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第九話 当局勅令都市・東京Ⅱ 双玉事変<中>

 今年も空梅雨になりそうだなと雲一つない晴天の下、総司は汗を拭う。

 もうすぐ七月になるというのに雨はなく、強い日差しが肌を灼く。

「こんな暑いのにランニング? 精が出るね」

 学徒寮の前でクールダウンしていると珍しく奏から話しかけてきた。

 見るからに暑そうな長袖の学ラン姿だ。正装のマントまで付けている。

「……九重への謝罪帰りか」

「うん。会えなかったけどね。会えるまで行くよ」

「お前が詫びなければいけないことなのか」

「双玉って似るんだね、冷泉にも言われた。僕が殺したんだ。他に誰が詫びるのさ」

「お前が直接手を下したわけではあるまい。奴の力が生き残るに及ばなかった」

「まあ天真はそう言うと思った。それ以上やめて。九重のことでケンカしたくない。天真や冷泉の求める水準じゃなかったかもしれないけど、あいつは立派だったよ。そんな風に死んで当然みたいに断じられたくない」

「俺はお前の心配もしたらいけないのか」

「僕の心配」

 意外そうに奏は目を瞬(しばた)き、総司はむっと口を引き結んだ。

 別に九重の家に謝罪をしたいのなら勝手にすればいい。

 天真が言えた立場ではないが、また門前払いをくらいつづけて、それで奏はつらくないのか。

 奏だけが悪かったわけではないのに背負いこむことで苦しくはならないのか。

「この暑い中、会えるまで通うと言うから。ずっとその正装(かっこう)で行く気だろう。熱中症になるぞ」

「ああ、そういう心配。ほんと嫌になるくらい暑いよねぇ」

「会えなかったらどうする」

「別にどうもしないよ。あちらには会わない権利がある。でも二度と来るなとは言われてないから言われるまで僕は通い続ける。それが弔いになるかは分からないけど」

「……九重のせいで麾下十家が動かないから討伐任務がこちらにばかり来る」

 総司は拗ねていた。だから思わず愚痴も出る。

 あの後輩とそんな密接な関係があっただろうか。

 総司と恭鷹で埋められない奏の孤独が埋まればいいと思っていたが、「一」としての権力を行使して麾下十家の稼働をすべて止めるほどの何かが九重との間にはあったというのか。

 総司と恭鷹が死んだときも同じことを奏はするだろうか。

「お前は一ノ宮を捨てたかったんじゃないのか」

「本当に冷泉と似たようなことを言うね。さっきお見舞いに行ったら、どうしたら僕は逃げなくて済むのか聞かれた。僕は誰にも死んでほしくないだけなんだ。だから僕がいるせいで一ノ宮や麾下十家が被害を被るなら家は畳むし、僕が矢面に立って守れるなら喜んで名前を使うんだよ。家うんぬんは僕の手段であって目的じゃない」

「では九月が終わればお前はどこにも行かないのか?」

「どういうこと?」

「怪獣殲滅後の話をしている。誰も死なない世界なら、お前ももうどこにも行かないのか?」

 蝉も鳴かない夏の気温が纏わりつく。

 奏は薄笑みのまま「僕は死ぬじゃん。そのあとのことは知らないよ」突き放すように身を翻した。

「俺は」

 その手を掴んで総司が引き留める。

「俺は、お前を死なせる気はない。九月十五日に参加はするが、死刑執行にはサインしていない」

「本当に双玉そろって同じことばっか言う」

 奏が苦笑する。

「俺にとって大事な話だ。聞いてくれ」

 総司は離れようとする奏の手首を再度握り直した。

「殲滅以後の世界があるならお前と添い遂げるのは俺でありたい。もしお前が怪獣とともに死ぬというなら、その結末を変える気がないのなら弔うのも俺がいい」

「弔っても天真にメリットないでしょ」

「ある。お前の最期を独占できる」

「なにそれ。……まるで僕のこと好きみたいじゃん」

「富士の後からずっとそう言ってる」

「言ってないよ。責任とか夫婦だとか変なことは言ってたけど」

「好きじゃない奴と婚姻は結ばない」

「そ、そういうキャラじゃないじゃん。当局が定めたら粛々と政略結婚するタイプだろ」

「好きな奴がいれば話は変わってくる」

「きょ、許可なく触らないで、って言った、のに」

 あからさまに狼狽えた奏が目を逸らす。

 その手をさらに握りこんで「どこにも行くな」総司の切実な声が漏れる。

「お前は手を離したらどこかに行く。お前は目を離したら死のうとする。嫌だ。俺はお前に死んでほしくない。俺がお前を生かす。だから俺と生きてくれ」

「そんなに無原罪の聖母(ホーリー・マザー)がほしいの」

「違う。ただ一緒にこの先を歩いてくれるだけでいい」

「き、君は……君は門も開けてくれなかったくせに……!」

「分かっている。だから俺はお前に赦されたい」

「無理だよ」

 空気に溶けるほど小さな呟きが二人の間に落ちる。

「……僕はまだ君のことも誰のことも赦せない」

 結んだ手を強く振りほどいて、奏は寮へと駆け込んでいった。

第九話<中>は総司サイドからさっぱりめにお届けしました。

恭鷹に比べると言葉少なですが、総司は飾らないのでわかりやすいなと個人的には思っています。

<下>では再びあの人が登場します。すごい喋る奴VSめっちゃ喋る奴です。

★やブクマ、リアクションで応援いただけたら幸いです。引き続きよろしくお願いいたします。

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