第六拾参話 帝国の災難その③
訂正をしがてら、内容も修正しました。
ご心配いただき、感謝します❤️
皇宮執事は、風のようにその場を後にした。
「内大臣どの、お邪魔してもよろしいか?」
「おう、卿はガイスラー少将、それにワーレングス少将。」
「は、お久しぶりでございます、閣下。」
「まあ座りたまえ。」
「は。」
二人は、黒い軍服をいかめしく着こみ、戦場に赴く長靴をはいていた。
「そのような装いで、いかがいたした?」
「は、今回の南部の騒動に、われらを派遣していただきたく参上しました。」
「ほほう?してその訳は?」
「は、こたびの争乱では、いかにも人死にが多すぎました。このまま国軍が動いては、さらに傷跡が増えます。」
「ふむ。」
「閣下は、この鎮圧にどなたをお考えですか?」
「うむ、ミッテルである。」
二人は顔を見合わせた。
「『かかれミッテル』でありますか、閣下はさらに傷を広げるおつもりか。」
かかれミッテルとは、戦場に於いて常に先頭に立ち、兵士を鼓舞することから、兵士にそう呼ばれているのだ。
「いやそれは。」
「閣下、国家存亡の危機であります、どうかご自重を。」
「ううむ…」
子飼いの将軍でもあるミッテルは、彼らの上官・中将である。
ヴィッターフェルト侯爵は、使い勝手を優先してミッテルを使おうとした己の迂闊を恥じた。
「熟考する、しばし隣で待て。」
「かしこまりました。」
二人は、隣室に下がる。
皇宮執事が、すぐにお茶を運んできた。
「さて、閣下は決断なさるかな?」
ガイスラーは、お茶を含んでから切りだす。
「レーゲンスブルグの惨劇を聞けば、いかに恐ろしい状態かは理解できると思うが。」
ワーレングスは、いつものように冷静な目をケスラーに向けた。
帝国の国軍は、総勢五万は下らない。
その大半は農民兵によって構成される。
半農半兵である。
しかし、男爵・騎士爵などの御家人は、職業軍人として一代限りの職を受けることがある。
そう言った、地味な働きに寄って、たたき上げの軍人として出世したのがこの二人である。
大貴族のボンボンとは、土台が違う。
貴族位のみで少将などを拝命したボンボンは、戦場では役に立たない。
むしろ、こう言ったたたき上げの軍人の足を引っ張るのが関の山である。
その中でも、かかれミッテルは、代々軍人の家系で子爵位をもつ。
なにかと、扱いにくい御仁でもある。
勢いのあるうちはよいのだが、守勢に回るととことん弱い。
シンガリなど任せたら、たちまち全滅してしまうような御仁である。
二人は、沈黙して隣室の様子をうかがった。
「閣下、お呼びと伺いました。」
「おう、ミッテル中将、よく来た。」
「閣下のためならば、いかなる場所にも推参つかまつる。」
「それはけっこう。さて、ミッテルよ。」
「は。」
「こ度の南部の騒動について、意見はあるか。」
「さて、むつかしゅう存じます。」
「それは?」
「軍で蹴散らすは簡単なれど、暴徒化、一揆、盗賊化などの案件が浮かび申す。」
「なるほどのう、して解決策は?」
「ございません。」
「はあ?」
「軍として動くのであれば、解決には至らずと申し上げました。」
「ほほう、『かかれミッテル』の名に恥じないかの?」
「いささかも。」
「ふむ、そうか。よし、参考にしよう、御苦労であった。」
「もうよろしいので?」
「ああ、派遣士官をだれにするか、これから考える。」
「さようでござるか、愚考を披露しても?」
「腹案があるのか?」
「は。」
「聞こう。」
「ガイスラー少将がよろしゅうござる。」
「ガイスラー?」
「は、謹厳実直、勤務勉励、率先垂範他の模範であります。」
「ほほう、お主が手放しで誉めるとはな。」
「いずれ華開くと思っておりましたが、今回はよい機会と存じまする。」
「わかった、心に留め置く。」
「は、よしなにお引き回しくださいますよう。」
ミッテルは、きゅっと体をひねると、ヴィッターフェルト侯爵の前を辞した。
隣室で聞いていたガイスラーは、己の不徳を恥じた。
上官であるミッテルが、そこまで見ていたとは。
あふれる涙を抑えきれなかった。
「さて、ガイスラーよ、いかがする?」
扉越しに内大臣の声がかかった。
「…恥ずかしゅうございます。」
涙声で答えるガイスラー。
嗚咽を隠そうにも、隠しきれない。
ヴィッターフェルト侯爵は、ふと笑みを漏らした。
「よろしい、ガイスラー少将・ワーレングス少将、両名は明朝八時をもって内大臣府に集参、国軍五千を以て南部鎮圧に当たれ。」
「「は!かしこまりました。」」
人情に篤い二人は、南部鎮圧で多大な功績を上げるのである。
同時に、ヴィッターフェルトは、ひそかに密偵を王国に走らせる。
帝国の食糧難に関して、なにか情報が伝わっていないかを探るためである。
平和なと、敬称が付くくらい平和な国、イシュタール王国であるが、帝国に対してはかなりきつい警戒を敷いている。
「王国に攻められたら、いかな帝国もこのありさまだ、いつまで持ちこたえられるかわかったものではない。」
「公爵さま。」
「うむ、細作は何人出してもよい、情報をつぶさにあさってまいれ。」
「御意。」
これで王国の情報が握られれば、百戦危うからじ。
ヴィッターフェルト侯爵は、故事になぞらえてうなずいた。
皇宮の左前にあるのが内大臣府、部屋数百二十を越える広大な建物である。
この前には、石畳で敷き詰められた広場があり、ここに国軍兵士五千人。
輜重部隊二千人が集まって、出発を待っていた。
「国務大臣ヴィッターフェルト侯爵閣下よりお言葉がある、みなのもの傾聴!」
ワーレングスのよく通る声が、七千人を静かにさせる。
魔法師団の風魔法士がヴィッターフェルト侯爵の声を隅々まで響かせた。
「…もって、帝国の安寧は南部方面の平定によるものである、みなの健闘を希望する。」
「けいれーい!」
ざっと音がして、一斉に敬礼姿勢になる兵士たち。
帝国軍の規律は、たしかに浸透している。
ヴィッターフェルト侯爵を、観閲台に残しガイスラー・ワーレングスは馬上の人となる。
隊列を組み、右はじから騎兵・歩兵・輜重部隊が整然と並んで観閲台の前を行き過ぎる。
「かしら~みぎ!」
ガイスラーの指揮杖に会わせて、式台両脇の槍兵の間を顔を右に向けて進む兵士たち。
ヴィッターフェルト侯爵は、一人ひとりの目を見て力強くうなづく。
意外と敬礼姿勢で長時間立っているのは疲れるものだ。
全員が広場を後にしたころには、ヴィッターフェルト侯爵の手はぶるぶる震えていた。
街道に出た隊列は、少しずつ細く長くなっていき、やがてマイン川を右に見ながらの南下となる。
主要な部隊は別にしても、ここからは集合場所と集合時間を知らされて、各自現場集合となる。
帝国軍人は、時間に厳しいが、こう言う柔らかい部分もあるのだ。
「なんだよ、手紙か?」
ワーレングスは食堂で懐から紙を出した。
「ああ、ちょっとな。」
「なんだよ、妻帯者は潤いがあっていいねえ。」
「バカ言え、お主こそ継嗣のくせにいつまでも独身で。」
「まあ、おれはこの仕事が合っているんだよ。」
「なんだそりゃ。」
ガイスラーはカタブツと言うわけではないが、若干いかつい顔に立派な体躯は女性から敬遠される。
軍務においても、憲兵府が主な戦場であるから、目つきも鋭い。
女性受けがはなはだ悪いのである。
「ま、この遠征が終わったら、いい娘を紹介してやるさ。」
「別にいい。」
「まあ、そう言うな。」
ワーレングスには、少々アテがあったようだ。
シュバルツバルトと呼ばれる黒い森を左に、マイン川を右にみながらの行軍は、特に問題もなく粛々と進んで行った。
出発してから一〇日も過ぎたころ、ようやくハイデルベルクの城塞都市に着いた。
「はあ~、さすがに疲れたな。」
ワーレングスは、騎馬の上から横にいるガイスラーを見た。
「?どうした?」
「あれを見ろ。」
ガイスラーが顔を向けた先には、城門前にできた長い人の列。
ハイデルベルク子爵の奥方、マレーネは髪が乱れるのも気にせず、兵士たちを指揮していた。
重たいドレスなど脱ぎ捨て、平民が着るようなワンピースに前掛けをし、ただひたすら麦かゆを作っている。
獲物が取れるたびに、その中には肉が増える。
味付けは塩しかない。
子供たちが、その辺から香草を探してきて鍋の中に入れる。
奥方は、子供たちに笑顔を見せていた。
「あれは、ハイデルベルク子爵の正妻どのだ。」
ガイスラーは、馬を止めて彼方を見た。
「宵の宝石と讃えられた御仁ではないか。」
ワーレングスもその姿に驚いた。
しかし、ガイスラーは嬉しそうな顔で、奥方の姿を眺めた。
「ああ、しかし今のほうが、何倍も輝いて見えるな。」
「ガイスラー、お前のほうがメルクリンゲルより詩人なのではないか?」
「バカ言え。」
二人は、ゆっくりと馬を進める。
「が、ガイスラー少将!どうしてここに?」
「奥方様、お久しゅうございます。南部の救援にまいりました。」
「まあ!ワーレングス殿も!」
「おひさしぶりでございます、ご壮健そうでなによりでございます。」
二人の騎士は、馬から降りて頭を垂れた。




