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第五十六話 オーケー峡谷の後始末

 ホルスト=ヒターチは片膝をついて頭を下げる。

 その旗下五〇名が選抜され、その後ろに並んだ。

 ざざっと音がして、軽い埃が立つ。

「お屋形さま、かたじけのうございます。」

 カズマは鷹揚にうなずいた。

「駐屯、しっかりやってくれ。」

「は、かしこまりました。」

「俺の直系の家来は、お前たちだけだからな。」

 カズマは、ぐるりと五〇人を見回して言った。

 家臣団は、一斉にカズマの顔を見る。

「お前たちしか頼れないんだ、たのんだぞ。」

「は、もったいないお言葉です。」



 カズマは、後日ホルストに、『炭焼き』を教えた。

 人力はたくさんある。

 体幹を鍛え、地力をつけるためにも炭窯造りや、材木伐採・運搬はもってこいである。

 砦の暇つぶしと、冬の暖房のためにもなる。

 砦のすぐ横に、窯を二つ作ってみた。

「たいちょお~、これはけっこう手間ですねえ~。」

「なんだよ。もう疲れたのか?」

「いえいえ、そうじゃなくて、お屋形さまの知恵ってのは、どこまであるんでしょうねえ?」

「そりゃあおめえ、オシリス女神さまの知恵だぞ、そんなもん人間に測れるもんじゃねえよ。」

「はあ~、隊長も知らねえってことですかねえ?」

「そだなあ、わかんねえよ。」

「「「あっはっは~!」」」



 木炭があるとないとでは、寒さの厳しい山間の砦での生活に、恐ろしいほどの違いがある。

 これは、山国で育ったカズマだからわかることだが、夜間でも炭の火があるとないとでは、段違いなのだ。

 また、砦の壁に隙間を埋めるため、大量の板を支給した。

 これも、カズマの手作りなんだが…


「お屋形さまの知識は、恐ろしいものがありますな。」

 ユリウス=ゴルテスは、馬の首を並べながら、カズマに言う。

「馬鹿言え、こんなもん山の人間なら知っていて当たり前だ。」

 カズマはにべもない。

「私は、あいにく平野部の、しかも王都の住民です。どれも知らないことばかりで。」

 ゴルテスは、陸軍のたたき上げである。

「そうか、まあ、精進して励めとホルストに伝えてくれ、炭なんて、簡単そうで奥の深いモノだからな。冬の間、いい暇つぶしになるだろう。」

「御意。」


 さて、大量の盗賊を従えて凱旋するカズマは、北東のメルキア子爵へ向けた使者に早馬をしつらえた。


「この手紙に詳細は書いてある、見たままを報告すると好い。どうせ、たいした戦闘でもないし、委細は任せる。」

「は、かしこまってございます。」

 カズマは、使者に多めに食糧を持たせて、その場から送りだした。

 使者は、従者を連れて意気揚々と旅立って行った。


 二〇〇人に及ぶ捕虜を引き連れての行軍は、意外と手間のかかるもので、カズマ一人馬で駆けるわけにもいかずのろのろと進む。


「ユリウス=ゴルテス、暇だな。」

「御意、まあ、これも仕方ござらん。お屋形さまの責務の内と辛抱なさいませ。」

「そう言うもんかな?」

 マリウス=ロフノールが横合いから口を出す。

「たかが盗賊相手とは言え、いやむしろ盗賊相手で、全員無傷の凱旋など、通常ありえませんぞ。」

「なんじゃお主、わしがお屋形さまと話しておるのに。」

「なに、それがしも暇でな~。」



「捕虜でも小突いておればよいのに。」

 ゴルテスは小声で毒づいた。

「あ?なんじゃ?」

「なんでもないわい、で、捕虜の受け渡しでござる。」

「ああ、そいつはウォルフがやってくれているはずだ、マゼラン伯爵領から二〇〇人の兵士が受け取りに来る。」

 大量の鉱山奴隷に、シャルル=ド=マゼランはほくほくしているようだ、多めの兵士を寄こすと返事が来た。

「ほう、マゼランさまも張り込みましたな。」

 ユリウス=ロフノールは、にやにやと笑いを含んでいる。

「ロフノールもそう思うか?けちなおっさんだからな。まあ、これだけの鉱山奴隷が手に入れば、生産も上がるさ。」

「さよう、そうでのうては、あの広大な伯爵領を切り盛りできませんわい。」

 言外にケチだと言っているようなものだな。

「その割に、俺には見舞金をはずんできたぜ。」

「そこは、王都でも覚えのめでたいお屋形さまのこと、仲よくしても無駄ではござらぬ。」

「さようさよう、なにしろオークキングやトロールすら、単騎で倒す剛の者でござる。」

 ゴルテスも追従する。

「なんだかな~。」


 いやしかし、二〇〇人の浮浪者集団が後ろを歩いていると、夏の日差しにあおられて、むっちゃクサイ!

 午前中だと言うのに、照りつける日差しは九時前から真昼といっしょだ、当然汗はかくし、その分加勢してよけい臭うんだ。

 全身から染み出すように、汲み取りトイレのようなにおいがしてくる。

「このにおいがどうにかならんかな…」

「いまさらでござる。王都にせよマゼランにせよ、いずれ大都市はこのようなものでござるよ。」

「あ~。」

 大都市の道は、真ん中がへこんでいて、そこを汚物が通る。

 雨が降って、流してくれるまでそのままなんだ、だから臭い。

「衛生観念がまるでないからなあ、おかげで定期的に疫病がはやる。都市の人口が増えない原因だわ。」

「かと言って、出るものは出ますからな。」

「その処理を、的確に行うことで、市民の衛生管理と予防医学が定着するんだ、汚いよりは清潔なほうが気持ちいいだろう?」

「左様、お屋形さまの風呂は、画期的でござる。」

 ゴルテスが言うと、ロフノールも追随した。

「さようさよう、あれは衝撃でござった。」


 水浴びとか、お湯で体をふくぐらいしか、したことがないアフロディーテ大陸の人間は、風呂と言うものを知らない。

 まあ、立地的に亜熱帯に近いので、それでもぜんぜん平気なやつが多い。

 あ、一部の王族、大貴族はたまに使っているようだが、なにしろお湯をわかすのが大変なんだ。

 井戸から何度も水を運ばなければならないし、火魔法使いも微妙な調整が下手と来ている。

 事実、ファイヤーボールと水蒸気爆発を誘発して、風呂場で死んだ魔術師がいたくらいだ。

 火魔法は、打ちっぱなしが原則だからな。

 その火力の強弱を調節できるなどと言う、高度な魔法使いはあまりいない。

 攻撃魔法は、エネルギーが高ければ高いほど喜ばれるものだからな。

 だから、そんな無駄な事をするモノ好きは、魔道研究者くらいのものなんだ。

 着火の生活魔法とは、エネルギーがケタ違いだしな。

 そんな中、俺のお湯魔法と言うのは、常識はずれなモノらしい。


「おや?お屋形さま、あれはなんでござろう?」

 ゴルテスが、先を指差した。

「ああ、あれは俺が作った移動用の仮小屋だ、ちょうどいいみんな休憩しよう。」

「男爵さま、風呂沸かしましょうよ。」

「なんだよドレン、風呂が気に行ったのか?」

 ドレンは、俺の馬の轡を取っている。

 なにが気に行ったのか、自分が盗賊だって忘れているんじゃないのか?


「いえね、あいつらむっちゃクサイじゃないですか。」

「お前の鼻も、元に戻ったのかね?あいつらが臭いとは、よく言うよ。」

「へへへ、いかがです?」

「ふむ、じゃあもっとでかい穴を掘るか。」

「へ?」

 俺は、馬を下りると、小屋の裏手の風呂の横に立った。

 地面に手をつくと、イメージを固める。

「ぬ・ぬううううう。」

 ごごごごごごごご

 …と、音がするほどではないが、地面が隆起して深さ六〇cmほどの浴槽がせりあがってきた。

 タテヨコ一〇メートルくらいだ。

 そこに、レビテーションで川の水を運び込む。


「お・お屋形さまの魔法はケタ違いですな。」

 陸軍の魔術師が、冷や汗を垂らして俺を見る。

「なんだよ、このくらいお前たちにもできるだろう?」

「いや~、私は火魔法に特化しているので、土は動かせませんし、水は運べません。」

「そうなのか、ファイヤーボールは得意だな、こいつをお湯にしてくれ。」

 俺が頼むと、そいつは慌てて言いつのった。

「ど、どうやるんですか?」

「は?それもわからんか?ファイヤーボールを、こう調節して…こうだ。」

 ぼん…と、小ぶりなファイヤーボールを水に沈めてやると、中心から大量の湯気を出しながら湯に変わる。」

「ほえ~、そんな調節、だれも教えてくれませんでした!」

 魔術師は、目を見張っている。

「じゃあ覚えると好い、退官後商売できるぞ。」

「そうですね、風呂屋か~。」


 俺は、その横に直径五メートルくらいの丸い穴を作った。

 もちろん洗濯用だ。

「これは?」

「ああ、服が汚いのでここで洗濯する。なにしろ、とんでもない臭いダマだからな。」

「ははあ、了解です。」

「水魔法の得意なやつはいるか?」

 陸軍の魔術師に声をかけると、若い奴が手を挙げた。

「は!私が。」

「たのむ、この中に水を張ってくれ。」

「かしこまりました。」

 軍の中にも、けっこうな魔法の使い手はいるもので、便利に使っている。


 なにしろ、こんなクサイ連中を、そのままマゼランに送ったら…まあ、臭いのはいっしょか。

「全員並べ!」

 捕虜を集めて、全員に軽い電撃スタンをかける、害虫がすべてこれで死ぬように、調整してある。

「お屋形さま、今のは?」

 火魔法使いが聞いてきた。

「たぶん、お前たちが知らない、雷の魔法だ。」

「か、カミナリってあのゴロゴロドカーンと言うあれですか?」

「そうだよ、俺は雷の原理を知っているから、再現できるんだ。」

「衝撃です!そんな魔法、見たことも聞いたことも喰ったこともありません!」

「まあ、喰ったら死ぬけどな。」

「ど、どうやるんですか?」

「原理は、風魔法と水魔法の合成だ、風の中に細かくした水の粒子を混ぜて、こうやって回転させてやると、少しずつ雷の元が溜って来るのさ。」

「ほうほう!」

「それが最高潮に来ると、どか~んと雷になる、火魔法特化のお前にはちと難しいか。」


「う~ん、風と水ですか、量的には少ないですが、できないこともないですな。」

「じゃあ、精進してみると好い、できなければ聞きに来い。」

「は、ありがたくあります。」

「まずは、ファイヤーボールの調節が、できるようになったらな。」

「は!」

 スタンで虫の落ちた連中を、片っぱしから風呂に突っ込む。

 着ていたものは、全部洗濯槽に突っ込んで洗う。

 洗った端から、熱湯をかけて消毒する。

 延々と、この作業を続けると、そらもうたまらん臭気がそのへんに漂う。

「男爵さま、こちらはわれらが行いますから、あちらで休んでください。」

「いいのか?」


「大丈夫です、この穴は、水魔法でぐるぐる回すんですね。」

「そうだ、ある程度汚れが落ちたら、熱湯をぶっかけて消毒するんだ。」

「了解であります。」

 さすがは軍隊だね、けっこう魔法使いも多い。

 自ら志願して、捕虜の世話を始めた彼らに、後を任せて俺は、家に入った。

「お屋形さま、お茶が入りました。」

「あ?ドレン、お前はなにやってるんだ、まじめに百姓するんじゃなかったのか?」

「いえあの…」

「ばかやろう、いい気になってるんじゃねえぞ!さっさと帰れ!もうひとつ罪を重ねる気か!」

「へ!へい!」

「俺をナメてるんじゃねえだろうな、罪は罪でちゃんと償え!わかったか!」


 ドレンは、おもいきりへこんで下がった。

「マリウス!あいつ、ちゃんと見張っておけ。」

「承知!」

 日が高いうちに、レジオまで戻りたいので、連中を洗ってすぐに出かけた。

「お屋形さま~、かんべんしてくだせえ。」

 ドレンは轡を持ちながら、哀願してきた。

 カズマも甘いもんだ、まだこんなことさせている。

 勝手にどっかに行ってしまうと困るからな~。

「ばかやろう、かってなことばっかしやがって、俺が かばいきれねぇだろうが!」

「うう~」

「まあいい、俺のそばを離れるな。」

「へい。」


「だんだん、俺のやることが減ってきたなあ。」


 日が沈み始めるころ、カズマたち一行は東の城門に着いた。

 城門前には、レジオの住民が集まって、お祭り騒ぎをしていた。

 やたらと屋台が並んでいて、みんなてんでに喰ったり呑んだり。

 あげく、歌を歌って踊っている。

「「「お屋形さま~!おかえりなさい!」」」

「おう!帰ったぞ。戦利品だ!」

 軍隊に囲まれて、二〇〇人の捕虜が並んだ。

「「「「わあああああ!」」」」

「お屋形さま~!」

 チコとトラが駆けて来た。

「チコ!トラ!」

「お戻りなさいませ!お屋形さま。」

「お戻りなさいませ!」


「ああ、ティリスとアリスはどうした?」

「はい、奥方さまはお屋敷でお待ちです。」

「そうか、ならいい。マルクス=レクサンド!後は任せた、兵士たちにたらふく喰わせて、休ませてやってくれ。」

「は、了解しました。」

「アルマン=ボルドー!陸軍は、捕虜の受け渡しをウォルフと計らって進めてくれ。」

「は、かしこまりました。」

「以後、指示があるまで休息に入る、各自奮闘ごくろうであった。」

「「「ははー!」」」

「マリウス、ユリウス、帰るぞ。」

「は、しかしドレンはいかがなさいますか?」

 マリウスが聞いた。

「農奴のところに戻せ。特別扱いはせん。」

「は、かしこまりました。」

「アルマン=ボルドー、用がすんだら、屋敷に来い。」

「はっ。」


 カズマは、ユリウス=ゴルテスに轡を引かせて、屋敷に戻ることにした。

 なんか、精神的にくたびれた。

 あんま、貴族っぽくふるまうのは、気疲れするよ。

 帰り道、ウォルフの乗る馬車とすれ違った。

「お屋形さま!」

「おう、ウォルフ、捕虜の受け渡しは、アルマンと相談して進めてくれ。」

「かしこまりました!」

 それだけで通じるから、ウォルフは使えるやつなんだ。

「しかし、街並みがほとんど出来上がったな。」

「さよう、お屋形さまの描いた地図の通りになっておりますな。」

 ゴルテスが、感慨深げに目をつむった。

「ウォルフには頭が下がるよ、あいつ、寝てるんだろうか?」

 俺はチコに話を振った。

「まあ、何時間かは寝ているみたいですよ、お屋形さま。」

「ちっ、早いことヨメでも持たせて、食事とか世話させないと、早晩倒れるな。」


「え~、ウォルフさまにヨメですか?」

 チコは、変な声を上げた。

「ああ、当てはないかな?」

 女子供は多いはずだが。

「そりゃあ、ウォルフ様ならお嫁さんになりたいって女の人はたくさんいると思いますけど。」

「けど?」

 チコは、うんと頷いて口を開く。

「そうですね、あんまり変な人に引っかかると、お屋敷どころか町が立ち行かなくなりますね。」

「その通りだ、あんま気が強くなくて、気のきく女がいいな。探して来い。」

「かしこまりました。奥さまと相談します。」

「たのむ。」

 ウォルフは二〇歳、もうじき二十一歳になる。


「チコがもっと大きかったら考えるんだけどな。」

 カズマはチコに向かって顔を向けた。

「お屋形さまは、鈍感だねえ。」

「なんだよ、チコ、変なやつだな。」

「女の子は男の子より成長が早いってことよ。」

「そうかい?」

「特にドワーフはね。」

 まあな、むかしっから女の子にゃあアタマがあがらないさ。

 いっつもやられていたもんなあ。


「お屋形さま~!」

 前方からラルが駆けてくるのが見えた。

「おう、ラル。ただいま。」

「おかえりなさい!ゴルテスさま、轡はおれが持つよ。」

「おお、そうか。」

 ゴルテスは、気さくに轡を渡した。

「なんだか、朱雀通りの石畳がきれいになってるな。」

「ああ、だって陣借りたち、手抜きしないで石運んで、積んでってがんばってるもん。」

「そうか、なんかねぎらってやらないとな。」

「それがいいよ、肉でもふるまってやるか?」

「そうだな、ラル、こっちの袋にオークが三〇〇匹くらい入ってるから、みんなに振舞ってやってくれ。」

「了解。」

 やがて、馬はカズマの家に着いた。


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