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寮へと到着すると、玄関の前でうろうろと歩き回りながら、涼さんが煙草を吸いつつ待っていた。
「すいません、涼さん。約束の時間までに帰れませんでした」
「いや、いい。君の保護者代わりなのに、誰も付けずに初めての街に放り出した俺も悪い。時間より、葵君が無事なら何も問題ない」
涼さんはどこかほっとした様な顔で僕の事を見る。
最初に会った時の様な、ふざけた雰囲気はそこにはなかった。
「でも、ここでずっと待っていてくれたのですよね?申し訳ありません」
「ん?いや違うぞ?ここには……アレだ……ほら、たまたま外に煙草を吸いに来ただけだ。そのついでに、そうついでに、待っていたにすぎないぞ?うん」
僕の問いかけに、涼さんはなぜか顔を逸らし、言い訳をするように話す。
先程の言葉と矛盾があるが、深く聞く事はしないでおこう。
「そうでしたか……」
「ほれ、そんな事より飯にするぞ?俺は腹が減ったんだ。さっさと寮に入れ!」
「はいっ!」
涼さんはそう言いながら、火を消した煙草の吸殻を捨てようと取り出した携帯灰皿には、それはもうパンパンに吸殻が詰まっていた。
これを見て、涼さんが彼の有名な『ジャパニーズ・ツンデレ』と呼ばれる人種である事を確信した。
そして、こんな優しい人が、親代わりをしてくれるのは素直に嬉しかった。
それを言葉に出すことなく、僕は涼さんの後ろをついて寮に入った。
寮の中に入り自分の部屋を少し見た後、涼さんと共に食堂へ向かう。
食堂の扉の前で、涼さんが扉を何度か不規則な叩き方でドアを叩きこちらを見る。
「おしっ、じゃあ。葵君入りなさい」
「は、はい!」
訳も分からないまま、食堂の扉分けると――
「「「「ようこそ!如月寮へ!」」」」
パンッパンッとクラッカーの音がし、中から寮生と思わしき人達が歓迎してくれた。
「え?は、はい?」
訳も分からず、後ろに下がろうとした所に、涼さんが僕の肩に手を置き、悪戯が成功した少年の様にニヤリと笑う。
「ふっふっふっ!どうだ、葵君?」
「ふふ。ええ、ビックリしました」
僕も釣られて笑う。
なるほど、この為に涼さんは僕を外で待っていたのかな。
きっと、涼さんは否定するのだろうけど、自分が歓迎されている事が素直に嬉しい。
「涼さん、ありがとうございます」
「ふっ、俺じゃなくてアイツらに言え」
そう言って涼さんは、寮生を指差す。
「そうですね……皆さんありがとうございます。これからお世話になります。葵=フォン=アインスブルグです。どうぞ、葵とお呼び下さい」
僕が一礼すると、口々に感想や驚きの声を上げた。
「うおぉ!外国人?」
「ひゃっはー!ひゃっはー!」
「いや、アレが噂の『ハイエルフ』じゃねの?」
「馬鹿!耳を見ろ!とんがってねぇだろ?」
「すげぇ!かっけぇな!」
「くっ!ガチのイケメンじゃねぇか!」
「神はなぜイケメンを作ったのだ!」
僕は食い付きの良過ぎる彼らの質問に、顔を引き攣らせながら答えていった。
涼さんはそんな僕の事を放置して、歓迎会の料理を『ひゃっはー!久々の肉だー!』と叫び、泣きながら食べていた。
……とても器用な食べ方をする人だ。
食堂で騒いだ後、自室の風呂を使い、髪を乾かしながら一息つく。
「ふぅ……今日は色々あったな」
今日一日だけで本当に色々とあった。
先程まで食堂で騒いでいた歓迎会。
初めての街で少し不安な気持ちでいた時にお茶目な保護者の事。
そして、事故に遭遇して助け出した美少女。
彼女との出会いでこの胸に走った痛み……これは何なのだろうか?
「なんだろう?あれ?おかしいな?」
口に出すと、余計に気になってくる。
なぜだかあの美少女の顔が脳裏に過る。
この感情はなんだろうか?
よくある物語ならば、これは――
「恋?一目惚れ?」
口に出すと、なぜかストンと腑に落ちるような、なんというか、そんな感情が僕の中で整理されてしまう……様な気がした。
「いや、馬鹿な……相手はあの女の子だぞ……」
確かに美しかった。
男女問わず、心惹かれてもおかしくないほどの美しさだ。
しかし、恋ではない……と思う。
いや、あってはならないだろう?
だとすれば、これは違う感情なのだろうか?
「分からない……どうすれば……こんな気持ちになるのは初めてだからなぁ」
悩んでいた僕の目に入ったのは、寮生に一つ提供されているパソコンだった。
「そ、そうだ!こういう時は調べればいいんだ!」
あまりパソコンには詳しくないが、キーワードを入れて検索するぐらいなら、僕にだって出来る筈だ。
両手の人差し指を駆使して、なんとかキーボードに入力する。
「え〜っと、まずは、胸が痛む、見た瞬間、っと」
打ち込んで出てきたのは膨大な量の情報だ。
適当に上の方からマウスでクリックして、その内容を見てみる。
「なになに……胸の病気?肺の病気?神経の病気?……う〜ん」
どれを見てもどうもしっくりこない。
これは病気ではなく、もっと心の問題な気がするしなぁ。
でも、その線で調べるのも悪くないのかな?
それから、しばらく色々な単語の組み合わせで調べていくが、やはりしっくりこない。
それでも、膨大なネットの海の中から、こんな言葉を見つけた。
それは『騎士と姫』といものだ。
「え〜っと、症状は……初めて見た瞬間に胸の痛みがある。その人の事が頭から離れない。その人に忠誠を誓いたくなる。その人の手の甲に口付けしたくなる。あまつさえ舐めたくなる。手の甲に限らず、靴の裏でも、あの美しい脇の裏でもなんでも。これは当たり前の感情であって異常な事ではない、自分が仕えるべき主を見た時の――」
どうやら、これは誰かが書いたエッセイ?……らしい。
これをエッセイというジャンルに分類しても良いのだろうか?
それこそ他のエッセイを書いている方々に申し訳ないと感じてしまう。
そのエッセイを読み進めていくと、凄い内容に額から汗が滲み出てくる。
勿論『凄く酷い』という意味で、だね。
主に対する、もの凄く偏った愛情が見え隠れしている。
いや、隠しきれていない。
この人はそんな気持ちや感情を主に悟られない様に、本格的なホームページを作り、この様な内容を書いたのかな?
下手したら18禁になりかねない内容ではないのかな?
このホームページをこの人の主に見つかったら、即刻解雇だろう。
いや、逮捕されてもおかしくない。
しかし、残念な事に、実に残念な事に、初めの方だけではあるが、僕はこの症状に当てはまってしまったのだ。
認めたくはないが……そういう事なのだろうか?
いやいや、それならまだ、惚れた腫れたという話の方がマシな気がしてくるが……いや、もしこの記述が正しいとしたら、大変遺憾ながら、それは喜ばしい事なのかもしれない。
僕は騎士になるべくこの街に来たのだ。
そう考えれば、今日出会ったあの美少女こそ、僕の主になりえる存在なのかもしれない。
流石に足を舐めたいとは思わないけど……
だが、それと同時に恐怖も覚えた。
僕もこの騎士の様に変態になってしまうのかと……いや、全てはこの著者の妄想だ。
そう……この記述はフィクションなのだろう。
そうに違いないっ!
「……そうであってほしいなぁ」
僕は部屋から、夜も更けた空を見上げる。
夜空に輝く星は、僕の心と違って、とても綺麗で鮮やかな光を放っている。
「きっとこれは勘違いだ。それにあの美少女とは……いや、気にしたってしょうがないさ!」
そう自分に言い聞かせ、パソコンの電源を落としベッドに入る。
どうか「明日にはこの心のもやもやが無くなっていますように」と、居るか分からない神に祈りながら眠りについた。
いや、本当に……切実に。
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