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A5サイズのジップロック~致死量の絶望を飲み干して、ただ只管に生き延びた記録~  作者: 1129


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第三章 第七話:美少女の妹と終わらない悪阻


 いつ終わるかもわからない、暗闇のような恐怖だった。


 私のつわりは想像を絶するほどひどく、妊娠七ヶ月に至るまで、毎日毎日、ただひたすらに吐き続ける日々が続いた。

 その間の記憶は、あまりにもしんどすぎて、ところどころすっぽりと抜け落ちているほどだ。


 そんな地獄のような日々の中、浜松にいるクリスからは、何回も夜中に電話がかかってきた。

 そのほとんどが、泥酔状態でのくだらない内容だった。

 ひどい時など、電話の向こうから全く知らない女の人の声が聞こえてきたこともある。

「もっと旦那さんを、かまってあげないとだめよ」

 見ず知らずの女から、夜中の電話で急に説教をされる。


 結婚というものに対する希望が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。

 こんなにしんどい思いをして耐えているのに、こいつはいったい何なんや。

 深夜に自分の旦那のことで、顔も知らない女から説教されるなんて、わけがわからない状況だ。

 しかし、あの時の私には、怒りをぶつける気力すら残っていなかった。


 ただひたすらに、しんどい。


「もう黙っといてくれ。何の役にも立たんのやから」


 そう心の中で毒づきながら、嵐が過ぎ去るのを待つしかなかった。

 それぐらい、私のつわりは常軌を逸してひどかったのだ。


 地獄の底を這うような毎日だったが、七ヶ月を超えて八ヶ月に入る頃には、ようやくずいぶんと落ち着き、一日に数度吐く程度にまで治まっていた。


 この壮絶なつわり体験を通して、私が身をもって学んだことがある。

 それは、


「とりあえず一旦吐いてしまえば、三十分ぐらいは楽になる」


 という残酷な真実だ。


 だから、しんどい時はもう、迷わず吐く。

 吐き方にも、私なりのコツがあった。

 牛乳、もしくは水を、五百ミリリットル以上、コップで三、四杯ほど一気に飲み干すのだ。

 そうすると、胃の中が空っぽだったとしても、水分の勢いで必ず吐くことができる。

 このコツを掴んでからは、ほんの少しだけ、つわりとの闘いが楽になった気がする。

 ちなみに、なぜ飲むのが牛乳か水なのかというと、ちゃんとした理由がある。

 ひどい嘔吐の時は、口からだけでなく鼻からも逆流して出てくるのだ。

 その時、牛乳や水であれば、鼻の粘膜を通っても痛くない。

 果汁百パーセントジュースなどは最悪で、鼻の奥がちぎれるように痛くなる。

 刺激物も激痛だし、チョコレートも地獄を見る。


 極限状態で得た、サバイバルの知恵だった。


 当時の妹は、私に優しくしてくれていたような記憶がおぼろげにある。


 けれど、私自身が限界すぎて、はっきりとした光景としては何も覚えていない。


 妹は、めちゃくちゃ頭が良かった。


 それは決して生まれ持った天才というわけではなく、彼女自身の凄まじい努力の賜物だった。

 学校から家に帰ってくると、どんなに遊びに誘われても、宿題、予習、復習を完全に終わらせるまでは、絶対におやつも食べないし遊びにも行かない。

 夜はしっかりと寝るのが、彼女のテスト前のスタイルだった。

 普段のルーティンにプラスして、友達と一緒に勉強する。

 それだけで、彼女の偏差値はおそらく七十四あたりを叩き出していたと思う。

 ある塾のテストランキングのような本では、全国で四百位以内に入っていたし、数学に至っては全国十位以内に入っていたような記憶がある。


 そして、妹の凄さは頭の良さだけではなかった。

 見た目も、本当に良いところだけを寄せ集めて神様が作ったような、非の打ち所のない容姿だった。

 大きな目、長いまつげ、きれいにすっと通った高い鼻、可愛らしく口角の上がった口元。

 決して太っているわけでもなく、笑うと頬の両側に愛らしいえくぼができる。

 まさに、絵に描いたような美少女だった。

 実際にテレビにも二回ほど出演したことがある。

 後に彼女が結婚する時、旦那さんもイケメンだったため、式場の人たちの間で「どこの芸能人か」と噂になっていたほど、誰もが振り返るようなきれいな顔立ちの子だった。


 そんな完璧な妹だが、実は小学校五年生位までは、そこまで頭が良いわけではなかったのだ。

 ある日、彼女は突然「塾に行きたい」と母に提案した。


 母にとって、子供は自分のステータスを飾るための道具だ。


 一番可愛い子が、さらに成績まで良くなるという事実は、母の虚栄心をひどくくすぐり、母は喜んで彼女をすぐに塾に入れた。

 そこから、妹の成績はぐんぐんと伸びていった。


 ただ、母は全く知らなかっただろう。


 妹が、なぜそこまでして頭が良くなりたかったのかという、本当の理由を。

 彼女は、当時流行っていたドラマ『GTO』の神崎さんになりたかったのだ。


「頭が良ければ、誰でも言うことを聞いてくれる。大人も、先生さえも逆らえない」


 その圧倒的なかっこよさに憧れて、勉強をした。

 ただそれだけだったのだ。


 異常な家の中で、彼女もまた、彼女なりの方法で武装して生き抜いていたのかもしれない。

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