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A5サイズのジップロック~致死量の絶望を飲み干して、ただ只管に生き延びた記録~  作者: 1129


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第三章:第二話:深夜特急と、ハリー・ポッターと1000円札

【トリガー警告】

本作品は実体験をもとに執筆されており、心身に関わるつらい出来事や家庭内の問題が描かれています。ご無理のない範囲でお読みください。



年末の帰省ラッシュでごった返す中、私は18歳の冬を、深夜特急「ムーンライトながら」の車内で迎えていた。

行き先は東京。

と。地方に住む友人2人と合流する予定だったが、大垣駅から乗り込んだのは私一人だった。

大阪駅から米原、米原から大垣、大垣から豊橋、豊橋から浜松。

そこで2人の友達と合流し東京へ向かう予定だった。

大垣から乗るのは私だけだ。




全席指定の車内は、指定券を持たずに乗り込んで床に座り込む人たちで溢れかえっていた。

しかし、私たちは数ヶ月も前から3人で1列4席をしっかりと押さえてある。




進行方向右側、通路側の席。

私はそこへ腰を下ろし、ふぅーっと深く息を吐いてリクライニングを倒した。




茶色の柄が入ったシートは、いつも乗る普通の電車よりずっと高級な感じがして、座り心地が良かった。

冬の静かな外の冷気で窓は少し曇っていて、車内の暖かさとのコントラストが妙に心地いい。




初めての夜行列車で特急に自分で乗ったから、茶色の柄のシート、特急の座席の生地。

当時喫煙所もまだあって確認した。

そこには特急指定券がない人が座って場所取りしていた。




座って、とりあえず冬の静かな外を見ていた。

列車に入る人達、外で待つ人。

冬だから窓が少し曇っていて、間違いなく席を確認して座った。




大垣を出発した時点では明るかった車内の照明も、夜が更けるにつれてスッと消え、静寂が訪れた。

発車までの間、私はぼんやりと人の流れを眺めていた。

電車の電気は普通で、途中から消えたのだ。

大垣は出発地点で明るい。

私はタバコを吸ってたから、喫煙者の匂いは分からない。




その時だった。




少し離れたところで、駅員と明らかに旅行途中と思われる外国人バックパッカーが揉めていた。




耳をすませてみると、駅員が「この電車には乗れない。指定専用だ」と英語交じりで突っぱねている。




何とも不親切な話だ。

特急券さえ買えば、座れなくても乗ること自体は可能なはずなのに、それを伝えないなんて。




特に正義感が強かったわけではない。

でも、なんだかその理不尽なやり取りが無性に引っかかった。




私はふらりと立ち上がり、その揉め事に割り込んだ。




「どうしたんですか?」




声をかけた相手は、茶色と黄色の間の髪色に、眼鏡をかけた白人男性。

なんとなく「ハリー・ポッターに似てるな」と思ったのを覚えている。




私は英語がしゃべれるわけではないが、よく外国人に道を聞かれたり話しかけられたりする謎の引き寄せ体質だったため、特に抵抗はなかった。




駅員は相変わらず「特急券がないと乗れない」の一点張りだったが、驚いたことに、ハリー・ポッターは日本語を喋ったのだ。

片言で訛りはあるものの、ほぼ普通に会話ができるレベルだった。




言葉が通じるのに、あんなふうに雑にあしらっていたのか。

駅員の態度に少し憤りを感じた私は、自分たちの席が4席あって、まだ私しか乗っていないことを伝えた。




「ここに座ればいいよ」




私が自分の隣の席に彼を座らせると、駅員はなぜかひどく不機嫌そうな顔をして去っていった。



豊橋で友人と合流するまでの間、私は静かに冬の景色を楽しみたかったのだが、ハリー・ポッターはよほど助けられたのが嬉しかったのか、ずっと話しかけてきた。




彼の名前はクリス。

浜松で英会話講師をしている、カナダとドイツのハーフだという。

ワーキングホリデーで日本の観光地をバックパックで回っていた帰りらしい。




私は適当に相槌を打ちながら、彼の話を聞き流していた。


浜松で降りるという彼は、なぜかやたらと私の携帯番号を聞きたがった。


「まぁ、外国人はフレンドリーだからな」



その程度の軽い感覚で番号を教えると、すぐに彼からコールがあり、私の液晶画面に見知らぬ番号が光る。

「俺の番号だから登録してくれ」と言われ、とりあえず登録した。




そして、彼が降りる直前。

彼はニコニコしながら、とんでもないことを言い出した。


「500円、貸してくれない?」


一瞬、思考が止まった。

寸借詐欺?



彼曰く、浜松までの帰り賃はあるが、そこから自分の住む家まで帰るローカル線(赤電)の運賃、400円がないらしい。

だから500円貸してほしい、と。



見知らぬ、その日に会ったばかりの外国人と電話番号を交換し、500円を貸す。

……悪くない。



数日後には正月が来る。

親戚一同が、あの金持ちのおばさんの家に集まるのだ。

その時に話す「ネタ」にでもなれば、500円なんて安いエンターテインメントだ。



そう思って財布を覗いたが、あいにく500円玉がなかった。


仕方がない。

私は1000円札を一枚抜き出し、彼に渡した。


「基本的に、貸したお金は返ってこないもの。あげるつもりで渡しなさい」



それは、かつて教えられた数少ない処世術だった。

だから、最初から返ってこないつもりだった。




そもそも東京に遊びに行くためにそこそこのお金を持っていたし、出がけに父から(罪悪感とともに)もらった5万円もある。



実は一度父に会い、ちょろっと東京に行く話をしたのを覚えている。

そうすると父は気前良く、私に5万円くれたのだ。


なのに罪悪感。

感謝したいけれど、うまく伝えられない。

「ありがとう」と言った。

もっと笑顔で言いたかった。でもできなかった。


その当時の私には、なんだか悪いことをしている。

そんな気持ちしかなかった。


1000円なんて、本当にどうでもよかった。


クリスは何度も何度も「ありがとう」と言い、手を合わせてニコニコとお礼をして、浜松の夜の街へ消えていった。



正月。

案の定、親戚の集まりでこの話をすると「あんたは本当に変わっているわね」と呆れられ、充分すぎるほどのネタになった。


1000円の元は取れた。

それでこの話は終わるはずだった。


ーー

まさかこの時の1000円札が、私の人生を根本からひっくり返す、重くて苦しい「呪い」と「奇跡」の始まりになるなんて、その時の私は知る由もなかったのだ。

次回は更新は木曜20時です。

私の人生、どうなるのか。

体験してみてください。

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