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A5サイズのジップロック~致死量の絶望を飲み干して、ただ只管に生き延びた記録~  作者: 1129


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第三章第八話:モンスター級の頭と、ガッツ石松の奇跡


 出産の日は、静かに、そして突然やってきた。


 実はこの出産当日になるまで、私が結婚し、妊娠しているという事実を、父は全く知らなかった。

 絶対に知られたくなかったし、来てほしくもなかったのだが、なぜか父は病院に現れていた。


 陣痛室の前のほうには、顔を合わせたくないクリスや父、そして妹や親戚たちがチョロチョロと集まり、中の様子を覗き込もうとしている気配がした。


 私はすでに陣痛室に入っており、彼らと顔を合わせることはなかった。


 隣の部屋からは、出産に挑む他の妊婦の泣き叫ぶ声が聞こえてくる。それをつきさすように、付き添っていた母が私に冷たく言い放った。


「あんなに泣き叫んで、みっともない。あんたは絶対にあんな声出したらアカンよ」


 私は、幼い頃からの呪いのようなその言葉を頑なに守った。


「この部屋には、出産経験がある人しか入ってこないでくれ」とだけ伝え、どんな激痛が波寄せてきても、一言も声を発さなかった。

 パイプベッドの上でただ無言で痛みを堪え続けた結果、あまりにも力が入りすぎた私は、ベッドの鉄のパイプを根元から引っこ抜いてしまった。


 陣痛室のベッドの上で心電図をつける時も、壮絶だった。

 痛みのあまりうずくまろうとする私を、二人がかりで無理矢理引き剥がし、押さえつけて器具を取り付ける。


 母は確かにずっとそばについていてくれたが、かける言葉は

「赤ちゃんも頑張っているんやから、それぐらい我慢して」

 という冷ややかなものだった。私は、何も言い返す気になれなかった。


 そこから陣痛が普通に進み、いざ分娩台へ。

 しかし、その土壇場になって、先生が告げた。


「子どもの頭が骨盤より大きすぎて出ない。帝王切開になるね」


 何十時間もあの絶叫したくなるような痛みに無言で耐え続けたのに、結局お腹を割るのか。

 そう思った瞬間、張り詰めていた糸が切れたのか、なぜか左目からポロっと一粒だけ涙がこぼれ落ちた。


 痛みの波が来るたびに歯を食いしばる。

 やがて背中に麻酔が打ち込まれると、嘘のようにあの激痛がスッと消え去った。


 手術を担当してくれたのは、外科医出身の先生だった。下半身麻酔での帝王切開。

 麻酔が効いてきて痛みがなくなり、心底ほっとしていると、下半身が見えないように仕切られたカーテンの向こうから、先生の呑気な声が聞こえてきた。


「これ、ちょっと痛いかな?」


 下半身麻酔というのは、完全に何も感じなくなるわけではない。触られていたり、引っ張られたりするような鈍い感覚は残っているのだ。

 何かチクッとした違和感を覚えて、私が


「ちょっと痛い気がします」


 と答えると、先生は笑いながら言った。


「ちょっと痛いって言うレベルじゃないこと、してるんやけどなぁ!」


 そこからは、内臓を直接触られ、ぐいぐいと引っ張られるような強烈な違和感が続いた。

 一度メスを入れた後、先生が「あ! これはデカすぎてちょっと無理やわ」と言い出し、急遽、切開の幅を左右に一・五センチずつ広げられた。


 取り出された息子の頭の大きさは、なんと三十七センチ。

 体重は、三千三百五十六グラム。


「三三五六グラムの男の子ですよ」


 そう言われたあの瞬間のことは、今でもはっきり覚えている。

 当時、私は「三十三センチでも初産では大きい」と言われていた。

 それをさらに大きく上回るサイズだった。

 母とほとんど体型の変わらない私の骨盤では、

 到底、自然に産み落とせるはずのない大きさだった。


 実のところ、彼は妊娠四十週になっても全然出てくる気配がなかった。

 病院で先生に「今日ダメやったら陣痛誘発剤を打ちましょう」と言われた数時間後、慌てたようにおしるしを出して陣痛が始まり、病院に戻ることになった。

 生まれる前から性格が決まっていたみたいで、当時のことを思い出すと、今の私は少し笑ってしまう。


 生まれたての赤ちゃんは、ガッツ石松に似ている。


 世間ではよくそう言われるが、私の息子も、その通り見事な「ガッツ石松」だった。

 エコー写真で見た時は、鼻がすごく綺麗に高くてホリが深かったのに、いざ生まれてみると「あれ? やっぱりガッツ石松に似てるねぇ」と思ったのを覚えている。


 帝王切開の最中だったが、上半身は動かせるため、看護師さんが布に包まれた息子を私の顔の横へ連れてきてくれた。


 私の、可愛いガッツ石松。


 私がそっと人差し指を一本前に出すと、想像していたよりもずっと小さくて、少しだけ冷たい手が、私の指をぎゅっと握り締めた。


 その瞬間だった。


 何故か、両目から大量の涙がとめどなく溢れ出した。


 自分から命が生まれたという実感がまだ追いつかない中で、説明のできない、愛おしいような、尊いような、眩く輝くような感情が心の奥底から湧き上がってきたのだ。

 ただただ幸せで、涙が勝手に溢れて止まらなかった。


 文字には到底できない、あの光のような気持ち。

 死ぬまで絶対に忘れない。まるで、それは奇跡のようだった。


 しかし、感動も束の間、後陣痛によって急激な痛みが私を襲った。

 もう痛みは来ないだろうと気を抜いていた私は、母の言いつけを破り、思わず「痛い!」と大きな声を上げてしまった。


 その声にびっくりしたのか、息子が火のついたように泣き出した。


 看護師さんが、「お母さんが大きな声を出したから、びっくりしちゃったじゃない」と笑いながら言った。


 やがて、処置のために全身に強い麻酔が打ち込まれていく。


 私は、ガッツ石松に似た愛おしい我が子の顔をじっと見つめながら、静かに、深く意識を手放していった。


 __この時生まれた小さな命が、やがて私の人生を大きく変えていくことになる。

 当時の私は、まだそれを知らなかった。


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