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第一話 怪獣頻出地区・青森 SSSランク会敵報告<中>

 九重は油断しきっていた。

 今日は骨の芯から冷える豪雪地帯で低ランク怪獣の討伐。

 しかも引率は二年生の中でも影の薄い一ノ宮で、とにかくテンションが下がっていた。

 守護師には明確な序列がある。

 圧倒的な格の違いが。

 頂点は双玉宗家(そうぎょくそうけ)――天真家と冷泉家。

 その下に麾下十家(きかじゅっけ)――「一」から「十」の数字を名に冠した守護師家系が連なる。

 九重は「九」なので、一ノ宮からしたら相当格下ではあるが、一ノ宮奏のことは正直甘く見積もっていた。

 麾下十家の男のくせに後方支援希望で、討伐に実戦投入されているところを誰も見たことがない。

 法整備の勉強会や怪獣の基礎研究にはちょくちょく顔を出すらしいが、守護師として鍛錬に邁進するわけでなし、面構えも身体的にも主だった特徴のないひたすら凡庸な昼行灯の印象しかない。

 二年生には天真総司(てんま そうし)、冷泉恭鷹(れいぜい よしたか)という双玉宗家の天才がいる。

 その二人と並んでしまえば誰もが霞むのだが、それを割り引いても一ノ宮は存在感が薄かった。

 覇気がなくのらりくらりと見えるさまにも九重は辟易していた。

 麾下十家の男のくせに。

 見下していたと言ってもいい。

 九重の能力は穿孔。

 ありとあらゆる物質に穴を開けることができる。

 ありとあらゆる、にはもちろん爆撃で貫通できない怪獣をも含んでいる。

 「九」に生まれたのは大変遺憾だが、「三」か「四」くらいの実力はあると自負していた。

 そう。

 だから、こんなのは聞いていない。ありえない。信じない。

 SSSランクに会敵するなんて聞いていない。

 その爪のひと弾きで同期七人が肉塊と化すことも、侮っていた一ノ宮が一片の動揺も見せず常と変わらぬ薄笑みでその爪牙を軽く躱すことも、自分が棒立ちになってしまうことも。何もかも想定外だった。

 冷気が喉を、肺を刺す。

 怪獣の圧で呼吸もままならない。ハッ、ハッと浅い息を繰り返して九重は震えていた。

 これまで感じたことのない恐怖で失神しそうだった。

「九重、まずゆっくり下がれ。視線は逸らすな。僕の言うとおりに息を吐いて……大きく吸う。そう、冷静になれ。大丈夫だから」

 大丈夫なわけがあるかと金切り声で叫びだしたかった。

 SSSランクを討伐できるのは『神様』とも崇められる双玉の二人だけ。

 最悪、逃げ切れずに全滅だって十分ありうる。

 奏は怪獣をこれ以上刺激しないよう、残った八束・九重・五十嵐を後ろに庇いながらじりじりと一歩ずつ距離を広げていく。

 ふと怪獣が長い尾でズダン!!!とうず高く積もった雪の表面を叩いた。

 おそらく何の意図もない。

 ただ尾を振り回したかった。それだけの挙動で辺りに爆風が吹き荒れ、固まった雪と氷の礫が全身を切り裂くように襲いかかる。

「あぁぁぁ」

 一番気弱な五十嵐の口から素っ頓狂な悲鳴が漏れる。

 たぶん止めたくても恐怖で止まらないのだろう。

「ひっ、ひっ、ぁぁぁ」と細い呼吸に嗚咽が混じる。

 九重もがくがくと膝が笑うのを止められない。

 悲鳴だけは漏らすまいと噛み締めた奥歯がギリギリと軋むのを止められない。

 木っ端微塵になって死ぬというイメージだけが脳みそを塗りつぶして何も考えられない。

 四足歩行していた怪獣がのっそりと上体をもたげて、こちらを探るように少し首を傾げた。

 ズ……ズズ……と摺り足で近寄ってくる。

 途方もない体格差で、呼吸を整えながら少しずつ広げた距離が一瞬で縮まっていく。

 一ノ宮の顔から一瞬だけ笑みが消えた。

 今、怪獣が確実に攻撃範囲内に入った。

「八束、九重、五十嵐。全速力で走って離脱。絶対に振り返るな。無理筋だけど、双玉がお手すきだったら回収要請しといて」

 五十嵐が真っ先に駆け出した。

 逃げ足だけは早いやつだ。

「せ、先輩は」

 窺うように八束が問う。

「一応引率だし。カッコつけたいじゃん」

 一ノ宮は軽い調子で「大丈夫でしょ」と髪を耳にかける。

 この人の口癖だ。

 全然大丈夫じゃないだろ、この状況。

 オオオオオオと呻いたのは山を渡る風か怪獣か。

「一ノ宮さん!」

 時間がない。

 この人、死ぬ気だ。

 後輩を逃がすだけの隙を作ったら死ぬ気だ。

 恐怖まみれの九重の脳内に、施しを受けているという羞恥がさっと差し込む。

 「三」も「四」も今の自分からは程遠い。九重は何も為せていない。

 仲間の肉片も拾えず震えているだけだ。

「行けって。大丈夫だから」

 ギャオオオオオンと今度は明確に怪獣が啼いて、九重と八束は抗えず反射的に走り出した。

 全速力で、大きく揺れる斜面を転げ落ちるように、脇目も振らず走った。

 何とか怪獣の攻撃範囲から外れたか、というところで九重の耳に荘厳なパイプオルガンの音が流れ込んでくる。荒涼とした山奥に聴こえるはずのない音色。

「なんだこれ……?」

 刹那。

 カッと太く広い光の柱が、怪獣と会敵した付近に天から降り注いだ。

 ギャオオオオオンと三度(みたび)怪獣の啼き声が轟き、徐々に小さくなっていく。

 やがて光も音も消えた。痛いほどの静寂。

「せ、先輩は、一ノ宮さんは……」

 戻りましょうかと五十嵐がおたおたし、全滅するだけだと八束が首を振る。

 九重は東京の教務課に連絡を取ろうとしたが冷気のせいもあるのか、うまく通信機器が作動しなかった。

「五十嵐、遠吠えを頼めるか?」

「は、はい」

 遠吠え。

 どこにいても狙った場所ピンポイントで声を届けることができる能力。

 怪獣相手の攻撃としては弱いが、こういった有事の際には伝令として使い勝手が良い能力だった。

 五十嵐が教務課に惨状を伝えようとしたのにかぶせて、教務課の担当は開口一番「光の柱は出現したか」と尋ねてきた。

 九重が「見ました」と答えるやいなや一方的に遮断された。


第一話中編です。九重が見た光とは……。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


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