第十一話 決戦都市・東京 Killing me softly 915.<中>
「覇者殿」
「あ、六波羅のおじいちゃんだ。手伝えんの? ポックリ逝かない?」
歩道橋の上に立つ老爺を見上げて、恭鷹はひらひらと手を振った。
たっぷりとした白髭と長い眉をたくわえた老爺は軽い動きでふわりと恭鷹の前に舞い降りる。
全体的に白く丸っこく妙に愛らしい。
「老骨なれど覇者殿の速度にもまだ追いつけますぞ」
「んじゃ、僕に追従して透過してくんない? こっからガード下抜けて一気に歌舞伎町前まで走り切りたいんだけどいける?」
「覇者殿こそ先般は大怪我じゃったそうな。傷は癒えましたかの」
「四鬼のクソ野郎に仕返しできると思うとワクワクするよね」
「ほっほ。わんぱくでよろしい。では参りましょう、覇者殿」
「じゃ、せーので。――せーのっ!」
六波羅の能力は透過。
任意の対象を透明に見せかけることができるだけで大した能力ではないが、攻撃特化の能力とかけ合わせることで怪獣を急襲できるのでモノは使い様である。
さながらテコンドーの演武を早回しするかのようにすさまじいスピードで突きと蹴りが炸裂し、覇者によって粘土状まで圧縮された怪獣がそこかしこで砂嵐と化す。
透過によって恭鷹の姿は見えない。
しかし砂色の竜巻が倒壊したビルの瓦礫を孕んで轟音を立てながら、恭鷹の軌道を描き出す。
「おじいちゃん、もう少し速くしても大丈夫?」
六波羅の答えを待たず、恭鷹がもう一段スピードを上げた。
怪獣の背中に強烈な蹴りを浴びせ、すかさず顔面を殴打し、脳天に踵落としを喰らわせる。
コンマ数秒。
風が唸る。
砂嵐が秒速数百メートルの爆風となって新宿をなぶる。
六波羅の透過はもうほとんど意味をなしておらず、防御能力を持たない二人もまた瓦礫まじりの爆風によっていくつもの裂傷ができていたが、恭鷹は大ガードをも巻き込みながら進む。
制服は怪獣の体液か恭鷹の血だか分からないもので濡れている。
「覇者殿、お怪我が」
「うん。まだ動けるなら治療役呼んできて。僕はまだいけるけど、一度回復しておきたい」
「諾。では一度お暇いたします」
ひらりと六波羅が舞う。
白い髭でできたふわふわの白く丸い妖精が血で濡れて紅白のめでたい見た目になっている。
「景気よさそ~」
笑いながら見送り、恭鷹はまた怪獣に向き合う。
「歌舞伎町の交差点まであと半分もないかな。――一気に行くから覚悟しなよ」
猛然と駆け出す。ビルの側面を駆け上がり怪獣の頭上まで跳躍する。
頭に膝頭を叩き込み着地。
目と思しき器官が分かれば蹴りを喰らわせ視界を奪い、突きと蹴りを組み合わせた猛攻で砂塵に還す。
一度に十数体ならば同時に相手できるが範囲が限られること、恭鷹の体力に依存した能力であること、スピードを上げれば上げるほど副産物の爆風で自分もダメージを負うことなど不利な点も多く、規制能力には認定されていない。……ゆえに天真総司より劣っていると口さがなく言われることもあった。
「でも総司にだって弱点はあるんだよ。分かってんのよ。――今日から二度と大口叩けなくしてやるから規制能力認定の準備して待ってろ、当局ども」
恭鷹が宙を駆ける。
***
「宮さま。庇の下へどうぞ。お暑いでしょう」
イベントテントの下から声をかけられて、奏は薄く眉を顰めた。
「その宮さまってのやめてよ小鳥。御所の方々に失礼だよ」
「一ノ宮だから宮さまではいけませんか。お嫌ならば姉さまで」
「奏でいいってば」
プラタナス並木を抜けた先、風景式庭園と呼ばれる御苑の中でも開けた場所にイベントテントが設置されていた。
当局の諸連絡が集まる地点でもあるので、いくつかあるテントは長机とパイプ椅子でパンパンになっており、当局関係者の緊迫した空気が流れている。たまに怒号も飛び交う。
待機だからといって隅で座って待つのも気が引けて奏はテントから出ていたのだが、弥七小鳥は最年少――まだ児童という立場を遺憾なく発揮し、白布で巻かれたテーブルとパイプ椅子、飲み物と茶菓子をゲットして樹々の合間から見えるビルが壊れていくのを涼しげに眺めている。
「小鳥は帰ってもいいんだよ。おじさんたちが来ると思ってたのに小学生を寄こすとは思わなかったんだよ。弥七からも代表が来た、ちゃんと人を出してくれたっていうのはみんなに伝えておくから帰っても誰も責めないよ」
「いやですわ、姉さま。残念ながら拙宅で一番強いのは小鳥ですの。だから小鳥が参りましたのよ。出雲で先輩方にたんと厳しくご指南も受けましてよ。おめおめと引き下がれませんわ。Bランクしか倒せない若輩とはいえ、せめて姉さまの肉の盾ぐらいにはしていただかないと」
「小鳥みたいな小さい子を肉の盾にするくらいなら僕は潔く死ぬよ」
「なぜですの。小鳥は守護師になりたいのですわ。民草を守って死ぬ覚悟なのです。でも今回の作戦にはまだ能力が足りないから、姉さまや双玉のお役に立つために来たのです。どうして小鳥を無碍になさるのです」
大きな目をさらに大きくして小鳥が首を捻る。
本気で不思議がっているようだった。
奏はテントに入り、小鳥に目線を合わせて言い聞かせる。
「それ双玉に言わないでね。あの人たちは覚悟ガン決まりしてるから本気で小鳥のこと盾だろうが人間爆弾だろうが使っちゃうからね。そういうとこ見境ないからあの人たち。んで、僕はそういう守護師原理主義みたいなの苦手なんだよ。誰かが死ぬとこもう見たくないわけ。小鳥も分かってるとおり、まだ小鳥には経験も能力も足りない。今回の作戦には使えないから帰ってほしい」
「ここで遊んでみて、もし、Aランクが倒せたらここにいてもいいですか」
小鳥の能力は人形遊び。
小鳥が箱庭の人形で演じたことは現実になる。
怪獣を模した人形を破壊すれば遠隔で討伐が可能な強力な能力だが、まだ小学四年生。
能力が安定していないのか、Bランクの討伐がせいぜいなのと、御苑から歌舞伎町まで能力が届くとは思えなかった。
奏は小さく首を振った。
「小鳥。小鳥は大きくなったらもっと強くなる。ここで無理しなくていい」
「今日で怪獣はいなくなるのではないのですか。そのために死力を尽くしているのではないのですか。次はもうないと小鳥は信じているからこそ、今日がんばりたいのです! 今日を信じられていないのは姉さまの方ではないですか!」
バンとテーブルを叩いて小鳥が金切り声を上げる。
当局側の視線が痛いが、奏は「そうだよ、本気で信じてない」はっきりとした口調で返した。
話の流れを察したのか当局側が小さくざわめく。
「この作戦は僕が一体でも喚べずに逃がしたら瓦解する。四鬼尭斗が何体所持してるか分からないんだよ。今も歌舞伎町に何体出現したかの把握すらも容易じゃない。どうなるか正直分からない。未来のために優秀な守護師を残しておくべきなんだ。小鳥、帰りな。これはお願いじゃなくて「一」としての命令だよ」
「…………いやですの」
「小鳥そろそろ怒るよ」
「もう怒ってらっしゃるわ」
「分かってるんだったら……」
「おい、ストップストップ。弥七はあんまり一ノ宮を困らせんな。一ノ宮も一ノ宮であんまり意固地になるなよ。いさせてやりゃあいい。俺にいい案がある」
「五百蔵先生」
歌舞伎町から離脱した五百蔵がテントに戻ってきた。
険悪な二人の頭をわしゃわしゃと撫でくりまわす。
「――いい案って?」
「新宿のジオラマを探してこさせたら、箱庭にできるか?」
小鳥が頷く。
「そこに双玉の人形を置く。斑鳩の遠見で奴らの現在位置は把握できるはずだ。俺の残火で人形遊びと八束の能力範囲を倍々に延長していけば、多少無茶だがこっからでも歌舞伎町まで届けられるだろう。遠隔で双玉を治癒しつつ能力増強もできるシステムが構築できる」
「八束のトリアージは位置把握だけじゃ……。呼吸数や意識レベルまで確認しないといけないから向こう側のリアクションが必須ですよ」
「そしたら向こう側に六波羅の爺様と五十嵐を配置、でどうだ。五十嵐を透過させて双玉の傍に置く。遠見と遠吠えで意思疎通すればトリアージの制限を突破できないか」
「ぶっつけ本番の賭けですが、やれたらグッと楽になる」
「それぞれの出力がバチッと上手く噛みあうかどうかっつー問題はあるが、やってみる価値はあるだろう。八束もいったん引き戻せ。見せ場だぞ、弥七」
「はい! ……はい!」
期待に頬を紅潮させて小鳥がぶんぶんと頷く。
自分にはあんなに素直で可愛げのある子ども時代はなかったなと奏は眩しく見つめた。
当局に経緯を説明している五百蔵が奏の視線に気づいて「なんだよ」と悪ぶる。
「いえ、ほんとちゃんと几帳面に先生だよな~と思いまして」
「褒められてる気がしねぇ。お前の学年はどいつもこいつも」
「褒めてますよ。誰かと連携するって考えが僕には足りないから」
「そりゃそうだ。お前にしろ双玉にしろ他者が足手まといになる場面が多い。守ってやらないと誰かが死ぬ場面ばかり見てきてる。それでみんなで一緒にやろうとはならないだろ。そこは分かってるし、ガキどもにそこまでの配慮は求めてねぇよ。俺らが戦いやすくしてやる。その代わり最後は任せた」
六波羅のおじいちゃんは白いふわもこマスコット……シマエナガちゃんのようなイメージでした。
そういう意味ではモフモフありと銘打ってもいいのかも?
物語も終盤になり、もはや語れることがなくなりました。アホなあとがきですみません。
引き続き、★やブクマ、リアクションで応援いただけたら幸いです。




