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第十二話 決戦都市・東京Ⅱ Hello,again.<下>

 戦いを鼓舞するように高らかに鳴り響いていたパイプオルガンが柔らかい音色(おんしょく)に変化した。天使たちの歌も包み込むように小さく温かい声色になる。

 一か八か。

 奏の震える手が赤子を抱きしめ、頬を伝う涙を拭う。

「大丈夫。もう大丈夫だからね。大丈夫、僕はここにいるよ」

 あのとき奏がしてほしかったこと。

 ずっとずっとしてほしかったこと。

「ちょっとびっくりしちゃったんだよね。大丈夫。こわくないよ。大丈夫だよ」

 それは雙葉が、九重が、命を懸けて奏にくれた魔法の呪文。

「僕がここにいるから大丈夫」

 ひっ……うああぅ……ひっ……あぁ……ああぅ……

 しゃくりあげながら赤子が喃語で何かを訴えかけてくる。

 奏には何と言っているか分からなかったが、背後で尭斗が「そっか、そうきたかぁ」と呟くのが聞こえた。

「聖母(ママ)──奏に会いたかったんだって」

「そっか。大丈夫だよ。ぜんぶ大丈夫だからね」

 光の御柱(ピラー)が天から降り注ぐ。

 無原罪の聖母(ホーリー・マザー)が、智天使(ヘルヴィム)が、熾天使(セラフィム)が、すべての天使が淡く光を放ち、新宿から東京全域、日本全土を包み込む。

 赤子の頬の傷を、怪獣を、双玉を、疲弊した仲間たちを癒し、赦す光だ。

 赤子の目がとろんと閉じた。

 長い睫毛が起こした風で奏の髪がふわりと靡く。

 すぅすぅと寝息を立てて赤子が眠りに落ちる。

「くっ……はは、あははははは! マジか! 寝かしつけて無力化されるとは思わなかったな。いや~すげぇ。久々に面白かったなぁ」

 尭斗は膝を打って笑い転げると、次元の向こうへ赤子を返す。

「――みんな大丈夫になりたいだけなんです。安心できる場所がほしいだけ。あの子も、怪獣も、僕たちも」

「ふーん。俺にはない感情だな。殲滅しなくていいの? 怪獣はまだすぐ隣にいる。消えやしない。それってずっと大丈夫じゃないままだよ」

「探します。大丈夫になる方法」

 奏は迷いなく言った。

「僕、後方支援希望なんで。戦わなくて済む方法を考えるのも怪獣の研究も好きなので。お互いに怖がってるだけかもしれない。もしかしたら共棲できる道があるのかもしれない。――僕たちにはあなたに『見えている』ものは見えないから知るところから始めます。一歩ずつ、街を作り直して、研究しつづけて、悩みつづけて、走りつづけて」

「うん」

「――それでもダメだったら、そのときは……あなたを呼んでもいいですか?」

「……どうしてものときはね。呼んでもいいよ。お前のためならいつでも来るよ」

 あの夢の中と同じことを尭斗が言う。

 尭斗が急に空中で大の字になって

「あーあ、今回は完敗だなー! 『見えて』なかったー!」

 と心底嬉しそうに髪の毛をぐしゃぐしゃかきまわす。

 そうして、はたと気づいたように笑顔で奏に言った。

「あ、そういえば優莉がお前によろしくって」

「誰です?」

「お前の母親」

「――へぇ。生きてたんですね」

「そうだよ。お前のこと心配してるよ。当局に死刑にされるから――あ、俺が解除しとけばいいのか」

 尭斗が宙をまさぐると当局のシステム画面が表示され、赤々と死刑宣告の印が押された奏のプロフィールが出現する。それを事も無げに操作してさっさと死刑宣告を解除してしまった。

「えっ……なんで……」

「見物料代わり。一時しのぎだけどな。当局がいる限りすぐにまた死刑宣告くるよ。お前は日本全土カバーできちゃう怪獣の子なんだから。あとは双玉とお前が自分でちゃんと勝ち取れ」

「…………ありがとう?」

 数々の事件の発端に礼を言うのも非常に癪だが、死刑宣告が一時的にでも解除されたのは素直にありがたい。

「なんで僕に構うんですか。怪獣の因子を持ってるから?」

「どうかな。俺の最高傑作って自負もあるし、お前が俺と優莉の子だったらって思ったことも正直何回かあるよ。だから別に死んでほしくもないし、好きに生きたらいいと思う。それと怪獣の因子を持った能力者の子どもがどうなるか見たいってのとはまた別の話だけど」

「……それ思うに」

 奏は少し言い渋って、それでも口にした。

 たぶん、この人には『見えて』いないが、自分の直感はきっと当たっている。

「愛してるんじゃないですかね。お母さんと僕のこと」

「――――えー。そうだったら面白いけどな。俺史上初めてだ」

「僕が保証してあげましょう」

「はは。いいね。サンキュ。じゃあそろそろ俺は行くよ、元気で」

「みすみす逃がすか、止まれ!」

 総司が神威で叫ぶ。

 恭鷹は今度こそ尭斗を捕縛しようと覇者で飛び上がる。

「いいよ、行かせてあげて。この人にもう何かを破壊しようって意思はないよ」

 奏が二人を押しとどめた。

 去っていく尭斗の背中に一言だけ声をかける。

「あなたも。――お父さんもお元気で」

 一度だけ尭斗は奏を振り返った。

 奏は微笑んでいた。

 ――俺は雙葉優莉を、一ノ宮奏を、人を愛せていたのか。

 それは探していた答えでもあり、尭斗自身の進化の可能性を示唆するものだった。

「そっか。なるほどね」

 何かが『見えた』のか、異様なまでに美しい鼻梁が僅かに歪む。

 尭斗はまた次元を裂いて新宿を後にした。


 次元の扉が消えると同時に、新宿を埋め尽くしていた怪獣の気配もまた霧散していく。

 残されたのは、崩壊した街と静寂を取り戻した空だけだった。

「死ねなかったし、殲滅もできなかった。何にも変わらなかったね」

「よいではないですか、それでも新たな道は開けた」

 光の御柱(ピラー)の最上から声がする。

 無原罪の聖母(ホーリー・マザー)かとも思ったが、もしかしたら神と呼ばれるものの声かもしれない。

 そっか。いいのか。

 奏の全身からふっと力が抜ける。

 ずっと能力を出力全開で出し続けていたから体力も気力ももうすっからかんだ。

 大きく息をつくと光の御柱(ピラー)が収束し、奏の身体がゆっくりと地上へ落ちていく。

 瓦礫の街が眼前に迫ってくる。

 意識が途切れる寸前、力強い二つの腕が、奏をしっかりと受け止めたのを感じた。


   ***


【大手ニュースサイト 政府担当デスクのメモ書き】

・怪獣殲滅作戦は失敗も全国戒厳令は解除 ←見出しこれでいく?

・数々の怪獣事案の主犯および三國殺しの疑いで四鬼尭斗を重要指名手配。捜査中。

・各国から怪獣および守護師の情報提供・技術提供依頼。

・新宿の復興支援に資金と能力を提供する旨、双玉&麾下十家と合意。

・討伐ストライキを解除し人的被害が大きい都市を中心に討伐再開。

・怪獣の研究開発促進事業を次年度見込みで開始。

・当局の組織再編。双玉&麾下十家の守護師を組み込み、より現場に即した組織に。

・組織再編の要として一ノ宮家から多数の人材派遣予定。

・双玉と一ノ宮家の婚約 ←入れる? 詳細不明なので後追いでも?

 

 見出し要検討! 情報整理マストで各所にコメント依頼する(なる早)


   ***


 窓を開けると花びらがひとひら舞い込んできた。

 奏は降り注ぐ日差しに大きく伸びをした。

 日に日に暖かくなる風の中、緑の匂いを深く吸い込む。

「春が来るねぇ」

 新宿での決戦以降、白金色から戻らなくなってしまった髪が肩口で風にそよぐ。

 一度能力を使い果たしたせいか、幻覚が使えなくなってしまったので、仕方なく女の姿で過ごしている。

 慣れない制服のスカートが少し気恥ずかしい。

 せっかくだからと伸ばし始めた髪もなんだか別人のようで鏡を見るたび自分でちょっとびっくりしてしまう。

 双玉はもとより、研究室の人たちや後輩、五百蔵も最初は驚いていたが、数か月経って見慣れてきたのかもう大仰な反応をされることはなくなった。

 卒業にあたって学徒寮を出ることになった。

 とはいっても研究職として残るので職員寮に棟を移すだけなのだが。

 元々何もかもを振り切って逃げるつもりだったので、二時間もかからず荷物をまとめ終えて、ボストンバッグと小さな段ボールが二箱。

 自分でもどうかと思うほど少なかった。

「あ、やばいやばい、これ大事なやつ」

 机の上に置きっぱなしにしていた身分証を慌てて貴重品入れにしまう。

 奏の身分証は二枚ある。

 一枚はSSSランク守護師として。もう一枚は当局所属の研究員として。


 守護師になるかどうかは最後まで悩んだ。

 新宿で怪獣を殲滅できず作戦を瓦解させた戦犯でもある。

 ただ三度の死刑宣告を回避するためには当局への協力体制を見せなければいけなかったのと、自分を必要としてくれる人がいるなら応えたいと思い、卒業ぎりぎりで登録申請を出した。

 五百蔵は奏の素性も思惑も知っていたので、逃げられなかったことを少し憂いていた。

 でもこれでよかったと思っている。

 ただ逃げるだけだったら、また誰かが傷つくのがいたたまれなくてニュースすら見れなくなっていたかもしれない。

 今の奏は誰かの役に立ちたいという軸がある。

 そのための地盤も作れた。あとは進んで行くだけだ。もうブレない。

 まだ指の震えは止まらないが、長岡京の資料も見ることができた。

 少しずつ償っていきたいと思っている。


 最後にいくつかの写真立てをボストンバッグに入れる。

 クリスマスツリーの下で双玉と撮ったもの、小豆島のバーベキューの集合写真、誰にも言えないが、四鬼尭斗とお母さんと三人で撮った写真もある。

 どれもこれもがもはや狂おしく愛おしい。

「さて、行きますか」

 入学時の自分に言ってやりたい。

 悲壮感に満ちて越してきたこの部屋を、軽やかな気分で出ていくんだよ。

 思ってた未来とは違うけど意外と大丈夫だよ、あなたの人生。

 奏は寮の扉を静かに閉めた。

バトルものとしては失格かもしれませんが、「殲滅しない」という結末をとりました。

「怪獣はみんないなくなりました。めでたしめでたし」という終わり方はこの物語の着地点として向いていないとずっと感じていたからです。不完全燃焼のまま「大丈夫、なんとかなる」と励まし合って前に進むほうが、この物語らしいよなと思っています。

明日18時完結です。最後までお付き合いいただけますと幸いです。

(いつもながら★やブクマ、リアクションもぜひよろしくお願いいたします)

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