3-1.これは確認が必要だ side悠
これはまだ私が『サンタさん』という名の世にも奇妙なファンタジー生物が実在していると、本気で信じていた頃の話だ。
それは私がまだ、自分の事を僕と呼んでいた時代でもある。
その頃の私はまだ幼く、言葉にするならば『純粋無垢』と言うか、大人の言う事を全て正しいと信じて止まないお年頃であり、今と違い少しばかり好奇心が旺盛で、少しばかりやんちゃだった頃の話だ。
当時の私は色々な物事に興味を持っていた。
その一つではないが、むしろ今更かというぐらい遅かったのだが「私はどうして、男なのに女の子の恰好をしているのか?」という事に疑問を持った。
普通に育てられて普通の思考を持っていれば、また違ったのだろうが、気付くべき事に気付くのが遅れたのは、特殊な家庭環境故の弊害だと思ってもらいたい。
その話はまた後日するとして、女装の事だ。
流石におかしいと持った私は、親代わりに育ててくれた、我が叔父である涼さんに質問してみたのだ。
「どうして、僕は男なのに女の恰好をしているの?」
そう質問した私に、涼さんは「とうとうこの日が来たか……」と呟いて、言い聞かすように話してくれた。
「いいか?悠、よく聞きなさい。まだ悠には早いから理由は説明できないんだ、すまんな。ただ、お前さんの実家の問題だからな。でも、性別は隠さないといけないんだ。今の悠は『バレたら、その時はその時だ』って軽い気持ちがあるだろ?」
「う、うん……でも、涼さん。やっぱり男が女の恰好するのは、おかしいんじゃないかな?」
「そうだな、普通の家庭ならおかしいかもしれない。でも、もしバレたら大変な事が悠に振りかかるんだ……ここまでやる必要があるのか分からないが、悠にはこれを渡そうと思う」
神妙な顔で涼さんは、一冊の『薄い本』を取り出した。
「これは……何?」
「これはだな……もし、悠の性別がバレたらどうなるか、という事が載っている本だ。本当はな、俺も悠にこんなもの見せたくはなかった。でも、悠には危機感というものが不足している。正直これを見た後、悠がどう変わるか……俺にも想像できない。しかし、これを読めば悠よ。お前はもう二度と、俺にそんな質問をする事が無いかもしれない。どうする?それでも読むか?今なら、引き返せるぞ?」
「貸して!ぼ、僕!よ、読むよ!」
ここだ!ここで、私の人生が大きく変わる出来事が起こった。
所謂ターンニングポイントとでも呼ぶべき出来事だろう。
ここでもし、私がアレを読まなければ、こんな女装をしていなかったかもしれない。
私の返事を聞いた涼さんは、まるで部下をもう生きては帰れないであろう戦場に送り出さねばならない司令官の様な、見ているこっちが胸の痛くなる様な表情をしながら、震える手で『その薄い本』を私に渡した。
この時の私は幼いながらも、涼さんの態度から、この『薄い本』は危険だと感じ、自然とその手が震えたのを今でも覚えている。
そして、震える手でその中を見た。
本の内容は私と同じく、男なのに女装して生活している少年の物語だった。
何故女装をしているのかは詳しくはかかれていなかったが、そんな事は些細な事だ。
女装して生活する少年の物語。
それがあの時の私にとっては大事だった。
可愛い女装少年は、何気ない日常を、楽しい日々を送っていた。
それはありふれた、全く自分と変わらない日常。
その中にある知人や友人といった人々と暮らす、確かな幸せ。
そんな物語だった。
始めはだ!
ページをめくると、そんな日常はある事件をきっかけに、180度真逆の生活に変貌する。
少年は通学の電車の中で痴漢に遭う。
勿論、女の恰好をしていたので、その痴漢をしてきたのは男だ。
抵抗するが非力な少年は、男になすがまま、いい様に扱われてしまう。
その時少年の性別がバレ、痴漢は驚愕する。
その隙を突いて少年は逃げだす。
なんて、不運なんだと嘆く少年。
しかし、それは始まりに過ぎなかった。
次の日も、また次の日も、そのまた次の日も。
少年は痴漢に遭ってしまう。
「ひぃ――」
小声で悲鳴を漏らす。
気が付けば、幼い私の腕にはブツブツが浮き出ている。
所謂、鳥肌というやつだ。
そして、なぜか体が自分の意思に反してガタガタと震える。
それでも、私は震える手でページをめくった。
怖いもの見たさなのか、それとも使命感から来るものなのか、それは今の私には分からない。
そこには「痴漢に性別をバラすぞ!」と脅され、誰にも相談できず、痴漢の言いなりになっている少年の姿が描かれていた。
「――――っ」
これ以上は見てはならないと、幼いながらも何か危険を察知したのか、頭の中では警報機がガンガンと鳴っている。
それでも確認せずにはいられない。
この本の少年は『僕の未来の姿なのかもしれない』そう思うと、居ても立ってもいられなかった。
震える右手で、恐る恐る次のページをめくる。
そして、そこにあったのは――そこに描かれていたのは、無残にも少年が薬漬けにされ、アヘ顔ダブルピースを曝している光景だった。
「うわぁぁあぁああああああ!!!」
叫んだ。
幼い私は声の限り叫び、全力でその『薄い本』を遠くにぶん投げ、涼さんに抱きついた。
「おっと……悠……」
ブルブルと震えおののく私。
それを宥める様に優しく受け止めてくれる涼さん。
あの時は、涼さんの温もりだけが、私を救ってくれた。
「あー……やっぱり、怖かったか?ちょっとばかり、刺激が強かったか?」
きっと、涼さんは「悪い事をしたら、鬼に連れて行かれる」とか、そんな感じで、女装に対して、私の危機感を煽りたかったのだろう。
だが、正直に言うと、幼い私にはちょっとどころではなかった。
考えてみて欲しい。最も信頼している人に、この事が自分にも振りかかると言われたのだ。
どうしてこれがフィクションだと思えるだろうか?
まぁ、無理だろう。こんなもの冗談で済む筈が無い。
さらには、物語の男の子に自分を重ね感情移入し過ぎていたのか、思い出しただけで、再びあの画像と恐怖が私を襲う。
無言で涼さんの体に押し付けた頭を上下に動かす。
もしかしたら、見る人が見ればそれは綺麗なヘッドバッキングだったかもしれない。
そんな私の姿を見た涼さんは、苦笑いをしながら、私の背中をポンポンと叩いてくれた。
「まぁ、これで悠が性別をバレない様にしないといけない事が分かったな?」
「……うん……」
そこで、幼かった私は決意するのだ。
今思えばなんと愚かな事をしたのだろうとも思うが、この時の私には、あの『薄い本』の少年の様にならない為には、本能的に「これが必要だ!」と思ったのだろう。
「僕……僕……ううん、私は!これから頑張って、誰にもバレない女装の似合う、そんな立派な男になるよ!」
涙が零れる目でしっかりと涼さんを見て告げる決意の言葉に、やはり涼さんは苦笑いを浮かべ答える。
「そ、そうか……まぁ、うん……程々に頑張れ?」
「うんっ!!」
それからの私は頑張った。女性を研究した。
「女性とは何なのか?」という哲学的な難題から始まり、美しい女性の立ち振舞いや、話し方や笑い方、プロポーション、肌の手入れや化粧の仕方など様々な事を学び、スポンジの様に吸収していった。
そう、女装を、いや女性を極めようとした。
なぜなら、幼い私は、バレると命にかかわる事だと思ったのだから、それはもう必死で頑張った。
こうして、私は(見た目は)完璧な女性となったのだ。
ただ、あの日から電車に乗ろうとすると、ジンマシンの様なモノが肌に現れる程、拒絶反応が出る様になった事だけは、ここに書き記しておこうと――




