第十一話 決戦都市・東京 Killing me softly 915.<上>
二一××年九月十五日、午前五時前。
常ならば始発電車が動き始める時間帯の新宿は、厳重警戒の下、車のエンジン音ひとつしない薄明りの朝を迎えた。
歌舞伎町のネオンも消え、グレーのビルの隙間に黄色い朝日が差し込んでいく。
トー横の前の空間にドアノブが現れる。
押し開けて出てきたのは四鬼尭斗だった。
突然現れた男に警戒中の当局担当者や自衛隊、警官たちもまだ気づいていない。
尭斗は肩につくかつかないかの髪をハーフアップにまとめ、白いシャツとスキニーパンツといった戦闘に向いているとは言い難いラフな格好だった。
実際、本人もここで自身が戦う気はないのだろう。
誰にも気づかれないまま軽く伸びをすると、静かに指揮棒を振る。
「産めよ、増えよ、地に満ちよ」
ビー!!! ビー!!! ビー!!! ビー!!!
尭斗の厳かな声に呼応して、当局関係者たちの通信機器からけたたましくアラートが一斉に鳴る。
バッと勢いよく振り向いた先で、尭斗は薄く微笑んで透明なドアを閉じた。
「おいおい、マジか――歌舞伎町付近で四鬼尭斗と遭遇。多数の怪獣が発生。数、ランク不明」
御苑での決戦を構えていた当局の思惑を見透かしたかのように、新宿サブナードを食い破って地中から怪獣が湧く。
歌舞伎町一帯、東は花園神社、西は大ガード付近までの範囲に怪獣たちがひしめき、無秩序に方々へと歩き出す。後に続くように一体、また一体と湧いてくる。
「麾下十家を御苑から大至急移動させろ。双玉は飛べそうか?」
「もう着いてるよ」
聞いたそばから担当官の横には恭鷹と総司が立っていた。
「見た限り最低でAランクだね。五百蔵先生呼んで総司に付けて。僕は西から東に、総司は東から西に押し込むでいい?」
「ああ、構わない。――神威の使用制限は解除されているな?」
「神威も無原罪の聖母も今日は無制限です」
「では俺は先に行っていると五百蔵に伝えてくれ」
「当局はこいつらどっから湧いてるか突き止めて。奏ちゃんはまだ御苑でいいよ。これで手札出し切ってるとは思えないし。麾下十家も震源地には向かわせなくていいから。無駄死にになる。手近に捌けるやつがいたら仕留めるぐらいで。バフ持ちがいたら僕に追加で付けて」
空間をスワイプして恭鷹と総司が早々に消える。
そうしている間にもビルが薙ぎ倒され視界がどんどん広くなっていく。
***
「貴様ら。動くな」
新宿区役所前の交差点に降り立った総司はひとまず視界に入ったSランク怪獣五体とAランク怪獣七体をその場に縫い付けた。
森羅万象を掌握し、SSSランク怪獣に自壊を命じることもできる神威は、必中必殺の超高ランク能力だが効果範囲がそう広くはないという欠点がある。
まずは区役所通りを一気に制圧できれば話は早いのだが、「対象に命じる」という儀式が必要なため、距離が開いたり総司の能力が怪獣のランクを下回ると命令が通らない。
また一体一体に自壊せよと言って回るのはタイムロスと能力の消費量が大きく、倒し切る前に総司が疲弊して詰む。
そこで総司はロックした十二体に「最後の一体になるまで共喰いせよ」と命じた。
こうすることで効率よく自滅しあってくれる。最後の一体には自壊を命じればいい。
まだ仕上げている途中の戦法だが、天草事案の際、SSSランク以上に命令が通らず少し傷を負ったくらいで、A~Sランクならば基本失敗することはない。
だが、区役所通りから北側と、靖国通りを西側へと埋めつくす夥しい数の怪獣がいる。
後から後から湧いて出るので、もはやドローンを使っても目視で数えるのは苦労するだろう。
「天真、援護に入る」
「遅いぞ五百蔵」
「センセイな。――空間転移持ちと一緒にすんな。御苑から全力ダッシュで来てんだわ」
「御託はいい。さっさと残火を出せ」
「ほんっとかわいくねぇの」
息を切らせ合流した五百蔵が地面に手を置く。総司の足元が赤く染まる。
それを合図に「動くな」総司が命じると足元から炎が噴き出て先ほどの二倍――二十四体の怪獣の動きが止まる。
「――重ねがけはできるのか」
「倍の倍ってことか? やったことねぇが俺の消耗を度外視したらいけんじゃねぇの? 搾りかすになるまで範囲広げてみっか」
「一回分だけ残しておけ。奏のために」
「お前らの学年は敬意ってのが薄いんだよな。ほんっとやりづれぇ学年だよ」
文句を垂れながらも総司に跪く形で五百蔵が残火を重ねがけしていく。
四十八体。九十六体。一九二体。三八四体。……一五〇〇を超えたところで五百蔵の目と鼻から血が流れた。全身が脂汗でぐしょ濡れになっている。
「充分だ。いったんやめていい」
神威で五百蔵を止めると、フッフッと浅い息をしながらへたり込む。
「殺し合え。自壊せよ」
総司が端的に命じると、靖国通りを埋め尽くしていた怪獣がお互いに噛みつき、尾で叩き合い、あるいはSランクが集団でAランクに襲いかかり、断末魔を上げて自滅する。
歌舞伎町の信号までが見渡せるほど一気に開けた。
「五百蔵よくやった。……八束」
走ってくる後輩の姿を見とめて総司が軽く手を上げる。
「すみません、遅くなりました」
「確かお前は治癒ができたな。五百蔵を頼む。俺は続きを片付ける」
「承知しました。追いかけます」
八束の能力・トリアージはその名の通り怪我の重症度に応じて治癒効果が上がる。
災害医療の現場と同じく、歩行・呼吸の有無・呼吸数・脈拍・意識レベルでタグ分けし、黒タグでない限り緊急性が高いほど能力の出力も高まる。
「五百蔵先生、分かりますか? 八束です」
「……ぉぅ」
ぐったりと仰臥したままではあるが、呼吸もあり応答も可能。
黄タグ――まだ猶予はある状態と分かってそっと息を吐く。
「すぐ治しますからね。できるだけ呼吸深く吸って吐いててくださいね」
循環を意識して八束のエネルギーを注ぎ込む。
ゆっくりと血液を温めるように能力を巡らせ、消耗した気を癒し、損傷があれば治す。
土気色だった五百蔵の顔色に少しずつ赤みが戻ってくる。
極度の疲労からくる震えも止まり、呼吸も整ってきた。
「五百蔵先生、目、開けられますか?」
「……おう、もう大丈夫だ。世話かけるな」
「治癒したばかりなので、水分摂って十分から十五分インターバル入れてください。当局呼ぶんで一度後衛に戻って回復しちゃいましょう。天真さんなら大丈夫です」
半身を起こした五百蔵は見通しの良くなった通りを見やって「そうだな」顔にこびりついた鼻血を拭う。
「すまん。任せた。俺は一ノ宮の出撃に備える」
「先生の能力は貴重なので。できるだけ温存してください」
「……頼もしくなったな、八束」
「自分の能力で今度こそ誰かを守ってみせると決めたので」
五百蔵の背を支えて立たせると一礼して総司の元へ駆けていく。
同期のほとんどを亡くし、それでも守護師を選んだ八束に迷いはなかった。
いよいよ決戦の開幕です。
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