第六話 洋上研究室・小豆島 冷泉恭鷹の嫉妬<下>
研究室前の砂浜にバーベキューコンロと焚き火台、アウトドアチェアを人数分設置する。
夕陽が海に沈んでいくのをしばし眺めた。
「エンジェルロードって言って干潮時に現れる道があってさ、昔は夜間ライトアップもあったらしいよ。今は研究室管轄になってやってないけど」
「さっき研究室のパンフで見ました。あ、野菜、自分が切りますよ」
「どの怪獣の肉かごっちゃになりますね。タッパーに名前貼っておきましょうか」
「一ノ宮さーん。研究室では名称規定どうしてるんですか」
「正式名称だと採集場所・日付と時刻・その日何番目に採れたものか・想定される部位・似た形態形質の怪獣がこれまでにいれば○○様とかを付けるかなぁ。面倒だからペットの名前つけて自己管理してる人もいるけどね」
「もう左からABCDEで良さそうですね」
面倒くさがりの八束が左端のタッパーに養生テープを貼ってAと大きく書いた。
「じゅうぶん。フィールドワークじゃなくてバーベキューだし。Fに超高級黒毛和牛って書いといて。これだけはちゃんとした手順で焼こう」
五十嵐がランタンをいくつか灯し、鉄板も手際よく温めていく。
「五十嵐、キャンプとかやるの?」
「親に仕込まれまして。私は取り柄がないので山男になれば遠吠えが活用できるぞって」
「なかなかの親御さんだな」
「末家とはいえ麾下十家なのに攻撃に向かない能力なのは事実だからね」
「青森のとき助けてくれたじゃないか。れっきとした能力だよ、遠吠え」
「ありがとう八束、九重」
一年生の青春劇をざっくり無視して、恭鷹は熱した鉄板に牛脂を塗り込んでいく。
こういうのは自分のような強者が混ざったところで興醒めしてしまうのだ。空気に徹した方がいい。
強者といえば浮かれアロハ野郎の姿が見えない。
ノイズがどうたらと言っていたし、研究室にまだ気になるものでもあったのか。
あれはとにかくマイペースなので放っておこう。気が済めば合流するだろう。
「すみません、冷泉さん。暑いですよね、自分、焼き方代わります」
「別にこれくらい大丈夫。奏ちゃーんどれから焼けばいい?」
「どれでもいいですよ。混ざらないように焼く位置だけ気をつけてもらえれば」
「マジで代わります! 双玉のお手を煩わせるなと担任からも言われてるので」
「…………へぇ。たいへんよく教育されてることで。じゃあどうぞ」
九重にトングを渡す。
脳裏に三國を思い浮かべたが、双玉の手を煩わせるななど小姑のようなことをあの女が言い聞かすとは到底思えなかった。「九」なりの気遣いなのだろうが鬱陶しいことこの上ない。
「しっかり焼いた方がいいですよね? ミディアムレアとか加減あったりします?」
「よく焼きがいいんじゃない。お腹壊したらいけないし」
「能力がなきゃ討伐できないのに食えるもんなんですね、怪獣。歯がイったりしません?」
「攻撃に強いのは外皮というか外殻部分で、肉と内臓の強度は普通の獣肉っぽいんだよね。現に包丁で切れてるし。これまで嚙みちぎれないことはなかったよ」
同じ鉄板を覗き込みながら喋っているので、九重と奏の距離が近い。
無理やり割って入るのはダサすぎるので、少し離れた場所で他の二人とレタスをちぎったり、タレや塩などの調味料を準備しながら九重をねめつけるしかできない。
少し内情を知ってしまっただけ。
ただそれだけの後輩がとても恐ろしい。
恭鷹は双玉として、婚約者として、天女の羽衣を奪った男のように自分の傍に引き留めることはできる。けれどそれだけでは天女はいずれ空へ帰ってしまう。
でもこの後輩は奏が真に望むものを、厳重に隠した羽衣を返してやれるかもしれない。
双玉でも当局でもないからこそ彼女を自由にしてやれる。
総司も恭鷹も双玉である以上、奏に与えるより奪い求めることの方がこの先きっと多くなる。
たかが下臈。
それがこんなにも羨ましく、身の内を焦がすものだと恭鷹は初めて知った。
***
「この前さぁ、怪獣の目玉? きらきらしたやつ。あげたじゃん」
「あー、あれすごかったですね。透明度が高くてすごく綺麗でした。解析に回してるんで、どういう結果か楽しみです。ご協力ありがとうございました」
レア度は高くなかったのか、いつもの薄笑みでごく自然に応対された。
恭鷹の欲しかった反応とは似ても似つかない。
もうどんなきらきらを献上しても、あの春の日みたいに手を叩いてはしゃいではくれない。
「一ノ宮さん、冷泉さん! 花火しませんか。八束が手持ち花火買ってきてて」
「へぇ。八束ノリノリだねぇ。やろやろ」
九重の手招きに応じて奏が小走りに駆け寄っていく。
その様は喜色に満ちていて「まだ話してる途中なんだけど」胸の黒い靄が広がっていく。
「冷泉、ほら花火。やったことあります? 火、分けたげましょうか」
「花火くらいやったことあるよ」
「僕は初めて。すごい煙たいし、すごい明るい、最高だね、これ」
「一ノ宮さん初めてですか? じゃああとでぜひ線香花火対決しましょう」
せっせと燃え殻を水を張ったバケツに入れ、新しい花火を手渡し、九重がそれは手厚く世話を焼く。
無性にイライラした。
「線香花火対決?」
「線香花火って火種が落ちやすいんだよ。それをどこまで長く燃やせるか競うの」
「へぇー冷泉、ほんとにやったことあるんですね。知ったかだと思った」
「あるっつってんじゃん。そんな変な見栄張らないよ」
「チャンピオンズカップにして来年もやりましょう」
「景品をつけてもいいかもしれませんね」
一ノ宮さん、一ノ宮さんと群れる後輩たちを蹴散らして圧殺してやったらどんなにかスッキリするだろう。
けれど青森でかろうじて救った後輩を殺してさえ、奏はきっと泣かない。
たぶん「なんでそんなに機嫌悪いの」と漏らすだけだ。
「来年。来年かぁ」
「絶対、絶対やりましょう。一ノ宮さん」
九重の力強い肯定に、奏がふにゃ……と口元を緩めた。
恭鷹の指先から心臓の芯まで急速に冷えていく。
それはダメじゃん。
どんなに嬉しくたって、その顔は僕か総司のものであるべきじゃん。
いつ屋敷に来てもちゃんと上げたし、みんなが君を無視しても僕は話しかけ続けた。
君の秘密だって守ってるし、死刑判決だって猶予を持たせた。
大きいきらきらだってあげたし、他の誰より無原罪の聖母じゃない君自身をちゃんと見てる。
なのに雙葉やその下臈には笑えるのに、なんで、どうして僕には笑わないの。
何が足りないの。君にどこまで振り回されたらいいの。
ふつ、と思考の糸が切れて無意識に奏の顎を鷲掴みにしていた。
驚いて緩く開いたくちびるにかじりつく。
ガツッと歯と歯が当たる音がして鉄の味が口の中に滲む。
奏のくちびるから溢れた血と唾液を舌でこそげるように貪ろうとしたところで、強く突き飛ばされた。
困惑と羞恥と怒りに燃える顔はさすがに薄笑みではなかった。
「ちょっ! 痛った、なん、何!?」
「君が僕だけちゃんと見ててくれないのが悪い」
駄々をこねている自覚はあった。
めちゃくちゃダサい。
こんなはずじゃなかった。
僕はもっとスマートに振る舞える。
欲しいものはぜんぶ手に入れてきた。
でもだって、そう。君が。
ぜんぶ君のせいだ。僕は悪くない。
恭鷹、九重にブチ切れて暴走するの巻でした。お読みいただきありがとうございます。
九重が特に何も思ってなさそうなところが、さらに火に油を注ぎそうですね……。
次回、第七話はとある秘密が明らかになります。
「気になるな」と思っていただけたら、ぜひ明日も18時にお会いしましょう。
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