第八話 殉教地・天草 無原罪の聖母再臨<下>
真っ白い天井にパステルカラーのベッドメリーがくるくると回っている。
んみゃんみゃと喃語を吐きつつ寝返りを打つと、やけに鼻梁の美しい男が奏に頷きかけた。
淀みない静かな声音は外国の詩を諳んじているようだった。
「――お前の名は無原罪の聖母。ヘルヴィムより尊くセラフィムに並びなく栄えし者。すべての怪獣がお前に跪く。俺が生みだした至聖。可愛いお前のために天使たちを用意しておいたよ。困ったときは喚ぶといい。セラフィム、ヘルヴィム、オファニム、ドミニオン……ああ、泣くなよ。どうしてものときは俺を呼んでもいいよ。特別に助けてあげる。なんでかって? そりゃ病めるときも健やかなるときもいついつまでも俺はお前を」
不自然に男は語を区切った。
その先、自分が言おうとした何かに違和感を覚えたのか小さく首を捻る。
「まあいいや、とにかく困ったら呼んで。お前のためならいつでも来るから。じゃあね」
それまでの滑らかな口調が演技に感じられるほど温度なく男は言い、泣いている奏をあやすことなく席を立つ。
大量の試験管のようなものを乱雑に鞄に入れる。
男は急いでいるようだった。
去り際、なぜか奏のもとに戻ってきて、渋い顔をする。
喉に小骨が刺さったみたいに。
「お前に対するこれはたぶん愛だと思うよ。たぶんね。自分のことすら分析できない研究者で悪いね。――お前は愛が分かる生き方をしなよ」
まだ生えそろっていない頭の産毛をくしゃくしゃと撫でて今度こそ立ち去る。
ざあっと景色は流れ、奏は自分の血反吐でしとどに濡れた地面に倒れ伏していた。
たぶん今、喚べと言われている。
このままの奏では勝てない。
だから無原罪の聖母が奏の記憶に埋もれた契約を掘り起こしてきたのだろう。
当局が死刑判決を出そうが、それがなんだというのか。
九重を死なせたうえにここで自分も死んだら意味がない。
双玉を凌駕しろ。
もっと足掻け。
逃げ切る覚悟をしろ。
世界を敵に回せ。
バケモノになったとしても。
生き抜け――。
「来い。智天使、熾天使――顕現・無原罪の聖母」
光の御柱が三本、天から地に降り注ぎ、昼間のような輝きで島中を照らした。
聖歌が鳴り響き、大きな翼や巨大な目を複数有した形容しがたい生物が光の御柱から舞い降りる。
パイプオルガンとラッパの音にギャォォォォォと怪獣の断末魔が混じる。
プラチナブロンドを風になびかせ、奏は峠から島全体を睥睨した。
すっと指で指し示せばSSSランク二体が智天使の光に巻かれて消えた。指を鳴らせば膠着状態にあったSSSランクが熾天使の光の粒子によって消え、最後に海からわたってきたSSSランクを無原罪の聖母が七本の光の剣で串刺しにして消滅させると口の端に笑みを浮かべる。
五月十三日未明。
地鳴りと未知の光、断末魔は九分間にわたって続いた。
奏はSSSランク四体および周辺の低ランク怪獣をすべて殲滅。
その後も昏倒することなく事態終息に従事し、同日深夜帰京すると麾下十家すべての討伐をストライキする旨の合同声明を当局に提出した。
五月十二日から十三日未明の間に日本全国で出現したSSSランクは四十体。
天真総司が中程度の負傷。
冷泉恭鷹は重度の裂傷により緊急入院と手術を余儀なくされた。
怪獣の異常発生と、双玉宗家および麾下十家の機能停止。
怪獣有史初の事態であり、全国に戒厳令が発令された。
***
五月十四日をもって、麾下十家は守護師の地位向上・安全確保に対して具体的な方針が示されるまで、いかなる条件下でも、無期限で、政府超法規的措置指定害獣対策局による害獣駆除命令に従わないこととする。
――麾下十家合同声明文より抜粋
***
四鬼研究から(中略)一ノ宮奏が超法規的措置指定害獣(以下、怪獣)に対して類を見ない能力を有している可能性を示唆。
有識者会議では、今後の動向によっては再度の死刑判決もやむを得ないとの見方。
(中略)四鬼尭斗の生死は依然として不明だが当人が持ち去ったとみられる複数の怪獣遺伝子情報が一致したため、今回のSSSランク事案は四鬼尭斗による同時多発テロ行為と認定。
今後も類似事案の発生が予想される。
(中略)当局は東京を最終防衛都市と定め、きたる九月十五日に一ノ宮による怪獣誘引を行い大規模討伐を実施。怪獣殲滅および一ノ宮奏の死刑実行を叶えたい意向。
御所は認諾。明日午前、霞が関・双玉宗家へのレク実施予定。
――政府超法規的措置指定害獣対策局 非公式談話より抜粋
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「なんぞ見て面白いことでもあるやろか。遠見は犯罪やよ、斑鳩」
「見破られていましたか」
「あんた、別に隠す気ぃないやろ」
教職員室。
残業する三國は背後からの視線を軽くあしらう。
どこから視ているか明かさないまま声は続く。
「三國さん、こちらに付きませんか」
「へえ。意外やな。あんたスカウトなんてするのん。まぁ死にとうないし麾下十家としては一ノ宮につくんが正しいわなぁ。でも教員としては当局につかざるをえんしねぇ。袋小路やねぇ。どないしょうか」
「当局に付いてメリットはありますか」
「あんた物書き志望なんやろ。神視点のもんが登場人物を左右したらあかんのんとちゃう?」
「結婚から逃れるかどうかのラブコメが見たいんです。陰謀の果ての悲劇は好みじゃない」
「まだ怪獣大戦争が決まったわけやあらへんよ。双玉が何て言わはるか分からんのやし」
「主人公が死ぬラブストーリーはごめんです、胸糞悪い。奏さまにはめちゃハピきらきらライフを送っていただかないと」
あはは。
三國はたまらず誰もいない教職員室で笑い声を立てた。
「どいつもこいつも期待が重たいねん。こういうん世界を揺るがす魔性、言うんやろか。一ノ宮にとってはえらい迷惑やろなぁ」
やっと第八話<下>まで来ました。
私からは多くは語らないようにしようと思っていますが、いかがでしたでしょうか。
書いていてもとても緊張するパートでした。「お疲れ!」と思っていただけたら、★やブクマ、リアクションで労っていただけたら幸いです。引き続き、明日18時にお会いしましょう。




