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薔薇や百合ではありません  作者: 小林 あきら
第一章 薔薇や百合ではありません
10/48

2-2


「いや〜葵君が何やら緊張していたから、ほぐそうと思って頑張ったんだ。いつもはあんな頭のおかしな事はしてないぞ?」

「で、ですよね〜」

「はっはっはっ!当たり前じゃないか!」


 僕と危ない待ち人は、先程の件について会話をしながら道を歩く。

 話を聞く限り、僕の事を思ってやってくれたことらしい。


 確かに緊張していたけど、いつの間にか、その緊張が戦慄に変わっていた事は、彼の善意に報いるためにも、言わない方が良いだろうね。


 この愉快な人こそ、このクアルトで僕の保護者の代わりとなる学園の教師の岡田涼さんだ。

 祖父と昔から知り合いらしく、僕がここに引っ越してくる事になった時、僕の秘密を聞いても、快く僕の事を迎え入れてくれた素晴らしい人だ。

 お爺様の知り合いなので、もっと年輩の方を想像したが、歳は三十歳ぐらいの様だ。


 でも、え?あれ?お爺様の言い方だと、三十歳では済まないくらい前からの知り合いだと思ったのだけど……?


「どうだ?この街は?」


 僕が涼さんの歳の事を考えて冷や汗を垂らしていると、涼さんは軽く微笑んで、周りを見渡しながら訊ねてきた。

 一旦、その思考を忘れ、涼さんの質問に答える事を優先する。


「正直、面白そうですね。あれほど立派な外壁にお城。そして、この街並み。まるでファンタジー世界に迷い込んだかの様に錯覚してしまいます」

「ふふふ、そうだろう。ここには『冒険者ギルド』という名のハロワ的な物もあるし、葵君が入りたいという『騎士団』もあるからな。他にも外では考え付かない様な面白い所や、ぶっ飛んだものがたくさんあるが、ここは俺が説明するより……そうだな「百聞は一見に如かず」とも言うし、自分の目で確かめた方がいいだろうよ」

「ええ、とても楽しみです。なんだかワクワクしてきましたよ」

「そうだろう、そうだろう」


 僕の言葉に人差し指を立てて、自慢するようにこの街の事を教えてくれる。

 その街を語る表情から、涼さんがこの街を好きな事が窺える。


「さて、これから向かうのが、明日から君が通う事になる学園だ」

「えっと……確か、あのお城ですよね?」


 涼さんの言葉に答える様に、街の中央に聳え立つ城を指差す。

 涼さんは少し笑い「ああ」と頷き、補足説明してくれる。


「正式名称は『クアルト城』って言うんだが、ここに住む奴は皆『魔王城』って呼んでいるなぁ」

「魔王……ですか?」


 僕の疑問に頷き、少し真面目な顔になる。


「ああ。銀次郎っていう、あの爺さんいるだろ?」


 涼さんの言葉に頷き続きを待つ。


 四宮銀次郎。

 世界でも有名な大富豪であり、この日本に治外特区『クアルト』を作った人でもある。

 世界で彼を知る人々は、彼の事を皮肉を込めて『妖怪爺』や『日本の悪魔』や『魔王』と呼んでいる。

 戦後の日本を支えた偉大な人で、今は「日本を操るフィクサーの一人ではないか?」などの噂が有ったりする人だ。


 治外特区なんてどうやって作るか分からないが、この街で――いや、世界で彼を知らない人はいないだろう。


「あの爺さんがこの街の支配者、つまり王だな。だから、冗談で『王城』なんて呼んでいたんだけどな。これがあの爺さんの好き勝手やる性格も相まって、誰が呼んだか分からんが、爺さんの事を『魔王』と呼び始めたんだ。それが爺さんの耳に入って、怒るどころか気に入っちまって、呼び名が『魔王城』になった訳だ」

「なるほど。しかし、そうなるとこの街の騎士団は魔王騎士団ですか?」

「いや、それは違うんだな。街の治安を、平和を守ってくれる正義の騎士団が、魔王騎士団じゃ……あまりにも可哀相じゃないか?」

「……ええ、確かにそうですね」


 本当に『魔王騎士団』と呼ばれていたらどうしようかと思ったよ。

 あの親切で気の良い門番兵のお兄さんも魔王の手先だったら世も末だよね。

 それにもしここに住む住人が魔王の手先なら、この街全体が『魔界』じゃないか。

 そうしたら、敵に勇者とかも出てきそうで、本当に怖い。


「まぁ、騎士団って言っても、働く部署によって名前が違うんだけどな。大きく分けると三つ、いや四つかな?近衛騎士団、魔法騎士団、守護騎士団、忍騎士団だな」

「え?忍?忍者なのに騎士団?」

「嘘か本当か分からない忍者で組織された、秘密部隊があるらしい。この街の都市伝説の一つだな。このファンタジーの雰囲気ぶち壊しの秘密組織だ、はっはっはっ」


 涼さんは笑いながら言うが、ここまで詳しく公開されている秘密って……それこそ本当か嘘か分からない。

 きっと、これも冗談なんだろうな。


「そういえば。普通に魔法なんて言っていたのでスルーしましたが、魔法ってなんですか?もしかして、本当にあるなんて言わないですよね?」

「ん?ああ、そうだよな。ここでは普通に魔法ってモノが存在するんだ」

「え?ええぇぇえええ!?」


 口を開けて驚く僕に、ニヤニヤしながら涼さんは話す。


「ふふふっ、驚いただろ?だが、本当は魔法っていう『設定』になっているんだ」

「せ、設定ですか?」

「そう設定だ、設定。だって、あんまりこの街の雰囲気や、世界観を壊したくないだろ?しかし、愚かな事に人間というのは、一度手にした便利な物を、易々と手放す事が出来ないものなのだよ。それにこの街を管理運営、そして、維持するにあたって、電気や機械、その他諸々の科学技術がどうしても必要だったんだ。そこで困った爺さん達は、この『クアルト』の街の設定に一つ書き足したんだ。苦肉の策かもしれないが、この街は『魔法の力によって発展した都市である』ってな」

「ほぉ〜」


 僕は涼さんの言葉に感心しながら頷く。

 確かに、この現代は科学の恩恵を受けていない都市なんて存在しないからね。


「それに、有名な言葉を借りるとしたら『十分に発達した科学は、魔法と見分けがつかない』っだけか?それだな」

「え〜っと……FS作家のクラークの三法則でしたっけ?」

「そう、それだ。だから、ここの科学者や機械に関わる人は、ここでは『錬金術師』や『魔道具職人』や、果ては『魔法使い』と呼ばれていたりする。それに葵君の通う事になる学園には『魔法学』っていうモノまで存在するんだ。つまり『魔法が自在する』って設定が、この街の暗黙の了解でもある。な?面白いだろ?」

「それは……なんか凄いですね」


 確かに面白い。

 魔法が実在しないとされるこの世の中で、堂々と『魔法』と言い切るのか。

 全くもってファンタジー世界だな、この街は。


 僕の表情に満足したのか、涼さんはそれからも色々とこの街について語ってくれた。




 そうこうしているうちに、綺麗な桜並木を越え、学園に到着する。


「ほれ、ここが明日から葵君が通う学園だ」

「うわ〜!すごく、おっきいですね!」

「!?……そうだろう……すまんが、もう一度お願いできないか?」

「え?『すごく、おっきい』ですか?」


 僕の顔を見て『ニチャァ』と笑い、満足そうに頷く。

 なにやら涼さんにとって、大きさを褒められるのは嬉しい事らしい。

 とても醜悪な笑顔に見えるけど、喜んでいるのには変わりないよね?


「今はたぶん体育館で始業式をしていると思うから、今のうちに手続きを済ましておこう。ほれ、急ぐぞ」

「はい!」


 学園の中は、思っていたより綺麗だった。

 こういうと、言い方が悪いが歴史のある建物なのに、ピカピカなのだ。


「おっ?驚いているな?」

「あっ、はい。あの歴史がある建物なのに、その……綺麗というか」

「ああ、なるほど。それはな『ブラウニー』の仕業だ」

「ブラウニー?」


 涼さんは笑いながら言う。

 ブラウニーというと、寝ている間に掃除をしてくれるという、あの妖精の事かな?


「ああ。別名:清掃のおっちゃん、おばちゃんだ」

「……ああ、そういう事ですか」


 深夜に頑張って清掃してくれているのだろう。

 それにしても凄い。

 毎日ここをピカピカになるまで磨くのは、確かに妖精の仕業と呼ばれてもおかしくない所業だ。

 実際はおじさん、おばさんだとしてもだ。


「他にもこういう妖精?って、言ったらいいんですか?そんな人がいるのですか?」


 ついつい気になって、聞いてしまう。

 その妖精の正体が、実際はおじさんとおばさんだとしても、ファンタジー世界の様でなんとなく夢がある。


「ん?ああ。たくさんいるぞ。そうだな『ドワーフ』だったり『エルフ』もいるし、この学園には『姫』もいるからな。そう、『姫様』がな。くくくっ」


 涼さんは『姫』と言った後、心底おかしそうに笑った。

 何がおかしいのか分からないが、魔王がいて、騎士がいて、妖精がいて、魔法があるのなら、姫もいるのだろうと不思議に納得してしまった。


「姫には、会う機会はあるだろう」

「え?本当ですか?」

「ああ、絶世の美少女……ぷっ、すまん。まぁ、楽しみにしてな」

「え、ええ?」


 姫に対するこの反応は分からないが、楽しみにしておこうと思う。


 僕はそれからも涼さんの説明を聞きながら、学園を見て回った。





次の投稿は明日です。

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