第五話 当局勅令都市・東京 九重晴樹の再想<上>
「いいご身分ですね」
言ってから九重はしまった、と口を押えた。
予後を心配していた先輩がしれっと作業していたものだから、つい。
学徒が授業を受けるための教務棟と当局の出向機関や研究室などが集まっている研究棟を繋ぐペデストリアンデッキにあるカフェで一ノ宮はタブレットを忙しなくスワイプしていた。
夕まぐれのカフェは閑散としていて思ったより九重の皮肉は大きく響いた。
白衣を着ているので研究棟から出てきたのだろう。
青森のあと停学処分になったと聞いていたが特に堪えた様子はない。
少し瘦せただろうか。
相変わらずの薄笑みで一ノ宮が九重を視界にとらえる。
「おー、九重。無事で何より」
「……失礼を言いました。その節は大変お世話になりました」
「青森ね。いいよいいよ、停学中でプラプラしてんのは事実だから。その後、変わりない?」
「はい。二年への進級試験を控えているので少し緊張しています」
「大丈夫大丈夫。試験なんて形式的なもんだから。穿孔は攻撃に向いてるからまず落ちることはないよ。僕だって何とかなったんだし」
「それもそうですね。あ、いえ……」
「あはは九重は素直だねぇ。コーヒーでも飲んでく? 先輩が奢ってあげよう」
「ありがとうございます。いただきます」
手元のタブレットでアメリカンを頼むと、一ノ宮自らが受け取りカウンターへと立った。
九重は一ノ宮の正面に座るか隣に座るか一拍悩んでから隣の席に腰を落ち着けた。
「なんかガチガチに緊張してない? 進級ならほんとに大丈夫だと思うよ?」
自分のおかわりも頼んでいたらしく両手に紙のカップを抱えた一ノ宮が苦笑いで九重を覗き込んだ。
実のところ、緊張はしている。試験にではなく一ノ宮に。
双玉は一ノ宮単独でSSSランク討伐が可能で、その能力は秘匿事項であると言っていた。
一ノ宮は相変わらず中の下……よくて中の中にしか見えない。
授業に出なくていいのをいいことに研究に明け暮れて不摂生な生活をしているのか、もっさりとした黒髪に少しかさついた肌、痩せたせいで肩の線が浮いて袖が余っている白衣。
特に快不快を意識させないどこにでもいる理系学生といった出で立ちのままだ。
とても秘匿するような能力持ちとは思えないが、青森のあと一週間も面会謝絶にされていたことと、停学処分が双玉の弁を裏付けている。
「一ノ宮さんがSSSランクを単独討伐したと」
「あーうん、たまたまね。相性が良かったのかもね」
「一ノ宮さんの能力は双玉の秘匿事項だと」
「なにそれ。誰が言ったの?」
「冷泉さんが……麾下十家はでしゃばるなと……」
「呼吸すれば嫌味と戯言しか吐かない人のことよく信じるね」
「現に停学処分になってますし……」
きっと一ノ宮さんには双玉にしか理解できない何かがあるのだと思う、それに倣いたい、守護師として、「九」として身を立てたい――というようなことをもしょもしょと口ごもる九重を一ノ宮は遮ることなく聞いていた。
「なんで一ノ宮さんは後方支援なんか希望するんですか」
「なんかって言うなよ。立派な仕事だよ」
「ずるいです。本当は強いんですよね、自分なんかより家格も上だし、守護師としてのポテンシャルがあるのに……なんで……悔しいです」
「えっ九重泣きそう? やめてよ、こんなところで」
「なんで一ノ宮さんは後方支援なんか希望するんですか!」
目尻に涙を滲ませてキレる九重に一ノ宮は「話したらもっと怒るから嫌だよ」言い渋った。
「すれ違いざま一ノ宮さんに泣かされた、双玉の秘匿事項は本当だって喧伝して回りますよ」
「その手段を選ばない感じ、さすが麾下十家出身の守護師って感じだね」
「ありがとうございます」
「その図太さがあれば双玉の補佐もできるよ。試験がんばれ!」
「話を逸らさないでください」
ダメかぁ。ぼやきながら一ノ宮がタブレットを脇にどける。
「言いたくない理由がきちんとあるんだよ」
「他言しません」
「他言しなくても九重が当局から目をつけられる可能性がある」
「……テロでも起こす気ですか」
「近いかも。どうする?」
「それでも」
なぜ守護師の中でもピラミッドの上部にいるのに守護師から離れようとするのか。
なぜ強者があえて凡夫に成り代わろうとするのか。
上しか見てこなかった九重にとって一ノ宮周辺の動きは不気味ですらあった。
「聞きたいです」
「――好奇心は猫をも殺す。九重は火に巻かれて死ぬタイプだね」
はは。
乾いた笑いとともに一ノ宮がアイスコーヒーを一口含む。
どうやら話してくれるらしい。
第五話<上>でした。九重がここから少しでばってきます。
奏の過去、長岡京で何があったのかとその決意が次回第五話<中>で明かされます。
第五話<上><中><下>ぜひ続けてお楽しみください。
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