シーン11:凪にゆられて(6)
「なんで静かにしてなきゃ駄目なの?」
泳いでくださいと言わんばかりにだだっ広い露天風呂。言っておくが混浴ではない、男湯だけでそこまで大きいのだ。なのに、何故か今現在男風呂に入っているのはただ二人、僕と望だけで。しかも望が音を立てるなと言うものだから。
「・・・お、入ってきたな」
そういうことか、その言葉だけで望の意図が分かった。
隣の女風呂から届いてくる声。それはどうやら、楓たちが入ってきたようで。
「あれー?誰もいないね?」
「よかったですわ。あまり人がたくさんいらっしゃったら、ゆっくり出来ませんもの」
「でも、どうしてこんなに空いてるのかな?」
「一応、それぞれの部屋に個人風呂がついてるからね。きっとみんなそっちで済ませてるのよ」
「もったいないわね~・・・こんなに広い露天風呂があるのに」
「ですわね。桜坂さんたちも、一緒に入られればよろしいですのに」
「仕方ないですよ、仕事を持ってきたって言ってましたし」
「でもさ、後で入るって事は、二人でここを貸し切りみたいなものよね・・・なんか怪しい~♪」
「鈴鳴さん、何を考えてらっしゃいますの?・・・・・・あら、さぎりさん。どうかなさいました?」
「んーーー・・・ねえ、蓮理お姉ちゃん・・・・・・・・・揉んでいい?」
「はい?」
「あ~、もう我慢できない!」
「きゃっ!な、何をなさいますの!?」
「うわ~、大きくって柔らか~い♪」
「こ、こら・・・・・・きゃっ!」
「さぎりちゃんっ、何してるの!?」
「今度は楓お姉ちゃん~♪」
「あっ・・・ちょ、ちょっと!」
「えっと、ひょっとして・・・?」
「うん!次は明菜お姉ちゃんの番~っ♪」
「きゃあぁ~っ!?」
「や、やめ・・・・・・っ」
「きゃははははははっ♪」
「・・・すごいことになってるな」
「やっぱり出たか、さぎりの悪い癖が・・・」
「癖?」
さぎりには悪い癖がある。
それは女同士で仲がいいから許されるもの。
「ああ、さぎりのヤツ・・・やたらと人の胸を揉みたがるんだ」
「ほぉ・・・やっぱり兄妹だな」
「・・・沈むか?」
「じょ、冗談だ」
しかしこのやりとりの後、僕等は黙り込んでしまう。
そりゃ隣があんな風に騒いでいたら、男としてはどうしても聞き入ってしまうのは仕方のないことだろう、それに抗うことの出来る男がいたらそれはそれで問題だ。
・・・ところがそこで。
「いかん、俺はもう我慢できない」
「は?」
「止めてくれるな、戦友。男たるもの、ここで行かなくて何を誇れようか!」
偉そうに言っているが、コイツがやろうとしていることはものすごく分かりやすいたった一つのこと。正直に言ってそれは犯罪だ。
「ば、馬鹿、やめろって!バレたら洒落にならん!」
男風呂と女風呂を仕切る垣根をよじ登ろうとする望を必死で止める。
そりゃ、僕まで同罪にされたらたまらないから。
「離せ!俺を男にさせてくれ!」
「アホ言うな!命が惜しくないの!?」
「男たるもの、どうしてこの命を惜しもうか?それよりも、目の前の楽園を求めるのが男の真の生き様だろう!?」
「訳の分からないことを言わないでよ!いいから降りろって!」
ミシミシミシ・・・・・・
僕等がそんな掛け合いをしていると、木のしなるような鈍い音が耳に届く。
「・・・何の音?」
「ああ、あと一歩で桃源郷だ!」
「いや、それより・・・すごく嫌な予感がするんだけど」
「ええい、この際、細かいことは気にするな!おまえも覗くのだ霧島麻人よ!」
「いや、だから・・・」
よくよく考えれば分かったであろう。
もともと竹で出来た脆い垣根だ。そこをよじ登っている望と、それを止めようと僕までもよじ登っている恰好になっているわけだから、耐久力の限界を越えているのはどう考えても当たり前なわけで。
バキバキバキバキッ!
その竹が折れる、割合鋭い音が響くのと同時に僕らは真っ逆さまに。
「うわあああぁぁぁぁっっ!」
「のわあああぁぁぁぁっっ!」
ばっしゃーーーんっ!
二人揃って豪快に湯船に墜落した。
「あたたたたた・・・やっぱりこうなるのか・・・」
軽く頭を打ったけれど、お湯のおかげで怪我はしなかったようで、すぐに起き上がれた僕はラブコメ的展開にしくさった作者を感謝と共に恨む。
そしてその視界にはこの世のものとは思えないほど美しく、そして記憶に鮮明に焼き付けられるほど魅惑的な、かつ、眩いばかりの白い肢体が四つあって。
「あ、あは、あはははははは・・・どうも、コンバンワ・・・」
終わった。
いいわけもクソもない。
「・・・百っ回、死んでこ~~~いっっっ!」
「死にっさらせーーーっっっ!」
「え、えっち~~~っっっ!」
「地獄へは、片道ですわっっっ!」
すさまじい轟音と共に、僕と望は人間びっくりショーも真っ青な程、見事に夜空に舞った。
「まったく、本当に覗くなんて信じられない!」
楓の激昂も最もだけど、僕に覗く気は無かったんだ。
「でも結局覗いたじゃないのよ」
まあ確かに。
というか、よく僕も望も生きていたなあと思う。うん、生きているって素晴らしいね。
それでこれからお約束の宴会を開くに当たって、僕と楓はホテル内の自販機で飲み物の調達(ちなみに望は一人で食料の買出しに行かされている)に来ていた。
それを、罰として一人で持っているんだ。
もちろんまだ未成年なのでお酒は無いです。
「はーあ、いざって時は結構カッコいいとこあるのに・・・」
大量の飲み物を必死で持っている僕の前をてくてく歩く楓が何か呟いたけれど、それは僕には聞こえなくて。
「え、何?」
「・・・別に。どうして男の子ってスケベなんだろうって言ったの!」
「?」
なんかよく分からない。
でも、その後確かに楓が少しだけ微笑んで何か呟いたような気がした。
「―――ホント、馬鹿なんだから」
「よろしいのですか?」
「何が?」
「いえ・・・」
「温泉のこと?」
「・・・・・・」
「・・・いつ、どこで、誰が見ているか分からないからね」
「はい。ですが・・・・・・」
「ストップ、そこまで。いいって言ったらいい」
「はい、申し訳ありません」
「ふぅ・・・はい、終わり。全く、仕事なんて持ってくるんじゃなかった」
「・・・・・・あの方たちとは、このままで?」
「今のまま。それ以上でも、以下でもなく。それで、いい」
「ですが・・・」
「楽しそうに見えた・・・そう言いたい?」
「・・・・・・は・・・い・・・」
「まあ・・・確かに、久方ぶりに楽しいことは否定しない。けれどそれも所詮、仮初めに過ぎない」
「そう、なのでしょうか・・・?」
「・・・そう。もう二度と、本当の幸せにめぐり合うことは出来ない・・・あの日から・・・・・・」
「それは・・・・・・・・・」
「さ、問答はこれで終わり。ほら、もうこんな時間・・・いいかげん寝なきゃ」
「はい・・・分かりました」
日付も変わり、誰もが寝静まる時刻。
二つの影は、静かに。
けれど、悲しく。
―――眠りに、ついた。




