第九話 当局勅令都市・東京Ⅱ 双玉事変<下>
「死ななかったか~。悪運強いね、君」
病院を出て学徒寮までの送迎タクシーに乗り込むと運転手がバックミラー越しに話しかけてきた。
恭鷹は覇者を出すか一瞬身構える。
「あんた誰」
「四鬼尭斗」
「……へぇ。五十路のジジイには見えないけど」
「三十すぎだったかな。歳を取るのをやめてみた。脳も肉体も能力もここだっていう最高のポイントでパフォーマンス保とうと思って」
あまりに彼らしい理由に恭鷹は笑った。
四鬼尭斗ならやるだろう。
「それもう人間やめてんじゃん。指名手配犯って意外と捕まらないもんだね。当局の包囲網がガバいのか、あんたが異常なのか」
「当局は俺が作った組織だから。システムも人も多少いじるのは造作もないさ」
築地を抜けて浜離宮方面へ車は慣れた仕草で進む。
さすがに当局のお膝下に潜伏しているとは誰も考えなかったのか、それとも尭斗のコントロール下なのか、どこぞで検問をしている様子もない。
「で? 僕を殺すためにわざわざご足労おかけした感じ?」
「いや。この前死んでくれたら都合は良かったが、生きていても差し支えはない」
「双玉の勢力を削ぎたかったけど、何らかの理由で必要なくなったってこと?」
先般の大規模テロを思えば他の理由がないのだが、尭斗は文字通りきょとんとして意味が通じていないようだった。
一拍黙り込んだ後、閃いたように一気に喋りだす。
「…………ああ。そういう考え方もあるのか。俺の狙いはそこじゃない。俺は規制能力を掛け合わせた子どもがどういう能力を持って生まれてくるのかを知りたい。その観点だと天真と奏の子どもの方がより興味深かった。よって冷泉が死んでくれた方が話が早い。が、この前の怪獣戦で覇者も規制能力並みだと確認できた。ならば天真でも冷泉でも婚姻はどちらでもいいという判断をした。最終、婚姻は好きにすればいいよ。婚姻制度と生殖は別物だから。遺伝子情報さえ手に入ればこちらで創ればいいことだって思ってさ」
「サイコパスはベラベラとよく喋るね」
「すまない。どこまで話せば通常の人間が理解できるのかの塩梅が上手く図れないんだ。どうしても口数が多くなる。俺の悪い癖だな、許せ」
「それ僕がバカだから説明するの大変って愚痴たれてんの?」
「君だけじゃない。大半は同じような反応をする。――俺の能力は分析。だいたいのことが見たら分かる。それが未解剖の怪獣であっても。だから見えている事象を省いて喋ろうとすると省きすぎるのか叱られる」
「それは物理的なことを言ってんの? それとも『見えないもの』も含んでんの」
「人間の感情などリアルタイムで数字およびデータ解析しづらいものを『見えない』と定義するならそれも含む」
「ふーん、じゃあ僕が今何考えてるか分かる?」
「天真より格下だと侮って君に会いに来たわけじゃない」
「マジか。きしょいなぁ。まあいいや、正解ボーナスとして続きを聞こうか」
「ある程度他人の思考も『見える』から当局研究室の室長になれたし、『見える』がゆえに異端とも言われた。君たちはすぐに理由や根拠を求める。たとえば人間の右手が右手である理由を『証明』しろと言われて君はすぐ言葉にできるか? 俺の目には怪獣も人間も等しく『端的に説明』できる存在なのに、端的な説明では君たちはいつまでも納得しない。だから怪獣は未解明な部分が多いとか嘘をつく。見れば分かる。そして俺はずっと見たままを伝えてきた」
「怪獣のランク付けもあんたの中だとちゃんと理屈に基づいてたりする? 僕たちの認識だとデカさと厄介さ加減で大雑把にくくられてるんだけど」
「怪獣に社会性がないと誰が言った。彼らに自分の等級を尋ねれば分かるだろう」
「その言い方だと怪獣に言語もあって解析できてんのね。――ねえ、あんた説明が下手くそってよく言われるでしょ」
「言葉数が多いと君が言ったんじゃないか」
「重要事項を省いていいとは言ってないんだよ。……つーか強力な能力の掛け合わせが見たいなら、怪獣と守護師のキメラとか作りそうなのに、それはさすがにあんたの倫理観でも躊躇われるんだ?」
「それはもう奏で結果が出ている。だからその次世代を観察するんだろう」
「は?」
尭斗がハンドルを切りながら答える。
冗談のつもりの問いだった。
瞬間漏れ出た覇者で後部座席の小さなテレビモニターが捻じ曲げられ圧縮されて足元に落ちる。
「小豆島でオファニムと遭遇したと聞いてたが、ICSI実験の話は天真だけが聞いたのか?」
「総司が気にしてたあの肉の輪の怪獣か。あれは何で、ICSI実験って何」
「ICSIは顕微授精。守護師の卵子に怪獣の精子を注入したらどんな生物が発生するのか、生来のSSSランク討伐級能力は所持できるのか、生物が発生したとしてそれは人間の管理下で運用できる生命なのか、成長過程はどうなのか、主に知りたかったのはそんなところかな。で、生まれたのが奏。――もうすぐ学徒寮に着くけどどうする?」
「遠回りして好きなだけ喋りなよ。運賃は払うからさ」
尭斗が笑う気配がした。
車は恭鷹の言う通り汐留から浜離宮を通り越して東京タワー方面へと進んで行く。
「オファニムは奏のために作ったAランク級怪獣。あの上にもSSSランクとそれより強力なのがいて俺は天使シリーズって呼んでる。可愛いだろ。無原罪の聖母に連なる、奏が困ったときのための奥の手だよ」
「やっぱりSSSランクより上がいるんだ」
「人類が進化してきたように怪獣に変化がない方が不自然だろう」
「あんたが進化を無理やり促してんじゃないの」
「俺に歴史を早める能力はないよ。見たまま感じたままを試したらたまたま上手くシンギュラリティが起きただけ。神の模型を作れるけど、俺自身は神じゃない」
「…………」
「俺が与えた能力のせいで奏は苦しんできたのに、とでも言いたげだな。俺は保護者じゃないから口出ししないだけで、苦しめてるのは人の理の方だと思うけどね。当局や君たち守護師の常識とやらがあの子を人の輪から排除した。俺も人と交わるのは苦手だから奏の立場は理解できる。ああまで傷ついて人と関わりたがるあの子の寂しがりは理解しかねるけど」
「九月十五日が済んだらあんたはどうするの」
「九月十五日?」
「奏ちゃんが国中の怪獣を寄せ集めて消滅させようって日」
「ああ、あれ。それって実現可能な計画なのか?」
「あんたがそれ言う? 奏ちゃんは怪獣を誘き寄せる体質だって当局は踏んでて、東京に怪獣ぜんぶ集めて一気に双玉と奏ちゃんで叩くつもりらしいよ」
「自力で動ける怪獣はあの子が喚んだら応じるだろう。でも孵化していない卵生は存在しないのか? 卵のまま転がるのか? もし胞子で増殖する怪獣がいたら? 日本以外にも怪獣がいたら? たとえば俺が持っている怪獣の遺伝子情報は世界中に保管してある。俺が死んでも情報は死なないように。それをまた俺のようなやつが運用するとは考えないのか? ――様々な可能性を排除できないまま君たちは何を核として怪獣を消滅させると言っている? 当局の学閥組や霞が関が考えそうなことだけど、楽に奏を殺したいだけでそれこそ根拠がない。今回、俺は君たちがどこまでの怪獣に対応できるのか見たくて四十体を出したが、奏は死ぬどころか怪我もしていない。俺が所有している怪獣と日本中の怪獣すべて吐き出して、誰の手も汚さず勝手に奏が相討ちになってくれるっていうのは、思考にフィルターがかかりすぎていないか」
「なるほど仰る通り。まったく無理な計画だね」
恭鷹は後部座席に寝そべって空笑いした。
「僕は別にいいけど。奏ちゃんに死んでほしくないし、怪獣殲滅なんて最初から期待してない」
「そこは切り離したほうがいい」
「ん?」
「当局は怪獣殲滅が無理でも奏は殺せる。あれは怪獣の魂が上手くハマっただけで器は人間仕様だ。無原罪の聖母の加護があるにせよ頭を吹っ飛ばせば普通に死ぬ」
「それ僕か総司になら殺せるじゃん」
「だから話を切り離せって言ってる。怪獣殲滅と死刑は同じ箱に入っているだけの別物だ」
「あんたは指咥えて見てていいの。無原罪の聖母ってあんたの実験でも貴重なんでしょ?」
「最高傑作ではあるが再現性はある。あと純粋に奏が死んだら無原罪の聖母がどうなるかの方が興味深い」
「当局といいあんたといい腐れ外道しかいないわけ」
「ひとつ訊いていいか」
「なに、思考読めるんじゃないの、勝手に読めば」
「おおよその思考が読めても理解しがたいことがある。君は奏を愛しているのか」
「え、きしょ……なに……愛がどうとか高校生に聞く五十路やばいよ」
尭斗の目はちょうど制帽に隠れて見えなかったが、冗談や揶揄いで訊いているわけではなさそうだった。恭鷹は厄介なものに絡まれたものだと眉を寄せる。
「愛かどうかはまだ分かんないけど好きだよ」
「それはその人間を思い出すと他の思考が停止するものか」
「どうだろ。僕は奏ちゃん以外のことも考えて動けるけど、頭いっぱいになるやつもいるんじゃない。あんた風に言えば個体差があるよ」
「個体差か。それもそうだな」
「あんたも人間のことで思考が埋まったりするの?」
「――ほら、学徒寮だ。運賃はサービスしてやるよ」
お喋りはおしまいとばかりに学徒寮の正門前で停まる。
どこからともなくCランクが湧いてきて蚊柱のようにタクシーを覆いつくした。
鬱陶しく思いながらもボストンバッグを持って車を降りる。
ああそうだ、と恭鷹が運転席を振り返る。
尋常じゃなく美しい横顔がほとんどCランクで埋もれている。
「僕からも最後に訊いていい? なんでそんなに怪獣に固執してんの」
「聖母までは生み出せた。その先の神が見たい」
「ほんとイカレてんね」
覇者でCランクごとタクシーを圧縮する。
尭斗のことだ。Cランクを目くらましにとっくに離脱しているだろう。
恭鷹と会話していた彼もただの影かもしれない。
どのみち簡単に捕縛できたら先のテロは起きていない。
恭鷹は尭斗に遭遇した旨を当局に報告しようと、しばし通信機器の画面を見つめた。
怪獣殲滅と死刑執行は別。
尭斗の言葉を反芻する。
自分か総司になら殺せる。
つまるところ当局は双玉で奏の首を刈りたいのだろう。
「どいつもこいつも。本当に低く見積もられたものだよ」
総司は奏の出生を恭鷹には伏せた上で九月十五日決戦を容認した。
当局は怪獣殲滅を喧伝することで奏の死刑を薄めようとしている。
そして奏はおそらくそれらをただ受容するだろう。
「僕は僕のものを踏み躙られるのが一番嫌いなんだよ」
恭鷹は当局には連絡せず通信機器を奏へ繋ぐ。
「あ、奏ちゃん? 僕、離反することにした。当局にはしばらく協力しない」
「えっ? は??? りはん???」
「色々と腹に据えかねたから双玉宗家からの離脱も視野に入れて動こうと思って」
「とんでもないこと言い出すじゃん。ちょっと落ち着こうか、何があったの。今どこ?」
「落ち着いてるよ。慌ててんのは奏ちゃんの方でしょ。冷泉も討伐とか当局命令ぜんぶストライキしよっかなって話。麾下十家と一緒一緒。九月十五日はまあ出るよ。だけどあいつらの言う事聞くのもうやだなーって」
「なん、何があったの。今日退院日だよね。当局になんかされたの? そっち行くから場所教えて、一回落ち着こう、冷泉」
「だから落ち着いてるってば。奏ちゃんも逃げ出したいって言ってたじゃん」
「言ったけど双玉とは次元が違うんだよ……って見つけた! 正門ね。そこから動かないで。行くから。双玉が離反とか意味分からないから。絶対動くなよ!」
焦りに焦って二階の窓からダイブする奏を片手で受け止め、恭鷹は通信機器越しに誘う。
「僕と一緒にこの世の果てまで逃げてよ」
第九話<下>でした。麾下十家に続き、冷泉家もストライキへ。
このまま尭斗の予測通り怪獣殲滅は失敗に終わるのか。当局の担当者も苦労が偲ばれます。
第十話は先生たちのお話です。また明日18時にお会いしましょう。
(引き続き、★やブクマ、リアクションで応援いただけたら幸いです)




