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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
11/48

2-3


 転校の手続きを終えて、涼さんと昼食を食べて学園を後にする。

 涼さんはまだ仕事が残っているらしく、申し訳なさそうにしていたが、寮までの道の地図は貰ったし、街を散策したかったので大丈夫だと告げておいた。

 その別れ際に、涼さんは「18時までには寮に帰るように」と言っていた。

 散策をしても、余裕を持って17時に着く様にすれば問題ないだろう。


 僕は地図を見ながら、道行く人に道を尋ねつつ、この街を歩く。

 初めての慣れない街なので、何度か迷いながら歩いていると、オープンカフェと桜が咲く公園が見えてきた。

 ふと、そのオープンカフェを見ると学園の制服を着た女子生徒達が「もぉもぉ」言いながら、二人戯れている場面を目撃する。

 なにかその光景に、故郷の妹分の女の子を思い出して生温かい目で見守っていると、公園からボールが飛び出ている所を視界に捉えた。


 そのボールは歩道を越えて、馬車が行き交う車道にまで出そうになる。

 それを追うように、公園から確認もせずに飛び出そうとする少年がいる事に気付いた。

 それを見て、じゃれていた女子生徒の一人が席を立ち走り出す。

 その光景を見た瞬間、僕も走り出していた。


 なぜ走ったのか分からないが、何か僕の中で後を追わなければ後悔すると、何かが叫んでいる。

 すると、その女生徒はボールを追って飛びだした少年の首根っこを掴んで、歩道側に引っ張り投げ捨てる。

 しかし、その反動なのか、入れ替わる様に女生徒は車道にでてしまう。

 その女生徒は、もう直ぐそこまで迫ってくる馬車に轢かれそうになる。


「させるかっ!」


 僕はその迫りくる馬車より先に身を縮こまらせた女生徒を抱え、直ぐにその場を離れる。

 馬車の御者が途中で気付いて減速させたのと、それ程スピードが出てなかった為か、なんとか無傷で救出する事が出来た。


 僕の腕の中で目を瞑った女生徒を見る。

 長く綺麗な黒い髪に、整った美しい顔。

 言葉にならない程の美しさだが、それでも一言で言い表すなら大和撫子だろうか?

 いや、童話から出てきたと言ってもおかしくないような『お姫様』の様な美しさだ。

 もしこれが漫画の中なら、彼女の後ろに百合の花のエフェクトがあってもおかしくない。


「大丈夫かい?怪我はないかな?」


 目を開けた僕の腕の中にいる彼女の無事を確認する。

 間一髪の所を救い出せたような気がするけど、もしかしたら怪我をしているかもしれない。

 しかし、この美少女は僕の質問に答えることなく、僕を見て固まってしまった。

 そして、正気に戻ったのか、今の状況を確認すると――


「ぎゃぁああああ!!」


 とまぁ、それはもう女の子らしからぬ声を上げ、僕の腕の中でワタワタと暴れだした。

 そんな彼女を見ながら、少し苦笑いをして地面に降ろす。


「良かった、これだけ動けるという事は、怪我はないようだね」


 僕の言葉に再び驚き、アワアワと慌てている……可愛らしい人だ。

 でも確かに、気付いたら見知らぬ男の人に抱えられているのは、女性からしたら心臓に悪いからね。

 ここは非礼を詫びよう。


「申し訳ない、気軽に女性の体に触れてしまったね。この緊急だったので、許して頂けると嬉しい。このとおりだ」


 頭を下げ謝罪する僕の思いが通じたのか、今度は彼女も頭を下げた。


「い、いえ!助けて頂いたのに、あのような態度をとってしまい、こちらこそ申し訳ありません」

「そうか、良かったよ。それでもう一度確認するけど、怪我はなかったかい?」


 やっと、訳の分からない状態から今の状況を理解したのか、彼女は体中を見渡し、傷の有無を確認して答えた。


「え、ええ。このとおり、大丈夫です。怪我一つありませんよ。ふふ、ありがとうございます」


 その言葉に、その笑顔に、何か分からないが、なぜか分からないが、胸が急に締め付けられた。


 なんだこれは!?何か言葉にならない感情が、心の底から溢れてくる。

 その感情を押さえる事が出来ない。

 彼女の笑顔を見ていると頭がぼーっとしてくる。


「――っ。そ、そうか。それは本当に良かった」


 彼女の言葉に胸を押さえ、なんとか答えた。

 それでも、自分の気持ちが抑えられない。

 ん?自分の気持ちって何だ?

 おかしい、こんなこと初めてだ。

 彼女のその整った顔から、黒く澄んだ瞳から視線を外す事が出来ない。


 そして、彼女に傷が無い事が分かり、なぜだか凄く嬉しくなって笑ってしまう。


「――――っ」


 しかし、今度は彼女が胸を押さえ苦しそうに、でも嬉しそうにしながらこちらを見る。

 でも、彼女の顔は、次第に真っ赤になっていく。

 顔から火が出るという表現があるが、これは顔から火炎放射が出てもおかしくないほどだ。


「どうかしたのかい?胸を押さえて、顔まで真っ赤じゃないか!?やはり、どこか怪我でも――」

「いえ!!大丈夫です!本当に大丈夫ですので、心配をおかけしました。すいません、私はこれで失礼します!」


 心配になって声をかけると、僕の言葉に被せる様にお礼を言って、とても綺麗な九十度のお辞儀をして何かから逃げる様に、それはもう凄まじい速さで去っていった。

 そのお辞儀はさながら『敏腕営業マン』のような綺麗さがあったが、それを口にする事は出来なかった。

 いや、する必要も無いのだけど……ね。




 この状態をどうしようかと思って周りを見渡すと、彼女の友人らしき女学生が歩道に座り込んでいた。


「大丈夫ですか?」

「は、ひゃい!だ、大丈夫でふ」


 僕が声をかけて近づくと、声を裏返し噛みながらも返事をする。

 そして、自分が噛んだ事が恥ずかしかったのか、頬を染め俯く。


 なかなかどうして、保護欲をかき立てられる人だね。

 そんな彼女に、緊張を解く様に軽く微笑んで、もう一度確認を取る。


「大丈夫ですか?立てますか?」

「……うっ……腰が抜けて……へへへっ」


 女学生は立とうとしたが、立てないのだろう。

 それを隠す様に照れたように笑った。


「ふふっ、それなら仕方がありませんね。少しご無礼をお許しください」

「ふへ?」


 いつまでも女性を地面に座らせておくのは、僕の目指す騎士としてあまりにも良くないので、ひょいと抱えて、公園のベンチの上に座らせる。

 抱えられた女生徒は『あわわわあわわわ』と、口から変な声が漏れた気がしたが、女生徒の為にも聞かなかったことにしよう。


 それから、女生徒が落ち着いた事を見計らい、色々と聞かせてもらう事にする。


「こういう時は……どこかに連絡をしなければなりませんか?」

「ああ!そうだった!騎士団に連絡だ」


 ここの騎士団は、外の世界で言うところの警察と軍隊を足して割った様なモノだと聞いたが、どうやら、こういう時は騎士団に連絡を入れないといけないらしい。


「ほう、この場合はどの騎士団なのでしょう?」

「ん?守護騎士団だよ?あれ?お兄さんここの人じゃないの?」

「ええ、僕は今日こちらに越して来たのですよ」

「そっか〜、なら知らなくても無理ないねっ!」


 なるほど、こういう時は守護騎士団か。

 ここ『クアルト』の知識をほとんど知らない僕からしたら、このような情報は助かる。

 妖精や魔法に気を取られて、この街でのこういう一般常識を聞くのを忘れていたな。

 むしろここで生活するのだから、そういう知識こそ、涼さんに詳しく聞いておくべきだった。


 そんな風に顎に手を当てて考えている僕を横目に、女生徒はポケットから手帳の様なものを取り出して操作し始めた。


「それは……なんですか?」

「ん?ああ、そっか。これも分からないんだよね?これは『魔法の生徒手帳』だよ。魔道具の一種かな?」

「魔道具……ですか」


 ここにきてついに出ました、魔法の道具。

 見た目はただの生徒手帳だけど、これが魔道具という物らしい。


「えへへっ、魔法と言っても……そうだね。外の世界だと、携帯電話と身分証明書がセットになった物だと考えたらいいと思うよ?」

「なるほど……便利ですね」


 僕の反応が良かったのか、ニコニコしながら女生徒は説明してくれた。

 ここで暮らすのならば、こういうのに慣れないといけないのだろうが、僕にとって初めての魔道具はとても新鮮なので、興味津々だ。


「よし、完了だよ。これで騎士団の人が来るまで待っていればいいよ」

「わかりました」


 女生徒と共に少し待っていると、守護騎士の人達が現れて、テキパキと作業を始めた。

 守護騎士の人は皆、白銀の鎧に身を包み、他の人より少し良い鎧を着た隊長らしき男の人の指示に、大きな声で『はっ!』と返事と敬礼をして、きびきびとした動きで作業を続けている。

 その姿はまるで軍隊の様だ。


 来るのがこんなに早かったのは、僕達以外にも通報した人がいたおかげだったようだが、どちらにせよ、騎士の名に恥じない、迅速な対応だった。

 僕や女生徒や馬車の御者さん達は、騎士団から事情聴取を受け、しばらくすると解放された。


「これで……とりあえずは一段落ですね」

「そうだね。今日は本当にビックリしたよ」

「ふふふ。僕もですよ」


 女生徒と二人、寮への道を歩く。

 日も落ちてきて……落ちてきて?


「あっ!?」

「ん?どうしたの、お兄さん?」

「いえ、人との待ち合わせがあったのを、たった今思い出しまして……今何時か分かりますか?」


 僕の言葉に女生徒は生徒手帳を取り出し確認する。


「ええ〜っと……18時35分だよ」


 しまった……涼さんには18時までに帰ってくるように言われたのに。

 これでは、完璧に遅刻だ。


「すいません。時間が無いようなので、僕はこれで失礼しますね」

「うん……あっそれと、お兄さんカッコいいけど、悠には手を出したらダメだよ!」

「え?カッコイイですか……ありがとうございます。それで、悠とは先程の黒髪の女性の名前ですか?」

「あ!しまった!と、とにかくダメだからね?悠は私のだからねっ!」


 どうやら、彼女は盛大に自爆してしまったようだ。

 だが、僕に忠告するその表情は至って真剣だ。


「え、ええ。分かりました?」


 プリプリするこの女生徒は、事故に遭いかけた彼女の事が大事なのだろう。

 友人がどこの馬とも知れない男に手を出されない様に、気をつけているのだろう……友人としてだよね?

 流石にそれを本人確認するのは憚れるので、この事はここで終わりにしよう。

 興味本位で首を突っ込む事ではないし、彼女の為にも自分の為にも、きっとそれが一番良いと思う。


 確か「世の中知らない方が良い事だってある」とお父様も言っていたしね。


「では、失礼します」

「うん!悠を助けてくれてありがとうね!ばいばい!」

「ふふっ。ええ、どういたしまして。では」


 ブンブンと手を振る女生徒の姿に、僕は頬笑みながら手を振る。

 事故が起こりかけた時、この手で救い出したあの美しい女性が向けた笑顔に対し、自分でも気持ちが良く分からなくなったが、命を救えた事と面白い人と出会えたので、それはそれで良しとしよう。

 彼女に見送られながら寮へと急ぐ。

 約束の時間はとっくに過ぎているからね。


 ごめんなさい、涼さん。




次の投稿は18時です。

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