↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/68

第六拾四話 帝国の災難その⑤

 ハイデルベルクから西に向かうと、深い黒い森に遭遇する。

 どうしても、ここを抜けないとフランクフルトへは時間がかかってしまうのだ。

 少なくとも三日ではきかない。

「やはりここを抜けるしかないか。」

 ガイスラーは、シブい顔をしている。

「しかたがなかろう、ま、こちらの足音に相手がひるんでくれれば儲けものだ。」

 ワーレングスは、苦い笑いを浮かべている。


 この黒い森には、面倒くさいブラックウルフや、気性の荒いグレーウルフ(当社比一.二倍)が住んでいるのだ。

 さらに運が悪いと、フォーハンドベアという、その名の通り腕が四本あるクマも出る。

 兵士が5千人いても、油断はできない。

 森に入って野営するよりは、外で野営してから進むことを決めて、二人はそれぞれ休息にはいった。



 ガイスラーがハイデルベルクを出たころ、もうヴィッターフェルト侯爵のところには細作からの一報が届いていた。



「なんだと、聖女?」

 報告書には、レジオの聖女のうわさが書かれていた。

 レジオに聖女が現れたこと。

 聖女は、癒しの魔法が強いこと。

 女神オシリスの使徒を従えていること。

「なんということだ、まさに聖女と言うにふさわしい。それが帝国でなく王国に現れるとは。」

 オシリス女神は、なんと過酷な試練を帝国に与えるのか。

「引き続き、聖女の情報を集めるのだ。」

「御意。」


 この荒れた帝国にこそ、聖女の存在が必要なのではないか。

 人民の心の拠り所が聖女であれば、どれほど民が救われるか。

 ヴィッタ―フェルト侯爵は、ぎりぎりと奥歯をかみしめた。

 石にかじりついてでも、帝国のこの不幸を克服しなければならない。

 信心深い侯爵は、胸の前でオシリスの聖印を切った。

「どうか、この帝国に救いを与えたまえ。」


 ガイスラー少将は、ハイデルベルク子爵領での奥方の方策について、詳しく書き送った。

 いわく、人心を鎮め、一定方向に牽引する方法は、実に理にかなっている。

「ふむ、なかなかに賢く、行動力もある女性だな。」

 貴族の奥方としては、肝の据わった女性である。

 幼いころよりガイスラーとの交流もあり、帝国の帝立学園で学んだ才媛。

「ふむ、少し支援をしてもよいかな。ハイデルベルク子爵は王都に滞在か?」

 侍従がすかさず声をかける。

「恐れながら閣下、王都に御滞在でございます。」

「そうか、では登城をさせよ。」

「はは、ただいま皇宮にて、公務についております。」

「では、ここへ。」


「は。」

 侍従はすぐに出て行った。



 ほどなくヴィッターフェルト侯爵の執務室に、ハイデルベルク子爵マリウスが姿を現した。

「閣下、お呼びと伺い、急ぎまかりこしましてございます。」

「おお、ハイデルベルク子爵、そうかしこまらなくてもよい、近こう近こう。」

 ヴィッターフェルト侯爵は、機嫌よく子爵を手招いた。

「はは。」

 子爵は、すぐに公爵のデスクの前に立つ。

「実はのう、お主の領地のことで、報告が上がっての。」

「領地でございますか。」

「そうじゃ、お主の奥方がよく活躍してくれたようでのう、ガイスラーが褒めてよこした。」

「ガイスラー少将…」

「うむ、まこと貴族の鑑と申して居るぞ。」

「恐縮であります。」


 子爵は、公爵の真意を測りかねていた。

 領地経営には特にまずいところはないはず。

 不作ではあるが、自分のところは削ってでも、帝国には普通に納税している。

「いや、そうかしこまるな。まことに、よい奥方じゃ。これを以て、会計院に行くがよい。」

 侯爵は、一枚の書類を出した。

 公印の押された、正式な書類である。

「こ、これは!」

「奥方に、ドレスの一枚も買ってやるがよかろう。」

「か、かたじけなく。」

 ドレスなど、一〇〇枚でも買ってやれる金額である。

「よいか、暴徒は帝都に向けて北上させてはならぬ。そう、申し伝えよ。」


「か、かしこまって候。」


 マレーネ=ディートリッヒ=フォン=ハイデルベルクに、金貨五〇〇〇枚を下賜すると書かれてある。


「奥の化粧料から小麦を買い込んだとの一報があったが、なにに使ったのだ?」

 子爵の執務室は、雑多なものたちがひしめき合う事務室である。

 その中にあって、会計書類の文面に思案投げ首なマリウス。

 だがしかし、帝国からの下賜金が出た以上、これを受け取らない選択肢はない。

「オットー。」

「は。」

「これを会計院に持っていけ。」

「はは。」

「ミハエル。」

「は。」


「ウチの奥方は、領地で何を始めたのだ?」

「殿、奥方さまは、難民支援と領地の開発を行っております。」

「うむ。」

「お化粧料から小麦を買い入れ、難民にふるまったうえ、西の森を切り開く賦役を行い、難民をそこに向かわせております。」

「な、なに?聞いてないぞ。」

「はあ、なにぶん、お化粧料のうちのことゆえ、報告したものか領地でも迷っておる様子。」

「そうか。しかしまた酔狂なことを始めたものよ。」

「奥方さまは、いまこそ領地を広げ、収益を上げる好機と申されております。」

「そうか、では、公爵さまからいただいた金は、すべて奥にまわせ。」

「金貨五〇〇〇枚をでございますか?」

「聞き返すな、我が領土を広げ、耕作地を作ることにケチケチしていられるか。」

「御意。」

「必要であれば、領地の予算を使えと奥に知らせよ。」

「かしこまってございます。」


 そこかしこでダンボの耳になっている同僚たちは、おのが耳を疑った。

 あの吝嗇家ドケチであるマリウス=パウロ=フォン=ハイデルベルクが、領地の予算を使わせる?

 下賜金を全額奥方に渡す?

 ありえない。

 こ度の災害は、それが原因ではないか?

 まな、ひそひそと話しあっていた。

「おまえたち、聞こえているぞ!なんだこ度の災害が、私のせいとは。」

「いや、マリウスどの、あまりに意外なことをおっしゃるのでな。」

 同輩の子爵、ザールブリュッケンである。

「ヒルツどの、私は使うときには使う人間ですよ。いままで、無駄にしてこなかっただけでござる。」

「ほほう、では今回は?」


「いまこそ、我が領地を上げて、イケイケではござらんかのう?」

「そうでござるか。」

 話はバンベルクと、アンベルクの状態にもおよび、ヴィッターフェルト侯爵はこの二領地にも下賜金を出した。

 若干、差が付いているのは、先に始めたものが重要だからであろう。

 この二領地は、男爵領でもあるし。

 なにより、彼の奥方の采配が目ざましかった。


 ハイデルベルクの西については、まさに開発ラッシュ。

 人は掃いて捨てるほどいるのだ、これを使わない手はない。

 マリウスは、はやる心を押さえて、奥方に期待した。



 自分は働きたくないでゴザル。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。