第四十三話 元老院
賢人機関とか御老人たちとか呼ばれる、うっとおしい寄合。
どこも老害ってやつははてしなくウザい。
それは、ここイシュタール王国であっても例外ではない。
「元老院の御老人たちが、なにやら寄合してるらしいぞ。」
シモン=ジョルジュ将軍の情報なら信頼性は高い。
しかしながら、元老院がなにを相談しても、崩壊したレジオの何をどうするというのか、俺にははなはだ疑問だね。
「基本的には、カズマの存在事態じゃないかな。」
「俺は何もしてないぜ。」
「十分してるよ。誰も知らないうちにレジオを解放した。」
「そりゃあ成り行きだ。最初は偵察だけのつもりだったんだよ。」
「そうかもしれないけどね、今さらだよ。」
「…そうか。」
「ま、領地付きの男爵なんて、面倒なもんだけどさ。」
「なるようにしかならんよ。」
「そこでだ、元老院の会議室の場所だが…」
シモン=ジョルジュは、こっそりと教えてくれた。
気配を隠してコソコソするのは得意だぜ。
「なんだよ、インジビジブルでも使えるのか?」
「そんな舌かみそうな技は使えないが、気配を薄くして潜むのは得意だ。」
「へえ、特殊部隊に入れるぞ。」
「やなこった。」
「冗談はさておき、国教会のじいさまが『使徒』と言う言葉に過剰反応している。」
「そうか。」
「そうかって…」
「文句があるなら、真っ向から言えばいい。俺は聞くぞ。」
「そう思ってくれるような、奇特なお方はおるまいよ。」
「バカばっかだな、ジジイは考えすぎていかんよ。」
「そうかもしれん。」
「危篤にしてやらねばわからんかな。」
「洒落てる場合じゃないぞ。」
「なんだよ、ジジイどもは暗殺でも企んでいるのか?」
「端的に言ってそうだ。」
「げげ、やな感じだな。」
「元老院では、穏健派半分過激派半分だそうだ。」
「ふうん、それは?穏健派が教えてくれたのか?」
「まあな。」
「ふむ…今でさえ、レジオはスパイ天国なのに、暗殺者までは面倒見きれんな。」
「スパイ?」
「各領地から、間者が大挙して押しかけてきている。」
「ふうん」
シモン=ジョルジュは林檎酒を口に運んだ。
「おお、そう言えば、お前たちに土産があったんだ。」
「土産?」
「こんど作った杯なんだけど、夫婦で使えるようにペアで作った。」
俺は、薩摩切子モドキのガラスの杯を取りだした。
赤と青、正確にはえんじ色の濃いやつと、藍色の深いやつ。
もちろん上から下に向けてグラデーションが入っている。
下はほとんど透明だ。
「な、なんだこれは!」
シモン=ジョルジュは、薄いブルーの目をかっと開いた。
「え?ガラスの杯だけど。」
「おまえ、こんな国宝級のシロモノを酒場の隅で出すなよ。」
「いいじゃん、すぐにしまえばわからん。」
「恐ろしいやつだな。」
シモンはすぐにハンカチで包んで懐に入れた。
「マルメ、お前もはやくしまえ。」
「うむ…」
マリーアンの出したハンカチで、丁寧にグラスを包んで懐に入れた。
「しかし、とんでもないものを作ったな、カズマ。」
「なんだよ、王宮にだってガラスの窓はあるじゃないか。」
「板硝子は、特殊な魔法使いが集まって作る贅沢なものだよ。」
「へえ、そうなんだ。」
「そうなんだって…」
「こんなもの、土の中にいくらでもある材料だぜ。」
「はあ…土魔法が得意とは聞いていたが、桁違いだな。」
知らなかったな、そこまでガラスが高価なものだとは。
「まあ、うちでこっそり使ってくれ。」
「カーミラが喜ぶよ。」
「そうだといいな。」
真昼間のビストロで、俺たちは親交を温めた。
「暗殺者はいただけないなあ。」
「殿…」
シモン=ジョルジュたちと別れて、レジオへの帰り道を急ぐ。
と言っても、ロバの馬車はのんびりとしか進まないが。
その横を、商人の馬車が軽快に駆け抜けて行く。
王都の商業は盛んなようで、何台もの馬車が地方へと急いで行くのだ。
俺の馬車を追い抜いて行った馬車が、前方でガタリと揺れた。
がしゃん!
派手な音がして、商人の馬車は大きくかしぐ。
「あ~あ。」
馬車の車輪は、鬼キャンかましたDQNプリ薄のようにハの時に開いていた。
馬車から下りた御者が頭を抱える。
「うわ~、車軸が折れてる!」
本当だな、べっきり折れてる。
「出発前に点検しなかったのか?」
「まだ行けると思ったんだよ~。」
おもたんですか~、そうですか。
「まだ王都から半日だ、だれか読んでくればよかろう。」
「いやしかし、商品も載っているし、困ったな。」
俺は、馬車を降りて商人に近寄る。
「あ~、これはいかんなあ、車軸がべっきりいってるじゃないか。」
「ですねえ…」
御者をしていたのは、若い商人だった。
「ふむ、なおし賃いくら出す?」
「へ?」
「なおしてやろうか。」
「だ、ダンナ、ご冗談言っちゃいけませんや。」
「冗談ではないぞ、このくらいなら治せる。」
「本当ですかい?手持ちは銀貨五枚ですが。」
「じゃあ、銀貨二枚で治してやろう。」
「本当ですかい!」
「ああ、そこにどいてろ。」
俺は、土魔法で馬車の四隅を持ち上げる。
いわゆる土ボコの応用だ。
「すげえ…」
革袋から鉄の塊を出して、鉄筋を作りだす。
車軸の真ん中に穴を開けて、その鉄の棒を押し込むのだ。
「魔法ってのは、こう言うときに使うものだ。」
「へえ…」
裂けてささくれた木製の車軸は、精錬して復元する。
これも、土魔法の一種だ。
鉄筋で補強された車軸は、ジャッキを外しても、しゃっきりと立っている。
「これでどうだ?」
「だ、ダンナ!ありがとうございます!こんな魔法の使いかた、見たことねえ!」
「これで行商が続けられるな。」
「だ、ダンナ!これを。」
商人は、銀貨を五枚出してきた。
「なんだよ、それは宿屋に泊る分じゃねえのか?」
「あっしは野宿してもかまいません、旦那にはぜひお持ちいただきたいんで。」
「よせやい、銀貨は二枚でいいって言ったろう。」
おれは、商人の手のひらから二枚だけ取って手を握らせた。
「そいつは、とっとけ。」
「さぞや高名な魔法使いとお見受けします、ダンナのお名前を伺ってもよろしいですか?」
「たいしたもんじゃねえよ。」
「いえ、あっしゃ行商人のベルクってもんです。」
「カズマ=レジオだ。」
「へい!…ってえ、レジオ男爵さま!」
「声がでけえよ。」
「へい。」
「タダで治してもらっちゃあ、商人の沽券にかかわるだろう、だから銀貨はもらった。」
「かっちけねえ!あっしもレジオに行商に向かうところなんで。」
「ほう、そりゃあありがたいな。うまく商ってくれ。」
「がってんでさあ。」
「商人どの、お手をおかしくださいな。」
「へ?」
横合いからアリスティアが声をかけた。
「先ほどのショックで、お手に傷をなさったようです。」
見るとベルクの手には擦り傷ができていた。」
アリスティアは、ベルクの手に指先をかざすと光を出した。
「はい、これでよろしいですわ。」
「こ、こりゃあ…」
ベルクは真っ赤になって頭を下げる。
「レジオの聖女さまに治療していただけるなんざ、一生の自慢になりまさぁ!」
「このやろう、俺とは態度が違うじゃねえか!」
「へへへ」
その後、ベルクはなんだかんだとロバの馬車にくっついてきやがる。
俺はていの好い用心棒じゃねえぞ。
こちらは王城の一室、最上階の角部屋は陽の光もよく差し込んで、明るい部屋である。
公・候・伯・子・男・騎士爵などという並びがあるが、その中でも上級貴族の御老人が八名ほど集まっている。
どの顔も、深いしわが刻まれた、自信に満ちた表情である。
議長役は白髪の頭頂部が淋しくなった御老人で、グレーのローブ姿である。
グレーと言っても、汚らしい印象はない。
高級なスパーダーシルクを贅沢にあしらった、なかなかの逸品。
手を動かすたびに、かすかに衣ずれの気持ちのいい音が聞こえる。
「さて、国王の気まぐれで、あたらしいレジオ男爵が据えられましたが…」
「レジオは交通の要衝でもあるし、北への交易路に当たる。」
「さよう、ぽっと出の男爵に務まりますかな?」
「人口が三分の一に減っておりますからなあ。」
「そうそう、聞きましたか?サイレーンの大量捕獲の話し。」
「おお、それよ、なんでも一〇〇匹以上を池に流し込んだとか。」
「ひと月ほど後に、大規模な競り市を行うとか。」
「なかなかやり手ではないか。」
「どこのだれかはわからないそうだが。」
「忘れ病の風来坊か…」
「王国の役に立つならば、それでもいいではありませんか。」
「王国の利益、すなわち我々の利益と言うことだ。」
「間者の話では、サイレーンの生簀には一〇〇匹あまりの魚影が見えるとか。」
「なんとのう、どれほどの利益があがるものか…」
「四六時中兵士が見回りをしているようです。」
「ま、あれだけの大きな魚だ、盗みもできまいがな。」
「左様、なんでも高さ十五メートルの壁に囲まれているようですな。」
「それは…」
「しかも、四隅に物見の塔が立っていて、そこでも監視しているとか。」
「用心深いことだ。」
「レジオ男爵の知恵は、それだけではないようです。」
「ふむ…」
「城壁の周りに、シシガキを張り巡らせ、寡婦と孤児による畑の改良を行っていると。」
「なんとのう。」
「小麦の増量はまちがいないとか。」
「けっこうなことでおじゃるの。」
「これはこれはマゼラン伯爵どの。」
「元老院のみなさまには御機嫌麗しく。」
「今日は何の御用でござるかな?」
「なに、元老院の皆様にご報告でおじゃりますよ。」
「ほほう、なんと?」
「レジオ男爵は、サイレーンの卵を競り市にかけるおつもりでおじゃる。」
「ほ、ほんとうでおじゃるか!」
「さよう、都合三匹を〆て、俎上に乗せるそうでおじゃる。」
「そ、それは…」
「皆様方、悪だくみも結構でおじゃるが、そんなことをしている暇にサイレーンの卵がなくなってしまうでおじゃる。」
「こ、これはこうしてはおれんでおじゃる!」
元老院のじいさまがたは、勢いをつけて立ち上がると、そそくさと部屋を出て行った。
「おや、王弟どのも御出席でしたかの?オルレアン殿は、御準備なさりませぬか?」
「マゼラン、どういうつもりだ。」
「なに、カズマに借りを返しただけでおじゃる。」
「借り…とな。」
「ほほほほほ、借りを返すには早い方が利子も少ないと言うものでおじゃる。」
「さもあろうな。」
「マゼラン・レジオは、王都の東の要、おろそかにはなさいませんよう。」
「喰えない奴だ。」
「ほほほ」
マゼランは扇を揺らしながら部屋を出て行った。
「ち!あいつめどこまでつかんでいることやら…」
王弟マゼラン公爵は、王都の南西に広大な領地をもつ。
石高にして九十七万石。
王家に次ぐ権力を有し、莫大な財産を持ち、権力を発揮している。
次に広いのが、王の従弟バロア侯爵。
約八十七万石を有する。
王都をぐるりと取り巻くように北東に領地を持っている。
恐妻家バロア侯爵は、オルレアンを兄と慕い、悪さを共同で行ってきた。
もちろん、蓄積した財産は天文学的数字である。
共に、王城に負けない広大な城館をもち、その権勢を誇っている。




