礼の言葉を口にして深々と頭を下げる。
男に抱えられるなど虫唾が走るが、命を救ってもらった人に頭を下げられない人間にはなりたくない。
あと、先程の件は貧血という事にしておこう。
美少女なら貧血になっても何も問題はないだろう。
やはり美しいとは罪深くもありながらも、得な所でもあるな、うん。
「い、いや。気にしなくていいよ。どうか、頭を上げて。僕は自分の騎士道を貫いただけだから」
「……そうですか?」
葵君は私の奇特な態度に焦ったのか、手振り身振りで私の顔を上げるよう言うので、私はそれに従い顔を上げると、葵君は頬を掻きながら困った様に笑った。
くそっ……この笑顔。
どうしてだろう?ただ相手が笑うという普通の行動が、なぜか私の心を乱す。
このままではいけない気がして、今度は私が焦って話を変える。
「そ、それで、なぜ葵君がそこの生ゴミみたいな人と食事を?」
「生ゴミ?」
「失礼、まだ調子が悪い様です。え〜そこの、え〜、やま、やまだ……」
ヤバい、本当に名前が出てこない。
確か、名前は普通だった。
山田だっけ?まぁ、性格はゴミ以下だけど、名前に罪はないからな。
「ん?ああ、田中君?彼は僕と同じ寮なんだ」
山田じゃなくて、田中か……ニアピンという事にしておこう。
全世界の田中さんと山田さん、ごめんなさい。
「そうだったんですね……ご愁傷さまです」
「はははっ。彼は気さくで良い人だよ?」
「ふふふ」
私は笑うだけで、肯定も否定もしない。
アイツは気さくではないと声を大にして言いたいが、ここは葵君を立てておこう。
話の分かる良い女を演じておこう。
いや、待て。なぜ私は良い女を演じなければならない?
いや、だが、性別を偽るならそれは必須か。
くそっ、どうも思考回路がおかしいぞ……
「ああそうだ。席を探していたようだし、良かったら僕達と……いや、ははは、なんでもないよ」
「???」
葵君は言葉の途中で何かに気付いた様に苦笑いを浮かべて、止めてしまった。
首を傾げる私に、私の後ろを指差した。
「あっちで三井さんが君を待っているよ?行ってあげるといい」
「ああ、そうでした。では、失礼しますね」
「うん。あっ、それと……敬語はない方が嬉しいかな。またね。悠さん」
「うっ!……ええ、また」
頭を下げて顔を見られない様に葵君の前から離れる。
くそっ、なぜだ?
笑顔を向けられただけで、名前を呼ばれただけで、顔が赤くなるのが分かる。
心が荒波の様に乱れるのが分かり、平常心を保てない。
くっ!たったあれだけの会話だったのに、こうも精神力を削られるとは……葵=フォン=アインスブルグ、彼は危険だ。
まだ心臓がバクバクしているし、顔も赤いままかもしれない。
これじゃ……本当に恋する乙女じゃないか!?
いやいやいや、大丈夫だ。吊り橋効果だ。勘違いだ、勘違い。
「……くそぅ」
吊り橋効果とは、かくも厄介なものだったのか?
もう一度対策を考えなければなるまい。
こんな心まで乙女化してしまうのは、本当に不味い。
私はこんな恰好で、美少女の様に美しいが……男なのだ。
「……楓……ご飯食べようか」
「う、うん」
楓と食事を取った後、私は「やっぱり体調が悪い」と言い訳をして医務室に戻り、ベッドの上で、再び奇声を上げて唸った。
嗚呼、本当に……私はどうしてしまったのだろうか?




