第一話 怪獣頻出地区・青森 SSSランク会敵報告<上>
北国の雪は音がしない。
高く深く降り積もっていく雪にすべての音が吸収され静まり返った恐山街道を登り、雪に半ばほどまで埋もれた山門を越えた辺りで会敵した。
そこまでは事前に教務課から預かっていたタブレットの指示通りだった。
ズズ……ズズズズズズ……と地響きを伴って会敵した怪獣がSSSランクだと気づくまでは。
冬季閉山中の霊場恐山では、まだ雪深い二月に春への準備として守護師候補生による怪獣討伐訓練が行われる。
今日は街道に出没する低ランク怪獣を討伐するという一年生の基礎的な訓練のはずだった。
怪獣。
正式名称は「超法規的措置指定害獣」
七十年ほど前から日本のみに出没するようになった、これまでの生態系では説明のつかない攻撃的な生物を大まかにまとめた呼称。
数メートルから数十メートルの巨躯を誇り、意思の疎通が難しく人語を介さない。
人食は行わないが、進行範囲にある人・動物・車両・建築物を区別なく破壊する。
生息地・出没地域は最新研究を待つしかない。
また最悪なことに麻酔銃はおろか毒薬や爆撃でも駆除できず、日本は為すすべもなく神出鬼没の怪物に蹂躙された。
かろうじてライフラインを保てている地域はあるが、それぞれの中でも一部の都市しか生活の場として動いておらず、人が生きられる場所はぐっと狭まった。
捕獲保存が極めて困難であるため科学的な検証は遅々として進んでいない。
怪獣の出現とほぼ時を同じくして、異能力を持つ人間が現れる。
能力に一貫性はなく発現条件は不明。
ただ、現在日本人にしか発現していないこと・同じ家系に複数の能力者が生まれることから遺伝的要因が含まれていそうだということ・異能力を用いれば怪獣を駆除できること、が判明している。
自然、異能力者に怪獣駆除のお鉢が回ってきて、誰が呼んだか「守護師」という俗名が一般認識となった。
近年では守護師を育成するスキームも確立されてきており、候補生のための学校や、守護師および研究関係者等を集めた討伐機関も組織されている。
こうなってくると徐々に守護師の家系が日本の中枢を牛耳るようになるのだが……それよりも喫緊の問題は目の前のSSSランク怪獣だ。
すでに一年生が七人、肉塊と化している。
骨を拾おうにも誰が誰だか分からない。
真っ白な雪をどす黒く染めて、撒き散らされた内臓と血潮が湯気を立てている。
引率代わりに動員された二年生は自分ただ一人。
一ノ宮奏は浅くなった呼吸を意識的に太く吐き、自分の後方に残った後輩を見やる。
一年生は残り三人。
完全に硬直している後輩たちに向かって奏は努めて穏やかに声をかけた。
「八束、九重、五十嵐。全速力で走って離脱。絶対に振り返るな。無理筋だけど、双玉がお手すきだったら回収要請してみてよ」
「せ、先輩は……」
「えー。まあ、ほら一応引率だし。カッコつけたいじゃん。やれるだけやるよ」
ズ……ズズズ……微速ながらも確実に近づいてくる怪獣から庇うように一年生たちの前に出る。
あと数歩近づいたら逆鱗に触れ、自分たちも肉塊と化すだろう。全滅は避けたかった。
「一ノ宮さん!」
「行けって」
「ですが……!」
時間がない。
なおも言い募る九重に、内心の苛立ちを抑えながら奏は笑った。
「大丈夫だから」
未練を断ち切るように唇を噛みしめて三人がしゃにむに駆け出す。
怪獣がそれに反応して、ギャオオオオオン、とひと吠えした。
それだけでビリビリと衝撃波が走り大地が縦に横に、世界をかき混ぜるように揺れる。
牙で噛み砕けば鋼鉄が藻屑になり、足を踏み鳴らせば地面が抉れ、尾を振り乱せば森が更地に還る。
SSSランクとは災害そのものである。
それでも奏は薄笑みを浮かべたまま微動だにしなかった。
揺れる大地にたたらを踏みながらも何とか攻撃範囲内から一年生が出たのを背中で見送り、視界から消えたところで奏は天に手を掲げた。
「さて、始めようか」
顎下で短く切り揃えられた黒髪が風になびく。
その目は、淡く金色に光っていた。
「恐山は喚びやすくて助かるよ――顕現・無原罪の聖母」
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