第四話 霊峰・富士Ⅱ 天真総司の初恋<下>
宗家に依頼した一ノ宮の身上調査は驚くほど速く東京に戻る道中で届いた。
一、 麾下十家 一ノ宮奏本人に間違いないこと
一、 八年前に前当主が討伐で死亡し、遺言により当主を継いでいること
一、 無原罪の聖母を顕現しSSSランクまでの単独討伐が可能であること
一、 十年前、偶発的事故により無原罪の聖母にて京都府長岡京市付近一帯に甚大な被害を出し、規制能力認定となったこと
一、 双玉宗家との将来的な婚姻関係を当局、御所ともに承認していること
簡潔だが、総司の知るべきことは大体そこに記されていた。
そして総司のとった行動も実に素早く簡潔だった。
バスを降りる一ノ宮の荷物を持ってやりながら単刀直入に告げる。
「責任は取る。結婚しよう」
「は? 何の責任?」
「一ノ宮。いや、奏と呼んでも? お前の身体を穢した責任を取らねばなるまい」
てめえふっざけんなよと瞬発的に叫んだ恭鷹をどうどうと宥めながら、「言い方に語弊しかない」と奏がげんなりと総司の手から鞄を取り戻す。
「申し訳ないですが僕、同性とも異性とも一切の結婚願望が無いので」
「願望ではない。決定事項だ」
「うーん、いつにも増して話通じないな、この人」
「徹夜の演練明けだってのにガキは元気でいいねぇ。ちゃんと討伐報告書と演習レポート出しておけよ」
「ちょっと先生~総司が~」
「知らん知らん。俺を巻き込むな。双玉の事情は双玉でやってくれ」
恭鷹が五百蔵に言いつけようとするが、厄介事に巻き込むなとばかりに五百蔵はそそくさとバスから離れていった。
「じゃあ僕も検体を研究室に出したいのでもう行きますね」
「ならば俺も行こう。検体とやらを貸せ」
「へっ? 天真、研究室来たことないよね? セキュリティパス申請しないと入れないから僕一人で大丈夫だよ。検体もまとめてあるから一人で運べるし」
「夫として妻との時間をなるべく長く取りたい。行けるところまででいい」
「あのっさぁ! 冷泉を差し置いてそんな抜け駆けしていいと思ってんの?」
「じゃあお前も来ればいいだろう」
「いや、二人とも来ないでほしいかな」
珍しく奏の声が尖って震えている。
常の薄笑みもどこか強ばっている。
「特に天真は遠慮してほしい」
堰を切ったようにまくしたてる奏の目の縁が赤らんで泣きそうにも見えた。
「天真は強引すぎるよ。僕は男でありたいし、僕がどうして学徒になったのかも理解してないし、きっと分かろうともしない。いきなり夫だ妻だって僕の意思はどこにもないよね? 研究室って僕の大事な場所なんだよ。就職にも絡んでくるから遊びに行ってるわけじゃない。改めて思ったけどやっぱ僕ら深く関わらない方がいいって。嫌な言い方するけど天真は視野が狭すぎてついていけない」
何がそんなに嫌なのか総司には分からないまま、奏は検体を抱えてさっさと研究棟の方へ去ってしまった。
「冷泉、ひとついいか」
「今ので僕すごい機嫌悪いんだけど。言ったよね、奏ちゃんは僕のだから総司は手を出したらダメだよって」
ぶすくれた恭鷹が目も合わさずに返す。
総司は長期戦も辞さない構えで恭鷹の隣を歩く。
「アレは一ノ宮本家の一人娘だな。なぜ婚姻を拒む」
恭鷹は至極面倒くさそうに長い息を吐いた。
「気づくの遅いよ。今もうお盆すぎだよ? 入学から何か月経ってると思ってんの。っていうかどうせ天真の本家に調べさせたんでしょ。既に上がってるネタを僕で裏取りしようってのは虫が良すぎるよ」
「女だと気づいていたのか。なぜ俺に言わなかった」
総司にとっては純粋な疑問だったが、恭鷹は気色ばみ、総司の尻を勢いに任せてガン!と蹴る。
「確かに冷泉と天真は一蓮托生だよ。でも別に仲良しこよしってわけじゃない。なんでいちいち教えてあげないといけないの。調べたんなら天真がどんな扱いをしてきたかも分かったでしょ。冷泉は今までちゃんと結婚を前提に盆暮れ正月の挨拶も迎え入れてきてるの。それに前々から言ってたよ、あの子は僕のだから手を出すなって。今さらお前なんかお呼びじゃねぇよ」
「なるほど。しかしお前のやり方は公正ではないな。もうひとついいか。アレはなぜ男装をしてまで学徒になった。理由を知っているか」
「双玉には嫁ぎませんってアピールでしょ。いじましいよね」
「……? どういう意味だ? 麾下十家である以上、双玉と当局、御所が合意したらそれが決定事項だろう」
恭鷹が砂を噛むように顔を顰めた。
「調べた上で本気で言ってんの、それ。だから総司は奏ちゃんに嫌われるんだよ」
総司はどこまでも本気だったし、恭鷹が向けてくるうっすらとした侮蔑のようなものの正体も、奏が頑なに距離を置こうとする意味もよく分からなかった。
一ノ宮家に無数の討伐任務が降ったのは天真だけの意思ではないし、奏の同族が多く死んでいったのは弱いからだ。
総司自身は奏を無下に扱ったこともないし、天真家からも弔花は都度都度送っていた。
過去に人災があったとはいえ無原罪の聖母は過度に秘匿するべきでもないと思っている。
その威力は誇るべきだし、規制能力の扱いづらさは当事者である総司が一番理解している。
当然、並び立つのならば天真が最善である。
合理的に考えてなぜ総司を選ばないのか。
加えて恭鷹とはなんだかんだ会話が成立しているのが腹立たしい。
恭鷹が構うので二人には同期なりの空気感があるが、総司はよくて顔見知りだ。
それぐらい対応の差がある。
――恋情にはとんと疎いがこれを嫉妬や執着と呼ぶのかもしれない。
「お人好しな自分が嫌になるけど、総司に貸しひとつね。いいこと教えてあげる」
恭鷹はわざわざ総司の正面に回り込んで、さも重要なことのようにのたまった。
「僕にも誰にも奏ちゃんの本当の気持ちは分からない。だから本人に訊くといいよ。なんで総司が嫌われてるのか。なんで学徒になったのか」
「嫌われてなどいない」
「面の皮が厚いなぁ~」
総司が憮然とすると、たちまち恭鷹が吹き出した。
「子どもの頃、僕結構いじっちゃったんだよね。毎回天真に先に挨拶行かれるのが悔しくて。それで僕より好感度低いって総司ほんと無理だから。生理的嫌悪のレベルだから。精々がんばんな~」
***
「結婚を前提に相互理解を深めたい。定期的な交流会をしよう」
「誘うの下手くそか。しませんってば」
三日三晩考えぬいた総司の口説き文句はにべもなく叩き落とされた。
「ダセぇ~」
恭鷹が机に突っ伏して笑っている。笑いすぎて咳き込んで波打っている。
こいつよりダメなのかと思うと気が滅入るが、別に策はこれひとつだけではない。
何回もすりこんでじっくりコトコト距離感を詰めようプランに切り替えればいいだけのこと。
冷泉の出方を窺いつつ、攻め込むタイミングを待てばいい。
「わかった。今日は引こう。だが俺は攻めに回るぞ。逃げられると思うな」
せめてこれくらいは許されるだろうか、と奏の白い頬を指の背で撫でる。
人馴れしていない猫のように奏がびくついて威嚇する。
「さ、さわ、触んないで。大丈夫。僕、逃げ足は速いから」
「そうか。では俺も本気でゆこう」
奏の「大丈夫」はある程度追い詰められているときの口癖だ。
それぐらいは知っているので総司は満足して席についた。
第四話、総司初恋に気付くも君ちょっとズレてるよ編でした。
次回は奏の過去に起きた事件が明らかになります。また少し長いので上中下になるかと。
明日も18時更新です。引き続きお楽しみいただければ幸いです。
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