第十話 怪獣揺籃都市・出雲 麾下十家たる者<上>
盆の初め。
修験道の霊地として知られる出雲の山中に三國と五百蔵の姿はあった。
二人だけではない。
常日頃はひっそりと静まり返っている青紅葉の山道に、雙葉から始まり六波羅や弥七、八束、九重、五十嵐といった麾下十家に連なる守護師たちが続々と集まってきている。
当然といえば当然だが四鬼家は現れなかった。
当局とは依然として折り合いがつかず討伐ストライキは続いているが、ストライキが解かれればすぐさま討伐任務が大量に割り振られるだろう。
特に夏は人も山に入りやすい季節のため怪獣との遭遇率が飛躍的に上がる。
危ないから山に入るなと言ってもどうしようもない。
山と共存しなければ生きていけない国柄である。
そして問題の九月十五日。
Aランク級以下の守護師はほとんど役に立たないと言われているが麾下十家に生まれた以上、決戦に赴かないわけにはいかない。
これはそうした今後を見越して鍛錬しておこうという有志の催しなのだった。
旗振り役は斑鳩。
どんな手を使ってうるさがたを始め、禍根の残る雙葉や九重を動かしたのか。
一ノ宮の家令という身分を存分に揮い、相変わらず好き放題している。
どの家も学徒までは免除ということで、奏や双玉、後輩たちの姿はない。
当局からの無理難題を生き残った、五百蔵いわく「文句の多いジジババと覇気のない中堅」が、米俵一俵ほどの錘をつけて組み手をしながら急な坂道を山門目がけて駆け上ってくる。
誰に指示されるでもなく始まったそれは、いつ終えるかも決まっていない。
とりあえず老人会が納得するまでは給水さえしづらい空気である。
「はーしんど。もうそろそろお昼いただいてもええやろか」
覇気のない中堅代表・三國が空気を読まずに山門にしなだれかかる。
短い金髪に隙のないメイクが近寄りがたいのか、うるさがたも見なかったフリで次のルーティンに入るべく坂道を降りていく。
「この空気でよく優雅に休憩とれるな。もう少し耐えろよ。教員だろ」
女と油を売っていたというお叱り覚悟で五百蔵がしぶしぶ苦言を呈す。
よよよ……と口に出して三國が大げさに泣き真似をする。
「ただでさえ嫌々やのに、先輩からパワハラまで受けるやなんて。酒も飲めん肉も食えんとこに一週間も……こんな仕打ち受けるんやったら、冷泉の坊ちゃんみたく離反したろかな~」
「おいやめろ。真面目なお偉方ばっかりの集まりで不謹慎ボケかますな」
「ええやないですか。アオハルですねぇ。好きな子ぉのためなら当局も敵に回す姿勢やよし。一ノ宮のためにあえて双玉でおり続ける天真の坊ちゃんももう少しみんな評価したらなあかんと思いますけども」
「……三國は、一ノ宮が女だと知ってたのか」
「ちぃとも。双玉と比べられてかわいそうな学年の子ぉやなぁとしか。あの子、ほんまはえらい美人さんでびっくりしましたわ。ぼやーっとした子や思うとったんに幻覚も優れてますねぇ」
「俺はあいつらが入試を受けたときに当局から通達が来た。あの能力だ。試験もクソもねぇ出来レースだが、一ノ宮はそのときからもう身分も能力も偽ってた。一ノ宮の分家のパっとしねぇ能力の男として真っ向から受験して、実技試験も幻覚しか見せなかった。――ガキの覚悟の決まり方じゃねぇ。あのときと同じざわつきだ」
「何がですのん」
「不甲斐なさで身体中がゾワゾワすんだよ。ガキに責任ぜんぶおっかぶせて、怪獣誘き寄せて消滅させる。その手伝いすら俺たちはまともにできねぇ」
「はは。たしかに~。現場にいるだけ邪魔な気ぃすらしますねぇ。うちらんこと庇って怪我でもさしたらどないしよ」
「笑ってる場合か」
「うちの融解はAランクが融かせるかどうかのか弱い能力やし。米俵担いで馬鹿力つけても何の意味もおへん。ここにおるだけでも褒められたいわぁ。その点、五百蔵さんはええですねぇ。味方の攻撃をオートで全体二倍攻撃にできるバフなんて決戦には打って付けですやん。ほんま羨ましいわぁ。一生懸命鍛錬に励んでしっかり活躍してくださいよ」
「三國」
「なんですのん。「三」やからしっかりせぃとか言うんやめてくださいね。うちかて指導担当の子ぉたちは助けたかった。でもしゃーない。うちもあの子らも弱かった。当局は腹立つけど、どないしょうもない。やれることをやるしかない。せやからうちは一ノ宮を逃がしてなんかやらん。「一」の筆頭として麾下十家の誰も死なせん、討伐にも出さん言うんやったら責任もって最後まで先頭に立ってもらわな」
「……いや、そうか。安心したわ。下手したらお前トンズラこくんじゃないかって思ってたから。ダセェ真似すんなよって釘刺しとこうと思ったんだが、ちゃんと「三」としての自負はあるみてぇでよかったよ」
「麾下十家やからとちゃいますよ。教員やから。誰かの役に立つために守護師になった自分との約束やからや」
「なんだよ、俺のが全然ダセェな。全然覚悟が決まらねぇわ」
「五百蔵さんは教え子に入れ込まはるからねぇ」
「怪獣殲滅なんて本当にありえると思うか? 当局がぶち上げてるだけで二度と怪獣が生まれない保証なんてない。それに無事殲滅したとして、守護師の能力が国際的に軍事利用されてない今の方が奇跡だろ」
「なんや斑鳩が米中露は躱しとるって噂ですけどねぇ」
「あいつはあいつで何者なんだよ。使い勝手よすぎるだろ」
「趣味ですって。ラブストーリーにノイズは入れたくないとかどうとか。まあ一ノ宮至上主義の覗き魔ですよ。一ノ宮が生きとる限り害はないんとちゃいますか」
「そこまでいくと執念だな」
少し立ち話が長くなりすぎた。
三國には言いづらい爺様どもが五百蔵をどやす。
嫌がる三國に錘を付けさせ、山門から坂道を下ってスタート地点に戻る。
観念したのか三國がすっと重心を落として構えを作る。
守護師は実力至上主義だ。
強ければ強いほどいいとされる。
その常識に逆行して、五百蔵のように自分より強い教え子を受け持つこともある。
守護師としての「正しい基本」を教え、彼らにブレない軸を作ってやることが教員の使命であるというのが五百蔵の持論だ。
三國のAランク討伐率は六割程度。
加えて担当した学年がほぼ全滅したことを恥じているのか、自分は弱者だととやる気のない様を見せる。
だが、三國の型はいつも「正しい」。
鋭い上段蹴りを流しながら、五百蔵は顎への上段突きで有効打を狙う。
八束と五十嵐は守護師になると言う。
仲間の死や自分の実力と向き合い、面談した三國と向き合い、それでも後方支援ではなく守護師を選んだ。
彼らには軸がちゃんとできている。
三國はそれを誇っていい。
少なくとも当局命令に逆らえず一ノ宮の首が落ちるのを見届けるしかない五百蔵よりずっと芯がある。
「俺はなにやってんだろうな……」
体幹が一瞬ブレた隙を見逃さず、三國の中段突きがみぞおちに入った。
あまり貴賤や身分制度については本編で触れていませんが、三國先生が「三」、奏が「一」なので、かなりの名家です。そういった意味ではこの物語は令嬢もののひとつなのかもしれません……。
第十話<中>は当社比でかなりコメディです。癖の強いあの家令がやってきます。
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