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第五話 当局勅令都市・東京 九重晴樹の再想<下>

「十年前の長岡京市事件は僕のせいだよ。だから当局の監視下に置かれている。償っても償いきれない重罪だ。当然だよ。――僕は僕を信じられない。いつかまた暴走する日が来るかもしれない。だから守護師にはなりたくない。麾下十家の人たちが無茶な討伐に出なくていいように、今は色々引き受けてはいるけどね。分家筋と今いる使用人たちが暮らしていけるだけの安全な職を得たらもう家を閉じたいんだ。そのために研究職だったり事務職でのコネクションがほしいってわけ」

 宴で双玉と出会った春の話。

 「大丈夫」と励ましてくれた人の話。

 父が死んだ夏の話。

 もう喪いたくないものの話。

 仔細ははしょりながらも、できるだけ嘘の少ない言い回しになるよう訥々と奏は語った。

 ずるいのは承知で性別はまた偽った。

 生い立ちを話した時点で調べれば分かることだが、奏の中で双玉との婚姻はまだ飲み込めていない。

 まだ信じている。

 そっと息をひそめていれば、民間人として暮らせる日がくることを。

 婚約期間は半年弱。

 外部に広まっていないならまだ逃げる余地はある。

 諦めたくない。

 後輩や良くしてくれる研究室の人たちから「ああ、あれが双玉の」と好奇の目で見られることにまだ耐えられそうにない。

「家を……閉じる……?」

 九重はコーヒーのカップをぎゅっと両手で握りしめた。

 いびつに歪んで中身があふれ出しそうになる。

「え、麾下十家から市井に降りるってことですか? 一族ごと?」

「うん。そうできたらいいなって思って東京(ここ)にきた」

「守護師にはならないっていうのは、そもそも能力規制があるから戦えないっていう意味だったんですか?」

「まあ、まだはっきり道筋は見えてないけど僕だって頭と手を動かしてちゃんと戦うよ。研究することで楽に討伐できるようになったり、傷を負ったときの回復が早くなったり、守護師そのものがいらなくなったりするかもしれない。――もう誰も討伐で死なせたくない、それだけ」

「…………」

「…………怒ってない?」

「怒ってませんよ、言葉が出ないだけです」

 情報が処理しきれません、と九重がぐったりと項垂れる。

「今まで……一ノ宮さんのこと馬鹿にしてました」

「知ってる」

「男のくせに、「一」のくせに、後方支援だなんて腰抜けだって。だってこんなの予想できるわけないですよ。レア能力すぎるから家ごと取り潰したい、世界の在り方から変えたいとか……本当にガチめの危険思想野郎じゃないですか、一ノ宮さん」

 当局にバレたら拘禁刑ものですねと気の抜けた笑いを漏らす九重に

「今の話さぁ、九重の記憶から消しておいてやろうか?」

 奏はなるべく軽い口調で持ちかける。

「えっ? 記憶を?」

「できるよ。無原罪の聖母(ホーリー・マザー)なら。神威でも捻じ曲げられるかな。僕がうっかり何かしらの機密に関する独り言を言って、九重が偶然聞いてしまった。記憶を消さなければいけない。そう報告すれば監視付きだろうけどたぶん能力規制も限定解除できる」

「いや、一ノ宮さん……」

「今なら何もなかったことにできる。九重の家を思えばそのほうが」

「一ノ宮さん!」

 九重が強く名を呼ぶとようやく奏は口を噤んだ。

 薄笑みの奥の目が暗い。

「自分がお聞きしたいと無理を言いました。もし何かがあってもそれは自分の責任です。一ノ宮さんはすぐに一人で片をつけようとする。青森の時もそうだった。悪癖だと思います」

 それに今とても感動しているんですと呟いた九重に、はて?と奏は首をひねった。

 守護師家系の陰鬱さを煮詰めたような身の上話のどこに感動要素があったか。

 九重は冷めたコーヒーを一気に飲み干すと居住まいを正した。

「自分はずっと一ノ宮さんは逃げている人だと思っていました。怪獣が怖くて、麾下十家のくせに自分と向き合えず現実から逃げている人だと。でも違った。志があったのだと知れて嬉しいです。青森では命を救っていただきましたし、自分は一ノ宮さんを応援したい。手伝えることは何でも言ってください。逃げるなら絶対完璧に逃げ切ってほしい」

「……はは、なんだそれ」

 図らずも嬉しいと思ってしまった。

 今までを思えば敬遠されなかっただけで奇跡なのに。応援だなんて。

 熱くなる目頭の意味を九重はたぶん分からない。

「何かないですか、自分がお手伝いできること」

「お手伝いかぁ」

 言いながら、奏はどこまでこの純粋で単純な後輩を巻き込んでいいものだろうかと逡巡した。

 こうしている今も当局が耳をそばだてていて九重家を要観察に指定してくるかもしれない。

 こっそり未成年飲酒や喫煙などのいけない遊びを勧めるのとは訳が違う。

「うーん……じゃあ海にでも行こうか。バーベキューしに」

「お手伝いではなく?」

「研究の手伝いだよ。双玉とか当局絡むとややこしいから家のことはまあこっちで何とかね。九重、怪獣の肉食べたことないだろ。食べてみたくない?」

「食べたんですか!?」

「山にいるやつは何回か。意外といけるやつと臭くてダメなやつがあって、川とか海の怪獣食べてみたいんだよね~。ひとりキャンプもいいんだけど、したいじゃん青春バーベキュー」

 思い描いていた手伝いとは違って九重は不服そうだったが、怪獣の肉片の写真をタブレットで指し示しながら

「これは淡白で臭みもなくて食べやすかったよ。カレー塩がすごく良くて。あとこっちは見ての通り融解しかけちゃって臭いし見た目も良くないしさすがに食指が動かなかった。あー! これこれ。この白っぽい肉はまさに鶏肉と遜色なくて。塩でもタレでもいけて万能だったなぁ。これもう一度食べたいんだけど、類似種にも出会えてないんだよねぇ」

 熱心にグルメリポートをする奏が面白かったのか声を立てて笑い始めた。

「く、ははは。行きましょう、行きましょうバーベキュー。他の一年も誘っていいですか」

「もちろん。研究室の人は公務員規定とかで参加厳しいだろうから僕は一人かな」

「双玉にはお声がけしないんですか」

「しないね」

「まあ、ですよね。いつごろがご都合よいですか」

「来週が研究会だから再来週の週末とかどう?」

「一ノ宮さんの停学期間って大丈夫ですか? 停学中に出歩くのまずいですよね」

「真面目だねぇ。そのころには大丈夫。今も討伐には行かされてるし」

「じゃあ一年には声かけておきます。怪獣食うぞって話したらみんな凄い顔するだろうな。めちゃくちゃ楽しみです」

「……うん、僕も楽しみだ」

 九重はからりと白い歯を見せて笑った。

 昔の話をしたせいか、雙葉と姿がだぶって、ひどく胸がつかえた。

第五話<下>でした。お読みいただきありがとうございます。

次回は場所を移して、みんなでバーベキュー編になります。恋も加速する??回になる予定です。

引き続き明日18時にお会いしましょう。

★やブクマ、リアクションで応援いただけたら幸いです。


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