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第五十九話 聖女たちの子守唄

 魔法使いの打ち上げる、音だけのファイヤーボールが盛大に鳴り響く。

 ぽん!

 ぽん!

 ぱぱぱん!

 ぽん!

 

 晴れ渡った青空に、一つ二つ雲が浮く。


 まことによい日よりである。

 男爵邸前では、すでに若い王国侍従たちが国王の歩くであろう前庭を掃き清めている。

 早朝に水を打ち、すがすがしい気配がする。

 侍従も、侍女も、にこやかに朝の挨拶を交わす。

 これほど気持ちのよい朝もないだろう。

 カズマは、緊張からよく眠れなかったが、持ち前の体力で睡眠不足を振り払った。


「いい朝だな。」

「そうですね。」

 ティリスが横から返事をする。

 いいと言うのに、カズマの世話をしに来る。

 アリスティアだっているのに、身重の体を運んでくる。

 いつまでも、風来坊で居るわけにもいかないのに。

 王国男爵として、領地を受けた以上それなりの体裁も必要なのだ。

 メイドだって雇っている。





 それだと言うのに、いちいちカズマを心配するティリス。





 ティリスは、いまだにあの日のカズマを心配している。

 あの日、レジオで初めての夜を迎えて、三人で一つの部屋で寝た。

 もし、魔物に残りが居ると危ないからと言うことだったが、それ自体は杞憂に終わった。

 ぜんたい、あれほどの討伐である、土台残っている方がおかしいし、残っていてもすでに逃げ出しているだろう。

 それほどの魔物の数であったし、討伐も凄まじかった。


 しかし、本題は違っているのだ。



 ティリスから見たカズマの顔は、直視できないほど憔悴し、歪んでいた。



 勇者のごとく、魔物を蹴散らし、オークキングやトロールまで退治して見せたカズマであったが、その夜は違っていた。

 だからあえて、ティリスはカズマのそばを離れなかったのだ。

 自分がいないと、彼は壊れてしまう。

 子供が泣くことを我慢しているような、そんな顔をして毛布にくるまっている。

 カズマには無意識なんだろうけれど、ラルが寝てしまってからずっと眠れずに、そんな顔をして月を見つめていた。


 こんな晴れがましい時に、思い出すことではない。


 しかし、支えがなくなれば、すぐに倒れてしまうカカシのように、たよりない足取り。

 カズマは、疲れ切っていた。


 だからあの晩、ティリスは自分からカズマの毛布に入った。

「私がそばにいなければ。」

 修道女らしい、思いやりの心であった。

「ああ!」

 カズマの手は、ティリスを抱きしめる。

 思わず声に出たが、ぐっと我慢をしていた。

 そのうち、彼はとんでもない行動に出る。

 ティリスのドロワ-スの中にまで、手を進めてきたのだ。


 腰ひもを解かれると、頼りなくドロワースはずれて行く。

 安もののドロワースではないので、きちんと縫い止められているが、膝まで下りればその用はなさない。

 直接潜りこむ、カズマの手。

 ティリスは、唇を噛んで我慢をしていたが、思わず声が漏れた。

「あ」

 そうなると、もう歯止めは利かない。

 若い体は、お互いに本能で求めあうものだ。


 恋愛など、所詮本能に突き動かされてする行為に過ぎない。


 とうとうカズマは、ティリスの中にまで潜りこんできた。


 ティリスは見た…

 と言うか、感じた。

 自分の顔に、ぽたぽたと落ちてくる水滴。

 カズマの目から、あふれかえる潮の波。

 ぽたぽたどころではない、ぼたぼたと大粒の水滴が滴り落ちるのだ。

 ティリスは、痛いなどと言っていられる精神状態ではなかった。

(壊れる、この人は壊れてしまう!)

 そう思ったティリスは、己の血にまみれながらカズマを抱きしめた。


 魔物一万匹とは、それほどのプレッシャーをカズマに与えていた。

 考えてもみてほしい。

 いくら魔モノとはいえ、一万の命を奪うことに、罪悪感・嫌悪感を抱かなかったら、それは狂人だろう。

 もしくは、狂戦士バーサーカーであるか。

 カズマは、全身で慟哭いていた。

 はかなく、一瞬にして崩れてしまいそうな、そんな人間を始めて見た。


 それ以来、ティリスはカズマの状態を、つぶさに見ることにしている。

 異変はないか、精神は安定しているか?

 一介の孤児であり、孤児院から修道女になったティリスには、そこそこの教養はあったにせよ、この行動は身に余る。

 たぶん、女神オシリスにおいて、付加された加護だろう。

 世間を見通す目、そんなものを与えられた、使徒を補佐する聖女の力だ。

 最下層の修道女に、貴族の常識まで備わるものではない。

 アリスティアが教えたにしてもだ。


(カズマは弱い。)


 ティリスの偽らざる感想である。


 だから、自分が支えなければならない。

 しかし、自分だけではどうしても手が追いつかない。

 ティリスは、オシリスに、ジェシカに祈った。

 だから、アリスティアが遣わされたのだろう。

 オシリスにして見ても、この事態は想像の外だったことだろう。

 女神の予想すら追いつかない。


 だから、アリスティアが必要だったのだ。


 普通に考えて、あの南の草原に女の子一人でいて、襲われないはずがない。

 たとえ、アランやカズマが、魔物を退治してあったとしてもだ。

 一つ所に留まっている魔物などない。

 だから、それこそがアリスティアに対する女神の加護なのである。


 星の巡りのよい女の子。


 本来なら、アリスティアこそが母性の象徴として、カズマのそばにいるはずだった。

 完全に女神の計算違いだ。

 ティリスは、女神の予想以上に聖女であり、母性をあふれさせていた。

 たった一度の交わりで妊娠してしまうほどに。


 すまん、若年層諸兄には、生々しすぎたか。

 だが読者諸兄は覚えておくがいい。

 君たちの恋愛は、本能が求めてのことなのだ


 だから、お年寄りの恋愛は、のんびりしているのだよ。


 君たちのように、性急に求めあったりしない。

 本能とは、実にやっかいなものなのだ。




 人間もまた、野生の動物だと言うことさ。




 ティリスは、必死に抱きしめ、カズマの精神をこの世につなぎとめようとした。

 現実として、本能に根ざす行動こそが、カズマの精神を現実に引きとめるものだと自覚した。

 それすらも、オシリスの導きかもしれないが。


 女神オシリスも焦ったことだろう。

 平和な日本からやってきたカズマの魂が、ここまで脆弱な面を持っていたことに。

 それは、バイオレンスとは無縁な、平和な国から引っ張ってしまったことも原因である。

 中東の紛争地域から呼べばまた、違ったかもしれない。

 いくら山の中で、野生動物の処分など見聞きしているとは言え、やはり限界はある。


 カズマは、病んでいた。


 生き物の命を奪うことに。


 それをどう導くかが、まさに聖女の仕事である。

 ティリスは、抱きしめたカズマに、優しく語りかけた。

「カズマ、私があなたを許してあげます。」

 カズマは顔を上げた。

 カズマの顔は、なみだで汚れていた。

「他の誰があなたを責めても、私だけはあなたを許します。だから、そんなに苦しまなくてもいいのです。」

「ああああああああああああああ」

 カズマは慟哭いた。


 許し…


 生きとし生けるものに対する恐れ。



 生き物の命を奪うことに対する恐れ。


 そんなものに支配され、恐怖を感じた心に、ティリスの言葉はぬくもりを与えた。


 だから、ティリスはカズマの行動に、チェックを入れるし、カズマの状態を気にするのだ。


 やべ!ティリスの心情だけで、一話書いてしまう。


 まあしかたがない、これはカズマと言う人間に対して、その存在意義を問う必要があったから。


 さらに、聖女と言う存在が、いかに重要であるかが伝わるべきであるから。



 聖女とは、すべての癒しなのである。


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