第三章 第五話:見知らぬ命とイクラの奇跡
19歳の事件は、それぐらいだ。
そしてもう一つ。
19歳の私に起きた、別の出来事。
当時、カナダ人のクリスと付き合っていた私に、大きな問題が降り注ぐ。
彼のビザが終わりを告げ、とてつもない遠距離恋愛が待ち受けていた。
母に何となくその話をすると、思いもよらない反応が返ってきた。
醜い娘である私に、カナダとドイツのハーフの外国人男性。
そんな彼氏がいると知り、母は大喜びした。
「人生、生きてればお母さんみたいに離婚する。よくあることよ。結婚しなさい」
そう言われ、私はクリスと結婚することになった。
国際結婚の手続きはややこしく、よくわからない書類だらけで、とても時間がかかっていた。
付き合っていた証拠の写真、出会いの経緯。
偽装結婚を防ぐため、いろいろと質問攻めにされる。
そんな中、私は19歳になり、就職が決まったことを理由にカメラ屋を辞め、国際空港で働いていた。
ある日、ふと気づいた。
生理が3ヶ月来ていない。
血の気が、足元に吸い込まれるように引いた。
妊娠検査キットをこっそり買う。
2個セットのうちの1つを、職場で使った。
結果は陰性。
少しだけ、ほっとした。
でも、不安は消えなかった。
家に帰り、1週間後にもう一度検査をする。
じっと見つめる。
すると、うっすらと線が浮かび上がった。
陽性だった。
妊娠してしまった。
20歳の私にとって、それは衝撃だった。
もしかしたら間違いかもしれない。
そう思いながら仕事をしていたが、思い当たる節は一度だけあった。
まさか、一度で。
医者に行くまでの間、私はずっと願っていた。
嘘であってほしいと。
「いらない。子供なんかいらん。めんどくさい」
そう思っていた。
誰にも言えないまま、私は浜松へ向かった。
手続きの途中だった。
彼は仕事へ行き、私は彼の家で時間を潰す。
その時だった。
突然、強烈な吐き気に襲われた。
何を食べても、何を飲んでも、吐く。
何度も、何度も。
覚えているのは、アロエジュース。
よくある200ミリの紙パックのやつ。
あれは、鼻から出ると死ぬほど痛い。
何も食べられず、ただ吐き続ける。
異常だった。
心配したクリスと一緒に、総合病院へ向かった。
総合病院だった。
私は食中毒だと思っていた。
以前にもなったことがあったから。
でも、違った。
いくつもの検査を回され、最後にたどり着いたのは産婦人科だった。
はじめての場所。
しんどい体のまま、診断を受ける。
そこで告げられた。
妊娠確定。
同時に、栄養失調で2日入院と言われたが、私はそれを断って帰った。
エコーを見せられる。
「これが赤ちゃんですよ」
そう言われて指差された画面。
それを見て、私は思った。
イクラみたいだな、と。
そっくりだった。
小さな、小さなイクラ。
その時、初めて知った。
これが、つわり。
この吐き気の正体だった。
「おめでとうございます」
そう言われた。
でも、なんとも全然おめでたくなかった。
帰りにもらった、小さなイクラの写真。
エコー写真。
それを握りしめた、その瞬間。
私はタバコをやめた。
あの小さなイクラが、なぜか大事に思えた。
吸えなくなった。
15歳で吸い始めたタバコ。
好きな人が吸っていた、ただそれだけの理由で始めたもの。
本来なら20歳から許されるものなのに、
私は20歳になってすぐ、その場でやめた。
なんか、逆やなと思った。
タバコは20からです!
お気をつけて!!




