第三章 第四話:折れた肋骨と菓子折り、そして初めての「楽しい愚痴」
第三章 第四話:折れた肋骨と菓子折り、そして初めての「楽しい愚痴」
そして、治療を終えた肋骨骨折の娘に対し、母が下した指示はこうだ。
「菓子折りを買って、バイト先に今日の遅刻を謝りに行きなさい」
それが私の家での「ルール」だった。
私は何も疑わず、素直にそれに従った。
折れた肋骨を抱え、菓子折りを持って写真屋の扉を開けた私を見て、店長と息子は絶句した。
「申し訳ありませんでした。明日からは働けます」
私がニコニコと笑ってそう伝えると、いつもはミスに厳しい店長が、信じられないものを見るような目で言った。
「いや、治るまで休んでいいから!それより大丈夫だったか!?」
治るまでゆっくり家で休みなさい。
その言葉は、私の家にはない、とても優しい響きだった。
体のことはずっと気にしてくれていたことをふと思いだす…
店長が口うるさいのは、最後までずっと変わらんなかったけれど。
その夜。
ぶつかってきた青年の親が、示談の話で家へやって来た。
「治療費と慰謝料、それに自転車も新しく買い換えます」
当事者の私は19歳未成年なので他人事である。
自賠責保険の範囲が200万円なので、治療費と慰謝料と自転車を新しく買い換えてくれると、強面のお父さんだったが、内容はとても誠実で優しかった。
しかし、うちの母は謎の対応を見せる。
「慰謝料は要らない。自転車も古いやつがあるから心配要らない」
普通、親の態度って逆ではないか?
と19歳の私は不思議に思ったが、私自身も「治療費さえ払ってくれればそれでいい」と本気で思っていた。
ぶつかった青年は偶然にも弟の知り合いだったし、他人から過剰に何かを奪うことに、私は全く興味がなかったのだ。
それでも向こうの親は頑として譲らず、せめてもの償いにと、病院の送り迎えをしてくれることになった。
事故は、その日だけでは終わらない。
3日後、衝撃で一度外れて元に戻っていたらしい私の顎が、完全にロックされて口が開かなくなったのだ。
事故は事故の起こった日、その日の診断だけではわからないことがある。
必ず数日待ってから再度病院で全身を検査してほしいと言うことだ。
私は肋骨だけが折れているとそう思っていたのだが、顎が衝撃で1度外れ元に戻ったと言う、そういう状態になっていたらしく、口が開かなくなった。
結局、毎日向こうのお母さんの車で病院へ通うことになった。
そのお母さんは、見た目はいわゆるヤンキーっぽい人だった。
あとで知ったことだけど、
某大手企業で役職についている人だったらしい。
ときどき、会社のものだと言って、
お菓子やアイスをたくさん持ってきてくれた。
それは段ボールの時もあったけど、
いつも手渡しで渡してくれた。
私はそれを、ぼんやり眺めていた。
笑いながら、それを渡してくるおばちゃんを見て、
ただ、
「優しい人やな」
そう思っていた。
妹は、それを見てすごく嬉しそうにしていた。
車中、私は彼女とすっかり仲良くなっていた。
「最初はぼったくられると思ってたのよ〜」
「うちの旦那、なんで救急車に乗ってついていかなかったのかしら!」
彼女から聞かされる、初めての「楽しい愚痴」。
愚痴とは、苦しくて暗いだけのものではないのだと知った。
変な感じだった。でも、決して嫌いじゃない時間だった。
大怪我を負っても、我が家では心配されることもなく、仕事が休みで家にいることがただ苦痛だった。
でも、痛くて動けない。
次回更新は木曜夜です。
しばらく第三章が続きます。




