シーン12:離島の手招き(1)
潮風が鼻をかすめ、皆の髪を撫でる…………なんてレベルじゃなくて。
「ちょっ……ちょちょちょちょっ!?」
「スピード出しすぎぃっ!」
ドドドドドドド!
僕らを乗せたクルーザーは信じられないようなスピードで海を疾走していた。
「……霧島、俺はもう駄目だ……うぷ……」
真っ先に船酔いでダウンしたのは望。まあ、このスピードと波では仕方ないだろう。
「あれあれ、これならまだ優しい方だと思うんだけど?」
舵を取りながらにこやかな笑顔でそう言う博也さん。
クルーザーでドリフトしないでください。
「そうよ、なんでこのくらいで音をあげてるんだか」
「ですわね。確かにこれでは髪が乱れてしまいますけれど、気持ちいい事も事実ですわ」
「博也さん、もっとスピード上げていいよ~♪」
「ええ、まだまだスリルが足りないわね」
元気いっぱいな女性陣、台詞の順に楓、蓮理さん、さぎり、神楽さんだ。
もちろん神楽さんの横にはリディアさんもいて、僕らのやりとりに少し笑みを見せていたし、この揺れにまったくなんともないようだった。
「あ、あはは、は……二人共、大丈夫?」
やっぱりそんな優しい言葉を掛けてくれるのは明菜だけなんだ、貴重な僕らの味方で癒し。
「駄目よ、明菜。そんな軟弱者たちを甘やかしたら」
そう言うは楓、それは僕らが軟弱じゃなくて君たちが異常なだけだと思います……と、それに僕が反論しようとした時。
「ふふ、なかなか厳しい彼女さんね」
不意に話しかけてきたのは、僕ら同様クルーザーに同乗していた女性。彼女は、やはり育ちがいいのか物腰一つ一つが僕たちとは違う。穏やかで優しそうな瞳に、風でなびく長い髪を手で軽く押さえて……見た目も雰囲気も、おそらく中身もまさにお嬢様だ。
「そ、そんなんじゃありません!」
そんな彼女のからかいまじりの言葉に、顔を赤くして否定する楓。
うーん、その女の子らしさを普段から発揮してくれればいいのに。
「あらら、可愛いわね。はじめまして、私は『西村 恭子』よ。三日間よろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
さて、前回の話から何がどうなったのか意味不明だろう。
だが仕方が無いのだ。何故なら、明菜はこの計画を僕らにさえも黙っていたのだから。
「お、見えたよ。あの島だ」
超特急クルーザーに乗せられて僕らが向かっていたのはホテルグループの所有する離島。
なんとこれから三日間、その離島で過ごすになっていたのだ。無論コテージやキャンプ場なども揃っているらしく、バカンスであることに変わりは無い。
「……思ったよりもずっとデカイですね」
そう、離島なんていうから小島かと想像していたのだが、船上から見えたその離島は、果てが見えないほどに大きかった。
「気をつけてね。もし密林で迷ったら二度と出て来れないかもしれないから」
……マジですか、やらかしそうなメンバーが揃っているんですが。
「あはは、そんな不安な顔しないで。そんなことにならないために僕も同伴してるんだから」
目を逸らして言わないで下さい、その言葉がどこまで本当か分からなくなりますから、博也さん。
「しっかし、離島でのバカンスまで用意しているなんて、大したもんだな御宅のグループは」
終始ぶすっとした表情で僕らと会話をするつもりなど欠片も見せていなかった、西村さんの連れの男性が言う。
「ホテルに泊めた後は離島へどーぞってか。回転率はすごいんだろうな、見事な戦略だ」
「ちょ、ちょっと知哉!」
知哉と呼ばれたその人は嫌らしく笑いながらペロッと舌を出す。
なんだろう、少々違和感のある笑み――どこか”わざとらしい”。
「おっと悪いな、どうも俺は素直でいかん。『有本 知哉』。一応、恭子とは婚約関係にある。まあ、せいぜいよろしくな、ガキども」
「ごめんなさいね……」
西村さんはしきりに謝りながら有本さんを引っ張り去ってゆく。なんでこんないい人が、あんな人と婚約関係にあるんだろう?よくあるパターンで、政略結婚だったり、弱みを握られているとか?
「君の考えていることはもっともだけどね、大人の世界には色々あるのよ」
「……?」
背後からの妙に達観したような声に、僕らは揃って振り向いた……いや、神楽さんとリディアさんはどうしてか、関わりたくないと言わんばかりにそのまま海を眺めていたけれど。
「は~い♪私、『杉沢 香』。花も恥らう22歳の乙女よ♪それでこっちは……」
「す、『杉沢 優斗』です……」
セミロングの髪の先にカールを掛けていて、今時のファッションではあるけれどどこか高そうな服を着ていて、かつやたらハイテンションな女性とそれに付き従うかのように気弱そうな、髪は綺麗に整えられているけれど染めたりはしておらず、いいトコのお坊ちゃんといった感じ……だけど、どこか僕と似たような雰囲気を持っている男性。
名字が一緒だけど……姉弟かな?
「私たち、これでも双子なのよ」
「ええ!?」
僕らは一斉に驚いた。何故って……。
「その割に、あまり似ていませんね?」
そう楓が言った通り、香さんと優斗さんは、姉弟ならともかく、双子というまで似ていない。
ちなみに、香さんを姉と判断したのは直感。優斗さんを尻に敷いている雰囲気があったからだ。
「ねー、不思議でしょ?私がこんなに社交性があるのに弟の優斗は引っ込み思案で仕方ないのよ。だからいっつも私が尻を叩いてあげてるの」
やはり姉弟で合っていたようだ。
それにしても、どうして双子なのにこんなに似ていないのだろう?男女とはいえ、双子は似ているものだと思ってたのだけど。たまに漫画なんかである、男装女装で”入れ替わっても誰も気付かない”みたいな感じで。
「二卵性双生児だから?」
さぎりの一言。よく知らないのだが、一卵性双生児・二卵性双生児とかは聞いたことがあるけど、何が違うのだろうか。
なんて考えていると、子供好きなのか香さんが笑顔でさぎりの頭を撫でる。
「そうよ~。賢いわね、いい子いい子♪」
そうやって頭を撫でられているさぎりは、小学生くらいに見られているんじゃなかろうか、いや分からなくもないけど。
その時、不意に神楽さんが振り向かないまま、口を開いた。それはいつもの口調とはまるで違っていた。
「……杉沢グループの名物姉弟ね」
「知っているんですか、神楽さん?」
いきなりそう言った神楽さんに尋ねると、彼女はゆっくり振り向いて腕を組んで答えた。
「ええ、社交界では割と有名でね」
社交界なんて言葉が出てきましたよ、みなさん。今更ながらここに集まる人はみんなお金もちなのだ、ということを思い出した。
そして振り向いた神楽さんの顔を見て、少しだけ驚いたかのように言った香さん。
「あ、誰かと思えば桜坂家の。こんなところで遊んでていいの?大変なんでしょ?」
え、どういうことだろう?
すると神楽さんは顔色一つ変えずに言う。
「……まあね。でも大丈夫よ、なんとか盛り返してきたから」
「ふーん……さすがね、有名になるわけだわ。当主が急に他界して、さらに跡目を継ぐはずだった双子の弟さんまで急死してしまったにもかかわらず、その混乱から立て直したんだ」
……なんだって?
これまでの神楽さんには、そんなことを背負っているそぶりなんて少しも無かった。明るく、いつでも元気で人をからかっては大人の余裕を垣間見せていた……なのに。
今度は少しだけ鋭い目つきになり……見たことの無い、ひょっとしたらこれが社交界での神楽さんなのかもしれない。
「いくら災難が立て続けに起こったからって、それで家をつぶすわけにはいかないわ。人間、死ぬ気になれば何とかなるものよ……それに、リディアも手伝ってくれたしね」
「謙遜しないで。あなたは小さい頃からその実力を認められていた……正直、妬みすら抱いてしまうほどに」
「…………そう」
な、なんだろうこのムードは。そのどこか緊迫してピリピリする空気が流れ、誰もが沈黙になりかけた頃、優斗さんが少し慌てたように香さんにささやいた。
「ね、姉さん……僕、少し酔ったみたいだ……」
「あら、大変。それじゃあっちで少し休みましょ。じゃあみんな、またね」
去り際に優斗さんが少し頭を下げたのが見えた。
なるほど、社交界で有名になるわけだ……でも、今はそれより神楽さん。
「神楽さん……」
掛ける言葉が見当たらない。
あの蓮理さんですら、何を言っていいのか分からないように見えた。
ところが。
「あれ、何をみんなしてしみったれた顔をしているの?」
全く気にしていないかのような声の神楽さん。とても明るい様子で、くすくす笑った。
「も~……せっかくのバカンスなんだから、細かいことは気にしないで楽しみましょ、ね?」
これが大人というものなのだろうか。
今の僕からは到底想像もつかないほどの心の強さ、それを神楽さんから感じ取った。
――それはどこか、儚い脆さをも同時に感じざるを得なかったけれども。




