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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
16/48

3-3


 体調が回復するまで医務室で過ごした後、迎えに来てくれた楓と昼食を取る為、学食に向かう。

 出来れば何事もないまま、ゆっくりと昼食を取りたかったが、神はどうやら私に試練を与えたくて堪らないらしい。

 神なんて大嫌いだ!


「おや、そこにいるのは姫じゃないですか?」


 女性限定メニュー――通称:乙女ランチを手に席を探している私達に、鬱陶しい奴が話しかけてきた。

 当然ながら聞こえない振りをして無視し、愛しの楓と会話をする。


「楓には心配かけちゃったね」

「本当だよ〜。昨日も様子がおかしかったから心配したよ。体調が悪いなら、ちゃんと休まないとダメだよ?」

「うん。気を付けるよ」

「姫〜!ひ〜め〜!」


 無視していたら、私を呼ぶ声がどんどん大きくなっていく。

 私が敢えて無視している事に気が付いて欲しいが、あの鬱陶しい奴は、どうやら空気を読むという事を知らないらしい。

 日本人なら、社会で生きて行く為に必須科目であると言うのに……嘆かわしい。

 そのせいで、学食にいる生徒も私の存在に気が付いたのか、視線を集めてしまう。


「姫様ぁぁああ〜!……聞こえておられないのですかぁぁああ〜!」

「ん?姫ってなんだい?」


 流石に無視しきれなくなってきた為、仕方なく奴を視界に入れる。

 奴の隣では、件の美少年の葵君もいて、姫が何なのか聞こうとしている。


「くっ!?……楓ごめんね?少しだけ待ってて」


 これ以上はもう本当に恥ずかしいので、速攻で奴に近寄り、そのうるさい口から言葉が出せない様に、更には他の人には見えない様に、やや内角をねじ込むように渾身の右ストレートを放たせてもらった。


「ぐはぁっ」

「こんにちは、先日はどうも」

「あ、ああ。こんにちは」


 吹き飛ぶ奴を横目に、何事も無かったかのように、私は完璧な笑顔で葵君と相対する。

 葵君も事態が呑み込めていないのだろうが、戸惑いながらも挨拶だけは何とか返してくれた。


「それと、私が貧血で倒れた時、運んで頂いた様で、重ねてお礼を。ありがとうございます」


 そのままたたみかける様に、お礼の言葉を口にして深々と頭を下げる。

 男に抱えられるなど虫唾が走るが、命を救ってもらった人に頭を下げられない人間にはなりたくない。


 あと、先程の件は貧血という事にしておこう。

 美少女なら貧血になっても何も問題はないだろう。

 やはり美しいとは罪深くもありながらも、得な所でもあるな、うん。


「い、いや。気にしなくていいよ。どうか、頭を上げて。僕は自分の騎士道を貫いただけだから」

「……そうですか?」


 葵君は私の奇特な態度に焦ったのか、手振り身振りで私の顔を上げるよう言うので、私はそれに従い顔を上げると、葵君は頬を掻きながら困った様に笑った。


 くそっ……この笑顔。

 どうしてだろう?ただ相手が笑うという普通の行動が、なぜか私の心を乱す。

 このままではいけない気がして、今度は私が焦って話を変える。


「そ、それで、なぜ葵君がそこの生ゴミみたいな人と食事を?」

「生ゴミ?」

「失礼、まだ調子が悪い様です。え〜そこの、え〜、やま、やまだ……」


 ヤバい、本当に名前が出てこない。

 確か、名前は普通だった。

 山田だっけ?まぁ、性格はゴミ以下だけど、名前に罪はないからな。


「ん?ああ、田中君?彼は僕と同じ寮なんだ」


 山田じゃなくて、田中か……ニアピンという事にしておこう。

 全世界の田中さんと山田さん、ごめんなさい。


「そうだったんですね……ご愁傷さまです」

「はははっ。彼は気さくで良い人だよ?」

「ふふふ」


 私は笑うだけで、肯定も否定もしない。

 アイツは気さくではないと声を大にして言いたいが、ここは葵君を立てておこう。

 話の分かる良い女を演じておこう。


 いや、待て。なぜ私は良い女を演じなければならない?

 いや、だが、性別を偽るならそれは必須か。

 くそっ、どうも思考回路がおかしいぞ……


「ああそうだ。席を探していたようだし、良かったら僕達と……いや、ははは、なんでもないよ」

「???」


 葵君は言葉の途中で何かに気付いた様に苦笑いを浮かべて、止めてしまった。

 首を傾げる私に、私の後ろを指差した。


「あっちで三井さんが君を待っているよ?行ってあげるといい」

「ああ、そうでした。では、失礼しますね」

「うん。あっ、それと……敬語はない方が嬉しいかな。またね。悠さん」

「うっ!……ええ、また」


 頭を下げて顔を見られない様に葵君の前から離れる。

 くそっ、なぜだ?

 笑顔を向けられただけで、名前を呼ばれただけで、顔が赤くなるのが分かる。

 心が荒波の様に乱れるのが分かり、平常心を保てない。


 くっ!たったあれだけの会話だったのに、こうも精神力を削られるとは……葵=フォン=アインスブルグ、彼は危険だ。

 まだ心臓がバクバクしているし、顔も赤いままかもしれない。

 これじゃ……本当に恋する乙女じゃないか!?


 いやいやいや、大丈夫だ。吊り橋効果だ。勘違いだ、勘違い。


「……くそぅ」


 吊り橋効果とは、かくも厄介なものだったのか?

 もう一度対策を考えなければなるまい。

 こんな心まで乙女化してしまうのは、本当に不味い。


 私はこんな恰好で、美少女の様に美しいが……男なのだ。


「……楓……ご飯食べようか」

「う、うん」


 楓と食事を取った後、私は「やっぱり体調が悪い」と言い訳をして医務室に戻り、ベッドの上で、再び奇声を上げて唸った。


 嗚呼、本当に……私はどうしてしまったのだろうか?





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