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第四十四話 王国の事情と第三の聖女

「まあ、領主なんてうまくやればウハウハだよな。」

 俺が言うと、シモン=ジョルジュがぼやく。

「職業軍人は儲からん。」

「そりゃまあ、儲けようと思って軍人なんかできないよな。」

「ワシら騎士職など、もっと貧相でござるよ。年金も金板三枚(九百万円)程度で、従者が二人以上必要でござる。」

「それは厳しいな、自分の食う分がないじゃん。」

「まったくでござる、従者はだいたい金貨五枚は必要でござる。」

「ふうん、メイドもおなじようなものかい?」

「そうだな、メイドなら銀貨四〇枚くらいだね。」

 イシュタール王国の賃金やす!

 年間百万から百五十万円で暮らせるのか。

「それで、メイドは暮らしていけるのか?」

「まあ、メイドなんかは基本、部屋代や食事代なんかはタダみたいなものだからな。」

「なるほど、従者もそうか?」

「そうでござるな、寝る場所は屋敷の中でござる。食事は外が多いので、かかりはござるな。」

 騎士も楽じゃねえなあ。

「ひどい騎士職になると、従者は馬小屋なんてところもあるさ。」

 シモン=ジョルジュ、それはあんまりだ。

 つか、中世のフランスってそれで通っていたみたいだね。

 三銃士の世界だけど。

 わりと不潔だし。

 いや、かなり不潔だし。

 女も風呂入らないし。


「俺は、あんまりこの辺の賃金事情に詳しくないからな、陣借りなんかは大変だな。」

「陣借りなどと言うものは、月に銀貨三枚から五枚程度でござるよ。」

「やっすいなあ、それでも食って行ける王国がたいしたものなのか。」

「そうだね、もともと立身出世は度外視して、とにかく身を立てることが先決問題だろう。」

 軍隊に身を置いている連中は、とかく現実主義者だ。

 まずは、自分の口を養うと言うことが重要なんだ。

「それで言うなら、男爵は立志伝中の人なんだがな。」

 オルクス=マルメは、ぼそりと言う。

「マルメ将軍の言うとおりだね、一介の冒険者が武勲を立てて、領土をもらう。戦国の世ならいざしらず、この太平の世の中でなかなかないからな。」


「俺としては、そこまで持ち上げてもらわなくてもよかったんだが。」

 アリスティアが、横合いから声をかける。

 普段はあまり外ではしない行為だ。

「しょうがございませんわ、利権に群がる貴族を抑えるには、まず、男爵の存在で抑制する以外に方法がございませんもの。」

「聖女殿のおっしゃるとおり。カズマ、君の周りには君に失敗しろって思ってる人間がいっぱいいるって自覚しなきゃね。」

「いいさ、その分こうして心配してくれ者たちが同数いるってことだろう?」

「ちがいない。」

 シモン=ジョルジュは苦笑する。



 基本、中世騎士なんてやつは不潔と仲良しで、水浴びもしないやつが多い。

 ここにいる連中はまだマシなほうで、マルメ将軍なんかもかわいい嫁に気を使って、行水は欠かさないらしい。

 王都だってメインストリートには下水が入っているが、そのほかは排水もあまり整ってはいない。

 魔法とスライムなかったら、詰んでるぜこの都市。

「まあいい、詰まるところ、王様のレジオ訪問は揺るがないってことだ。」

「うん?」

「ジョルジュ将軍、できるなら速やかに信頼の置けるものを二〇~三〇人ほど寄こしてくれるか、マルメ将軍も。」

「わかった、すぐに送るよ。」

「かしこまって候。」

 しかしなあ、こんなパンいっちょで町が元に戻るものでもない、名物として人を集めてくれればいいのさ。

 レジオがいいところだと、思ってくれたらしめたものだ。

 住み着く人間の質で、量が足りない分をカバーしなくては。


「サイレーンだけでは、レジオの特産品にはならん。」

 俺はグラスを傾けながら、誰に言うでもなくつぶやいた。



「カズマが、また変なこと考えてるぞ。」

「ジョルジュ、変なことってひどいな。」

 内政チートなんて持ってないしなあ、持っているのは農業知識程度で、しかも機械式農業ばっかしじゃ、ここには合わない。

「うちの男爵亭では、王様に泊まっていただけるような施設がないんだ。」

「そいつはこまったな、すぐに人を集めて建物を改修するんだ。」

「うむ、部材はうちで運んでやろう。」

 マルメ将軍が、妙なことを言い出した。

「陣地構築の訓練だ、ちょうど良かった。丸太が山積みなんだ、これを水運でレジオに運ぶ。」

「いいのか?」

「どうせ消耗材だ、現地に着いたらなんか作ったように書類を細工するだけだしな。」

「おいおい、ひどいな。」

「兵士には、陣地も男爵亭も一緒だ。すぐにかかる。」

 そう言い置いて、マリーアンを連れて店を出て行った。


「僕は、工兵を持っていないが、近衛の騎士たちに町の治安を守らせよう。なに、国王陛下が御幸されるのだ、当然のことだ。そのついでに男爵亭の修復をしても、だれも文句は言わんよ。」

「すまない、恩に着る。」

「バカ言え、こんなもの恩でもなんでもない。まあ、レジオに言ったら精々いい酒を飲ませてくれ。」

 そう言って、ジョルジュも店を出た。

 きもちのいいやつらだ。


 俺は、二人を見送って外に出ようとした。

「男爵さま、お会計を。」


が!支払いは俺かよ!




 俺は、アリスとマリウス=ロフノールを連れて、冒険者ギルドに向かった。

「依頼を出したい。」

 受付のころころしたおっさんに、いきなり切り出した。

「依頼ですか?」

「聞きなおすな、依頼だ。」

 受付の親父は恐縮した。

「はい、どんな依頼でしょうか。」

 俺は、自分のギルドカードを出した。

「Bクラス…男爵様じゃないですか!」


「まあそうだ、土魔法の得意な魔術師、魔法使いを二〇~三〇人ほどレジオに送って欲しい。」

「土魔法…」

「レベルは問わん、まずは土を動かすことができればそれでいい、その辺に土を出すようなのはいらん、ゴーレムが作れるほどが希望。」

「かしこまりました、報酬はいかほど?」

「交通費込み、実働十日間で、金貨一枚。」

「それは高すぎます、ギルドの相場は銀貨四枚ですね。」

「そうか、じゃあそれでいい、成功報酬は別途出すことにしよう。」


「そうして下さい、依頼は張り出します。」


 あとは勝手にレジオまでこい。


・,.;・::・..


 俺たちは、ギルドを出て買い物に出かけた。

 マリウスとは、後刻落ち合うことにした。

 出産に際して、なにか必要なものもあるかと、市場の洋品店に向かったのだが、市場の広場ではいやな光景が目に入った。



「なんだあれは?」

 年季の入ったテントがなん十基も張られている一角。

 人間が集まった時特有の、いやなにおいがする。

 東京の真ん中で鼻につくどぶ臭さ。

 どうしても、人間ってやつは臭いんだ。

 東京という町の臭さは、言うに言われない。

 これが世界に誇る都市?

 笑わせる。



「お屋形さま、あれは奴隷市です。毎月一〇の付く日は市が立ちます。」

 アリスティアも眉をひそめている。

 教会でも、あまりお勧めはしていないそうだ。

 法律で禁止されているわけではないが、違法スレスレの者もいると言う。

「いやなものだな、あんな光景を見るのは。」

 俺は、吐き捨てるように言ったが、ぴくりと首を振った。


「………」


 聞きなれたフレーズが、どこからか響いてくる。

 俺のセンサーが、なぜか拾い上げた。


 ひりつくような焦燥感が俺の神経を刺激する。

 聞き逃すな。

 迷うな。


「なんだ?」

 俺は首を振って、周りを見回した。

「いかがなさいました?」

 アリスティアが心配そうな眼の色を向ける。

 蒼く澄んだ瞳が俺をとらえている。

 この瞳を愛している…

 いや、いまはそんなことにリソースを割いている手間はない。

 どこだ…

どこだ…


「なんか、聞いたようなフレーズが。」


「サクラ…」


 サクラだと?

 どこだ、どこにいる!

 いきなり走り出した俺の後を、必死にアリスが着いてくる。

 土埃の舞い上がるテントの間の道を、必死になって駆け回る。

 テントの角々には、奴隷商人が立っていたりするがかまうものか。


 ここか?ちがう。

 こっちか?


 いた!


 奴隷市の裏側で、その奴隷は横たわっていた。



 顔が黒く、手の指が全部変な方向に曲がっている。

 足も、黒くてあさっての方向を向いている。

「なんだこれは!」

「さーくーら~けほけほ、さ~く~ら~」

 無意識のように、サクラサクラと歌っている。


「なんだおまえは!」

 横合いから、ドスの効いた声がするが、俺は無視して茫然とその女を見降ろしていた。

「なんだといっているんだ!」

 声の主が、俺の肩に手をかけた。

 素肌に黒いベストのようなものを着ている。

 言ってみれば用心棒か?

 これに怒ったのはアリスティアである。

 金髪が逆立つほどに怒気を振りまいている。


 珍しいものを見た。

「無礼者!」


 アリスの鋭い声が飛ぶ。

「あん?」

 振り向いた男に、アリスの声が飛ぶ。

「このお方をどなたと心得る!恐れ多くも女神オシリスの使徒、レジオ男爵さまであらしゃいます!」

「へ?」

 男はあわてて出した手をひっこめた。

 その場で土下座してかしこまった。


 テントからアリスの怒声を聞いて、貧相な男が飛び出してくる。

「何があった!」

「へへえ、レジオ男爵さまでございます~。」

「はああ?」

 一瞬間の抜けた声を漏らすが、俺の顔を見た途端に愛想がよくなる商人。


 商人はこうでないとな。

「だ、男爵さま?どうかなさいましたか。」

 男は揉み手で近寄ってくる。

「この奴隷はどうしてこんな目に逢っている。」


 俺は冷たい声で聞いた。


「へ、へい、こいつは自分が奴隷に売られたことを認めようとせず、連れてくるときに抵抗しましたので、いろいろ折檻されています。」

「この、どこが折檻だ、ぼろぼろじゃないか。死ぬぞ。」

「はあ、まあ…奴隷ですからねえ、死んでも代りは…」

 いくらでもいるか…

 横目でにらむと、商人は口をつぐんだ。

 俺は、女の前に膝を折った。

 目はうつろで、唇は紫色になっている、あきらかにチアノーゼ状態だ。


「こいついくらだ。」

「へ?ええまあ、金板五枚ってところですが…」

 (千五百万円ですか、ボロもうけですな。)

「ここまでポキポキ骨折って、その金か?もちろん治癒魔法代は出るよな?そうだよな。」

「いやあの~。」

 奴隷商は冷や汗をたらしている。

 俺がなぜ怒っているかがわからないのだろう。

「ほら、持っていけ、こいつは連れて帰るぞ。」

 俺は、金板を出すとそいつに握らせた。

「男爵さま。」

 奴隷商人は金を手のひらに乗せたまま、俺の顔を見ている。

「なにをしているの、早く契約書を持っていらっしゃい。」

 アリスに言われて、商人はあわててテントに引っ込む。


「ああ、頬骨も折れている。鼻が曲がっているじゃないか。」

 見事に鼻骨も折れて、いい感じに曲がっていやがる。

 福笑いかよ。

 正月によくやるやつだ、いまの子は知らんか。

 俺は、強力なヒーリングを唱えた。

 ドラゴンでも一発で治せるほどの魔力を込める。

 テントの裏から立ち上がる、強力な魔力洸に市場がざわつくが、かまうものか。

 腕、指、足、アバラも折れている、なんということだ。

 息もかひゅかひゅとかすれている、ヤバいな。

 折れたアバラが肺に刺さっているかもしれん。


 現代日本人に限って言えるかも知れんが、かよわい女性にすることではないぞ。


 内臓も傷ついている、これはチアノーゼも出るわ。


 あまりの仕打ちに、失禁してまわりを濡らしている。

 いや、失禁だけじゃないな…あららららら

「これは…」

 道端に捨てられている仔犬だってまだマシだ。

 体中が汚物にまみれている。



 全力だ!



「ヒーリング!」

 ばん!と、強力な発動と共に、女の手足が元に戻っていく。

 戻るときに若干の痛みがあるはずだが、身じろぎもしない。

 かひゅかひゅ言っていた喉も、落ち着いた息になってきた。

 打撲で黒くなっていた顔や手足も、元の白い肌になっていく。

 映画の逆回しのように、元の状態を取り戻して行った。

 ついでだが、市場に来ていた者たちの体もかなり治っている、漏れ出したヒーリングはほとんど市場全体のけが、病気を癒してしまった。

「すごい、グローヒーリング以上の癒しが。」

 アリスが息を呑んでいる。


 怒りで、全開になった魔力が、ゆっくり終息する。


「それでも、壊れた精神は戻らん。」

「いいえ、それはわたくし、聖女の役目ですわ。」

 アリスは、汚れた女の体を抱きしめて、やわらかなピンクの光をまとう。

「癒しの風…」

 アリスから送られる、癒しの波動が女の焦点のなくなった目に、光を取り戻していく。

 アリスの柔らかな胸に顔をうずめて、女は大声をあげた。

「あああああああ~~~~~!」

 涙を振りまいて、激しく首を振る。

「だいじょうぶ、大丈夫よ、もうだれもあなたを傷つけません。」

 さらにアリスがぎゅっと抱きしめると、女はやっと落ち着いてきた。


「呼吸が戻ったようだな。」

 奴隷商人の男が、テントから飛び出してきた。

「だ!旦那、どうしたんですか。」

「あ?お前らの仕打ちで折れた骨を治した、文句あるのか?」

「いえ、ございませんとも!」

 そりゃあそうだ、あとで聞いたら周りの奴隷全部が、傷一つない状態になって、高値で売れたそうだ。

 内緒だけど、ババアの処女膜まで再生されたそうで、どないやねん?


「書類は?」

「はい!ここにございます、ここに旦那の血を一滴くだされば、奴隷契約は成立でございます。そうそう、これはおつりでございます。」

 奴隷商人は、金板を五枚返してきた、よく考えてきたんだな。

 なかなかの商売人だ。

 治療費もむしってやるか?

「わかった。」

 俺は、ナイフで指先に傷を付けて、書類の○印に血を落とした。

 血は、なにかの魔術なのか、紙に広がって消えていく。


「おい、こいつは手籠めにしたのか?」

「いえ、初物は高いので…」

「そうか、命拾いしたな。」

 俺が冷たく言うと、商人はごくりと唾を飲み込む。

「お屋形さま、痕跡を残すのは得策ではありませんわ。」

「うむ、俺が本気を出すと跡形もなくなるので、手加減が難しい。まあそのほうが、証拠も残らなくて後腐れがないな。」

「まあ、御冗談を…跡に灰が残ってしまいます。」

 アリスは、実に場を読む。


 彼女も、奴隷商人には怒っているのだろう。


 その証拠に、奴隷商人の顔が紙のように白くなった。


「こんどこんな真似をしてみろ、どうなるかはわかるな。」

「か、かしこまりました!」


 なにしろそこらじゅうが排せつ物で汚れているので、なんとかしないといけない。

「おい、そのテントを貸せ、こんな汚いかっこうで街中を歩かせられないだろう。」

「はあ、奴隷なんて…」

 俺がぎろりとにらむと、商人はあわてて手を振った。

「いえ!どうぞ使ってください!」

「あたりまえだ、お前、もっと客の立場に立って商売しないと大成しないぞ。」

「ははい。」

「奴隷に着せる服と、履物があるだろう。」

「ははい、いま出します。」

 俺は、それを受け取ると、奴隷をテントの中に連れて行った。


「アリス、きれいにしてやってくれ。」

「かしこまりました。」

 アリスはテントの中でクリーンの魔法を使い、体の点検をした。

 俺は、テントを出てその入り口に立って、見張りをした。

「だ、男爵さま、ほかにご入り用はありませんか?」

「ああそうだな、あれはどこで捕まえてきた、普通の奴隷じゃないな。」

「まあ詳しいことはわかりませんが、どこかの冒険者が遺跡の近くで拾って来たらしいですよ。」

 ふん、遺跡ね。

 しかも、人攫いまでしでかしやがって…


「その冒険者はどうした?」

「流れの冒険者で、所在は…」

「ふん、売り逃げしやがったな。」

 その冒険者は、俺の手の物に探させた。

 ま、すぐに浮かんできたけどな。


 奴隷商は、脂汗を出した。

「わけのわからん言葉をしゃべって、こちらの言うことはまるで通じなかったそうです。」

「そりゃあ、言うことなんか聞くわけないじゃないか。」

「いえ、異国の言葉でわめきたてたんですよ。」

「異国の言葉か、そりゃ災難だな。」

「まあそうなんですがね、とにかく暴れるんですよ。」


 ふん、いまどきの女子高生なんか、暴れてナンボだろ。

 自分の要求が通らなかったら、なにするかわからんし。


「まあいい、ああいうのがほかにもいたら、俺のところに連れてこい、悪いようにはせんぞ。」

 おれは、金貨を一枚握らせた。

「ほかの奴隷商人にも言っておけ、そうすればいい目をみさせてやる。」

「か、かしこまりました! いや~、さすが男爵さま、気前がよろしいですな!」

「おだてたって何も出んよ。おまえこそ、商売がわかっているようだしな。」

 俺は、にやりと笑って見せた。

『滅相もございません。』


 商人は、ぶるりと震える。


「俺のうわさは聞いているか?」

「はあ、レジオの魔物を一万匹ぶち殺して、ブルードラゴンを追い払ったとか…」

 言っているうちに、奴隷商人の顔色がまた紙のように白くなっていく。

 別に、今すぐどうこうはしないよ、おれはおとなしいからな。

「なら話は早ぇーわ。ああいう忘れ病みたいなのは、よくいるのか?」

「あんまりいませんし、居ても買い手がつきませんので、鉱山にでも売りますね。」

「なるほどな、俺は、ああいう手合いをさがしていると、奴隷商人のギルドで宣伝しておいてくれ。」

「へへい。」

「ひょっとしたら俺の国から迷い込んだやつがいるかもしれん。」

「ダンナの国ですかい?」


「ああ、東の果てにある島国だ。」

「へい、わかりました、旦那。」

 やがて、粗末な木綿の服を着て、簡単なサンダルを履いた奴隷を連れて、アリスが出てきた。

『おまえ、日本語がわかるか?』

「!」

 女は、目を見張って俺の顔を見た。

 まあ、俺の顔はこっちの人間の顔だから、そいつがあっさりと日本語で話せばびっくりするな。

『に、日本語がわかるの?ここはどこなの?』

『まああせるな、俺はカズマ。おまえは?』


「ああああああ!」

 突然女は、大声をあげた。

 フラッシュバックか、厄介だな。

 すかさずアリスが、女を抱きしめて落ち着かせる、癒しの風健在。

 アリスは、やさしく女の背中をなでおろしている。

 アドレナリンを分散させるのだが、この世界の人間は無意識にやってるんだろうな。

「ひく!ひく!」

 しゃっくりしながら、ようよう落ち着いてきたようだ。


『…間島恵理子、正徳学園一年です。』

『ふうん、一五歳?』

『はい。』

『よかったな、奴隷商人がまともなやつで、そうでなきゃ今頃なにされているかわからんぞ。』

『あれでまともなんですか?ウチ、死ぬかと思いました!痛いし、息できないし、何言ってるのかさっぱりわからへんし。』

 イントネーションが関西ナマリだな。

『まあな、あんまり暴れるからだよ。それはあとでゆっくり話そう、とりあえず着るものを買いに行くぞ。そのかっこうじゃな…』

『あっ!』

 恵理子は、自分を見降ろして、声をあげた。


「お屋形さま?」

「ああ、おれの故郷の言葉だ、こいつはそこから来た。」

「まあ!」

 俺は、上着を恵理子の肩にかけて、その場を後にした。


「ぶるぶる、し、死ぬかと思った…」


 奴隷商人は、俺たちがいなくなると、腰を抜かした。


 王都の市場の古着屋は、品数も豊富で色合いもきれいなものが多い。

 だが、全体に大柄な女が多いこともあって、恵理子が着られるのは子供服ばかり。

 なにしろ女の横幅がすごいんだよな。

 最終的に、チコが来ているようなエプロンドレスが残った。

「体に合えば、なんでもいい。あとで、いい服を作ってやる。」

「お屋形さま、お優しいですね。」

「しょうがない、同郷のよしみだ。こいつも天涯孤独で、しかもなんのスキルもないんだから。」

「あら…魔術も?」

「たぶん知らんだろう、あとで教会に行こう。」

「はい。」


『あ~、なにこのかぼちゃぱんつ!こんなのしかないの?』

 ゴムもないから細いひもで、すそを締めるんだ。

『それしかないよ。ここは、日本とは違う国だ。それがいやならドロワーズしかないぞ。』

『ドロワーズ?』

 俺はアリスのすそを軽く持ち上げて見せた。

 アリスティアは、あわててスカートのすそを抑える。

「お屋形さま!」

 怒るな怒るな。

『うげ、どこのゴスロリだ!』

『これが普通な国なんだよ。文句言わずにはけ、そうでなきゃノーパンだぞ。』

 古いタイプのドロワースは、オマタの部分が大きく割れて交差していてリボンで引っ張るんだ。

 だから、締め方が悪いとだいじな部分がコニチワー!

『うく、それは困る。』

『だろう、だまって穿け。あとで、自分で作るなりしろ。』

『えらそうねー。』

『えらいもん、おれ男爵さまで、お金持ちで、お前の出資者。』

『う…』

『奴隷契約書があるから、お前は俺に逆らえない。』

『げ、なにされるの!』

 恵理子は、自分の体を抱くようにして下がった。

『さしあたり、皿洗いくらいしか使い道はなさそうだな、よく働け。』

『うわ~!なにそれ!』

 皿洗いはつらい仕事だよ。

 温水器なんかないし。


 俺たちは、恵理子を連れて教会を目指した。

「なんだか、見たこともない街ね。」

「そりゃそうだ、ここはアフロディーテ大陸のイシュタール王国、この王都はどっちかって言うと、パリに似ている。」

「へえ!そう言われれば、なんかいい感じ。」

「そこの中州の教会に用があるんだ。」

「ほわ~、ノートルダム!」

 俺は苦笑した、たしかにここの作りはノートルダム大聖堂にそっくりだ。そして、その前の広場にはやっぱりヘソが埋めてある。

「これは?」

「これは、イシュタールのヘソだ、ここから距離を測るそうだ。イシュタールから何キロってやつ。」

「ほえ~、すごいなー。」

 右の入り口から聖堂に入ると、明るい光がステンドグラスを通して、色とりどりに乱舞している。

「そこに座れ。」

 恵理子は、素直に一番前のベンチに座った。

 俺は、祭壇の前に立つと、静かに手を合わせた。

「使徒ジェシカ、降臨!」

 俺が、呼び出しスイッチを押すと、祭壇のオシリス心神像の前に光が収束する。


『カズマ、久しぶりですね。』

『ジェシカもお変わりなく、あいかわらずお美しい。』

『あら、お口がお上手、さて、どうしたのですか?』

『ああ、あいつ間島恵理子は、どうしてここに?』

『バグです。』

『おう、簡単に言うな。その巨乳揉むぞ。』

『ひ!』

 ジェシカは、両手で胸を隠した。

『バグとは?』

『彼女に関しては、私たちはなにもしていません、とにかく次元の歪みにすっぽり落ちたようです。』


 ジェシカは、あまり感情のこもっていない目で恵理子を見た。


『ですから、私たちの手を通っていません、加護も、スキルもなにも付与されていない、ただの人間です。』

『それはこまるだろう、現に彼女は死にかけていたんだぞ。』

『そう言われましても、そのことに関しては、私どもの関知するところではありません、また、運命にも影響していません。』

『つめてぇな、オシリスにケツもむぞって伝えてくれ。』

『…承知しました。用件はそれだけですか?』

『俺のポイントによる、スキルの譲渡は、あいつにも可能か?』

『初歩程度なら、魔力については不明です。』

『使徒のくせに冷てェな。』


『仕方ありません、彼女はイレギュラーでノーカンです。』

 とことん冷たい奴だな、俺のときとは大違いだ。

 それだけ、書類のシュレッダー事件はおおごとだったんだろうけどな。

 女神のスカタンだし。

「わかった、こっちで善処する。」

『おねがいします、では、ごきげんよう。』

 ジェシカは、唐突に上昇して消えた。

 むっちゃ無責任なこと言ってやがったが…


『ほえ~!いまのなに?』

「神様だ、お前の立ち位置はわかった、お前は村人Aだ。ロープレで言うNPCってやつだ。」

「ちょ!それじゃなに?ここはモケケ村ですとか言う人?」

「そうだ、だから俺の屋敷で働け。」

「働けと言われても…」

「ここでは、お前を守ってくれる両親はいない、お前が頼りにできるのは俺と、そこのアリスぐらいのものだ。」

 途端に恵理子は眼の奥に暗いものを宿した。

 仕方がない、両親がいないのは事実だ。

「うげ~、なんかやだなあ。」

「働かざる者食うべからず、いやなら、ここで捨てていく。」

 教会の冷たい木の椅子が、やけに固く感じる。

「ちょちょちょっとまって、おにさん!」

 恵理子は立ち上がって、俺の前に立った。

 おい、それはもう古いんじゃないか?

「それと、ここの言葉が話せた方がいい、と言うことで強制的に、お前には言語解析スキルを付与する。」

「言語解析?」


 しゃきーん

 って音がするかどうかはわからんが、ポイントによるスキル付与を勝手に行い、恵理子は言語スキル一を覚えた。

「ああ、わかるわー、なにこれ?なんでこんなことができるの?」

「俺が神の使徒で、スキル付与の能力を持っているからだ。」

「わかったようなわからんような。」

「正徳学園では、そんなレベルか?」

「ちょっと、聞き捨てならないわね。」

「じゃあ、理解しろ。」

「うわ~!上から目線!」

「楽しそうですね、お屋形さま。」

「楽しい、日本語の通じる相手だから、遠慮しなくていい。」

「遠慮?わたくしにも?」

「お前はべつ。」

 見ると、恵理子が砂糖でも吐きそうな顔をしている。


「アリスティアは、聖女で俺の嫁の一人だ。」

「ヨメ?…の   ひ・と・り?」

 アリスがうなずく。

「もう一人は、いま妊娠中でございます。」

「だ~、兄さん、どないやねん?」

「ええやん、ここでは普通だす。」

「そやかて兄さん、十七ちゃいますのん?」

「そこはそれ、ここはこれ。」

「うわ~、ごまかした!すりかえ感満載!」

「とにかく、俺のうちで働くのか働かないのか!いま決めろ。」

「働きます!」

「よし、ついてこい。」


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