第四話 霊峰・富士Ⅱ 天真総司の初恋<上>
深夜二時。
ジャーンジャーンジャーンジャーンとけたたましい金属音が鳴る。
「うるっさい……」
「はいはい、起きる。起きるよ一年坊主ども。深夜討伐のお時間ですよ! ……っとなんでお前ら制服で寝てんの?」
手持ちの銅鑼を打ち鳴らしていた五百蔵が怪訝な顔をする。
詰襟こそ着ていないものの白シャツにスラックス姿できちんと布団に収まっていた三人がのそのそと起き上がる。
「研究会で聞いちゃったんですよ。不意打ちの深夜討伐あるぞって。だからいつでも出られるように制服のままでと双玉にもお願いしまして」
「本当に噂通り来るものなのだな」
「かーっ! 可愛くない。可愛くないよ一年ども! こういうのは眠い瞼を擦りながら、行きたくない、こんなの聞いてないって半ベソかくガキどもを深夜の森林に落っことすからやりがいがあるんであって、準備万端のやつらにはいらねーのよ」
「じゃあ着替えて寝てもいいってこと?」
「いいわけあるかい。昼間にAランク狩ってきたときみたくちゃっちゃとSランクでも何でも狩ってきちゃいなさい。採集もできるならしちゃいなさい。肌寒いから軽く上着羽織って、さっさとバス乗れ。夜明けまでに周囲一キロ圏内を討伐・浄化してくること」
「このベンチコートくたびれてない? 他人の匂いのついたもの嫌なんだけど」
「うるっせえぞ冷泉。さっさと行かねぇと減点にするからな」
「ちっ……横暴クソ教師」
「誹謗中傷も減点にするぞ、ほい行った行った」
五百蔵に年季の入ったベンチコートを無理やり着こまされ、マイクロバスに押し込められる。
やけに重たいと思ったら両ポケットに五キロずつ重りが仕込まれていた。
なるほど防寒ではなく試験の一環かと総司は納得する。
たった十キロ。
総司にとってはハンデにもならない重さだが一般の新入生には深夜の樹海という環境もあいまって動きづらさを増す枷になるだろう。
現に一般人代表ともいえる一ノ宮は「おっこれは意外となかなか……これ着なくてもいいですか。僕、寒い方が頭冴えるような気がしてきました」しれっとのたまって五百蔵に拳骨をもらっている。
不思議なやつだ。
特別秀でた能力でもないが、麾下十家の「一」に生まれたからには守護師になるのが定め。
それなのに後方支援職が希望だという。
今日の昼などもそうだが、討伐それ自体には面倒そうな顔をするものの、ちょくちょく皮膚片や体液などを討伐から持ち帰っては上機嫌に当局の研究機関での解析やら学会に精を出している。
怪獣の生態を解明したい、守護師がいなくても立ち行く社会の仕組みが作りたいのだそうだ。
先人が七十年かかってやっと築いた生活環境を根底から壊したいとはずいぶんおめでたいのだなと総司は思った。
守護師はもはやインフラだ。
強い能力を持つ者ほど公僕でなければならない。
総司には強者たる自覚がある。
最期の一秒まで国のために狩り続けるだろう。
そこに深い思い入れはない。自分が狩れる立場だからやる。ただそれだけだ。
一ノ宮は「分かってもらおうとは思わない」と頷いた。
「死ななくていい人を誰一人死なせたくないんだよ、僕は。でも天真はきっと最小限の犠牲で抑えられるなら誰かが死んでも大勢を生かすべきと動く。僕と君とではできることもスタンスも違う。今までもこれからも交わらない。――それでいいと思う」
やたらとおもねってくる者の多い中で、清々しいほど一ノ宮は独りだった。
誰のことも強く否定はしない。けれど交わりもしない。距離を一定に保とうとする。
双玉相手に不躾なほどの関心の薄さを気に入ってか、好き嫌いの激しい恭鷹もやけに傍に置きたがる。
飄々と、淡々と。
いつも口の端に薄笑みを刷いて「大丈夫」と事に当たる。
学徒の数が減った今では、術科と呼ばれる武道や体力錬成の授業は双玉のレベルに合わせられている。
消えた同期たちは入学当初から弱音を吐きサボりもしていたが一ノ宮はそれをしない。
難易度が上がろうとひたすらに向き合い、こなす。
「お前はこの先、守護師としても通用する。誇れ」
実技のあとにかけたこの言葉は総司にとって最大の賛辞であった。
他人に興味がない総司が家の者以外を評価する。
それ自体がイレギュラーで、他の者であれば落涙して喜ぶ場面だったが、
「守護師が最高位みたいな面しないでくれないかな。うんざりしてるんだ、この業界のそういうところ。――やっぱり僕らあまり深く関わらない方がいいね」
わりと辛辣に、そして明確に拒絶された。
これまでにない恭鷹の爆笑と野次がやけにうるさく聞こえる。
総司には何が悪いのかさっぱり分からなかったが、一ノ宮が守護師を敬遠していること、自分が好ましく思われていないこと、そして思った以上に自分が落胆していることを知った。
いつも恭鷹が構い倒すので二人の間に多少の会話はあれど、総司とは話さない。
今は夜も深いので流石の恭鷹も言葉少なで、黙々と三人で樹海を歩いている。
こういうとき何を話せばいいのか総司は知らない。
「……怪獣はいたか」
「寝ぼけてんの総司。いないから歩いて捜してんだよ」
「…………」
お前に言ったんじゃない。
恭鷹にむっとしつつ、途切れてしまった会話の糸口をもう一度探す。
他人と話したいと思ったことがなく、話したとして討伐に関する事務的な内容ばかりだったので引き出しが何もない。
「一ノ宮は」
「はい?」
「…………」
「え、なに」
「…………」
名前を呼べば振り向くだろうと思って呼んだはいいが中身が出てこない。
「いや、なんでもない」と打ち切ると一ノ宮は怪訝そうに前を向いたが、恭鷹は鼻に皺を寄せて威嚇してきた。
「奏ちゃんは僕のだよ」
「冷泉のでもないよ」
「そういうことじゃない」
そう。そういうことではないのだ。
別に疎外感を感じて拗ねているとかでは決してない。
東京だって突然恭鷹が学徒になると言い出したから、双玉は常に近く牽制しあうべしという当局の方針で仕方なく出てきただけだ。
双玉と麾下十家とだけ交わり、国のために生きて死ぬ。
――掌握できない人間が一人ぐらいいようと動揺などしていない。
と言いつつ、めちゃめちゃ動揺している総司です。
第四話は少し長くなったので、上中下でお届けします。
このあとも四話<中>と四話<下>でお会いしましょう!
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