第四十七話 王国の思惑
「行ったか…」
「はい。」
侍従は、無感動に、無表情に対応する。
王宮の執務室は、やはり地味なもので、濃い色の板を張り巡らせた、十畳ほどの広さの部屋である。
王の机の前に立つ宰相は、王よりいくばくか上のようだが、やせて顔色もあまりよろしくない様子である。
「この王都の守りの要は、マゼランだが、そこを抜かれたらレジオで食い止めねばならん、そのためにもレジオは早急に復興させねばな。」
宰相は、困った顔で答える。
「それであれば、わざわざ新興の男爵などとおっしゃらなければよろしいのに。」
国王は、にやりと笑う。
「ガス抜きよ。ほかの貴族の不満なども一緒に持って行ってもらわねば、王室への風当たりがきつくてかなわん。」
「これは、王様のお言葉とも思えませんな。」
宰相も、にやりと笑う。
「貴族など屁でもないか?」
国人衆などが、落ち着きがない。
「体制としては、特に問題なのは、バロア侯爵領でしょうか。」
「まあな、彼は玉座を狙っているのはよくわかっていて、面白味がないな。」
「御冗談を、彼の軍隊は五千人を超えますよ。」
「それでも五千だよ。隣国との境を守っているのだから、簡単に動かすことはできまい。それに、王国の軍隊は二万ではきかんだろう?」
「それだといっても、国境維持軍を含めての数字です。」
「だからカズマが必要なのだ、搦め手とはいえ魔物一万匹を屠ってみせた手腕は、ほかの国に引きぬかれたら脅威だぞ。」
「御意。」
「シェルブール辺境伯の様子はどうだ?」
「いまほど届きました密書によれば、隣国ゲルマニアとの小競り合いが発生したとのことでございます。」
「ならば、勢力はそっちに持っていかれるな。」
「はあ、なにぶんあそこの製鉄の生産は、重要ですから。」
「それゆえの、辺境伯であろう?鉱山の維持には、金がかかる。それゆえ、広大な領地がある。」
「まことに。」
「やつがだめなときは、カズマをぶつけてやれ。領地の入れ替えでもいいな。」
「それは、内乱の元になります。」
「冗談だ。」
王国も、なかなか一枚岩とは言いかねるようです。
「それにしても、レジオのパンはうまかったのう。」
「は?」
「なんでもない。」
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「新興の男爵家のう…」
「お屋形さま、レジオ男爵家ですか?」
執事は、湯気の立つお茶の器を、執務机に置いた。
「どう見る?」
長年この辺境伯家につかえ、数々の戦闘に参加してきた、たたき上げの執事である。
最悪、こいつがうちの最後の砦だな。
「残念ながら、スケープゴートにされますな。」
「やはりか?」
「実績も何もない、ぽっと出の冒険者でございましょう?後ろ盾もなにもなく、男爵領は人口が半分。失敗するのは目に見えてございますな。」
「それをもって、われわれの不満をガス抜きするか。」
「御冗談を。」
「ふむ、王国の施政もすでに三〇〇年、そろそろ代替わりをしてもよかろうな。」
「お屋形さま、壁に耳ありでございます。」
障子にメアリー?
「そうだな、いましばらく体制が整うまでは、この野望が漏れてもいかん。」
「は、それまでは辛抱でございます。」
「うむ。」
香気の立つお茶を手に、辺境伯ノルト=ド=シェルブールは、椅子の背に深々とその背を預けた。
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かぽかぽと、呑気な音を立ててロバの馬車は行く。
「お屋形さま~、ちんからりんと音がしないんですねえ?」
恵理子は幌の中から、のんきな声をかける。
「俺は、パン売りじゃねえ。」
「あはは~、レジオのパンは有名やないですか。」
こいつ、情報収集がうまい、油断ならないな。
「なるほど、パン屋のおやじかい。」
すると、アリスティアはほほえんだ、
「おやじってほどの年でもございませんでしょう?」
「確かに。」
「ちくしょう、銀シャリに卵かけて食いてえなあ。」
「なんですのん、TKGて。」
恵理子は、あきれたような声を出した。
「コメ食いてえよ。」
「そうですか?」
「こっちにきてもうじき一年になる。その間ずっとコメ食ってねえ。」
知らずに涙が出る。
あんな家でも、長年住んで親しんだ味がある。
くそったれ女房でも、長年連れ添った情愛ってもんがある。
「主さま…」
アリスティアは、そんな俺の背中をさする。
「なんでもないようなことが…」
「幸せだったと思う~」
なんでもない夜のこと、二度とは戻れない夜…
恵理子の声に、言いようのないさみしさを感じた。
お互い様とはいえ、俺には帰るよすがもない。
それは、戻る手立てすらない恵理子も同様だ。
ここで生きていくしかない。
ラノベの主人公が狂ったようにコメを求める気持ちが、今の俺にはよくわかる。
馬車の横には、アルマン=ボルドーと、マルクス=レクサンドが馬車を挟むようにして進んでいる。
マリウス=ロフノールは、退屈になったのかゆらゆらと舟こいでやがる。
あれで馬から落ちないから不思議だ。
器用なやつ。
総勢六〇〇人余の隊列は、粛々と進み農場で作業する農夫たちは、手を止めてそんな行列を眺めている。
馬車の前に一〇〇騎、馬車の後ろに一〇〇騎。輜重隊の馬車が一〇台シンガリだ。
徒歩の兵は、後方からのんびりと進んでくるので、ここからは見えない。
豊かな農村が、レアンの郊外には広がっていて、王都の食を支えているのだな。
農地の向こうには、深い森が点在して魔物たちの住処となっている。
ウサギやウルフ以外は、あまり森から出てはこない。
やはり、森の木々に身を守られているからだろう。
どんどんどんどん!
前方から和太鼓のような勇壮な音が聞こえてきた。
「まずい!」
アルマン=ボルドーが、騎馬の首を回して前に出た。
俺の馬車を追い抜きざまに
「男爵殿、前線の指揮を執ります!」
そう言い残してアルマンは走り出した。
一散に駆けて行列の先頭を目指す。
どおーんという音とともに、前方で数人の騎士が空に舞う様子がここからでも見える。
人間があんなに舞い上がるのを初めて見た。
まてまて、馬まで飛んでるぞ。
「な・なんだあれは!」
俺の声に、マリウスが目を覚ました。
「ほえ?」
のんきなおっさんだ。
「「「わああああ!!!」」」
騎士たちの真っただ中に躍り込んだマウンテンゴリラの大きさは、頭のてっぺんまで八メートル。
筋肉の塊のような盛り上がった胸板。
一振りで、四~五人を、一気に吹っ飛ばす腕力。
空にそびえるくろがねの城かよ!
尋常でない相手である。
しかも、騎馬での対応は、いまいち現実的ではない。
つか、戦いにくいのは、目に見えている。
通常なら、数十人で囲んで、槍で突き殺すものである。
騎士たちは、刺突槍を持っていない。
今は、片手剣のみの装備であるから、騎馬から攻撃が届かない。
「うわー!」
騎士の三人がこぶしをくらって、馬から弾き飛ばされた。
「ちくしょう!このままではジリ貧だ!」
『下がれ下がれ!みんな、下がって陣形を組みなおすのだ!』
「アルマン隊長!」
『後ろの馬車から槍が届くまで、直接戦ってはならん!』
騎士たちは、馬の首を回すと、一気に距離をとる。
弾き飛ばされた兵士は、すぐさま俺たちの馬車に運ばれて、アリスティアの治癒魔法を受ける。
横から見ていた恵理子は、口から血を吐き出す兵士の世話をしている。
「げほ!がほ!」
肋骨にヒビでも入ったか、咳き込むたびに血を吐く。
「ああもう、しっかりしいや!」
恵理子は、背中をさすりながら、声をかけている。
気を失うとまずいんだよ。
「ん、骨折ですね。」
アリスの声に恵理子が顔を向けると、兵士は解放骨折をして、ひじから骨が突き出している。
「うぐ。」
「吐いている暇はありません、そっち持ってください。」
恵理子に肩を支えさせると、下着が見えるのも厭わず、兵士の肩に足をかけて一気に引っ張る。
細身のショートブーツが肩に食い込む。
「ぐあああ!」
兵士は朦朧としながら、首を落とした。
「いきます!」
アリスティアは、そのまま治癒魔法をかけて、折れた骨をつないだ。
アリスの背後から金色のエフェクトが広がる。
「こうすると、魔力の消費が少ないんです。」
顔に血を飛ばしながら言う。
「なるほど、魔力の流れって言うのは、こういうことを言うんですな。」
恵理子は、ひとりうなずいて、得心の言ったような顔になる。
「はい?」
「こうですやろ。」
恵理子は、骨折者のほほの擦り傷に手をかざす。
ぽうっと金色の光が傷にまとわりつくように灯り、やがて傷が消えてゆく。
恵理子には見えているのか?
アリスティアの魔力の流れが。
「恵理子さん、あなたは…」
「わかりました、治癒の仕方。」
「なんとまあ…聖女の力に目覚めたということ?」
アリスティアは、目を見開いて絶句した。
あのクソ女神ども、たまにはいいことをする。
恵理子には聖なる力が宿っているのだ。
マウンテンゴリラは、牙を剥き出して威嚇しながら、胸のドラムを高らかに鳴らした。
どんどんどんどんどん!
「どうしたんだ?マリウス。」
「あの音は、マウンテンゴリラの『怒りのドラム』です。これはまずいですね、最初から怒っているようです。」
「マウンテンゴリラ?」
「男爵は見たことがありませんか?」
「寡聞にして知らないなあ。」
「さようですか、マウンテンゴリラは森の果物を主食としている大型のサルですが、人を襲って喰うこともあります。」
「ほう、そりゃ危ないな。」
マリウスは、うなずいて続けた。
「今は繁殖時期で気が立っているのでしょう、人間の群れを見つけて怒り狂っていますね。」
なるほど、スイートホームを荒らしに来たとでもいうことか。
「そうか、騎馬隊で対処できるのか?前方には二十騎ほど先行していたようだが。」
「まずいですね、騎馬では対処が難しいです。歩兵のハルバートで取り囲んで倒すのがセオリーです。」
「それじゃまずいじゃないか、マリウス、悪いが伝令に出てくれ。」
「は、かしこまりました。」
「直ちに撤収、ここまで下がれだ。俺が行く。」
「了解であります、男爵の雄姿が見られますな。」
「さて、それはどうかな?」
俺は、ロバを止めて、アリスに声をかけた。
「馬車を頼む。」
「はい。」
「ダンナ、だいじょうぶ?」
恵理子は、ホロの中から不安そうな顔を出して聞いた。
「まあ見てろ恵理子、装着!」
青い鎧が飛び出して、俺の体を鎧う。
「うは~!じょうちゃくした!」
恵理子は字をまちがえてる。
どっかの宇宙から来た刑事さんじゃない。
若さ、若さって何だ?
振り向かないことさ。
街道のかなたから、騎馬隊が撤収してくる後を、土煙を上げながら二頭のマウンテンゴリラが、駆けてくるのが見える。
「ほほう、でかいな~、七~八メートルはありそうじゃないか。」
「主さま、本当に大丈夫ですか?」
アリスも、心配顔をしている。
けが人は完治したようだ。
まあ、あれを見たらな心配もするわな…
「わからんが、なに、一当てしてみないことには、なんとも言えんだろう。」
俺は、愛用のメイスを片手に走り出す。
胸のエンジンに火をつけろ!
やはりこの体は軽い、走っても息切れもしない。
前方から駆けてくる騎馬の群れとすれ違う。
「アルマン、後方で陣形を固めてくれ、聖女を頼む!」
「は!」
ロバの馬車を取り囲むように、騎馬の騎士たちが集まった。
幸いにして重症のものはいないようだな。
せいぜい手足が折れた程度か。(十分重症だと思うが…)
自力で馬を操れるなら、大丈夫だろう。
聖女がついている、怪我などなにほどもない。
「ごおおおお!」
俺が前に出ると、前方から走ってきたマウンテンゴリラが、咆哮をあげた。
どんどんどんどん!
なるほど、胸に空気をためてそこを叩くから、太鼓のように響くのか。
「ならば、そこは弱点か!」
マジックアローを二〇本同時起動して、ゴリラの胸に叩き込む。
きんきん!きん!きん!
硬質な音を立てて、マジックアローが跳ね返される。
「なんだあの固さは!」
どんどんどんどん!
「まったくキングコングかっちゅうの!」
ニューヨークでは16.8m
最終版では31.6mの大きさになる。
怒りのドラムを叩きまくり、俺に対して威嚇してくる。
「それがどうしたあ!」
俺はメイスを地面に突き刺して、両手を広げた。
「ホーミングレーザー!」
レーザーが光の尾を引いて、コングの胸に向かうが、かいん!と音を立てて跳ね返される。
「ありゃあ?こりゃあまずいかなあ?」
「ごああああああ!」
口から火を吹く勢いで、マウンテンゴリラは向かって来た。
「ちくしょう!これならどうだ!熱核レーザー!」
シンゴジの真似したあいつだよ。
焦点距離の調節が効くようになったから、多少距離があっても効果がある。
超高温でなんでも焼き切るぞ。
俺は、ゴリラの足首に焦点を集中して、焼き切ることにした。
思った通り、足首の皮は胸板ほど厚くないようで、レーザーは直径三センチほどの穴を足首にあけた。
「ごあああ!」
「そりゃ痛いだろう!」
ゴリラは、俺の目の前で前転する。
あ~あ、顔から突っ込んでるよ。
もう一匹も、走り出す前に足首を貫く。
むこっかわで、足を抑えて転げまわっている。
「そりゃ、痛いだろうな。」
「ごああああ!」
片足になった目の前のゴリラは、それでも八メートルはある。
目の前に壁ができたように思えるが、右足が痛みでぶるぶる震えている。
俺は、改めてメイスを手にすると、残った左足の甲に、おもいっきり打ちつけた。
「がわ!ごわ~!」
そりゃ痛いよなあ。俺も痛いもん、そこ。
ゴリラはやみくもに拳に握った手のひらを振りまわす。
見えているのかいないのか?
「うおお!」
目の前に来た拳を、メイスの柄で受けると、後方に吹っ飛ばされた。
「いって~!」
背中から地面に打ちつけられて、いっとき呼吸が止まった。
バック転失敗したときみてーだよ!
びっこをひきながら、さらに迫ってくる。
がん!がん!
地面だろうとお構いなしに、拳を叩きつけてくるのを、横に回転して何とか避ける。
こぶしが当たった地面は、盛大に土煙を挙げて、小石がばんばん飛んできて俺に当たる。
「あんなもん、当たったらただじゃすまんわ!」
かと言って、タダじゃなければいくらだと、教えてくれるようなゴリラじゃないが。
両手を胸の前で地面に押し付けるようにして、一気に立ち上がる。
俺は必死に距離を取って、魔力を集中する。
「いっけー!」
ゴリラが軸足にしている左足の下から、土の壁が盛り上がる。
いわゆる土ボコだ。
当然、ゴリラは後ろ向きにひっくり返るのだ。
「ファイヤーボール!」
頭の上から、顔に向けて玉ころがしのような大きさの(一メートルくらい。)ファイヤーボールを叩きつけた。
「ぼはあ!」
「お!効いてる効いてる!」
メイスでもって、おもきし横面を張り倒す!
耳から血を噴き出すが、まだまだ元気だな。
心臓も、バスケットボールより大きそうだもんな。
「ごあ!ごああああ!」
「もういっちょう!」
今度は、ドラムの上からメイスを叩きつける、思惑通り空気が無理矢理吐き出される。
「ごはあ!」
やっと動きに隙ができた。
俺は、五メートルほど下がって、魔力を練る。
「ランドランサー!」
オークキングを屠ったあれである。
固く固く固めた土の槍。(全長約三メートル。)
もはや、鉄と言ってもいいぐらいに固くなったそれを、空高く飛翔させる。
具体的には一キロくらい上空に上げて、一気に落下させるとどうなるか?
きいいいいいいいぃぃぃぃぃぃんんんんんんん
落下するに従って音速を超える。
ソニックブームをまとって、そいつはゴリラの腹に突き立った。
「やったあ!お屋形さま!」
恵理子の声援が聞こえる。
突き刺さると同時に、衝撃波が後からやってくる。
ぅどおおおおおおおん!
舞い上がる土煙の中に、マウンテンゴリラの断末魔が響き渡った。
「ふう!こえーこえー、チンタマ縮むぜまったく。」
マウンテンゴリラは、ドテッパラに一メートルくらいの大穴を開けて、そこで大の字になっている。
びくんびくんと振動しているが、そのうち止まった。
当然ながら、槍は地面に突き立っているが。
「男爵殿!もう一匹来ますぞ!」
「サンキュー!マリウス!」
マリウスは、パリカールの馬車を固めた一団の先頭に居る。
「いてまえ!お屋形さま!」
恵理子は顔を出すなよ、あぶねえなあ。
もう一匹も、足を引きずりながらこっちに向かっていた。
こいつも八メートルは優に超える。
「うぜえ、サンダー!」
風魔法サンダーを二〇本ほど呼びだす。
こいつは、当たるとシビれて動けなくなる。
ぱあん!ぱあん!と、景気のいい音を立てて、サンダーが地面を穿つ。
二〇本のうち、何本かがゴリラに当たるが、効きが悪い。
あの分厚い毛皮が曲者だ!
かんたんに魔法を弾き飛ばしてしまう。
強敵だ!
「ごあああああ!」
こいつも拳を振りまわしてきたが、さっきのやつよりかなり狙いが正確じゃん。
メイスの柄で受け流そうとしたが、いい角度でもらってしまった。
がいん!
鎧にまで当たっている。
「いてえ~!」
俺は五メートルほど弾き飛ばされた。
「男爵どの!」
マリウスが駆けよって、槍を構えた。
声を出そうとして気が付いた、アバラ五本ほど持ってかれた!
ぐはあ!いてえ!
ヒーリングが必要だな!
「よせ、マリウス。」
「なんの、この程度の魔物など…」
マリウスは無造作に槍を前に出す。
「ごあああ!」
マリウスの槍での牽制を、ゴリラの手のひらが、かきはらおうとして左右する。
さすがにマリウスはうまい、それをさばきつつ、穂先を体に届かせている。
ゴリラの手のひらから鮮血が舞う。
「男爵殿!」
後ろから、剣を抜いたアルマンと、近衛騎士隊のマルクス=レクサンドが徒歩<かち>で走ってきた。
この場合、馬は邪魔になるのだ。
「こいつ!」
がいん!
マルクス=レクサンドが剣を叩きつけるが、分厚い毛皮が通さない。
マウンテンゴリラの固い毛皮は、業物の剣ですら一度では通らないようだ。
何度も切りつけて、やっと皮を切り裂くことに成功した。
その間に、いったん下がった俺は、治癒魔法を練る。
俺は、痛む背中を気にしつつ、ヒーリングを行い、メイスを頼りに起き上がった。
アバラが動いて、むちゃくちゃ痛かった。
「アルマン、マルクス、かたじけない。」
「なんの!」
「男爵こそ。」
「そのまま、引きつけておいてくれ。」
「「承知!」」
俺は、痛む背中を気にしつつ、魔力を集中する。
生半可な魔法では太刀打ちできないと悟った。
集中する、魔力を限界まで練りこむ。
ちくしょう、詠唱に時間がかかる。
こいこいこい!
ああもう、時間がもどかしい!
「キタ?」
キタ――(゜∀゜)――!!
俺の腕にはバチバチと放電が渦を巻く。
伸びた両腕の先に魔力が集中する。
いくぞ!
「テラサンダー!」
俺の両手から弧を描いて、極太のサンダーがゴリラの頭部を狙う。
青白い光が渦を巻くように空間を走る。
「ばづん!」
奇妙な音がして、ゴリラの耳から黒い煙が吐き出された。
見れば、目、鼻、口からも煙が出ている。
「やりすぎたか?」
数万ボルトはありそうな電撃だったからな。
「やりすぎましたな。」
マリウスが、余波でしびれて槍を取り落とした。
「た、たしかに。」
「しびれました。」
アルマンとマルクスも、金属鎧のため、全身に感電したようだ。
二人とも尻餅をついた。
がしゃり、金属鎧が重そうな音を立てた。
「ぷは~。」
マリウスが、息を吐きながらその場にしゃがみこんだ。
「悪い悪い、ちょっと加減ができなかったんだ。難敵だったね。」
「さよう、難敵でござった。」
俺も、その場に座り込んで、あぐらをかいた。
「さすがに無詠唱とは驚きました。」
「そんなに珍しいかい?」
「ええ、めったにお目にかかりませんな。」
「そんなもんかねえ?」
「お屋形さま~!」
アリスがあわてて走ってきた。
その後ろから恵理子もかけてくる。
「ああ!お屋形さま!ご無事でなによりです~。」
なにげにすがりついて、び~び~泣き始めた。
「お屋形さま、かっこよかった~!」
恵理子にはウケたようだな。
走ったからか、ほほが真っ赤だ。
「どうした?アリス。」
「向こうから見ていたら、あんまり大きい魔物ですもの、心配で心配で!」
ズビズビ鼻水をすすりあげる。
「そうか、悪かったな。」
「奥方、男爵どのは、無双でござる、心配は御無用ですわい。」
「まことに。」
「うんうん。」
三人三様、うなずいている。
「よせやい、もうちっと修行しないと、いまのはヤバかった。アバラ五本持ってかれたし。」
「アバラ五本でござるか!」
マリウスはあきれた声を上げた。
「それでよくまあ、集中できたものですな。」
アルマンも、うめき声を上げている。
「まことに。」
マルクスも呆れ顔だ。
「ま、みな無事でなによりでござる。」
マリウスは、槍をたよりに、よろよろと内またで立ち上がった。
「おう、そう言えば、騎士団の連中は無事か?」
「はい、みなさん軽傷で、軽く治療しておきました。」
「そうか、手数をかけたな。」
「いえ。」
「ありゃ?」
妙に痛いなと思ったら、左手が見事に折れている。
「痛いわけだ、折れてるわ。」
「あるじさま~!」
アリスは、鼻水をたらしながら治癒魔法をかけてくれた。
「ずびずび。」
「こいつって食えるかなあ?」
「肉は柔らかいそうですよ。」
「うえ~、こんなでっかいの食べるの?」
恵理子は顔をゆがめている。
「好き嫌い言ってんじゃねえよ、文明人。」
「あんま~わかりませんわ、こっちに来てまだ五日くらいやし。」
「それであのぼろんぼろんって、おまえどんだけ抵抗したんだよ。」
「いや~、言葉はわからんし、いきなりつかまれるしで、パニックですわ~。」
「それで手足折られて、お漏らしするほど殴られるかふつう。」
「だって、犯されると思ったら、ふつうは暴れるやないですか。」
「まあそうかもしれんけどな。」
「だいたい、さらっと漏らしたとか、よう言いますね。花も恥じらう乙女つかまえて。」
「あっこまで見て、それ以上どうせいって言うねん?」
「まあまあ・あるじさま、騎士たちにも振る舞ってはいかがです?」
「そうか、騎士諸君、こいつでイッパイやるか?」
「「「「おおおー!」」」」
「やるってさ、じゃあ酒出してやろう。」
俺は、ストレージから酒樽を出して、騎士たちにふるまうことにした。
「どうせそろそろ野営地だろう?このくらい呑んでも、大丈夫さ。」
「賛成ですな、くじ引きで見張り番を決めましょう。」
「あらま、そいつはかわいそうね。」
「これも任務のうちですよ。」
は~、銭湯シ~ンを書くのは楽しいねえ。
俺たちは、街道辻の広場に集まって、野営の準備に入った。
「だいたいここが王都とレジオの中間点くらいかな?」
「レアンの街からもだいたい真ん中程度ですね。」
マリウス=ロフノールがマントの埃をはらっている。
「王様の場合も野営か?」
「さよう、二〇〇〇人規模の野営でござる。」
「ふむ、それは一つの街が移動するようだな。」
「さようでござるな。」
手前に少し盛り上がった丘がある。
見たほども高くはないが、手ごろだな。
「ちょっと見てくる。」
俺は、ほてほてと歩いて丘の上に立つ。
なるほど森は少し離れているし、マウンテンゴリラももう出ないだろうし、これはいいかもしれん。
「練習もしないといけないしな。」
「なんでござる?」
後ろを着いてきた、マリウス=ロフノールも回りを見回している。
「うん、男爵亭を建てなおす必要があるからな、ちょっと練習だよ。」
「ほほう、どのように?」
「こうする。」
俺は、地面に両手を付くと、魔力を練り込む。
俺の背中から、虹色のオーラが立ちあがる。
ごごごごごご
丘の上から地鳴りが響く。
俺の頭の中には、シェーンブルン宮殿の間取りと部屋が渦巻いている。
「いけ…」
小さくつぶやくと、ハプスブルグ家の象徴でもある、バロックの建物が姿を現す。
ええもう、ごっそりと魔力を抜かれて、魔力切れ寸前だ。
なにしろ、幅一七五メートル、奥行き五五メートルのバロック様式。
全部で一四四一部屋と言う、けた外れの部屋数。
あのマリーアントワネットも暮らしたと言う、オーストリアの至宝である。
なぜこれにしたかと言うと、四角くて作りやすいと思ったのだよ。
だがしかし、出来上がったのは三分の二ほどだ。
右の端は崩壊している。
正面玄関はまあ、うまく行っているな。
「お屋形さま、これは…」
「何もない原っぱで助かった。土魔法を存分に使えるからな。」
「しかしこれは、なんと言いますか、むちゃくちゃ大きいですな。」
「もう魔力がない。」
「でしょうなあ、よくもまあこれほどの物をお造りになります。」
「まだ内装なんかもしないといけないんだが。」
「それは、王都の職人にでも任せてはいかがでしょうな?宮内庁の職員に陛下の御本陣として体裁を整えるよう。」
「ふむ、まあそれでも良かろうなあ。」
「あるじさま!またこのような無茶をなさって。」
アリスティアは、慌てて走ってきた。
恵理子も着いてくる。
「はあ~、ダンナ、こりゃシェーンブルン宮殿でおますなあ。」
女帝マリア=テレジアが愛した城である。
恵理子は見上げてため息をついた。
「お、よくわかったな。」
「ウチは、ヅカのベルばらも見てるんです。」
「資料をあさったか。」
「はい。」
話しているうちに、アリスティアは奇跡の光を使い、俺に魔力を譲渡してくれた。
「よし、中を見て見ようぜ。イメージ通りになってるかな?」
「ガワだけですやん。」
「そりゃあ、仕上げには時間がかかるし。」
「そうでしょうとも。」
二階のテラスには、正面玄関わきの階段から上がることができる。
そのテラスの下は馬車用のエントランスである。
全体的にクリーム色の優雅な建物で、屋根裏含めて五階建て。
これを、マリア=テレジア=イエローと呼ぶらしい。
各所に階段を配置し、フロアごとに厨房を配置。
もちろん、部屋には風呂付のものもある。
壁はまだベタ塗りしかしていないから、あの華麗な装飾はない。
「国王さまの休憩所としてはまあいい感じだな。」
「上等過ぎるでしょう。ここに越してくると言い出しかねませんよ。」
アルマン=ボルドーはあきれた。
「いいじゃねえかよ、こんなもん練習なんだから。」
「練習でございますか。」
アルマンは振り返る。
「いきなりじゃ、どこに齟齬が出るかわからんだろう。」
「これで、完璧に見えますが。」
「右はじは未完成だ。」
「はあ…」
「あ~、やっぱ平均が出てなかったか。」
二階の床がおもきし抜けて、瓦礫が積み重なっていた。
「これは…」
アリスも天井を見上げてため息をついた。
壁もまだ出来上がっていないので、じゃっかんでこぼこしているし、窓も不安定だ。
「まあ、初めてではないにしろ、ここまでの規模はやったことがないからな、これも当然か。」
「男爵さま!当然って、こんな土魔法見たことないですよ!」
マルクス=レクサンドが悲鳴を上げた。
兵士たちもざわざわと、ざわめいている。
「ま、屋根は強化してあるし、落ちてくることはない。今夜はここで寝るとしよう。」
「はい、主さま。」
アリスティアは、さっそく魔法の皮袋からテーブルだの椅子だのを取り出している。
「ほな、かまどをお願いします。」
「わかった。」
それくらいは、生活魔法の土ボコで作れる。
使用魔力1でおけ。
床からぽこりと顔を出す小さなかまど。
そこに少しばかりの小枝を入れて、生活魔法で火をつける。
チャッカマンの魔法だ。
さらに、そこに木炭を入れれば、お茶を沸かすにはちょうどいい。
鉄瓶にこれまた生活魔法で水を入れれば、すぐにお湯がわく。
「手際がよろしいですな、恵理子殿。」
マリウス=ロフノールは、横合いからのぞき込んで笑う。
「このくらいは、家でもやっていましたさかい。」
「ほほう、母上のお仕込みですか。恵理子殿は、ディジョン訛りがきついですな~。」
「ディジョン?」
「イシュタール王国の西、ゲルマニア帝国方面ですよ。」
「ほほう。」
恵理子は、アリスティアの用意したティーポットの横に鉄瓶を運ぶ。
「ありがとうございます。」
アリスティアは、優雅にティーポットにお湯を注ぐ。
兵士たちは、その仕草にうっとりとした視線を投げていた。
「はっ」
アルマン=ボルドーが気が付いて、兵士に指示を出した。
「ほら、お前たちもすぐに宿泊の準備!」
「「「はは!」」」
がらんどうの屋敷の中に、活気があふれた。
「お屋形さま、お風呂あります?」
「風呂はまだこれからだな。」
各部屋にバスルームもそろっている。
ここは貴人用のへやなので、ちゃんと別室にバスルームがある。
上のほうには付いていない部屋もある。
共同で使えるからな。
「ほな作ってください。」
「おまえもたいがい人使いが荒いな。」
「えへへ、まあええやないですか。」
「はいはい。」
俺は、外の土を選んで猫足のバスタブを作る。
大理石っぽく見せるため、マーブル模様がついたやつだ。
ちょっと気取った感じで、まわりにブドウの飾りもついてる。
ネコ足は、三本線のやつ。
「すごいすごーい!」
恵理子はバスタブのまわりを飛び跳ねる。
「お屋形さま、芸が細か~い。」
「おいおい、暴れるな。」
俺は、バスタブをひょいとかつぐと、バスルームに運ぶ。
「ほへえ!なんちゅう力持ち。」
これには兵士たちも、いっせいに『ざわり』と揺れた。
「軽いもんだよ。」
俺は筋力強化されているようで、ここでは本当に体が軽い。
地球みたいに、腰痛に悩むこともないし。
おっさんは、ほんとうにあちこち痛かった。
バスルームの真ん中にバスタブを設置して、外に出た。
「あ、お屋形さま、足元のスノコは?」
「今から作る、ちょっと待ってろ。」
バスルームのドアもないんだからな。
魔法の革袋から、何枚か板を取り出して、ドアとスノコを作った。
もちろん、着替えを入れる箱もね。
「はあ~、この板は磨いたようにピカピカですな。」
ロフノールが、横からのぞき込んで言った。
「ああ、これは特別製なんだよ。」
おれの熱核レーザーですっぱり切り出してるから。
ちょちょいと加工して、戸板を取り付けると、バスルームの換気孔を開ける。
ないと湿気がこもるじゃないか。
こういう小さなところも、徐々に改良が必要なんだ。
ちょっと魔力を使って、熱めのお湯を出す。
水魔法の温度管理は、ざっぱくて五度刻みくらいなんだ。
四五℃はちと熱いよな。
「恵理子、入れるけどちょっち熱いぞ。」
「はーい、ほなアリスさん、いきまひょ。」
「はい、ではお屋形さま、お先に。」
「ああ、ゆっくりしてくるといい。」
二人はバスルームに消えた。
「あっちー!」
中から悲鳴が聞こえたが、聞こえないふり。
兵士たちも、ほかの部屋でくつろいでいるようだし、俺は軒下のパリカールと馬たちを見に行った。
まあ、兵士の従卒たちが、馬の世話をしてくれていたので問題はなさそうだ。
「すまんな、これみんなで呑んでくれ。」
俺は、少しきつい酒を三本出して、従卒たちに渡した。




