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第六十話 サイレーンの競り市

 魔法使いの打ち上げる、音だけのファイヤーボールが盛大に鳴り響く。

 ぽん!

 ぽん!

 ぱぱぱん!

 ぽん!

 

 晴れ渡った青空に、一つ二つ雲が浮く。


 まことによい日よりである。 男爵邸の前庭には、これでもかと花の植わった花壇と、緑の葉も美しい広葉樹が葉を広げている。

 椿に似たこい緑が清々しい。

 夏だというのに、リンゴの木には白い花が咲いている。

 蜜柑の木にも、白い花が見える。

 南の森から、果実の木を移植して正解だった。

 メインストリートの両脇に街路樹として植えたのだ。

 レジオの街は、緑の木々で飾られて、今や花盛りである。


 木々の合間から、セミの鳴き声も聞こえてくる。

 さあ、夏の夜は明けた。


 昨日から、続々と近隣の貴族、豪商がレジオに集まり始めた。



 ただ、サイレーンの卵を求めて。



 カズマは知らなかったが、イシュタール王国においてサイレーンの卵を食べると言うことは、つまりステータスなのだ。

 自分は、サイレーンの卵を食べることができる立場なのだと、世間に知らしめす。

 まずは、そこが重要なのだ。

 それが、ひいては信用に値する。

 サイレーンの卵とは、イシュタール王国国民にとって、それほど重要なものだった。


 そうとも知らないカズマは、大量のサイレーンを捕獲し、大きなプールで飼うと言う暴挙に出た。

 本来なら、他の貴族領から苦情が来そうなものであるが、そこは魔物一万匹の英雄である。

 単純に、文句を言って逆切れされたら怖いじゃないか。

 それに、手軽にサイレーンの卵を手に入れることができるのは、とってもありがたいのだ。

 あれで、気の荒い魔物である、船は次々に沈められ、人も沈んでいく。

 そんな修羅場に、ようよう水揚げされる巨大な魚である。

 サイレーンは、珍味であると同時に、恐怖の魚なのである。


 一〇〇メートル四方の池に、たくさんのサイレーンが泳いでいる。

 おかげでレーヌ川には、サイレーンは居なくなった。

 これにより、水運も開始できるようになったのだ。



 復興途上のレジオでは、べスの宿屋だけでなく、たくさんの宿屋が建設された。

 が、それだけですべてが賄えることもなく、あぶれた者たちは馬車であったり、テントであったりで宿泊となった。

 城壁の内外に張り巡らされたテントは、あたかも異国の青空市のように林立している。


 よくもまあ、こんなに集まったものだ。


 その分、男爵亭横の湯屋は大繁盛。

 芋を洗うように人が洗われたという、伝説まで残った。

 広場の市には、座がかんでいないので、どこの誰でも商売ができた。

 おかげで、近隣の村からも作物が持ち込まれ、外からやってきた客たちも、はらを空かしているという状態からはまぬがれた。

 よかったね。

 もちろん、宿屋だけではなく、飲食店や屋台の焼き肉なども、売れに売れた。

 サイレーンの一時的な景気とはいえ、商機をつかんだ者たちは続出したのである。


 カズマも、まずまずいい目覚めとなった。


 横ではティリスとアリスティアがくっついているのだが、アリスの目が異常に赤い。

 きっと緊張で眠れなかったのだろう。

 お気楽なティリスの神経を分けてやりたいくらいだ。

「お屋形さま、朝食が準備できましたにゃ。」

 トラが呼びに来た。

 さあ、今日はサイレーンの競り市の開催だ。

 特設会場の周りには信じられないくらいの人!人!人!

 少なくとも三万人くらいはいるんじゃないのか?

 広場を大きめに取っておいて正解だわ。


「い、いよいよだね。」

「おちついて、恵理子お姉さま。」


 湯屋横の、常設劇場では、恵理子が緊張していた。


 ポーラは白い衣装越しに、恵理子の肩をたたいた。

「落ち着いているわよ、吐きそうだけど。楽団はオケピットに入った?」

 恵理子に言われて、ジャッキーが答えた。

「はい、大丈夫ですよ。」

「トラちゃん!」

「オケピットは、準備できましたにゃ。指揮者の入るのを待つだけですにゃ。」

 金管木管の奏者たちは、管を温めるのに余念がない。

 弦のみなさんは、チューニングを確かめている。

「そう、レンブラさん(指揮者)は?」

「舞台袖で待機中です、さあ、みなさんもスタンバってくださいね。」


「りょうかい!みんな、行くわよ。」

 恵理子は元気よく声をかけた。

「「「はい!」」」

 乙女たちは円陣を組んだ。


 華やかなライトの乱舞と、スモークに度肝を抜かれた観衆を前に、指揮者が手を持ち上げると、一気に踊り子が飛び出した。

「「「おおお~~~!」」」

 見たこともない華やかな衣装を身にまとった十五人の乙女が、一斉に歌い踊る姿に市場に来たすべての目が集まった。

『あいをんちゅ~あいにーじゅ~』

「やるもんだね。」

 カズマは、手をたたきながらアリスティアに声をかけた。

「本当に、恵理子さんも一人前ですわね。」

 アリスが、うれしそうに舞台を見た。

 十六歳の恵理子が、センターで舞い踊る。

 イシュタール王国では珍しい、黒髪がひらりと広がる。

 ここは、王様をはじめ貴族たちを招いた貴賓席である。

 聖女たちも、客のもてなしに右往左往している。


 そのなかで、ティリスは比較的動かなくてもいい、王妃のそばにいる。


「五ヵ月ですって?おかげんはいかが?」

 王妃は気遣わしげに、ティリスに尋ねた。

「はい、順調でございます。つわりもおさまりまして、今は食欲が…」

「あらまあ、それはよろしいわね。わたくしは、アンリエットのときに大変でした、何も食べられなくて…」

「まあ、それはおかわいそうですわ。」

「二人とも、元気に育ってくれたので、うれしいのですが、なにせいお世継ぎが生まれないのが…」

 王妃の眉がくもる。

「授かりものとは言え、心配でございますね。」

「ええ、いいお薬はないかしら?」

 なにかと薬(薬草)に頼りたがるのは、この国の貴族らしいと言えばらしい。


「え~っと、お薬ではありませんが、体操などはいかがでしょう?」

「体操?」

 ティリスは、自分が恵理子に教えられた妊婦体操を伝授していた。

 なぜ恵理子が知っているかと言うと、年の離れた従姉妹の妊婦体操につき合わされたからである。


 幕間に、トラ・チコ・ラルの「森の熊さん」も上演された。

 王女さまたっての願いだったので。

 これも、おおいにウケた。

 貴族たちも家族連れが多かったので、小さな子供も多かったのだ。

 三〇〇人入るホールだが、立ち見であふれかえっている。

 貴族の席だけでいっぱいで、商人たちまで回らなかったのだ。

 急遽立ち見券が作られた。

 と言っても、手書きだが。


 舞台は進み、いよいよサイレーンの解体ショーが始まった。

 きれいに切り取られたサイレーンの卵は、なんと一〇〇キロ超の大物で、さっそくセリにかけられた。

 セリの後で、塩漬けにされるんだけどね。

 ホールは熱狂のうずである。

「銀貨五〇!」

「六〇!」

「金貨一枚!」

「一枚半!」


「おいおい、高すぎないか?」

 カズマは、たかが魚の卵と思っていたので、十万円二十万円と値が上がって行くのに、ひやひやしている。

「セリですからね、吊られて上がりますよ。」

 川漁師のメルスが横で立って、セリを見下ろしている。

 貴賓席の面々も、目をぎらぎらさせている。

「そんなにうまいのか?」

 カズマは、メルスに聞いてみた。

「食べたことがないんですか?」

「残念ながら、ないなあ。」

「もったいない、あれは食べないと損ですよ。」

「ふうん、こんど機会があればな。」

 メルスは、川漁師組合の長となっているので、説明役に呼んだのだ。


 最終的には、金板二枚とちょっとで落札された。

(約六百万円以上だな。)

 王様が、札を出したそうにしていたが、侍従に止められて悲しそうな目をしていた。

 王様が手を上げると、みんなが遠慮して引いてしまうから、場が盛り上がらない。

「御用商人が落とす予定なんでしょう?」

 侍従にいさめられて、王様は不満顔である。

「天井知らずに値上がりしているではないか!」

 王様ですら冷や冷やする状況が展開されている。

「内緒ですが、国王陛下の分は、キープしてありますよ。当たり前でしょう?」

 カズマに言われて、国王の目が「かっ」と開かれた。

「そ、そうなのか?男爵、早く言え。」

 だって、はらはらしている王様、かわいいじゃないか。


 俺が黙って手を上げると、全員の前に小さな皿に乗って、サイレーンの卵の塩漬けが供された。

 皿には、ほんの十粒ほどが乗っている。

 王様は、目を輝かせた。

「う、うむ、苦しゅうない。」

「まあ、殿、きれいな色ですわね。」

 王妃さまも、目をキラキラさせている。


 サイレーンの卵の塩漬けなんて、真っ黒であんまうまそうじゃないんだけどな。

 この国の人間の味覚ってわからんわ。

 サイレーンの肉も、順調に競り落とされ、夕方になってやっと競り市はお開きになった。

 サイレーンに惹かれて、やってきた客たちは、楽市楽座で散々散財してくらたので、ウハウハだった。

 国王陛下の御幸にかこつけて、公設劇場のこけら落としもできたし、こちらとしても万々歳である。

 恵理子も、公演が成功してほくほくしているし。


 これは、この公演を目当てに、こんごレジオにやってくる人も増えることだろう。

 これをもって、イベントは閉幕となる。

 その日のうちの、潮が引くように人々が帰路について行った。




 国王陛下も、王都を目指して帰路に着いた。


 レジオの人々も、ほっとしたものである。


 王様の無事の出立に、男爵家もほっとした。

 なにも事故がなかったことが、一番の幸いである。


「は~、済んだねえ。」

 ティリスは、ソファで伸びをした。

 男爵邸前の商人の家である。

 居間のソファは、慣れ親しんだ風合いでティリスを包んだ。


「お屋形さま、お疲れ様でした。」

 アリスはやはり、カズマが一番なのかすぐに顔を向けてくる。

「まったくだ、気疲れしたわ。ティリスは大丈夫か?」

「ええ、大丈夫です。病気じゃないんだから…あ!」

「どうした?」

「動いた…」

「「ええ~!!」」

 カズマたちは、争ってティリスのおなかに触ったが、それ以後子供が動くことはなかった。


 残念


 王様が驚いていた南部の畑の囲いも、冒険者の魔法使いのおかげで全部出来上がり、農奴の家や、道具小屋などそろって稼動状態になっている。

 このまま行けば、今年の収穫もある程度望めそうでほっとしたカズマ。

 ティリスの集めたバッファローの堆肥も、全部の畑に行き渡り体制は整った。

 領都門前に作った寡婦・孤児たちの畑の作物は、今回の市でもすぐに売り切れて、子供たちの服に代わったらしい。

 けっこうなことだ。


 さずがに、この畑について文句を言うものは、レジオにはいなかった。

 けっこうなことだ。


 ベスおばさんの宿屋は、マリアおばさんの焼くレジオのパンで、一躍有名になってしまった。

 レジオでしか食べられない、奇跡のパン。

 連日の超満員で、食堂はパンク。

 ベスおばさんは急遽孤児院の子供を使って、急場をしのいだ。

 マリアおばさんは、寡婦を引っ張ってきて、半場ブラック化しながら、せっせと売り上げを伸ばした。

 いや、どっちも三十そこそこなんだけどね。

 ベスおばさんは、細川ふみえ似で、マリアおばさんは鈴木保奈美似。

 おばさんというと、かわいそうだな。

 どちらも、金髪でパイオツがでかい。

 特にベスおばさん。


「連日大賑わいさ。食堂は、毎日満席!笑いが止まらないってのはこういうことだね。」

「そりゃけっこう、それでベスはこんなところでアブラ売ってていいのか?」

「寡婦たちを集めて、使ってるからね、任せても平気さ。」

「コワイ元締めだ。」

「やだねえ、相談なのは息子(八歳)のことなんだ。」

「息子?」

「ああ、読み書きそろばんを教えてほしいんだけど。」

「アリス、学校の予定は?」

「えっと、来月開校の予定です。」

「はあん、じゃあそこに入れろよ、だれでも入れるようになってるし。」

「へえ!トシは関係ないのかい?」

「まあ、成人前が基本だが、学ぶのに年齢は関係ない。三〇歳でも五〇歳でも大丈夫だ。」



「そりゃすごい。」

「宿屋の息子なんだから、計算ぐらいできるんじゃないのか?」

「覚えが悪くてね、教え方が悪いのかと…」

「まあいいさ、学校も試行錯誤だが進めていかなきゃ、子供たちが自立できない。」

「なるほどね。」


「食い物が足りてくれば、人間は人品が大事になってくる。」

「へえ、そういうもんかね?」

「人間には、品ってもんがなくては、獣と一緒だ。冒険者にもそれのわかってるやつがいる。」

「へえ、そうかい?」

「ああ、アランたちは、その見本みたいなやつらだ、礼儀もちゃんとしている。」

「ああ、あのレジオの難民を助けてくれた人たちか。」

「そうだ、あいつらに俺は、剣や魔法を教わった。」

「ふうん、たいしたもんだね、その人たちは。」

「ああ、感謝している。俺がこの国にやってきたとき助けてくれたのはチグリスだが、冒険者にしてくれたのはアランたちだ。」

「なんとねえ、男爵さまも苦労してるねえ。今年十八のはずだけど。」


「あはは、おっさんくさいかい?」

「ちょっちね。」

「あ!男爵さま!こんにちは!」

 息子がやってきた。

「トーマスが勉強しないって、母さんが怒ってるぞ。」

「え~!勉強するより、剣の練習がいいよ。強くなって、男爵さまみたいな冒険者になるんだ!」

「あははは、ばかじゃ冒険者はできないぞ。」

「ほえ?」

「足し算引き算ができないと、依頼料をごまかされてもわからないじゃないか。」

「ほえ~。」


「この国の歴史を知らないと、どこに迷宮があるか、なぜ迷宮があるか知らないと、対策がたてられない。」

 トーマスは、首をぽきゅっと折った。

「地理を知らないとどこにも行けない。」

 ふんふんと、首を縦に振る。

「どうだ?勉強しない言い訳なんか、どこにもないぞ。」

「うう~。」

「トーマス、字が覚えられないなら、人の倍も書けばいい。物覚えが悪いなら、人の倍本を読めばいいんだ。人より早くてほめられるものでもない。」

「そうなの?」

「俺も、覚えが悪くて苦労した。着火の魔法で、火が出すぎてな。」

「火が出すぎ?」


「ああ、ほら。」

 俺は指先から着火の魔法を放つ。

 ぼあ~~~!

 ものすごい勢いで、火種が立ち上がった。

 およそ三メートル。

「あら?最初のときより大きくなってるな。こんなに大きいと、使えないだろう?必死で練習して、小さくしたさ。」

「男爵さまにもできないことがあるんだ。」

「そりゃそうさ、できないことだらけだ。」

「ぼく、着火できるよ。」

 トーマスは、指先からちょろりと火を出して見せた。」

「おお!やるじゃないか!」

 トーマスは、えへへとテレた。


「おまえは、母ちゃんを助けて行かなきゃならん。たった二人の親子じゃないか。冒険者もいいけど、宿屋の仕事は大事な仕事だぞ。」

「うん…」

「ま、母ちゃんはまだまだ若いんだ、お前が冒険者を飽きるころまでがんばるかもしれんがな。」

「そうなの?」

「勉強してみて、その上で決めるんだな。」

「わかった、やってみるよ。」

 男爵領は、今日も平和だなあ。


 朱雀大路の男爵邸近くに作った公設市場の横には、大規模な風呂屋を作って、訪れる商人に開放している。

 一回三百円程度で入れるので、朝から人気だ。


 その横に、レジオ歌劇団の舞台もある。

 青空舞台なので、雨降りは公演しないが、これも大人気である。

 最近は、家の手伝いもしないで、かぶりつきに陣取るヲタ集団もできてしまった。

 ヲタクはどこに行っても、ゴキブリのようにわいてくるもんだな。

「「「ぢょぷぜずがわいい!マリちゃ~ん!!!」」」

 なんてやってる、平和なやつらだぜ。

「おい!なんでゴルテスとロフノールがいる!」

「あ、お屋形さま。」

「どうしてここに?」

「どうしてじゃねえよ、昼間っから歌劇団のかぶりつきって、いいおっさんが…」


「いやいや、かわいいに年齢は関係ないでござるよ。」

「さよう、文化はすべてを凌駕するでござる。」

「かっこいいこと言って煙に巻こうとしてもアカンぞ。」

「「うう~。」」

「まあいい、ほどほどにしておけよ。」

「「ははっ。」」


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