第九話 当局勅令都市・東京Ⅱ 双玉事変<上>
見舞いにやってきたのは冴えない少年だった。
恭鷹は意固地だなぁと苦笑する。
「今回の事件で奏ちゃんが一ノ宮の当主で双玉の婚約者だってみんなにバレちゃってるでしょ。なんで今さらその恰好?」
「動くの楽なんですよ。女の恰好だと不思議と視線も多いような気がして。事情を知らないふりしてくれる人もいるんでご厚意には甘えようかと。お加減いかがですか?」
「体調はもう大丈夫。病院にいるとやたら眠いんだね。寝すぎて身体中がボキボキ言う。ご飯もぜんぶ似たような味だし早く寮に帰りたい」
「そう言うと思ってプリン持ってきました。いいとこのやつ」
「えーうれし。これ買うの苦労するやつじゃん。僕のために並んでくれたの」
「九重に受け取ってもらえなかったんでお気になさらず。賞味期限切れちゃうから」
「奏ちゃん最低。デリカシーなさすぎ」
「でも食べるでしょ?」
「そりゃ食べるよ。――九重んちまだ怒ってるの? SSSランクの不意打ちで死んだんでしょ。奏ちゃんのせいじゃなくない? 弱いやつは遅かれ早かれ死ぬ」
「僕のせいですよ。当局に構わず能力出せばよかったんです」
瓶に入ったプリンにカラメルを垂らしながら奏が言う。
自分が御所浦島へ飛べていたらと思うと恭鷹も今回ばかりは邪魔なやつが死んでよかったとは言えなかった。邪魔ではあったが嫌なやつではなかった。
「冷泉が重度の裂傷で緊急手術って、結局あの日なにがどうなってたんですか?」
「全国で四十体のSSSランクが出現した」
「まあ、そうなんですけど。それは聞いたんですけど」
パイプ椅子をギッと鳴らして奏が器用に椅子の上であぐらを組む。
「神威の規制は解除されてた。覇者も討伐完了まで使えてたらしいじゃないですか」
「そうだね。全身裂けたまま戦って死ぬかと思ったけどね」
「不思議なんですよ、双玉がそこまで追い込まれたことが。SSSランクとはいえ、一気に四十体が攻めてきたわけじゃなく数体ずつだったはず。それだったら移動のラグや疲労度を加味してもあなたがたがここまで遅れをとると思えなくて」
「奏ちゃん、僕らのことめっちゃ信頼してるじゃん」
「数字は嘘をつかないって話ですよ。能力値から言えば冷泉の怪我は重篤すぎる」
「褒めてんのか貶してんのか微妙なラインだな」
「ちゃんと褒めてるし心配してますよ」
「はいはい。お褒めにあずかり大変光栄だけど、僕らも人間だからね。能力を酷使しすぎて出力が弱まってた可能性はあるよ。あとは」
「SSSランクじゃなかった可能性」
「そ。当局認定の怪獣最高位はSSSランクまで。しかも二十年以上前に設定された何となくのデカさと何となくの想定被害、知性がありそうかどうかぐらいのぼんやりとした指標でしかない。今回の事案が四鬼尭斗によるテロだとしたらSSSランク以上を送り込んでくるのなんて容易に想像がつく。実際、討伐できたけど覇者が鈍い感覚はあったしね」
「鈍い」
「言い切るのは違うか。正確には覇者の効きが悪いのか、怪獣が硬すぎるのか判別がつかないシーンがしばしばあったんだよ」
硬すぎる。硬すぎる? 奏は口の中でくぐもった呟きを繰り返す。
無原罪の聖母は対象を完全消滅させるため、無効化のイメージが湧きづらいのだろう。
「覇者は怪獣を0.004ミリ以下の粘土状まで分解・圧縮してるんだけど、その粘土状まで圧縮するのに時間がかかるかかからないか、突っかかりがあるかないか――それが怪獣のランクに対する僕の体感。それが今回は異常だった。一体一体が異様に時間かかるし、覇者を振り切って明確に僕を狙って反撃してくる個体もいた」
「冷泉を狙って? 怪獣ってそんな指向性ありましたっけ? 進行方向に遮蔽物や障害物があると排除行動には出ますけど」
「知らんよ。研究と検証はそっちの得意分野でしょ。でも実際こうして死にかけたわけ。僕や総司がぬぼーっと立ち尽くして怪我するとはそうそう思えないけどね?」
「ですね」
「ほんと怪獣で頭いっぱいだねぇ」
「え? まあ、九月十五日のこともありますからね」
「麾下十家はストライキ中なんでしょ。当局が九重を死なせたから」
「……僕は無駄死にを無くしたいだけで、僕が前線に出て片が付くならそれで全然いいんですよね。だから九月十五日は受け入れてて。僕が誘き寄せて、本当にそれで怪獣が日本から消滅するなら全然構わない」
どこか捨てばちな返答に恭鷹はむぅと不満げな顔をすると食べかけのプリンをひと匙、奏のくちびるに押し付けた。口元を汚すカラメルに一瞬眉を顰めたが、たまご色のそれを奏の小さい舌が舐めとる。
「食べるんだ」
「食べさせたくて押し付けたんじゃないんですか」
「毒かもしれないのに信頼されてるなって思って」
「毒なわけあるかい。僕が自分で買って持ってきたんだよ」
「奏ちゃんさぁ、九月十五日もだけど大事なこと忘れてるでしょ」
「大事なこと? なにかありましたっけ?」
「結婚。どっちとするの。僕と総司」
青森での死刑宣告の執行猶予として提示された婚約期間は約半年間。
九月十五日が来るより前の八月半ばにその回答期限が来る。
「……今回の天草でまた死刑判決出てますからねぇ。無効じゃないですか」
何を言い出すかと思えばと苦笑する奏の細い手首を握る。
「九月十五日だって冷泉はぜんぶ承諾したわけじゃないよ。君を死なせるプランにはサインしてない。誰も死なないに奏ちゃんだけ入ってないのおかしいじゃん」
「神威だって正体不明なのにね。なんで無原罪の聖母だけこんなに嫌われるんだろうとは思ってますよ。でも……二人とは結婚はできないや。僕は僕を、無原罪の聖母を赦せない。もう誰かが僕のせいで死ぬのを見たくない。守護師じゃ、二人の傍じゃそれは叶わないから。誰かがきっと僕のせいでまた死んでしまうから。――どうしてもここから逃げ出したくてごめんね」
「じゃあその脱出計画を阻止するためには、僕はいったい何を消せばいいわけ?」
「消せばいいものでもないんだよ」
「でも嫌だから逃げるんでしょ。原因ごと消せば逃げる理由もなくなる」
「――怪獣がいない世界に、もう誰も死なない世界にしてって言ったら、君、ほんとにやりそうなんだもん。わたしはね。君が死んだり傷つくのもちゃんと嫌なんだよ」
だから今回大怪我したって聞いて本当に怖かったと奏が殺し文句を吐く。
恭鷹はぐうっとくちびるを噛んだ。まだ引き攣っている傷跡が憎い。
今、奏をめちゃくちゃにしたい。すんとした顔をぐちゃぐちゃにして暴きたい。
「キスしてよ、顔面ビッショビショになるぐらいのえぐいやつ」
「しないよ」
「じゃあ一瞬でいいから幻覚解いてよ」
「なんで。嫌だよ」
「なんでも。キスしてくれないならそれくらいのお見舞いはしなよ」
「プリン買ってきましたってば」
「他の家にあげる予定だったものの横流しね」
「相変わらずわがままだなぁ。大怪我して少しはおとなしくなってるかと思った」
「こうまで下手に出てお願いしてる時点で充分だろ」
仕方ないなぁとあぐらから姿勢を整えた奏は、長い黒髪の少女に変わっていた。
「今、髪短いからちょっと幻覚入ってるけどこれ以上の文句は聞きませんよ」
これが見たかったんでしょ、もういいでしょと呆れ顔をするその髪の先を掬いあげて、騎士がするように額に押し戴く。
「君が好きだよ。このままの君でいてもいいんだよ、僕が赦す」
奏がひゅっと息をのむ。「やだな、やめてよ」絞り出すように声が震えていた。
「――――双玉に赦されたら本気にしちゃうじゃないですか」
「いいよ。本気にしてよ。君が好きだ」
面会時間めいっぱい、白い額に、まろい頬に、赤くなった耳にキスを降らせる。
「もういいでしょ。いい加減にほだされてよ」
乞う恭鷹に奏が頷くことはなかったけれど。
プリンは固めが好きなので、このシーンのプリンも固めです。
第九話は<下>が長めですが、第八話のような重さはないので安心してください。
引き続き、第九話<中><下>をお楽しみください。
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