第六拾五話 帝国の災難その⑥
「陛下!」
普通なら下の地位の者から声をかけるなどと、不敬の極みであるが、この際はそんなことも言っていられない。
ヴィッターフェルト侯爵は、あわてて城の上層に上がってきた。
運動不足のおなかがはあはあと息をするたびに上下する。
やせ形の公爵であるが、おなかのゆるみはしょうがない。
「どうした侯爵、あわてておるな。なにがあったか申してみよ。」
皇帝フィリップは、書類から目を上げて公爵を見た。
「はは、実は…」
「なに?聖女?」
「は、しかも治癒魔法に留まらず、植物の生長促進魔法も操ると。」
「なんと言う力じゃ。」
「ワインの発酵促進もして見せたと、報告にあり申す。」
「それが聖女か…」
「は。」
「なにゆえそれがわが国でないのかのう?これほど民が苦しんで居ると言うのに。」
「なんでも、魔物の暴走により、一都市が滅んだそうでございます。」
「なんと!王国でもか。」
「は、そこの教会のシスターが、祈りの力を得て聖女となったと。」
「ううむ、由々しき仕儀じゃ。わが国内でも、聖女を探すのじゃ。」
「御意。」
「王国が聖女を貸してくれれば済むことなのじゃがなあ。」
「それは…」
「言ってみただけだ。無理に決まっておる。」
「…」
「報告はわかった、下がってよい。」
「はは。」
ヴィッターフェルト侯爵が下がった後、皇帝は窓の外に目をやった。
高い部屋からは、帝都の様子が広がっている。
「せっかく育てた帝国を、たかが飢饉などで、枯らしてなるものか…」
フィリップ=アウグスツス=フォン=ゲルマニアは、虚空をにらむ。
「かの者を、攫ってきてはどうかのう?いや、それでは言うことを聞くまい。難しいところよ。」
かくして、レジオの間者はどんどん増える結果になったのである。
「賦役に金を出す?昼飯もか。」
「御意。」
「なんとのう、一日銀貨一枚か…よくもまあ出したものよのう。」
ヴィッターフェルト侯爵は、顎に手を添えて考えた。
そもそも帝国で言う賦役とは、税金の代わりに人夫でもって納入するいわば現物納税制度である。
それを、レジオ男爵は銭で雇っている。
肉の入った麦粥を、昼飯に配っている。
「休憩?なんだそれは。」
ヴィッターフェルト侯爵は、間者に聞いた。
は、昼前に一回、昼からに一回、人足を休ませるのです。」
「よくわからんな、賦役など一日中使えば良いではないか。」
「はい、そうしましたら、休んだ方がより作業が進むのです。」
この間者は、実際に賦役人足としてレーヌ川の堤防工事に参加してきた。
川岸には立派な賦役用の宿舎もある。
加えて、風呂まである。
至れり尽くせりである。
「そんなに休んで、そのうえ昼飯を食って休む?仕事をする時間がなくなるではないか。」
「差配の者に聞きましたところ、人間が集中して働けるのは一刻が限度だと言うのです。」
「ふむ。」
「ですから、それが途切れる前に休ませて、水を飲ませてから働かせると、より作業が進みます。」
「…」
「実際に、休んだ後は体が軽く、よく動きました。」
「そのやり方を、もう一度検証してみたほうが良いようだ。」
「は。」
「それは、こちらでやる。お前たちは、聖女についてもっと調べてこい。」
「御意。」
そう言って、部屋を出ようとして、細作は振り向いた。
「お屋形さま、聖女は一人ではありません、二人です。」
ヴィッターフェルト侯爵は、愕然とした。
二人だと!
あののほほんとした国に、聖女が二人!
世の中には神も仏もないものか!
わが国には、救いがないのか?
いや、負けぬ。
この帝国が、回りの小国に負けるわけにはいかぬ。
ヴィッターフェルト侯爵は、拳を握りしめて、奥歯を食いしばった。
一方、なんとか様になってきたレジオでは、それこそのんびりと年末を迎えていた。
年末近くなっても、亜熱帯のイシュタール王国は、少し寒いかなって程度で、十五度を割るような日はない。
あいかわらず椿みたいな木は、濃い緑色の葉を美しく光らせているし。
毎年、地球のヨメや娘はクリスマス~とか歌いながら出かけていき、カズマは玄関先にいる柴犬のタロと過ごすのが定番だった。
しかし、今年はにぎやかだ。
ティリスのおなかは、七か月を越してぐっと目立つようになり、近所のおばちゃんたちに毎日押しかけられている。
やはり、世間が狭いので、赤ん坊はみんなの赤ん坊らしく、年寄りなどもお茶を飲みに来る。
みな、それをうれしそうに迎えている。
まあ、ばあちゃんたちはお茶飲みながらしゃべっているだけなんだが。
たまに芋のふかしたのとか、豆の塩煮なんかも出されるから、それ目当てか?
宿屋のベスは、産婆さんの経験もあるので、つねにティリスの様子を見に来ている。
恵理子は、産屋の衛生管理にメイドたちを叱咤して、目がつりあがってきた。
「奥方さまの部屋は、土足禁止!床は毎日雑巾がけする!なんだと?メイドのくせに雑巾さわれない?カエレ馬鹿者!」
物騒なお局状態。
じいちゃんばあちゃんにも、衛生指導を徹底している。
やはり、昔からのやりかたで考えているものだから、いかにも不衛生なのだ。
また、出産を不浄と心得る者もいたりして、恵理子は目がつり上がる。
遊びに来たジジババには、ついでに掃除まで手伝わせるんだから、たいしたものだ。
また、年寄りたちは頼りにされるのがうれしいのか、昼飯がうれしいのか、嬉々として手伝っている。
シルバー人材は、ここイシュタール王国でも貴重だな。
年寄りがやることがないと、早くボケるし。
劇場はいいのか?
「ポーラやジャッキーが若手を育てているから、すぐに合わせることができる。」んだそうだ。
ティリスの産屋は、これ以上ないくらい掃除されていて、カズマですら中には入れてもらえない。
「あったりまえでしょ!馬だのクマだの猪だのと、毎日遊んでくるような人、ちゃんとお風呂入るまで絶対入れないわよ!」
へえへえ、そらごくろうさん。
衛生管理に関しては、いちばん適任者だと思ったので任せたら、やたら口うるさくなった。
そのうち立派なオカンになることだろう。
「あめちゃんあげる!」
サイレーンの競り市は、盛況のうちに終わったが、それでサイレーンの卵が無くなった訳ではない。
毎月、定期的に出荷できるように調節し、適度に飢餓感をあおって出荷している。
そろそろ、〆の年末競り市を盛大に行う予定だ。
まあ、年末のカズノコ市みたいなものだな。
「その前に、クリスマスだよな~、今年はケーキぐらい用意したいよな。」
そんなことを考えていたら、恵理子が執務室に飛び込んできた。
「お屋形さま!モミの木取ってきてください!」
「はえ?」
「モミの木に似ているなら、杉の木でもヒノキでもいいです。大広間の真ん中にでで~んと置きましょう。」
「ツ・ツリーを飾るのか?」
「もちろん。年末にこれなしで、どう過ごせと?劇場ではすでに準備済みですよ。」
「エリコさま、ふわふわの綿って、これでいいにゃ?」
トラが、羊毛の綿を持ってきた。
「たーりーなーいー!その一〇倍は用意して!チコ!子供たちとお星さま作った?」
「えっと、こんな感じですが。」
「う~む、色はそれでいいんだけど、キラキラ感が足りないわ。」
「じゃあ、父さんに真鍮かなんかで作ってもらおうか?」
「おお!その手があった!いいよ、町の鍛冶屋に行って作ってもらおう。チグリスのところまで行ってる暇がおしい。」
「わかりました。行ってきます!」
「人形やなんかも進めてね。」
「は~い。」
「お屋形さま!さっさと行ってよ、それともドードー鳥でも獲って来る?」
「まだ早いだろう?」
「練習用よ。ローストチキンなんて作り方忘れてるもの。」
「そうか、とりあえずモミの木だな。」
カズマはラルをつれて、のんびりと男爵亭を出た。
王様に占拠されていたので、商人の家にいたんだけど、やっぱめんどくさいのでこっちに移動した。
玄関ホールに飾るにしても、一か月近く置いておくと枯れてしまうので、土ごと運ばなくてはならない。
まあ、魔法の革袋があるから、そんなに苦労はないが、とりあえずラルを連れて森に向かう。
西の城門から出て、ソンヌ川の北側をぽくぽくパリカールの馬車を進めると、すぐにこんもりと森が見えてくる。
こちら側には、孤児・寡婦の農地とトリ小屋がある。
鶏に似た、小型のドードー鳥を繁殖している。
体高四〇センチ。
卵はこってりと濃厚で、目玉焼きにすると死ぬほどうまい。
本物のドードー鳥は、体高二メートル体長三メートルはあるでっかい鳥で、空は飛べない。
そのかわり、足が異常に強くて、時速五〇キロで走る。
おかげで、もも肉は脂身が少ないが、場所によっては筋張っている。
よくたたいて筋を切らないと、噛み切れない。でも、カラアゲにするとじゅわっと肉汁が出てうまい。
胸肉は、ほろほろしておいしい。
西の城門から五キロほど進んで、農地のはずれにいい感じのモミの木を見つけた。
「ラル、これでどうだ?」
「どうだと言われても、どんなもんかわらんもんな。」
「それもそうだ、ちょっと倒れないように押さえててくれ。」
俺は、高さが三メートルくらいの木を、土魔法で丸くえぐり出した。」
「うわー、足元が崩れる。」
「わりい、すぐ収納するわ。」
革袋に収納すると、そこには直径一メートルくらいの穴が開いたので、埋め戻した。
だれかが落ちると危ないからな。
「猪が落ちたらいいんだけどな~。」
「ラル、これじゃ小さいよ。」
「そうか、子供ぐらいだね。」
「そうだな、小さい猪なら牧場に入れてもいいな。」
「そうだね。」
玄関脇にもツリーを飾ろうと、一メートルくらいの小さめのモミの木を二本掘り出して、革袋に収納すると森を出た。
「お屋形さま、あそこ!」
ラルの指さす先には、話題のドードー鳥が森から出るところだった。
「おお、好い感じだな。若いじゃん。」
体高一、二メートルくらいの小型だ。
俺は、マジックアローをできるだけ細くして、鳥の眉間を狙った。
高速(秒速二〇メートルくらい。)で打ち出すと、鳥は気づいた様子もなく、そのまま倒れた。
「やった!さすがお屋形さま!」
「よせやい。」
若いドードー鳥は、もも肉もやわらかそうで、好い感じだ。
念のため、体に電撃をくらわす。
これは、ノミダニ対策で、みんな焼き切れてくれるので、始末がしやすいんだ。
そのまま持ち帰ると、恵理子に大目玉を食らう。
恵理子は虫が死ぬほど嫌いなのだ。
レビテーションで持ち上げて、手頃な枝に吊り下げて、首を切る。
もちろん下には穴が掘ってあるよ。
一気に血が抜けて、そのへんスプラッタになるから。
「変な獣がこないだろうな。」
「お屋形さま~、それフラグ。」
「あはは。」
血が抜けたところで、革袋に収納してパリカールの馬車に戻った。




