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第三話 霊峰・富士 冷泉恭鷹の長恋<下>

 新幹線や高速道路は進路に怪獣が出現したら逃げ場がなくなるため、基本的に移動は一般道を車で走るのが一番早い。

 ただし燃料の供給も制限がかかっているため、車で移動できるのも限られた職業の人間だけ。

 怪獣出現から七十年も経てば公的機関がバスなどを運行しているが、民間人が遠方へ出るのは一苦労で、郊外に行けば行くほど怪獣も多発するため、都市部への過密状態が続いている。

 総司と恭鷹は空間転移ができるので「なんでわざわざ車で……」という顔をしていたが、奏は車窓から見る景色が好きだ。

 そこに確かにある人の営みのたくましさや力強さに心が動く。

 紛れ込んでしまえば、自分のようなバケモノでさえも受け止めてくれるのではないかと思える雑多な賑わいに夢を見る。奏のことを誰も知らない街で静かに暮らすいつか。

 車窓に段々と偉容が近づいてくる。

 霊峰・富士山。

 故郷の比叡山の夏も市中とはだいぶ気温差があり、その凛とした空気が好きだったが、こちらは日本最高峰ともあってずっしりと腰を据えているように見える。

 今年は残雪が少なかったのか山頂に雪はなさそうだった。


 教務課が用意したマイクロバスには担任と双玉、奏の四人しか乗っていない。

 入学時には他にも何人か一般家庭からの学徒がいたのだが、演習で双玉との能力差を知るにつれ一人また一人と心が折れて辞めていった。

 何とか双玉に取り入ってポジションを保とうとした者や双玉と「寝(・)た(・)」という既成事実を作ろうとした者もいたが、早々に当局預かりとなって消えた。

 守護師ではなく自分のように研究職や事務職を目指せば、能力が双玉に遠く及ばなかろうと自尊心を崩さず世のために貢献できて平穏に暮らせるだろうに。

 能力者は限られているがゆえに選民思想に陥りやすく、後方支援を侮る傾向にある。

 消えた同期たちも後方支援希望の奏をあからさまに侮っていた。

 ……考え方は人それぞれだし、人様の人生にまで構っている余裕はないので、別の道で頑張ってほしい。当局もさすがに命までは奪っていないはずだ。


 一年の夏は青木ヶ原樹海での低ランク討伐演習が必修科目だそうだ。

 樹海でのノルマは最低でも一人五体はCランク怪獣を狩ること。

 双玉の二人ならものの数分で終わるノルマに贅沢にも三泊四日が当てこまれている。

「富岳風穴と鳴沢氷穴のネイチャーツアーとやらは今もやっているのか」

「電話してみれば? ねえ先生、宿って温泉ついてる?」

「遠足じゃねえんだよ。多少はしおらしくしてくれよ、一年坊主ども」

「えーだってCランク五体でしょ? ザッてしたら終わりじゃん。怪獣の居場所探す方が時間かかりそう」

「僕は後方支援でいいですよね? 一人だとたぶん狩れないんで探すのやります」

「最初から諦めんな。せめて狩ろうという姿勢(ガッツ)は見せてくれ」

「効率悪くないですか? 僕が探して双玉がザッてしたら残り丸ごと自由時間ですよ。先生も温泉入り放題でWIN-WINじゃないですか」

「なんでこんな可愛くない一年たちの担任になっちゃったんだよ。ダメ。ダメです、ちゃんと討伐演習してください。……とはいえ色々試した上でのっぴきならない諸事情が重なって半日で終わるのは仕方ない」

「じゃあ奏ちゃんは試行錯誤しながら索敵して、僕と総司は試行錯誤しながらザッてして、終わったらいったん宿に荷物置いてからツアーデスクに電話してみようか」

「試行錯誤って言えばいいってもんじゃねえぞ、先生一応聞いてっからな」

 担任の五百蔵(いおろい)が苦虫を嚙み潰したような表情で「ほんとこの学年やだ」と不遇をかこつ。

「五」の家出身で双玉はもとより奏よりも家格が下なので非常にやりづらいらしい。

 家格というより性格に由来するのでは?と思っているのだが。


 そして索敵は――少々やりすぎた。

 怪獣の出没地点は未解明なので足で探すしかないのだが、Cランクにも満たなさそうな毬藻のような形をした比較的小型の怪獣がいたので適度に痛めつけて仲間を呼ぶか試してみたところ――呼んだ。

 しかもA~Bランクの群れを。

 どうやら群棲するタイプの怪獣らしい。しかも群れで連携が取れるだけの知能がある。

 これは是非とも今度の研究会で報告せねば。

 できることなら生体サンプルも採りたいが、無原罪の聖母(ホーリー・マザー)の顕現は許可されていないし全て消してしまうのでサンプル採集には不向きだ。

 とはいえ総司や恭鷹に頭を下げるのも嫌だ。

 連携した方が早いのは分かっている。

 でも――あまり距離を詰めたくないのだ。

 どうせは捨てていく人脈なら最初から無い方が面倒が少ない。


 かくして奏は怪獣の群れ十七体を素手で殴ることにした。

 守護師からはどうも微弱な電波のように常に異能力が漏れ出ているらしい。

 民間人から「能力」と言われている無原罪の聖母(ホーリー・マザー)のような大規模なものは守護師からすれば必殺技で、低ランク怪獣に対しては必殺技を顕現せずとも打撃で一定のダメージを与えることができる。

 だから双玉ともなれば「ザッ」で済んでしまうのだ。

 Aランクに必殺技なしで挑むのは骨が折れるが、ヒットアンドアウェイでちまちまHPを削って注意力が散漫になったところで皮膚片などが採集できれば御の字。

 それを十七体分やったら双玉を呼んで「ザッ」としてもらう。

 ……うん、何とかなるはず。大丈夫。

 そう思っていたのだが。

 平地と違って樹海の中は複雑に絡み合った木の根が露出していて、倒木などもあり観光ルート以外はとにかく足場が悪い。

 それら障害物をうまく避けても、少しでも油断しようものなら積もった落ち葉や苔に足を取られる。

 酸素が薄いというほどではないが学内とは明確に息の上がり方が違う。

 なるほど討伐慣れしていない一般の一年生にとっては良い演習になるだろう。

 そして想定していたよりも怪獣が俊敏なことも奏を不利にした。

 通常、その巨躯に応じて怪獣は鈍重かつ、餌や水場を占領するためか単独行動であることが多く、踏みつぶされないようにタイミングを計れば大抵のものには対応できる。

 けれど今回は一体を殴っている背後から違う個体が襲いかかってきたり、四方八方から同時攻撃を仕掛けてきたりと群れのメリットを活かす知能の高さが窺えた。

 今まで遭遇したことのないタイプに研究心が疼くが、特段体力がある方ではないので普通にしんどい。

「はぁ……っ、は、っ……」

 息が上がり奏のスピードが保てなくなってきた。

 全体分のサンプルは採り切れていないが深追いして怪我するのは非常にまずい。

 五百蔵には間違いなくどやされるし、双玉――特に恭鷹には盛大に馬鹿にされるだろう。

 たぶん男装の件もバレているので昔のように「遊び」と称していじめぬかれるかもしれない。

「仕方ない、そろそろ双玉呼ぶか……」

「ねぇ。奏ちゃん? なにしてんの?」

 スラックスに入れた通信機器に手をかけた瞬間、恭鷹の妙に穏やかな声が耳元でした。

 思わず勢いよく振り返る。

 息が触れそうな距離で胡桃色の双眸がすうっと眇められる。

「A・Bランクの群れじゃない。大丈夫だった? こういうときはすぐ呼んでほしいなぁ。一人じゃ撃破できないって自分で言ってたよね? 連絡が取れないからす~っごく心配したんだよ? 僕たち残り少ない同期じゃない。頼ってよ」

 低ランクなら殺せそうな眼光の冷たさで、必要以上に優しい口調のときは地獄のように機嫌が悪いときの合図だ。

 サンプル採集に夢中になっていたが、索敵開始から小一時間ほど経っている。

 さすがに待たせすぎたかと内心冷や汗をかきながら、かくかくしかじか、事の経緯を端的に説明する。

「サンプル採るために殺さず一個一個ぶん殴ってたの? バッカじゃないの? ヒットアンドアウェイって複数個体にやる戦法じゃないから。囲まれたときどうすんの? ていうか、今まさに囲まれてたよね? いけると思ってたの?」

「大丈夫かな~って……」

「大丈夫なわけないじゃん。頭沸いてんの?」

 ぶつくさ言いながら、恭鷹が長い脚で奏の背後に迫っていた個体を蹴り飛ばす。

 怪獣がギィィィィと聞き苦しい悲鳴を上げるが、覇者は使っていないのか圧殺された様子はない。

 じたじたと地面をのたうちまわっている。

「さっさと採れば」

「え、いいの?」

「もたもたするなら覇者出すよ。どうすんの」

「採る! 採ります! ありがとうございます! あの、できれば一番ランク低そうなやつを生け捕りとか……」

「どうやって東京持って帰るの。できるわけないだろ、君も圧殺されたいの?」

 心底呆れたと白々とした表情で吐き捨て、恭鷹は足場の悪さを微塵も感じさせない軽やかな動きでポケットに手を突っ込んだまま怪獣を次々蹴り飛ばしていく。

 けぶるような長い睫毛と白磁器のような滑らかな肌、嫋やかで甘い顔立ちから優男と思われがちな恭鷹だが、猫を被る必要がないと判断するとまあまあ粗雑な振る舞いをする。

 傍若無人にいじめられていた昔を思えば、こうして手伝ってくれるだけ丸くなったし、多少荒い恭鷹の方が慣れているのでほっとするが。

「採り終わりました!」

「遅い」

 ギュン!

 奏が手を挙げるやいなや、生かさず殺さずで痛めつけられていた十七体が覇者によってルービックキューブのように一緒くたに圧殺されてコロコロと地面を転がり、木の根にぶつかると砂塵と消えた。

 恭鷹が合流してここまで僅か十五分たらず。

 あまりの効率の良さに、さしもの奏も次からはちゃんと連携しようと深く反省する。

「誰かさんのせいで無駄に疲れたな」

「申し開きのしようもなく……」

「労いと感謝が全然足りない。貸し五億ね」

「えっと、それの単位は」

「ご機嫌ポイントに決まってんじゃん」

「それ冷泉が満足するまで終わらないやつ」

「せいぜいご機嫌取りがんばってよ。あ~足使いすぎてだるいな~これは肩貸してもらわないと歩いてバスまで戻れないなぁ」

「ぜひ空間転移で先に戻っていただいて」

「肩貸せっつってんだろ」

「身長差で余計歩きづらいでしょうに……」

 強引に肩を組んでくる恭鷹はなぜか奏に体勢と歩幅を合わせてくれている。

 どう見ても歩きづらいはずなのに、「お泊り楽しみだね?」と含み笑いで囁く恭鷹は上機嫌に見えた。

「機嫌直りましたね、そんなに温泉好きなんですか」

「は? 全然違うけど。なになんか文句あるの」

「ない、何もないです。ずっと機嫌よくいてください」

「それは奏ちゃん次第だな~」

 もし民間人として出会っていれば。

 もし双玉と麾下十家じゃなければ。

 総司や恭鷹とも友達になれていたのかもしれない。

 二人の隣にいると、どうしてか自分の存在が赦されているような気がしてしまう。

 ――そんなのは夢想だし最後には全部捨てていくんだけど。

「僕が満足するまでちゃんと返済するんだよ」

「どうですかね、逃げちゃおうかな」

「ダメ。逃がすわけないでしょ」

「……冷泉の傍若無人な(そういう)とこ、嫌いじゃないけどね」

 それは、少しだけ泣きたいようなくすぐったいような紛れもない本心だった。

第三話後半、お読みいただきありがとうございました!

恭鷹編、まずはここまでということで。冷泉家としての思惑もあるとはいえ、ちゃんと奏が好きなので恭鷹はこのあとも色々動きます。動向を見守っていただけますと幸いです。

次回、第四話は総司編です。無口で朴念仁な総司がどう動くのか。明日18時に更新いたします。

いつものことながら、★やブクマ、リアクションなどで応援いただけたら幸いです!

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