閑話 エリブルのつぶやき
ちょっとお茶のお供のようなおはなし
わたしの街には聖女様がいらっしゃいます。
敬語ってむずかしいけど、聖女様のことを話すときは敬語でなければいけないと、神父様やシスターが言います。
ええっと、おっしゃいます。
私はエリブル、ここの教会の孤児院にいます。
十二歳です。
先の『魔物の暴走』で両親を亡くした私は、この孤児院に連れてこられました。
優しい顔をした『お屋形さま』が、街角でおなかをすかせていた私を見つけてくださったのです。
私は、おなかがすいて動けないので、橋の欄干によっかかって座っていました。
「どうした?どこか悪いのか?」
優しい声が聞こえてきました。
「お屋形さま、きっとおなかが空いているのです。」
お屋形さまは、美しい聖女様をお二人伴っていらっしゃいました。
「主さま、子供たちにお食事を。」
「そうだな、たしか大鍋が…」
石畳の川沿いの道を歩いていらっしゃいました。
橋のそばには、何人もおなかをすかせた人たちが途方に暮れていたのです。
なぜかといえば、魔物たちに家も壊され、食べ物も食べてしまったか、踏み荒らしてしまい、何もないのです。
「みんな教会の前においで。」
お屋形さまは、そうおっしゃって橋のそばから大きな教会の前に移動されました。
教会の前に大きなカマドを作って、そこに一メートルを越える大鍋を乗せて、大量の魔物を魔法の袋から出しました。
「ティリス、教会のシスターたちにお手伝いを頼んでくれ。」
「かしこまりました、お屋形さま。」
聖女さまはそう言って、教会の中に入りました。
お屋形さまは、教会の前にテーブルを出して
「うむ、一人でこれをさばくのは無理がある。」
「主さま、わたくしもお手伝いしますわ。」
「すまんなアリスティア、頼む。」
テーブルでは魔物の肉が切り分けられ、大きなお鍋でぐらぐらと煮込まれていきます。
なるほど、強力な火力で煮込んでしまえば、お肉が固かろうがなんだろうが筋まで柔らかくなるんです。
そこに、小麦の粒をたくさん入れて、お肉入りの麦粥が完成します。
すごい早技です。
明日の希望もないそんな人たちを、オシリス女神さまの教会に集めて、大きな鍋で食べ物を作ってくださいました。
普段なら見向きもしないゴブリンでも、こうして味を調えて料理すればおいしくなるのだと知りました。
世の中には知らないことばかりです。
教会や橋のまわりには、たくさんの孤児がいます。
私たちは、おなかのふくれた者から、そういう孤児たちを集めてきました。
みんな、親もなく今日食べるものもない孤児たちです。
そんな孤児たちを、あたたかい食べ物で迎えてくださるお屋形さま。
みんな神様のお使いと手を合わせました。
わたしは、何も知りません。
そうして、 筋張ったお肉でも、強力な火魔法で加熱すれば、柔らかく食べられるのだと知りました。
いえ、聖女アリスティアさまが教えてくださいました。
「エリブル、この世には捨てていいような命はありませんよ。」
美しい金色の髪をベールに包んで、聖女さまはお笑いになります。
「私たちは、ひとしく生き物の命をいただいているのです。ですから、心を込めて『いただきます』と唱えてから食べるのですよ。」
ああ、そういうことだったのかと、改めてわかりました。
父や母が、食卓に着いて両手を合わせて言う『いただきます』にはそう言う意味があったのかと。
私はモノを知らないのか、深く考えないのか、そういうことに頭がいかないです。
領主である『お屋形さま』は、まだまだ年若く十七歳だそうです。
成人はすませていらっしゃいますが、少しやせてひょろりとした体です。
それなのに、凶暴なオークやトロールをメイスの一撃で倒す剛の者。
刀を持っては、一瞬でオークの首が飛びます。
魔法も強力で、エアハンマーでオークも吹っ飛びます。
『魔物一万匹』と言われる暴走した魔物たちを、たったおひとりで倒してのけた、奇跡のような英雄です。
そして、そのことを認められて、男爵様としてここレジオの街にいらっしゃいました。
でも、ふだんのお屋形さまは、おやさしい、よく笑うお方です。
誰も知らないようなお歌も教えてくださいます。
道具がなくても遊べるような、さまざまな遊びも教えてくださいます。
「子供は遊んで学べ」
お屋形さまは、口うるさいほかの大人とはまるで違います。
お屋形さまの周りには、色とりどりの精霊が集まって楽しそうに踊っています。
「え?あれが見えないの?」
見えない人が多いようです。
私は、種類は多くはありませんが、かんたんな生活魔法が使えるのです。
火をつけようとすると、火の赤い精霊が手助けしてくれます。
水をきれいにしようと思うと、青い水の精霊が手助けしてくれます。
「それは、とっても貴重なことですよ。」
聖女アリスティアさまは、そう言って私の頭をなぜてくださいました。
「精霊に愛される子は、より高度な魔法使いになれます。ぜひ教会で学んでくださいね。」
そうなんですね。
勉強します。
お屋形さまの周りには、無数の精霊が集まってきます。
魔力だけでなく、その生命力に反応するのだそうです。
「精霊の好きな力?」
いいえ、『精霊の好む波動』だそうです。
それがお屋形さまからはにじみ出ているのだとか。
なかなかすごいお方です。
それが証拠に、お屋形さまの土魔法はとんでもなく強く大きく、サイレーンの池を瞬く間に掘ってしまいました。
私は土ボコができるくらい。
でもお屋形さまは『それはすばらしい魔法だ!』とおっしゃいます。
なんなんでしょうね?
サイレーンは三メートルもある大きな魚で、船の底に穴をあけて沈めてしまいます。
とっても危険な魚なのです。
でも、そのお肉や卵は貴重で、特に卵の塩漬けは王様もなかなか食べられないと言われています。
一辺が百メートルもある四角い池を掘ったのです。
その土は、池の周りに壁のように積み上げられて、城砦のようになりました。
四方には物見の塔まで立っています。
それが、硬化の魔法で石のように固くなり、サイレーンは二度と川には戻れませんでした。
魔物に両親を殺されたのは私だけではありません、でもそうは言っても二人がいないことはさみしいです。
妹もいっしょに逝ってしまいました、この世にはわたしの家族と呼べるものはいなくなってしまいました。
「あなたはこれから大きくなって、新しい家族を作るのよ。」
聖女ティリスさまは、そう言って、私を抱きしめてくださいました。
「これから好い人と巡り合って、結婚して、家庭を作るのよ。」
そうおっしゃって、にこにこと笑います。
いつも教会にきて、みんなと過ごしてくださいます。
おなかには、お屋形さまのお子がいらっしゃるそうです。
「病気じゃないんだから平気よ。」
朗らかに笑って、スープの鍋をかき回す聖女さま。
両親がいなくても、その笑顔で元気をいただきます。
ああ、ここにもいただきますがあります。
「教会の横に空き地があるな、ここに孤児院を建てよう。」
お屋形さまは、そう言って魔力を練ります。
それに惹かれて、精霊も集まってきます。
精霊の光でお屋形さまが見えないほどまぶしくなりました。
「いけ…」
お屋形さまが、静かにそう言うと地面が少し揺れて、土が集まってきました。
一気に壁がせりあがり、大きな四角い家ができあがります。
「お屋根がないよ。」
誰かが聞きました。
「あれは、屋根だけを木で組んでもらうんだ。そのほうがきれいだからな。」
「へえ~、そうなんだ。」
あたしもそう思いました、そんなことするんだ。
いま、全部できちゃうと思ったもの。
でも、あたしたちの家はそれからすぐにできあがりました。
お忙しいお屋形さまですが、お仕事の合間に孤児院に来てくださいます。
そうして、異国の歌を異国の言葉で歌ってくださいます。
「俺も、故郷をなくしたのだから、お前たちといっしょさ。」
とてもおさみしい目をして、私におっしゃいました。
イシュタールの言葉になおして、異国の歌を教えてくださいました。
とてもせつない、夕焼けの歌でした。
おひげのゴルテス男爵さまと、その兵隊さんが作ってくださった畑の囲いのおかげで、ウサギやゴブリンに襲われることがなくなりました。
安全になった畑で、みんなで野菜を作っています。
お屋形さまは、いろいろなことを知っていて、草と牛のふんを混ぜて肥料というものをこしらえました。
ティリスさまがバッファローを集めてくださいます。
聖女さまってすごいですね、そんなこともできるんです。
それを畑の土と混ぜて、良い土にするそうです。
良い土ってなに?
混ぜあがった土は、それまでの黄色い土でなく、少し黒っぽい土になりました。
お屋形さまは土ボコ魔法でひっくり返されて、畑の土は黒くほこほこになります。
それを、孤児と寡婦で畝にします。
お屋形さまは、たくさんの鍬を作りました。
町の鍛冶屋は大忙し。
その鍬で、土を盛っていくのです。
大変な仕事です。
昼間は、そんなことばかりしているので、さみしいとか悲しいとか思っている暇はありませんでした。
ご飯を食べて、お風呂に入って寝るだけです。
疲れてしまって、そんなころには本当に眠いです。
「エブリル寝ないの?」
「ああ、ハンナ寝るわよ。ちょっと星を見てたの。」
「今日も疲れたね~。」
「まあね、でもお屋形さまに野菜を食べていただくんだ。」
「あらま、エブリルはお屋形さまが好きね~。」
「いいじゃん、お屋形さまに助けていただいた命だもん、お屋形さまや聖女さまに返すのよ。」
「は~、あんたは難しいこと考えるねえ。」
「聖女さまに言われた、精霊はまじめな魂が好きなんだって。」
「ええ?」
「精霊に嫌われるのは、邪まな魂だって。」
「ヨコシマ?」
「意地悪考えたり、人の物盗んだり、人の幸せをねたんだりする心。」
「わあ、そりゃたいへんだ。」
「なんで?」
「この前あたい、マリーのおいも取っちゃった。」
「あらあら、そりゃだめね、ちゃんと謝った?」
「ううん。」
「じゃあ、明日謝ろう。あたしも一緒に謝ってあげる。」
「ありがとエブリル。」
「さ、寝よう。」
「うん。」
教会の孤児院では週に三回、読み書き計算の授業があります。
ばかじゃ世の中は渡って行けないらしいです。
「おつりごまかされたらどうすんの?」
あ!そりゃ腹立つわ!
「自分で計算できなきゃ、おつりごまかされても文句言えないわよ。」
チコお姉ちゃんは、頭がいいです。
そういうわかりやすいことで、説明してくれます。
冒険者のマレーネお姉ちゃんは、読み書きを教えてくれます。
「お医者さん、お薬屋さんがすぐにわからなきゃ、怪我したときどこに行けばいいかわからないわよ。」
ごもっともです。
たまにエディットちゃんとか、いっしょに勉強しています。
ジャックのおじさんも、計算は苦手なんだって。
お屋形さまのまわりには、いろいろな人がやってきて、難しいことが書いてある紙を積んで行きます。
特にウォルフさんは、お屋形さまを頭から怒って行きます。
すごいなあ、なんであんなことできるんだろう?
お屋形さまって強いんだよ。
冒険者のみんながかなわない。
マルソーのおじちゃんも、ジャックのおじちゃんも。
ミシェルお兄ちゃんは、かっこよくてイケメンなんだけど、やっぱり計算は苦手。
マレーネお姉ちゃんに叱られてる。
たまにラルお兄ちゃんにバカにされる。
ラルおにいちゃんは、頭がいい。
読み書きも計算も、すぐに覚えてしまう。
なんでも、お屋形さまの一番弟子は自分だと言ってるらしいです。
ラルお兄ちゃんは、お屋形さまと一緒にブルードラゴンに会ったんだって。
そうだよ、ブルードラゴンだよ。
レジオの暴走は、そのブルードラゴンが遺跡に住みついたからだって。
実は、ブルードラゴンは、虫歯が痛くて遺跡に降りただけなんだって。
いいかげんにしろよ!
あたしたちがどんだけ迷惑をこうむったか!
あれだけの悲劇が、たかが虫歯が原因で起こったなんて、誰が信じるのよ!
でも、恐くて言えないよね。
ラルお兄ちゃんに聞いた、頭だけで二階建て一軒家くらいあるんだよ。
お屋形さまってすごいよね!
そんなブルードラゴンをメイスでガンガンぶったたいたんだよ。
すごいと言うか、とんでもないよね。
勇気とかそんなものじゃなくて、なんと言うかなあ…
お屋形さまは、追い払おうと思って必死だったって言うけど。
虫歯のブレスは、本調子じゃなくてあんまり協力じゃなかったんだって。
そりゃまあ、虫歯が痛い時は魔法だってうまくは使えない。
だから、なんとかよけて攻撃したんだけど、やっぱメイスでは通用しない。
そこでティリスさまの魔法が出たのよ。
え?
攻撃魔法?
ちがうちがう、言語魔法。
異種族言語を理解する魔法。
なんだか良くわからないけど、ドラゴンの言葉がわかる魔法なんだって。
ティリスさまってすごい!
ドラゴンの言葉がわかるんだよ。
だから、虫歯のこともわかったんだって、すごいね。
この前から、お屋形さまがやってきて訳のわからないことを話してた。
「いいか、これからはお前たちが生きる上で大事なことを言うから、よく憶えるように。」
生きる?
「最初は、言葉を真似するだけでいい。」
「は~い。」
「学びて時にこれを習う、亦説ばしからずや。
朋あり遠方より来たる、亦楽しからずや。
人知らずして慍みず、亦君子ならずや。」
わからん!
なに言ってるのこの人!
「いいか、学んだあと反復して勉強すれば、理解が深まってうれしい。」
ふむふむ
「なにかを学んでいると、同じことを学んでいる友人ができて楽しい。」
ほほう
「自分が学んでいることを、他の人がわかってくれなくても怒るようなことではない、他人は他人、自分は自分。」
なるほど。
「いやいややっても身につかん、仲間で楽しく勉強すると身につく、自分から学ぼうと思わないと身につかんと言う教えだ。」
なんだかよくわからないけど、言ってることは勉強ってたのしいってこと?
(カズマは、イシュタール王国に論語を持ち込むようですね。)
お屋形さまはこれを黒板に書いてくれたので、みんなで書き写しました。
次の授業では、これをソラで言えるようにだって。
古い言葉ばっかりでよくわからないけど、こんなのすぐ覚えるよ。
昼食の後は、みんなで外に出ます。
当番決めて、畑のお世話。
草を引っ張って、崩れた土を掻きあげて、畝を守ります。
「えっと、学びて時にこれを習う~亦説ばしからずや~。」
「すごい、エブリル、もう覚えたの?」
「最初だけ。カリーナはどう?」
「ちんぷんかんぷんだよ。」
「だって、お屋形さまも最初は言葉だけ覚えろって言ったじゃない。」
「そりゃそうだけどさ~。」
「ポーラはどうしたの?」
「ああ、もう教会に行ってるよ。」
「聖女さま?」
「そうよ、ポーラはアリスティアさま好きだからね~。」
「よく治癒の訓練なんかするよね~。」
あたしは、治癒魔法苦手なんだ、あんまうまくできないし。
「あんたのといっしょだよ、好きだから。」
ポーラは話しながらも、草取りの手は休みません。
「そうかな?」
「あんたは、お屋形さまが好きだから~かな?」
ちょっと、なにその恥ずかしい表現は!
「そうだねえ、お兄さんと言うかお父さんと言うか。」
「あはは!お屋形さま十七だよ!お父さんはかわいそうでしょ!」
ポーラは、持った草を振り回しながら大笑い。
「確かに。」
畑は雑草の緑が減って、綺麗な一直線の葉っぱの流れになったのよ。
「だって、お屋形さまは『国の基本は農業だ』って言うよ。」
「そうねえ、菜っ葉がなんで国の基本かはわからんわ。」
「まったくだ。」
あたしたちは、綺麗になった畑に立って、横から出たホウレンソウの芽を間引いてざるに入れました。




