第六話 洋上研究室・小豆島 冷泉恭鷹の嫉妬<中>
「ざっと小豆島の説明をしておくね。なぜ研究室が小豆島にあるのかっていうと、まずは一定面積の独立した島であること。怪獣はこれまでの研究から本土に出没しやすい性質が判明しているから離島っていうのは怪獣の攻撃を受けにくい大事な要素ってわけ。また温暖少雨で各種データが気候に大きく左右されにくいと見られている。山も海もあって川沿いには平地もある。フィールドワークにもってこいの地形。あとは双玉城下である京都からの利便性もいいね。東京からだと遠いけど京都からだとギリ二〇〇キロぐらい? 市内ド真ん中に作るわけにいかない隔離型の研究施設作るにはちょうどよかったんだろうねぇ――なんで淡路島じゃダメなのかって? 当然、淡路島にもあるよ。でもあっちの方が大規模施設でセキュリティも厳重なんだよね。ただ単に小豆島の方が学徒でも入りやすかっただけなんだけど、双玉も来るなら淡路島でも見学許可下りたかもね。呼んでないのに来ると思わないじゃん」
甲板で潮風を受けながら奏が後輩たちに説明している。
パーカー付きのラッシュガードと学徒指定ジャージのズボン、コックシューズ。
もっさり伸びた前髪が邪魔なのかパッチン止めで斜めに止められている。
恭鷹が想像していたおでかけ用の私服と全然違う。
可愛くなさすぎる。
なにそれ、二一〇〇年代にしていい恰好ちゃうぞ。
コックシューズは奏のおすすめだったのか後輩三人も揃いを履いている。
恭鷹は九重を値踏みするように上から下まで舐め回すように見た。
焦茶色の髪。
犬顔というのか目が大きく誠実で人懐っこそうな印象だ。
背は恭鷹と同じか心持ち高いだろうか。視線の高さはそう変わらない。
黒のジャージを羽織った胸板が思ったよりも厚く、筋肉がつきにくい恭鷹にとっては何もかも忌々しい。
「天真さん、寒くないんですかね」
八束が気づかわしげに甲板のへりで飛沫を浴びている総司を見やる。
まだ花の盛りも来ていないというのに、半袖の派手なアロハシャツとカーゴのハーフパンツ、素足にシャワーサンダルといった出で立ちだ。
こちらもこちらで大いにズレている。
「家の者が海に相応しいドレスコードだと言っていたが、さすがに肌寒いな」
「夏だったとしても、その恰好はただの浮かれトンチキ野郎だよ」
白々と相槌を打った恭鷹を総司は黙って見つめた。
あまりにじろじろ見られるものだから座りが悪く、春物のチェスターコートに両手を突っ込む。
「コートは貸さないよ。総司とじゃサイズ違うし」
「いや、お前は昔から洒落こんでいるなと。俺は疎いから勉強になる」
総司は子どものころから何もかもに無頓着だった。
寝癖がついていようと、流血するほど膝を擦りむこうと、人間国宝が織った袴を盛大に汚そうと、いつも泰然と表情の読めない真顔であった。
他人が泣こうが笑おうが喚こうがその鉄面皮は変わらない。
ただ強く、もっと速く。
双玉の一角として、最強として、討伐に向き合い続ける。
それ以外のものは何も目に入っていないようだった。
己の欲望のすべてを討伐に振り切っているようにも見えた。
恭鷹はそんなのはごめんだ。
強者に生まれた以上、双玉としての義務は果たそう。
でも望んだものはぜんぶ手に入れたい。
衣食住も娯楽も愛も知識も何もかもを満たしたい。
他人からの憧憬も尊崇も何もかも思いのままにしたい。
一秒だってダサい瞬間があってはならない。
ネイビーのコートの下には、アイボリーのニットと細身の黒いパンツをあわせた。足元は機動性がありつつ品を損なわないローファー調のスニーカーだ。
結果。ジャージ四名、アロハ一名、きれいめカジュアル一名。
「僕がおかしいみたいだろうが!」
「冷泉、僕らが何しに行くかわかってます?」
「小豆島の研究室の視察」
「ちがう。主眼はバーベキュー。怪獣を焼いてたらふく食うんですよ。……九重、ジャージの着替え持ってたら貸してあげて。どうせこの人の服めちゃくちゃ高いだろうから臭いついたらダメでしょう」
「着替えありますよ。サイズもちょうど良さそうですね。すぐ持ってきます」
にかっと笑って船室に戻っていった九重を奏が満足げに見送る。
九重の施しを受けるくらいなら、腐臭だったとしても怪獣の焼肉の臭い付きコートで全然構わない。
恭鷹は憤死寸前だった。
「ちゃんとお礼言って、洗って返してくださいね。後輩のものなんだから」
「珍しくずいぶん親しげだね」
「後輩はみんな可愛いですよ。八束に五十嵐も」
そうは言うものの、九重に対する気安さと八束・五十嵐に対する距離感は明らかに違って見えた。
秘密を知る者同士だという恭鷹の先入観や嫉妬だけでは説明できない精神的な近さがある。
ずっと奏を見てきたから分かる。
「もうあと五分くらいで湾に着きますよ。研究室内をぐるっと見せてもらって、こちらの守護師の方に狩ってきてもらったBランクが何種類かあると聞いてるので、夕方からは研究室そばの浜辺でバーベキューにしましょう。あ、八束と五十嵐、双玉にお礼言って。なんかすごくいい牛肉の塊もらった」
「ありがとうございます! ご相伴にあずかります!」
「ほんとデカすぎて牛ごと来たのかと思いましたわぁ。あとであれも焼きましょうね」
***
さすがに解析中の怪獣は機密ということで、解析が終わった怪獣が展示されている一般公開区画を案内された。
「一ノ宮くんはセキュリティパス持ってるから案内できるんだけど、他の子がね。本当は培養実験とかエネルギー転用基礎研究とかDNAクローニングとか色々見せてあげたいんだけど、怪獣研究は規制が厳しくてね」
「お気になさらず。僕らバーベキューしにきただけなんで。僕以外は守護師志望で残念ながら基礎研究にそんなに熱もないといいますか……」
「そうだよねぇ。アクターの方が目立つもんねぇ。技術屋に興味が湧いたら何でも聞いて」
ザ……ザザザ…………ギィ……キ……ュ……
展示室に設置されたスピーカーから怪獣の啼き声らしき小さなノイズが漏れ聞こえてくる。
「おっ、始まった」
案内役の室長が嬉々として奏をつつく。
何度も出入りしているのかかなり可愛がられているようだ。
「これねぇ、一ノ宮くんが来たときだけなの。彼が来ると研究室中のスピーカーやら計器が一定時間バカになってノイズが入っちゃうんだよねぇ。三分くらいで収まるんだけど、最初は焦ったよねぇ。ン十億の機材が壊れたかと思ったよ」
「東京でもたまになるんですよ。帯電体質なのかなと思って調べたり保湿してみたりしたんですけど関係ないみたいで。ハウリング起こしやすいんですよねぇ」
「怪獣が一ノ宮くんにご挨拶してくれてるんじゃない?」
「言語学の先生に怒られますよ」
奏と和やかに話す室長を追い抜いて、総司が大きな水槽の前で顎をしゃくる。
無数に目がついた肉色の塊が円柱型の水槽の中に浮いている。
触手のようなものがヒラ……ヒラ……と水の揺らめきに応じて上下左右に動く。
「こいつが特にうるさい」
「えっ?」
「ノイズの中でもこいつがうるさい」
「聞き分けられるのかい!? さすが双玉! どんな風に聞こえる? 何て言ってるかまで分かる? なんでこの子がうるさいって分かったの?」
矢継ぎ早に質問する室長には答えず、総司は確認するように呟いた。
「こいつの名前は――オファニム」
怪獣の無数の目がゆっくりと総司をとらえ、頷くようにまばたきをした。
第六話<中>。なんてことない話なんですが、のちのち不穏になってきます。
とりあえず今は気にせず、学徒たちと一緒に<下>をお楽しみください。
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