第四十八話 レジオの事情
野営地でテントを張ろうかと思ったが、魔力に余裕もあるので屋敷を建てた。
建てたっちゅうか、土魔法で立ち上げた。
おかげで、茶色い箱がまた増えた…
一辺一七五メートル。
恵理子は一人にできないからな。
アリスティアと二人で寝かせることにした。
恵理子のケアは、アリスティアに任せた。
また、暴力のフラッシュバックがあったときに、対処しやすい。
ま、奴隷とはいえ、むさくるしい兵士の中に置いておけるものでもないが。
この世界、性に対しては、固いようなゆるいような、変なものなのだ。
「は~、今日のお屋形さま、かっこよかったなあ~。」
風呂から出てきて、大きくのびをする恵理子。
アリスティアの収納から出したベッドに腰掛けて、恵理子が口を開いた。
いまさら、収納程度では驚かないらしい。
「そうですか?」
反対側のベッドに腰掛けて、アリスティアはベールをはずした。
三つ編みの髪をといて、ブラシを当てている。
長い金髪が波打っている。
少し濃いめの色をした眉、丸い蒼い瞳。
長いまつげに縁取られた、ビスクドールのような目には、人を穏やかにさせる光がある。
もちろん、ラテンっぽい明るい表情は、人を惹きつけてやまない。
恵理子はそんなアリスティアの様子に見入っていた。
恵理子は、ボブに切った自分の黒髪を軽くさばいた。
風呂のおかげで汚れが取れて、さっぱりしている。
「すごかったやん、騎士たちがてんで歯がたたへんのに、もんのすごい魔法で。あっという間に倒してはった。」
カズマがしたように、腕を前に出してポーズをとる。
「ええまあ、いつものことですからねえ。」
ブラシを止めて、恵理子に目を向けた。
「なんでアレ感動せんかな!」
恵理子は同じ舞台を見ていた相手に、同意を求めるように言った。
アリスティアにしてみれば、日常のことなのかもしれないが、恵理子は初めて見たのだ。
それは、驚くだろうし、実際にカズマの活躍には心躍った。
「いえ、いつものことですよ。」
アリスティアにとっては、強敵ではあってもカズマに倒せない相手ではないと知っていたので、落ち着いたものだ。
アリスティアは、髪をとかす作業を再開した。
「あのかっこよさがわからへんとわ!」
「わかってますよ、そりゃまあ、かっこいいですよ。」
恵理子の妙に高いテンションに、少し引き気味に答える。
顔を赤くして力説していた恵理子は、首をかしげた。
「あんな魔物に、お屋形さまが負けるわけないですよ。」
その自信と信頼に、こんどは恵理子があきれた。
アリスティアは、お屋形さまを理解しているのだと。
「あんな修羅場、いつもなん?それはヒドい世界やなあ。」
「ええまあ、やくざな国ですね。」
「それでもこうして、営々と国を維持してはる。すごいことやね。」
「理解してくださるんですね。」
「アリスさんはええなあ、あんな旦那さんで、」
「えっと、ほめてくださった?」
「そうや、強ぅて優しゅうて、最高のムコはんやん。」
「ほめすぎです。」
「あはは、テレてはる。」
実際、恵理子はそのカズマの戦う姿に惹かれた。
舞い散る汗さえ、光って見えた。
恵理子は、自分が恋に落ちていることに気づいたが、アリスという嫁がいる相手に、あきらめの気持ちがまさったのだ。
現代日本から飛ばされて数日の恵理子には、一夫一婦の常識が染み付いていたからだ。
自分たちの事務所は、恋愛禁止だったし。
「まあ、想うだけならタダやん。」
恵理子は、ナニワの商人のようなことを思っていた。
ちなみに、髪も染めてはいけなかったので、黒髪なのだ。
野営地で一泊する間、見張りに立つ必要もなく、一行はゆっくり休むことができた。
さすがに、兵士たちは各部屋でごろ寝だったけど、ベッドで寝たのは恵理子にはよかったようだ。
「あ~体が軽いわ~。」
カズマのヒーリングを受けて、体の隅々までメンテナンスされたのだ、調子の悪いわけがない。
バカ容量の収納にベッドを収め、アリスティアはテーブルに朝食を並べている。
この辺は、カズマの芸の細かいところだ。
ちゃんと土を固めて、華奢なテーブルとイスが設えてある。
隅のかまどでお湯も沸かしている。
魔力の節約に、こういうものは普通に沸かすので、カズマはかまどを忘れない。
お茶のよい香りがただよったころ、カズマが顔を出した。
「おきたか?」
「お屋形さま、おはようございます。」
アリスティアが目ざとく声をかける。
『あ、おはようさんです。』
恵理子の気さくな挨拶に、思わず口元がほころぶカズマ。
恵理子の大阪弁が、炸裂して気分がよくなったのだ。
「そこだけ日本語になってるぞ。」
「あらまあ、勢いってすごいなあ。」
二人して、顔を合わせて笑うだけで、恵理子の胸ははずんだ。
(やっぱ好きやねんなあ。)
カズマの笑顔に、自分が心底安心していることに気づいて、恵理子は泣きたくなった。
「アリス、ジャムはなににする?」
カズマは、そんな恵理子の心も知らず、アリスティアに先に声をかけている。
「りんごにしましょうか?」
「わかった。」
さっさと収納からジャムの瓶を出す。
土魔法の名手は、土の中からガラスを精製してビンを作ることができるのだ。
それでないと、ポーションを作っても、入れるものがない。
錬金術師が薬剤を作るからと言って、ビンが作れるとは限らないが。
安いビンは、素焼の壺みたいなものだし。
高いポーションは、やはりガラスや陶器っぽい入れ物でないとカッコがつかない。
カズマは、丸いかわいい瓶を作り上げて、それにコルクの栓をした。
信州のお土産屋さんで売っているような、素敵かわいい代物になった。
このへんは、観光地高山に近い住環境が影響したのかもしれない。
とにかく、かわいい瓶と木のスプーンに、恵理子の目は輝いた。
「うわ~、かわいい!」
この辺では、当たり前の木のスプーンだが、恵理子にしてみたら素朴な素敵アイテムに見えたのだ。
大都会大阪で生まれ育った身としては、スプーンはステンレスと相場が決まっている。
若干の飾りの違いはあっても、そのほうが使い勝手が好いからだ。
「ああ、この辺にも竹に似た植物が生えているんだ。それを加工したものだ。」
「へえ!きれいにできてますな。」
これも、信州などのお土産屋でよく見る。
「孤児や寡婦の手作業で作ってる。小銭稼ぎに夜なべして作るんだ。」
「あ~、それは重い事情やね。」
「使うときに、そこまで考えるやつはいないよ。」
「あ、はい。」
「こうやってな~、指レーザーで切るんや~。」
指先からホーミングレーザーの集束した、〇,一ミリくらいの光線でテーブルに線を描く。
もちろん、焦点をテーブルから五ミリ深に固定する。
きれいにスプーンの形が描かれていた。
「うわ!医療用レーザーみたいやね!」
「しかも焦点距離を自在に変更できるんやぞ。」
「うひゃ~!現代科学を魔法に応用してはるんや!」
「そゆこと。指レーザーなら、アリスもできるぞ。」
「へえ!すごいな~、優しそうな顔してはるのに。」
「顔と魔法は関係なかろうに。」
「さすがに六〇〇人もいると、魔物もめったに襲ってこないな。」
「そりゃまあ、むこうさんだって命は惜しいでござる。」
マリウス=ロフノールは、川の縁で顔を洗いながら、かかと笑った。
マリウスはカズマに気を遣って、テラスの近くで不寝番をしていたのだ。
「お屋形さまは、ゆっくり休めましたかの?」
「マリウスが寝ずの番をしてくれたから、ゆっくりできたよ。」
「それはよろしゅうござった。」
『英雄の橋』を望む川岸で宿泊していたので、橋の様子がよく見える。
「つくづく立派な橋だな。」
「勇者はこれを一日で作ったと言われておりますな。」
「へえ、かなりの魔力だな。」
「さよう、一人の持つ魔力としては、ほとんど前人未到でござろうな。」
「俺もそう思う。」
しかし、戦略的に見て、南方から攻められた場合、この川の合流点は最終防衛ラインになるだろう。
そうすると、この橋も落とさなくてはならない。
そんなことが起こらなければいいがな。
もっとも、ここまで進軍された時点で負け決定のようにも思う。
この世界の戦争は、壮絶な魔法の打ち合いが一番多いんだそうだ、かんべんしてほしいわ。
諸葛孔明のような、戦略や兵站に優れた人物が活躍する場はあまり見られないようだ。
全体的に力押し、魔法の打ち合いで勝負がつかないときは、歩兵と騎士の出番である。
歩兵の持つ長槍のハルバートによる、壮絶な叩き合い。
突撃槍を持った騎士同士のぶつかり合い。
物理的な衝突が、無慈悲に繰り返される。
はっきり言って、落としどころがわかっていないやつらが多すぎる。
兵士の損耗率が三割を超えたら、ふつう負けじゃん。
それが、兵士(歩兵たち平民の招集組。)が逃げ去って、離散するまで行われる。
イチカバチカって言っても、やりすぎだ。
だから、国が完全に滅ぶまでやるのだ。
話は変わるが、衛生観念とかあんま普及していないこの世界では、馬と人間が一緒になって水を飲んだりしている。
どうだっていいことだ、同じ生き物だものな。
でも、そんなことを気にするやつもいるのさ。
「で~、馬と人間が一緒に水のんではる。」
「それがなにか?」
「アリスはん、気にならへんの?」
「はあ、ふつうそうではありませんか?馬は大切なものですよ。」
「あ~、カズマはん、なにか言って。」
「お前が悪い。」
「ええ~!」
「郷に入れば郷に従え、文明人の感覚はここでは役に立たん。」
「ほへえ~。」
「多少の衛生問題は、魔法で解決できるしな。」
「そういう問題とちがいますやろ!」
「そう言う問題にしておけってことさ。お前は考えすぎるんだ。」
「え~?」
「ちょっとやそっとの細菌では人間は死なん。それに、こっちには回復魔法もあるしな。」
「それに頼りっきりになりはるから、死ぬ間際まで我慢するアホが増えるんちゃいますか?」
「それはそうかもしれん。が、そう言うものだ。」
「衛生観念だけでも、もう少し植え付けてもええんとちゃいます?」
「それはまあ、俺の領地だけでもそれはするつもりだ。」
「でしょう?衛生教育は必要ですよ。」
「まあな、おいおいやっていこう。」
「そう願いたいもんですわ。」
「内政チートなんて持ってないしな。お前は見た目通り十六~七だろうが、俺はそうはいかんのでな。」
「へえ、お屋形さまは、転生組ですか。ほな・どないするんだす?」
「転位組とは違うのだよ転位組とは。行政は地味に確実に、堅実に領地を構築する。俺なりにアレンジはするがな。」
「へえ。」
「俺の友人には、役所の人間もいたからな。」
「なるほど。」
JAと市役所なんて、だらだらつながってるもんだよ。
「手始めに、都市の通路を碁盤の目に変更した。朱雀大路を整備して、突き当たりに男爵亭が来るように配置しなおす。」
「なるほど、基本どおりですね。」
「ああ、それと男爵亭の横に公衆浴場を建設する予定だ。」
「ほえ?」
「お前も知っているように、この国は風呂文化がお粗末過ぎる。それは、基礎がないからだよ。」
「なるほど、その基礎を固めるために、啓蒙するわけですね。」
「そうだ、レジオにくれば、いい風呂に入れると知ったら、自分の所にもほしいと思わないか?」
「思います。」
「魔物の暴走で、破壊された都市だ、俺の思うように改造してもよかろう?」
「なかなか壮大な計画ですね~。」
「まだとっかかりなんだけどね。」
「あらら」
現在の男爵亭は、まあ地域の中心にあるし、商人街の真ん中になる。
利便性の問題でそうしたんだろうが、やはり癒着が無視できない。
行政は行政、商業は商業だろう。
これに宗教がからむと、もっとやっかいだ。
だが、宗教は俺とアリス、ティリスで押さえる。
「お屋形さま、お茶をどうぞ。」
横合いからアリスが暖めたお茶を出した。
「ああ、すまないアリス。」
「いいえ、お屋形さまの生活全般を見ることが、私の役目ですから。」
「アリスさまも大変ですねえ、お屋形さまはわがままっぽいですし。」
「そんなことはございませんよ、誠実で大胆で豪胆なお方です。」
持ち上げすぎだろそれは。
俺は、お茶を口にして、苦笑した。
ただ、アリスの信頼はありがたい、できればこいつとティリスぐらいはなんとか守らないとな。
「あら。」
アリスがいきなりほほを染めた。
「どうした?」
「お屋形さま、心の声がダダ漏れですやん。」
「口に出てたか?」
「ぜんぶ…」
あ~あ。
これでレジオの領地は意外と広い。
レアンの町との境界から、ソンヌ川流域を経て、マゼラン北の平原まで。
東はポンヌ山まで延々道も続いている。
まだ会ったことはないが、ルーアン子爵領と言うところが、ポンヌ山の向こうに広がっているそうだ。
西は、レーヌ川を挟んで、ロワール伯爵領が広がる。
この国は、全体的に農業国なんだな。
ウサギさえ出てこなきゃ、もっと生産も伸びるんだがな。
「石高にして二万石ってところか、税率が五公五民では、餓死者が出るぞ。」
「そらまた、無茶な税率ですねえ。」
「男爵が、国に納める税金もかなりキッツイ。」
「はあ~、石高で税金を取られるゆうことですか。」
「そう言うことだ、検地もまともじゃないのに、石高なんか出るもんか。」
「はあ~、中世的って言うか、アバウトでんなあ。」
「職業軍人が極端にいない国だぜ、半農半兵で、事あればおっとり刀で駆けつけるんだ。」
「てことは、その辺に経済的打開策が…」
「ねぇよ、そんなもん。楽市楽座っつっても、関所がなかったらハンターと無法者の区別もつかん。商売人がまともに税金を払うわけがない。」
「はあ、なるほどねえ。」
「とりあえず、俺は、レジオの農業を立て直す。お前は、文化を立て直すんだ。」
「歌と踊りで?」
「そうだ、そのうち絵画とか文学とか、導入できるものは導入する。」
「劇場建ててくれます?公衆浴場の隣に。」
「いいけど。」
「へえ、まあ三〇〇人も入ればええんですけど。」
「そんなものでいいのか?」
「まあ最初はそんなもんでしょ。」
「三〇〇人?毎日満杯にできるのか?」
「やってみんことには…最初は七人からですね。」
「どこのアキバ伝説だよ!」
「カミセブン。」
「アホ。」
さて、このままでは気に入らないので、のこり三分の一をぐいっと立ち上げてみた。
魔力は約半分使いこんで、きれいに仕上げた。
「こんどは天井もしっかりしたもんだ。」
「これは素晴らしいですね。」
アリスも天井を見上げている。」
「お屋形さま~、こんなもんホイホイつくったらアカンやないの。」
「誰も知らへんて。」
「著作権の話やないわ。」
「そうか~?」
この城を中心に御座所を構築して、中継地点としてはどうかな。
なんてことを考えていたが…
「この城を管理する人間がおらん!」
ただでさえレジオには人間がいないのに。
しまった~。
このまま放っておくと、ここは宿無しの巣になりそうな気がする。
「男爵どの、ここはわれら陸軍がお助け申す。」
陸軍歩兵連隊第五連隊の隊長、アルマン=ボルドーが声を上げた。
「アルマン。」
「陸軍歩兵一〇〇名をここに駐留させ、訓練を行いつつ建物の管理を行います。」
「頼めるか?」
「は、王都と計らって、ここの整備を進めようと思います。」
「国王陛下の行幸のためには、ここは重要な拠点になろうかと存ずる。」
アルマン=ボルドーは二隊・三隊の約一〇〇名を割り振り、建物の留守番と細かい部分の手入れを指示していた。
「いいか、魔物はもとより盗賊なんかに中に入られるんじゃないぞ。」
「は、隊長、お任せください。」
アルマン=ボルドーは、てきぱきと指示を出す。
「工兵隊が来たら、半分はここの整備をさせろ。」
「はい、了解しました。」
近衛騎士隊の第二連隊長、マルクス=レクサンドは王都に伝令を出した。
「伝令、この手紙を宮内省に届けてくれ。」
「は、お任せください。」
伝令三人は、馬に乗るとすぐに駆け出した。
「やっかいなことだが、国王陛下をお守りするには、確かにテントよりこのほうがずっといい。」
マルクス=レクサンドは、秤にかけてみて、ことの良し悪しを考えていた。
恒久的な本陣があったほうが、テントなどの脆弱なものよりはるかに安全である。
やっちまった感はあるにはあるが、これは王国にとっては重要な一石である。
「しかし、魔物一万匹、これほどの魔力を駆使できるとは、侮りがたし。」
マルクス=レクサンドの正直な感想である。
味方であれば、これほどの頼もしい御仁もないが、もし帝国にでも流れたら、恐ろしい敵になる。
彼を安く使い回そうとする、ご老人たちに危機感を抱くのも無理からぬことである。




