第十一話 決戦都市・東京 Killing me softly 915.<下>
五百蔵案は劇的に効いた。
斑鳩の遠見でリアルタイムの動きを追い、小鳥の人形遊びで双玉の状況を再現する。傷を負えば遠吠えで伝え、トリアージで回復させる。
まず恭鷹の傷を癒し、総司の神威を倍々にし、五百蔵の出力が下がればトリアージで回復し、また残火で双玉の能力を拡張する。
小鳥お手製の双玉ドールがやけにきらびやかな王子様スタイルであることに目を瞑れば、シンプルなサイクルで面白いほどに怪獣が消えていく。
午前十時。
開戦から約五時間。
ようやく歌舞伎町区域で守護師以外が動けるようになり当局から怪獣の湧出場所を突き止めたと連絡。
ゴジラ像があった映画館跡だという。
四鬼尭斗と遭遇したトー横に近いこともあり間違いないだろう。
怪獣つながりなのは彼なりのおちゃめだろうが大いにスベっている。
午前十一時。
突如として怪獣の湧出がストップ。
四鬼の手駒が尽きたのか、何らかの思惑があるのかは不明。
午前十一時四十五分。
双玉により歌舞伎町地域の怪獣討伐完了。
湧出が完全に止まったのか確認するため、しばらく待機。
十三時。
新規の怪獣出現は認められず。双玉も一度御苑に引き上げ。
当局関係者、自衛隊、警察を再編成し引き続き歌舞伎町を中心に警邏。
「姉さま、再編成って?」
「あ、ありがとうございます。――死んでないのは守護師だけってこと」
自衛隊が配ってくれた熱々の豚汁を受け取りながら、奏はわざと雑に答えた。
まだ夏真っ盛りの九月半ばだが、温かい汁ものをもらうとなぜかホッとする。
「ごらんよ。朝あったビルなんかどこにもない。歌舞伎町周辺はほぼ更地だよ。言われてないだけで警邏中の関係者は大勢怪我をして、大勢死んだってこと」
「なぜ退避しないんでしょう。怪獣は守護師にしか倒せないのに」
「小鳥だって帰らなかったでしょ。みんな誰かのために頑張ってるの。守護師だけじゃなくて後方支援の人たちもみんな必死に命懸けてるの」
「…………」
小鳥は今ひとつピンと来ていないようだった。
奏は小鳥と同じ年の頃に家を畳むと決め後方支援を志している。
守るために守護師を捨てることを選んだ。
だから小鳥の反応の鈍さにはどうにもイライラしてしまう。
「ま、でもAランクも単独討伐できないような能力の寄せ集めなのに健闘したんじゃない。途中から勝手に傷が治って攻撃が倍々になってくやつ? あれよかったよ。麾下十家の下の方にしては立派立派」
恭鷹が絶妙に嫌な褒め方をする。単に助かったよありがとうと言えばいいのに。
「皆、よく耐えた。午後からも頼む」
言葉少なに総司が労う。
そうそう偉い人は余計なことを言わずこういうのでいいんだよ。総司の方が人の機微に疎いが帝王学はできている。――ということを恭鷹に伝えると「奏ちゃんは総司みたいな朴念仁のが好きなんだ?」変な方向にへそを曲げてぶすくれてしまった。そういうことでもない。
豚汁とおにぎりで腹を満たし、しばし休憩を取れるだけの時間があった。
四鬼尭斗が日本を滅ぼしたいのなら、守護師が疲弊しきるまで攻撃を止めないだろう。
手駒切れというより、やはりこちらの力量や出方を探って手加減しているような気がする。
彼は何をしたいんだろうか。
「午後の予定を確認してもよろしいでしょうか」
当局担当官が数人集まってきた。
タブレットには新宿区全域の地図が映し出されている。
御苑の広さはおよそ十八万坪。
午前の出没数を鑑みるにここだけでは心もとないと判断したのだろう。
無原罪の聖母の出力範囲は天草事案を参照すると御所浦島の約三八〇万坪はゆうに超えている。五百蔵の残火で出力を倍にすれば新宿区全域も覆えるだろう。
「能力制限は解除し、住民の避難も進めています。駆除最優先でお願いします」
この際、多少犠牲が出てもやむなしと考えているのだろう。
あれだけ天草では能力解除を渋ったのに、新宿丸ごと好きにしてくれと言う当局担当者の声は軽かった。
そんな調子のいいことを言われましても。
無原罪の聖母を出せばおそらく全国から怪獣が喚べるのだろう。
ただそれも推測の域を出ない。やってみないと分からない。
一匹残らずなんて果たして叶うのだろうか。
「質問や不明点は」
不明点しかない。
新宿区を大きくはみ出して怪獣が出現した場合、民間人はどうなるのか。
怪獣がすべて駆除できたとして四鬼尭斗はどうするのか。
彼を捕縛しなければ無限に怪獣を生み出すんじゃないのか。
また怪獣が自然発生するリスクをどれぐらい見ているのか。
仮に怪獣をすべて駆除できずに双玉と麾下十家が全滅した場合の保険はかけているのか。
当局の見通しが甘いんじゃない。どうしようもないのだ。
SSSランク四十体を一気に出された天草以降、どうにも対策のしようがなくて今日に至っている。
「特にありません。――大丈夫。大丈夫です」
奏は薄笑みで頷いた。
***
九月十五日十五時。
風がぴたっと止んだ。
三〇度を超える猛暑日。立っているだけで汗が滴り落ちる。
ハルニレの木の下で始めることにした。
なんとなくその場にいた人たちとハグをする。
ありがとう、ごめんね、また会えるといいね、元気でね。
総司は戸惑っていたが「今日ぐらい触ってもいいんだよ」と言うと躊躇いがちに奏をそっと抱きしめた。
「とにかく怪獣に集中しろ。お前のことは俺たちに任せておけ」
「殺すときは優しくしてね」
「ダメだよ。死なずに僕たちのところに帰ってきて」
「ごめんね、約束できなくて。きっとたぶんちゃんと二人のこと好きだったよ」
最後に恭鷹の手を離すと、奏は深く息を吸った。
これが済んだら奏の死刑が執行される。お別れの時間だ。
「顕現・無原罪の聖母」
光の御柱が天からまっすぐ降り注ぎ、奏の髪に、目に、肌に、白金色の光が宿る。
柔く発光しながら天へと昇っていく。
パイプオルガンと聖歌の音に、奏のものなのに聞きなじみのない声が朗々と響く。
「――わたくしは無原罪の聖母。智天使より尊く熾天使に並びなく栄えし者。すべての怪獣がわたくしに跪く。来たれ、オファニム、ドミニオン、ヴァーチューズ、パワーズ。歌えプリンシパリティ、アルカンジェリ、エンジェルズ」
ドン!!!と大きな縦揺れのあとゴゴゴゴゴゴ……と横揺れの地震が続く。
地面がうねり、その場の全員が立っていられず膝をついた。
「…………っ」
「来るよ」
濃厚な気配にぶわっと全身が総毛立つ。
新宿副都心のビル街だった場所にズズズ……と怪獣の群れが巨大な影を落とす。
五〇メートルはある超大型から黒雲のように固まって視界を覆う小さいものまで種々様々な怪獣が四方八方からこちらをめがけて集まってきている。
ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!!
当局のアラートが止まらない。
「全国で無数の怪獣出現を確認。ランク、数、不明」
「各研究施設の怪獣が一気に活動を始めました。すでに多数が脱走。研究員および周辺の被害特定を急いでいます」
その場にいた皆が空を仰いで奏を見る。
「……誘引作戦は成功だな」
***
「いってらっしゃい」
培養槽がいくつも置かれた部屋から最後の怪獣が出ていくのを見送って、優莉は扉を閉めた。
何もない空間に向かって声をかける。
「尭斗さま、始まりましたよ」
「うん、ちょうど新宿見に行くとこ。――一緒に行く?」
空間にドアノブが出現し、次元の裂け目から尭斗が顔を出す。
優莉は実年齢とはちぐはぐな――おそらく尭斗とともに時間を止めたのだろう――顔を少し曇らせた。
「ここにいます。私は奏を捨てたから。会う資格がない」
「そう? 会ったら会ったで喜ぶと思うけど。まあ母親が言うならそうかもね」
「奏を殺すんですか」
「俺は何もしないよ。ただ怪獣が勝つのか、あの子が勝つのか見に行くだけ。器が無くなったら無原罪の聖母が暴走するのか違う形態に進化するのかは興味あるけど、別に進んで死んでほしいとは思ってないな」
「生かしてはあげられないですか」
「知らないよ。死刑は当局マターだし。そんなに心配なら君も来ればいいじゃん」
「…………せめて奏によろしく伝えてください」
あはは。
尭斗は笑いながら新宿へとドアを開けた。
「あの子の意固地は君譲りか。親子って一緒に暮らしてなくても似るもんだね」
御苑の中空で、無原罪の聖母――奏は小さく歌っていた。
第十二話に続きます。
第十三話で終わりますので、もうしばしお付き合いいただけますと幸いです。また明日18時に更新します。




