浜野家宿泊
期末試験が終わり、いよいよ夏休みに突入しようかというところ、誠二が近寄ってきた。
「やっと試験が終わったな。お前どうだった?」
「赤点はないけどそこまで勉強したわけじゃないからな。いつも通りだよ」
それなりに勉強はしているのだが、地の頭がそこまで良くないのでいつもと変わらない成績をとった感触がある。
「誠二は?」
同じ質問を返すと……。
「俺もいつも通りだな」
誠二の成績は高く、学年で5位から落ちたことがない。それでいつも通りというからには自信のほどが伺える。
「誠二は夏休みはやっぱり海外なのか?」
俺は話題を夏休みの予定へと変える。
「いや、父さんが映画のロケで国内だからな。俺は家にいる予定だ」
「へぇ、今度は何の原作をやるんだ?」
誠二の父親である浜野監督は数々の名映画を生み出した巨匠だ。俺は熱烈なファンなのでそこが気になっているのだが……。
「詳しくは聞いてないけど、誰にも言わないなら今度聞いて教えてやるよ」
誠二の裏情報に俺は喜ぶ。夏休みの間にその原作を読みこんでおく決意をしていると……。
「そういえば裕二。父さんの秘蔵の映像を見せる約束なんだが、夏休みのどこかでどうだ?」
誠二の提案に俺ははじかれるように身体を起こすと。
「ちょ、ちょっと待って! 由美が確か友達の家に泊まりに行く日があったはず」
慌てて俺は由美に日程を確認すると……。
「この日なら空いてるんだが……」
俺は由美からのRIMEを誠二に見せる。
「おっけー。この日なら大丈夫だから。泊りにこいよ」
「わかった。楽しみにしてるよ」
夏休みに友だちの家へのお泊りイベントに俺はワクワクするのだった。
右手にスナックが入った袋を持ち、肩には着替えを詰め込んだ鞄を掛けている。
俺はそわそわしつつインターフォンを鳴らす。
「おっ。裕二来たな?」
すると誠二の声が聞こえた。カメラからこちらの様子は丸見えのようだ。
「外は暑いから早く開けてくれ」
立っているだけで汗が出てくる。俺は誠二がドアを開けるとクーラーの効いた室内へと身体を滑り込ませた。
「これ、お土産だから。良かったら食ってくれ」
俺は菓子の入った袋を誠二に渡す。
「サンキュー。後で適当に食べようぜ」
誠二はそれをテーブルの上に置く。
「今日は家には誠二だけなのか? 家政婦さんが来てるって聞いたけど?」
俺は周囲を見渡すのだが……。
「ああ、家政婦さんも今は休んでるんだ。俺1人の食事の世話の為に出てこさせるのも悪いし。父さんからは『たまには家事をしてみるのも良い勉強だ』って言われててな」
なるほど、いかにも浜野監督が言いそうな言葉だ。
「というわけで、今日の洗い物はじゃんけんで決めような」
「俺を巻き込むか……? まあ、泊めてもらうんだからそのぐらいやってもいいんだけど」
最後まで良い話にさせないのは誠二らしい。俺は呆れると肩を落とすのだった。
「早速だが、浜野監督の秘蔵映像を見せて貰っていいか?」
時間はたっぷりあるのでゲームでもしてゆっくりするという案もあったのだが……。
「がっつきすぎだろ……。まあ準備はしてあるんだけどな」
「仕方ないだろう。これが楽しみで昨晩はほとんど寝てないんだから」
後回しにされるなんて生殺しも良いところだ。
「お前、俺の父さんのこと好きすぎだろう?」
あからさまに引く態度を見せる誠二。
「まあいいから落ち着け。それじゃあ映像を流すからな」
そう言うと誠二はリモコンを操作した。
目の前には何やら数人の人間が映っている。
1人は垢が抜けた綺麗な女性と、もう1人は清楚な可愛い女性だ。
2人は何やら台本の読み合わせをしていた。
「左が俺の母さんだよ」
映像を見ていると誠二が捕捉説明を入れてくる。
華やかな女性でよく見れば誠二に似ている部分がある。浜野監督も顔立ちが整っているので美男美女から生まれた誠二はイケメンになるのが約束されていたようだ。
2人の女性は演技を続けている。
「これは結構前にベストセラーになった『三角関係』という本を元に脚本を起こしたものらしい」
俺たちは知らないが、親の世代で売れた書籍だ。確かドラマ化されていたはず。
演技の途中で大声で指示が飛ぶ。若いから若干違いはあるが、聞き覚えがある声。どうやら撮っているのが浜野監督らしい。
「大学の映像研究会らしくてな。父さんと母さんはここで出会ったんだ」
「へぇ、学生時代の付き合いでそのまま結婚したんだな」
ふと映像がもう1人の女性へとクローズアップされる。笑顔がとても可愛らしい女性なのだが……。
「ん?」
「どうした裕二?」
俺の声を聞いた誠二が話し掛けてきた。
「いや、右のこっちの女の人どこかで見たことがあるような気がして。もしかして今現役の女優さんか?」
笑った時の仕草や顔立ちに見覚えがある。
「見たことがあるって……ああ、そういうことか」
「なんだよ?」
「いや、お前にはまだ早い。とりあえず映像に集中しようぜ」
誠二の言葉が腑に落ちない。だが、確かにその通りだ。浜野監督の学生時代の映像なんてここでしか見られないのだ。俺は疑問を忘れると目の前の映像に没頭していくのだった……。
「いや、凄いな。この2人の演技も真に迫っていたし、指示をする浜野監督の指摘もなるほどって思ったし」
名監督の片鱗はこのころからあったようで、浜野監督が修正した後の演技はとても魅せられた。
指示をする方も凄いが、聞いてそれを即座に反映させるのも凄い。
俺は夢中になって魅入ってしまっていた。
「っと……そろそろ昼過ぎてるけど、どうする? 外にでも食いに行くか?」
飲まず食わずで没頭してしまったので腹も減っている。俺は誠二にどうするのか聞いてみると……。
「ああ、それならこっちで手配してあるから大丈夫だぞ」
スマホを確認するとそう答える。どういうつもりなのか首を傾げていると…………。
――ガチャリ――
「ただいま。今からお昼作るから待っててね」
「えっ?」
ドアが開き、1人の女の子が現れた。
会うのは実に2ヶ月ぶりになる、俺がなるべく会いたくなかった女の子…………。
「日野君久しぶりだね」
白石愛華は俺に向かって嬉しそうな笑顔を浮かべるのだった。




