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異世界でおっさん看護師が始める救命活動  作者: ナギ


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【第2話】村長の威厳、若者の反発、そして世界の歪み

 一命を取り留めた老ゴブリン・ガルドを肩で支え、透とリクは足を引きずるように泥道を歩いた。森を抜けた先に現れたのは、尖った木柵で雑に囲まれた、今にも崩れそうな集落だった。

「ここが……俺たちの村だ……」

リクが呟くと同時に、集落の広場から数十匹のゴブリンたちが棍棒やクワを手に湧き出してきた。人間である透の姿を見るや、殺気立った悲鳴が上がる。

『人間だ! 人間が入り込んできたぞ!』 『殺せ! 街の兵士か、それとも奴隷商人か!?』

「やめろ! 違うんだ!」

リクが体を張って透の前に躍り出た。だが、村人たちの殺気は収まらない。そのとき、透の肩に預けられていた老ゴブリン・ガルドが、震える足でしっかりと地面を踏み締め、しわがれた、しかし腹の底から響く声をあげた。

『静まれ……! 控えよ、者どもっ!!』

ガルドは腰に下げていた、青い宝石が埋め込まれた不格好な木彫りの杖を高く掲げた。それを見たゴブリンたちが、一斉に息を呑んで武器を下げる。

『が、ガルド村長……!?』 『村長! ご無事だったのですか!』

透は目を見張った。自分が介抱していたこの老人は、ただのゴブリンではなかった。この貧しい集落を長年統べ、一族から絶大な信望を集める【村長】その人だったのだ。ガルドは杖にすがりながら、集落の者たちに堂々と言い放った。

『この人間様は、行き倒れていたわしを恐ろしい呪いの淵から救ってくださった「命の恩人」じゃ! 礼を失する者は、このわしが許さん!』

村長の一言で、広場の殺気は一瞬で収まり、長老への敬意で静まり返った。だが——若いゴブリンたちの瞳の奥にある不信感と怒りまで消えたわけではなかった。

『村長! いくら村長の言葉でも、俺は納得いかないっス!』

リクと同世代の若いゴブリンが前に躍り出た。手にした棍棒を地面に叩きつける。

『人間なんてみんな俺たちを「緑の害虫」と呼んで家畜や奴隷扱いしてきた奴らだ! そんな奴が親切心で助けるわけがない! 呪いを治した? 嘘だ! 魔法も使えない人間が、この村に蔓延する悪魔の祟りを消せるわけがないだろ!』

『そうだ!』『騙されるな!』と若いゴブリンたちから反発の声が次々と上がった。

『村長、今夜は村の若者を神に捧げる「生贄の儀式」を行う手はずだったはずだ! そうやって祟りを鎮めるしか俺たちに道はないんだよ! 余計な人間を招き入れて神の怒りを買ったら、村は全滅する!!』

「生贄……だと……!?」

透の背筋に冷たいものが走った。病気や脱水を治すために、若い命を神に捧げるだと? 15年の看護師生活で「命を守る」ために戦ってきた透にとって、それは到底容認できない狂気だった。

(……だが、待てよ……。俺は、この光景を知っている……)

透の脳裏に、前世の日本で目の当たりにしてきた光景がフラッシュバックした。

現場がどれだけ悲鳴をあげていても「そういう決まりだから」「上がそう言っているから」と聞き入れられず、若手が使い捨てにされていく病院組織。人手不足で業務が崩壊しているのに、精神論と古い慣習だけで回そうとし、疲弊した若手が一人、また一人と壊れて辞めていったあの日々。

(上が決めた古いルールや『諦め』に縛られて、若い奴らが犠牲になる……。形は違えど、俺がいた日本の現場と同じじゃないか……!)

「どうせ言っても無駄だ」「若手の意見なんて通りっこない」と自暴自棄になり、生贄という名の不条理を受け入れようとしている若いゴブリンたちの姿に、前世で自分を殺して擦り減っていた自分自身、そして傷ついて去っていった後輩たちの姿が痛いほど重なった。

「待ってくれ!」

透は一歩前に出た。若いゴブリンたちの前に立ちはだかり、腰のナースポーチを叩いた。

「俺は魔法も使えないし、お前たちが人間にされてきた酷い仕打ちを消すこともできない。……でもな、生贄なんかで病気は治らない! 断言してやる、それは神の祟りなんかじゃないんだ!」

『うるさい! 人間に何がわかる!!』

「分かるよ! 目の前で仲間が死んでいくのに、上からは理不尽を押し付けられて、何もできなくて……もう諦めるしかないって思ってるその悔しさはな!」

透の咆哮に、リクも若いゴブリンたちも言葉を失った。透は自分自身に言い聞かせるように、熱い眼差しで訴えかけた。

「俺は前世で……ううん、ずっと周りの顔色ばかり気にして、言いたいことも言えず、諦めて立ち回ってきた。……でもな、誰かが犠牲になるのを『仕方ない』で済ませる生き方は、もう絶対にごめんだ! 目の前で苦しんでる命があるなら、俺は俺の知恵と手当てで全員救いたい! 生贄なんて出させない。俺に、この村の手当てをさせてくれ!!」

透の必死の言葉と、一切の嘘がない眼差し。村長ガルドが静かに頷き、若いゴブリンたちはぐっと言葉を詰まらせた。

◇

その夜、透はガルド村長の粗末な丸太小屋で、この世界のあまりにも残酷で偏った【構図】を知ることになる。

ガルドが囲炉裏の火を見つめながら、静かに語り聞かせてくれた。

この世界は、圧倒的な武力と数を持つ【人間族】が世界の中心を支配し、絶対的な権力を握っていた。ゴブリンやオークといった亜人・亜種と呼ばれる種族は「知性の低い害獣」として虐げられ、人権すら認められず、奴隷や売買の対象とされる理不尽な世界だった。

「……村長、エルフっていう種族もいると聞いたが……」

透の問いに、ガルドは首を横に振った。 エルフ族は高い魔力と美しい容姿を持つが、体力が極めて脆弱で、何より個体数が圧倒的に少ない。人間に捉えられ見世物や奴隷にされるのを恐れ、森の奥深くへ隠れ住むことを余儀なくされているという。

さらに、人間社会の内部すらも幸福からは程遠かった。 貴族、王族、そして一部の大商人や金持ちだけが富を独占して豪華絢爛な暮らしを送る一方、平民や貧民は明日の食べ物にも困る極端な貧富の差が存在していた。

そして何より、この世界で命を握っていたのは【魔法医療】だった。 この世界では「病気や怪我は高位の魔法術医によるヒール(回復魔法)でしか治らない」と固く信じられていた。しかし、その魔法医療は恐ろしいほど高額であり、特権階級である上流階級しか受けることができない。

魔法医療を受けられない亜人や貧民たちは、病が流行れば「悪魔の呪い」「神の祟り」と恐れ、神に祈祷を捧げ、最悪の場合は若者や子供を生贄として捧げる悲惨な儀式にすがるしかなかったのだ。

だが——その最上流に君臨する魔法医療の世界自体にも、崩壊の足音が忍び寄っていた。

魔法を使える素質を持つ若者の数は年々減少しており、魔法医のなり手自体が急速に稀少化していた。さらに、医療ギルドの頂点に立つのは古い権威に固執する高齢の魔法医たちだった。年功序列と利権が支配するその組織では、高齢魔法医たちが新しい意見や若い知恵を「異端」として徹底的に潰し、高額な治療費で暴利を貪り続けていた。

少子高齢化と組織の老害化、そして現場の疲弊——。

(……笑えないな。異世界に来てまで、前世の日本と全く同じ地獄を見せられるなんて……)

透は暗い目をして拳を握りしめた。 前世の日本でも、医師を頂点とした絶対的なヒエラルキーが存在し、現場を支える看護師や介護士の声は経営陣や古い医師たちに届かなかった。年老いた重鎮たちが改革を拒み、若手が買い叩かれ、少子高齢化で医療現場の崩壊が進んでいた現実。

(高額な金を持った一部の人間だけが優遇され、現場は慢性的な人手不足で疲弊し、下の人間や弱者がシワ寄せを食らって切り捨てられていく……。この世界も、前世の日本も、根っこにある腐敗は全く同じだ)

囲炉裏の爆ぜる音を聞きながら、透は静かに胸の奧で炎を燃やした。

「汚れた世界を頼んだぞ」——ベランダで出会ったあの老人の言葉が、透の脳裏で重くリフレインしていた。


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