第十話 怪獣揺籃都市・出雲 麾下十家たる者<中>
おかあさんがいたら、相談できただろうか。
一か月半ほど前に双玉二人から本気の告白を受けてしまった奏は、事あるたびに思い出しては寮のベッドでジタバタしていた。
――殲滅以後の世界があるならお前と添い遂げるのは俺でありたい。
「ひえっ……」
――僕と一緒にこの世の果てまで逃げてよ。
「わわわ……」
反芻して照れている場合ではない。
天草で再度の死刑判決が出ているので婚約がまだ生きているか定かではないが、当初の予定だと回答期限がお盆過ぎ……もう一週間ほどしか猶予はない。
九月十五日まで延長されたとして、怪獣誘引作戦についても、その後のことに関しても考えることは山のようにある。婚約のことだけにかまけている暇はない。
それなのに学内で総司と出くわして何か言いたげな顔をされると突き放した手前、奏からも声をかけづらく胸が締め付けられるし、離反の大騒動を起こした恭鷹が「奏ちゃんはなーんにも心配しなくていいよ。僕が好きでやってるの」飄々と言うのを見ると胸が浮き立つようにふわふわとする。
名状しがたいこの心の揺れが『恋』でいいのか奏は知らない。
母または姉妹がいれば相談できたかもしれないが、奏にはどちらもいない。
母は奏が生まれて間もなく出奔し行方知れずだ。
父は後妻を迎えず死んだので、姉妹も兄弟もいない。
親類縁者とは疎遠なためこんな腑抜けたことを相談できるはずもない。
「あ~……もう……やらなきゃいけないこといっぱいあるのに……」
「奏さま。もうそれは恋と呼んで差し支えないかと」
「ひゃあ!? 斑鳩!! ノックぐらいしてよ!!!」
突如囁かれた啓示に奏は耳を押さえて飛び上がる。
「ノックをせよとは。遠見ではいささか難しいご要望ですね」
やれやれと家令の声だけが部屋に響く。
「ここしばらく随分とお悩みのようだったのでお声がけしたのですが要らぬお世話でしたか?」
「斑鳩ぁ~もうやだぁ~婚約したらこんなんなるって聞いてない~」
覗きなんて趣味が悪いと思いながらも、唯一甘えられる斑鳩から声をかけてくれたのはありがたい。
自分から甘えるのは斑鳩であっても何だか恥ずかしい。
「奏さま。斑鳩はご忠告申し上げましたよ。あなたさまの仰る『大丈夫』が大丈夫であったためしがないと。婚約をお受けなさったのは奏さまでしょうに」
「あのときは目が覚めたら婚約成立してたじゃん。騙し打ちだ」
「厄介事と分かっていて、絶対逃げ切ってやるんだと息巻いてらしたのに?」
「だ、だって…………双玉が僕のこと、す、好きだとか、思わないじゃん! あんなひどいことしてきたのに、きゅ、急に好きみたいなこと言うから! もっと粛々と政略結婚の手続き踏むと思ってたんだよこっちは! だから手続きの部分をワチャッとしちゃえば双玉だって逃がしてくれると思ってたの! そうだよ僕が甘かった!!」
「…………いい。いいですね若人が身悶える様は最高の栄養ですね。それでそれで? 奏チャンはどっちの男子にキュンキュンしちゃってるのカナ?!」
「噛み締めるかおじさん構文かどっちかにして。ウザいがすぎる」
「失礼いたしました。あまりにも昂ってしまって。奏さまの甘酸っぱい恋愛模様が見たいがゆえに一ノ宮家に残ったと言っても過言ではありませんので」
「理由が変質者すぎるよ。僕は……恋とか……正直よくわかんない……」
「んんんんん~~~!!! 甘酸っぺぇ~!!!」
「ねえもう!! 真面目に聞いてくれないなら遠見すんのやめて!!!」
真っ赤になりながら宙に枕を投げつける奏の近くで、「失礼いたしました」と斑鳩が咳払いをする。
ハァハァと荒ぶる息を隠しきれておらず、奏は斑鳩の《目》があるであろう空中をねめつける。
「繰り返しになりますが、それはもう『恋』です。奏さま」
「どっちに?」
「おそらくどっちもに」
雷に打たれたように奏が目を見開く。
カヒュッと喉が鳴る音がして大きく咳きこんだ。
「そ、そんな尻軽なの僕、ふ、普通は一人の人を好きになるんじゃないの?! え、僕、自分がそんなに不埒だなんてしらなかった……どうしよう斑鳩……」
「尻軽……? 不埒……?」
「だってよく分かんないけど、いっぺんに二人に恋したりするの? しかもあれだけ僕をシカトしたり、いじめたりしてきた双玉だよ?! 政略結婚じゃなくなったら、余計に一人を選ばなきゃいけないんじゃないの?!」
「まぁ一途な純愛が王道ですが、逆ハーも人気ジャンルですからねぇ」
「え、なにどっち? どういうこと?」
「――奏さま。五百蔵先生や三國先生のことはお好きですか」
「……? 思うところはあるけど尊敬してるよ」
「八束くん、五十嵐くんは?」
「可愛いよ」
「父君や雙葉の兄君、九重くんは?」
「……生きててほしかったな」
「私めは?」
「たまに不気味だけど頼りにしてる」
「奏さま、それらを総称するとだいたい『好き』になります。人が人を想う気持ちはいくつあっても、様々な形があっても間違いではないかと」
「二人ともを好きでいいってこと? ……僕は本当にあの二人を好きだと思う? だってずっと赦せなかったんだよ。またある日突然見捨てられるんじゃないかって怖くなる。天真には無視され続けたし、僕の事情を全然汲もうとしてくれない。冷泉にはたくさんいじわるされたし、好き勝手なことばっかりする。それなのに?」
自分が信じられないと奏は弱々しく呟く。
双玉を恨んだことすらあった。
それなのに、恋、だなんて。
「天真の坊ちゃんは奏さまを想って、向き合おうと変化なさいましたね。お断りなされましたがお正月の簪も美しゅうございました」
「僕、いま髪短いのに家の人のおすすめだからって。不器用だよね。……今は冷泉も麾下十家もいないのに独りぼっちで討伐に出てる……」
「責任感がお強い方ですね。奏さまのために当局との楔になろうとしている」
「変に頑固なんだよ。僕の胸触っちゃったから責任とって結婚するとか言うし」
「おや? そのお話、斑鳩は聞いておりませんが。よもや無垢の乙女に無体を強いたと?」
「戦闘中にちょっとぶつかっただけ。幻覚で男に見せてるだけだから身体は女のままなわけじゃん。僕も迂闊だったよ。アレで素性バレするとは思わなかったね」
「不慮の事故ならばまあ……ギリギリですがラッキースケベ判定としましょう。冷泉の坊ちゃんはいかがです? あの方も昔に比べたら随分と丸くなられた」
「たしかに急に池に突き落とすことはしなくなったね。気まぐれで人を振り回すのは変わってないけど、優しくなった、とは思う」
「奏さまのために双玉を捨てる覚悟までなされた」
「ほーんと厄介だよ。離反騒ぎでどんだけの人が振り回されてるか。麾下十家がストライキ中なのに冷泉まで離反したらもう討伐がなりたたないじゃん。なにより一般の人が困るし天真一強になっちゃったら冷泉の立場も危ういし……ほんと僕なんかのために……天真も冷泉もばかだよ――二人とも僕の死刑執行にサインしてないんだって。信じてるんだって。九月十六日に、怪獣後の世界に、僕が生きてるって」
「信じていらっしゃらないのは奏さまだけなのでは? 私めともお約束したのをお忘れですか。最終目標はのんびりハッピーライフ。早々に諦めてどうします」
「――でもみんな無原罪の聖母きらいじゃん。僕、このまま生きてて……誰かのこと好きになってみてもいいのかな……」
「斑鳩は奏さまが恋をなさるのを今か今かとずっとお待ちしておりましたよ。これでやっと青春キュン甘じれじれラブコメディが見れるかと思うと歓喜に胸が踊ります。双玉をお選びになっても、他の方を愛されても、いずれも美味しゅうございます」
奏は枕を抱きしめた。
斑鳩にも見られたくない顔がある。
しばらくの沈黙ののち「欲張ってみる」小さいけれど芯のある声だった。
「僕もちゃんと誰かを好きって言えるようになりたい。婚約も期限延ばしてもらってちゃんと返事する。天真なのか冷泉なのか別の人なのかまだ分かんないけど」
「よいご決断かと」
ん~、と奏はベッドの上でストレッチをする。その顔からは迷いや動揺が消えていた。
「――斑鳩、お兄ちゃんしてくれてありがとね。ちょっとすっきりした」
「……大変有難いお言葉なのですが、斑鳩はあくまでモブでいたいのです。主人公のお兄ちゃんポジションは大いなる解釈違いなのでお控えくださいますよう」
「その変な性癖さえなければなぁ……」
出会ったときから頑なに変わらぬ家令のこだわりに、奏は苦笑いするしかなかった。
斑鳩がいると画面がワントーン明るくなる気がします。そんな第十話<中>でした。
第十話<下>はあの人に危機が……。物語も終盤に向けて動いております。
たまにはコメディ回もいいじゃんと思っていただけたら、★やブクマ、リアクションで応援いただけたら幸いです。




