第四十一話 王様のナイショ
さて昼食だ。
「マリウスのおじさま、バッファローのお肉があったので焼いてみました。」
アリスが、呑気に言うと、マリウスは喜んで座った。
「聖女殿のお料理と言うだけで、極上の味わいですわ。」
人の良さそうな笑顔を浮かべる前田吟。
「そんなに変わった味付けができるわけではありませんわ。」
「なによりの調味料は、聖女殿の腕ですな。」
「アリス、マリウス殿はお世辞が言いたいらしい、黙って聞いておきなさいよ。」
「男爵どの~、なにをおっしゃる~。」
俺は笑って皿を出した。
アリスはだまって、焼いた牛肉をトングではさんで乗せる。
それを、マリウスの前にぐっと押し付けた。
「かたじけない。」
それでも、マリウスはうれしそうに皿を受け取って、フォークを刺している。
「マリウス=ロフノール、王都は俺に何を望んでいるんだ?」
俺もテーブルの上に自分の皿を置く。
傍らにはワインのグラス。
と言っても旅の上は、銅のカップだが。
「今は、レジオの復興に少しでも時間の欲しいときなのに、わざわざ王都まで来いとは。」
「さてもそこでござる、国王陛下は男爵と内密な話がしたいと仰せでござる。」
「ないみつとは、剣呑だな。」
「まあ、そこはシャレでござるよ。この平和な王国になんの危険がござろうか。」
「平和だからこそ、俺みたいな武闘派はけむったいんだろう。」
「それは考え方次第ですな、『平時にあって乱を忘れず』、武人の基本でござるよ。」
「この国は、平和に見えて『乱』だらけだな。」
「はっはっは!魔物のことでござるか?宮廷の魔物は、だいぶんその姿を消してござる。」
人の好い顔に、若干毒を乗せてマリウス=ロフノールはにやりと笑う。
「前レジオ男爵の処罰は苛烈でしたからの、次は自分ではないかと、脛にキズもつ者は戦々恐々でござるよ。」
ぐびりとひと口。
「あんたみたいな正直者は、かえって肩身の狭い場所だったんじゃないか?」
「清廉であることと、政治的に弱者であることは、イコールではござらんよ。」
マリウスは、またもにやりと笑って見せた。
このおっさん、かなりツクリがうまいのか?
真面目そうな顔をしているが、油断はできんかも。
「なるほど。ここにその実証があるということか。」
「男爵殿もお人が悪うござるな、ワシは清廉であることに誇りを持って生きてきたのでござるよ。」
「?」
「それを売り物にして、のし上がった訳ではござらん。あるがまま、受け入れてきただけでござるよ。」
「さすが、武人の魂、おみそれいたしました。」
俺は、素直に頭を下げた、考えすぎは無礼だと感じたのだ。
「わはは!レジオ男爵は気持ちのいい男でござる。」
「マリウスのおじさま、お茶をどうぞ。」
タイミング良くアリスがお茶を勧めた。
「や、これはかたじけない。」
「なんですか、うちの男爵さまは、この国になじめずに苦労なさっておいででしたのよ。忘れ病もあって、苦しんでおいででした。」
「左様でござるか、それは…」
変にまじめな顔になる前田吟。
「いまは、オシリスさまの加護を受け、私たち聖女に補佐を受けて安定されておいでです。」
「なるほど。」
「ですから政治的な争いなどと言うものは、できれば避けて通りたいところでございます。」
アリスティアは、その長いまつげを伏せてロフノールに告げる。
「どうか、マリウスさまのご支援をいただけましたらありがたく存じますわ。」
「それはもちろんでござる。ワシは、レジオ男爵に、友情を持って当たる所存でござる。」
俺は、思わずマリウスの手をつかんでいた。
「かたじけない!マリウス=ロフノール!」
感激だ、こいつは文句なしの武人で、清廉潔白な人物だ!
しばらく馬を休ませて、街道を進みソンヌ川にかかる石の橋を渡る。
この橋は、かつての勇者が、その強大な魔術で作り上げたと言ういわくつきのものだ。
何百年もここに立つのに、まるで昨日できたような美しさを保っている。
勇者の遺跡は、そこかしこに残っているが、どれも美しく機能的だ。
まるで、地球の現代建築を見るように。
たぶん、勇者はオシリスが連れてきた、地球人だったのだろうと推測している。
この石橋なんて、欄干がむっちゃ豪華なんだよ。
たとえて言うなら、アレクサンドル三世橋くらい豪華だ。
しかも、このへんのソンヌ川は、レーヌ川との合流のため水深が三〇メートル以上あるのに、橋げたはしっかり食いこんでいる。
いままでの水害でも崩れたりしていないそうだ。
なんということでしょう。
この橋を基準に、王都への街道は整備されているので、ソンヌ川を渡ると途端に道が良くなるんだ。
馬車のガタガタが、極端に減るのでその差がよくわかる。
馬車酔いのひどいティリスも、ここからはかなり改善されていたし。
アリスも、気分がよくなったし。
まあ、快適なのはありがたいさ。
水運が盛んになれば、そうしたことも減るんだろうが、ウチの船をもっと増やさなければ、水運で負けてしまう。
街道も、もっと整備しよう。
マゼランでは、街道整備が遅れているからな。
今のうちに一歩リードだ。
髭の殿さま、悔しがるぞ。
「レアンの町には夕刻前にはつきましょうな。」
「そうだな、さほど疲れてもいないが、宿でゆっくりできるな。」
レアンの町に着くと、本陣が開けられた。
ロバの馬車が、場違いな雰囲気を醸し出している。
「おいおいモルテン、俺のためにそんなもの開けるなよ。」
俺は、ちょっととまどっている。
「いまやあなたは男爵さまですよ、本陣は使って当たり前です。」
モルテンが出てきて言う。
「そういうもんかねえ?まあいい、じゃあ頼むよ。」
「はい、風呂もわいてございますよ。」
ツキノワグマの一件以来、モルテンは俺には下にも置かぬもてなしをする。
はっきり言って、引きそうだわ。
「レジオ男爵さま!あれから、一層精進しました!パンの出来を見てください!」
料理人のジャンが、台所から出てきた。
「ああ、どうだジャン、うまくいってるか?」
「レジオのパンは、大評判ですよ。連日完売で、王都からも買いに来ます。」
「そりゃあよかった、レシピを盗まれないようにたのむぜ、なにしろ独占企業だからな。」
「もちろんです!いやあ、この食堂も去年の倍の売り上げですよ。」
「そりゃけっこう。レジオのパンを、国王陛下が御所望だそうだ、ジャン、明日までにたくさん焼いてくれ。」
「王さまが?」
「ああ、俺が焼いてもいいが、お前のパンは俺以上だ、在庫に持って行くから一〇〇いや二〇〇は焼いてくれ。ロールパンは覚えたろう?」
「か、かしこまりました。今夜焼きます。」
「おう、たのまぁ。それと、いちばんいいレタスと、いちばんいいハムも頼む。」
そう言って、俺は食堂を通って部屋に入った。
「アリス、俺は風呂に行ってくる。」
「あ、お供しますわ。」
「いいのか?」
「もちろんですわ。お屋形さまのお世話は、私の一番のお仕事ですわ。」
おはようからおやすみまで?
「聖女様が一番の仕事じゃないのかよ。」
「お屋形さまのお世話が一番です!聖女は二番以降でございます。」
はいはい、そりゃどうも。
あいかわらず豪華な風呂場に入ると、頭から湯をかぶって旅の埃を落とす。
「ぷわ~!気持ちいい!」
風呂は命の洗濯です。
がしがしと髪の毛をかきむしると、もっときもちいい。
「せっけんせっけん~。」
「お屋形さま、頭洗いますね。」
「お?」
アリスが来たらしい。
「ああ。」
座ったまま、アリスに頭を洗ってもらう。
ティリスとは違う、かなり気を使った洗い方だな。
ときたま、先っちょが背中に当たる。
「うひょひょ、なんか気持ちイイなあ。」
アリスは赤くなっている。
「おバカですわ。」
「はい、流します~。」
桶からざばっと流される。
「お背中流しますねー。」
背中から順に洗ってくれると、なにやらくすぐったい。
さすがに前を洗うのはためらっていたが、えいっとやり始めた。
「よし、おかえしにアリスも洗ってやろう。」
「え?私はいいです、いいですって、ああん!」
懇切丁寧に洗ってやったら、あんあん言いながらぐったりしてしまった。
昨日の今日だからな、ゴメン。
抱き上げて、湯船に浮かべたらしばらくして目を覚ました。
「もう!あんなにされたらダメにきまってるでしょう。」
「わかったわかった。」
またやるけどな。
旅の埃を落として、軽い服に着替えた俺たちは、部屋に戻った。
アリスの髪を、風魔法で乾かしてやる。
「いつもすみません、でもこれ便利ですね。」
「ああ、アリスは生活魔法のほかになにができるんだ?」
「そうですね、治癒魔法と水魔法くらいです。神殿は、水魔法を中心に魔法を構築するんです。」
指をふりふり説明してくれた。
「ティリスさまも水魔法を使いますでしょう?」
「ああ、そう言えば。」
「私は、土魔法を少し使えるんです。」
「ふうん、風も覚えるといいな。」
「そうですね、着火の魔法は使えるので、火魔法も覚えてみたいです。」
「全種類コンプリートするじゃん。」
「なかなか難しいです。実用レベルになるには、魔力がないと。」
「練習すれば上がるんじゃないか?グローヒーリングもらったし。」
「でも、私の魔力では二回が限度で。」
「どれどれ?」
アリスのステータスを見ると、確かに魔力が三〇くらいで、グローヒーリングは負荷が十五になっている。
これはきついな。
「魔力消費を減少できないかな、それか、魔力増加の成長を上げるか…」
「そんなもの、どうやって選ぶんですか?」
「うん、俺は使徒だぜ、そのくらいジェシカを呼ばなくてもできるのさ。」
「ええ!」
しかし、経験値が低いので、上がり幅が少ない。
結果として、魔力消費軽減を付けたが、消費魔力が十三になったところだ。
「う~ん、こんど一緒に魔物退治に出かけよう。経験値が大幅に不足している。」
「そうですか…」
アリスは、がっくりと首をたれた。
「聖女に、経験値って言ってもなんだけどな。」
「でも、修業は大事ですよ、私も護身術でメイスは使いますから。」
「そうか、じゃあやっぱり行かなくちゃだな。」
「はい。」
王都周辺は警備の兵士も多いので、めったなことでは魔物や魔獣に合うことはない。
レアンの町は、周りに大きな森があるので、たまたまクマが出た程度のことだ。
「あれからクマなんか出ませんよ。」
「そうだろうな、ここはもう王都のエリア内だもんな。」
「そうですね、王都の向こうだって似たようなものですよ。」
俺たちが、居間でくつろいでいると、モルテンがやってきた。
アリスは、華やかな白地にピンクのバラ模様のワンピースを着ている。
「これは聖女様でしたか、普段のローブしか見たことがないので、おどろきました。」
「それは失礼を。せっかくお屋形さまといっしょですので、このような姿でいました。申し訳ありませんわ。」
「いえいえ、それはけっこうなお姿ですよ。しかし、男爵さまが王都へ向かうと言うのに、おつきが聖女様おひとりとは、質素にすぎませんか?」
「ぞろぞろつながって歩くほど、家臣の余裕があるわけじゃないよ。レジオは、いま人材が不足しているんだから。」
「なるほど、しかし男爵さま、そろそろロバの馬車は卒業されてはいかがでしょう?」
「あれだって、俺の最初の財産だよ。最初の相棒でもある。捨てられるものでもないじゃないか。」
モルテンは、なにか言いたげだ。
「なにか思うところがあるのか?」
「は・はい、実は村の者たちが、あれだけの偉業をなしとげた男爵様が、ロバに乗っての移動とは情けない、せめていい馬でも贈ってはどうかと言うのです。」
「はあん?気持ちだけもらっとくよ。」
俺は、興味がないので、それは断った。
変にものをもらうのも気が引ける、そう言うと、モルテンは気遣わしげに声をかける。
「いえ、男爵さま、レアンのものどもの気持ちも汲んでやってください。」
「どういうことだ?」
「あれほどお世話になったのです、なにかお返ししたいと思うのは当然です。」
モルテンは、強く切りだす。
「厩に繋いでおくだけでもけっこうですので、連れて行ってやってはいただけませんか。」
「そこまで言われて断るのも悪い、ありがたく受け取らせてもらうとしよう。」
遠慮のしすぎもイヤミってもんだしな。
「ついては、近々セイレーンの卵のセリを行う予定なんだ、レアンの町からも参加しないか?」
「セイレーンの卵ですって?」
「そうだよ、たくさん捕まえて池に移動させたのはウワサで聞いているだろう?」
「そりゃあまあ、ソンヌ川の中流域で大々的な追い込みを行ったそうですね。」
「ああ、川漁師二〇〇人に及ぶ大掛かりな追い込み漁を行って、大きな池にセイレーンを追い込んで捕まえた。」
「なるほど。」
「で、今回三匹ほどシメようと思ってるんだけど、卵がどのくらい取れるかわからんのよ。」
思案投げ首だ。
「だから、売り値はセリで決めようと思ってる。当然、肉も出すよ。」
「そりゃあ!参加できるなら参加したいですよ!」
「そうかい?じゃあ招待券を送ろう。」
「ぜひ!それに参加できたってだけで、名誉になりますよ!」
「そんなもんかねえ?」
「うわ~、もし落とせたらすんごい名誉ですよ!」
「へ~、でもこれからは定期的に出すよ。全部で百匹くらいは取れたから。」
「うわ~!それだけでひと財産ですね!」
「だから、厳重に兵士に見張らせてる。」
「なるほど、しかし男爵さまは画期的なことを考えますね。」
「なに、俺はレーヌ川に水運を出したかったんだ。それにはサイレーンがどうしても邪魔だ。だからそれを片付けたにすぎないんだよ。」
「へえ!レーヌ川のサイレーンも、すべて捕まえたんですか。」
「ああ、多少の取りこぼしはあるだろうが、川漁師が見張っていて、見つけたら全力で捕まえる。」
「すごい。」
「すごかろ?」
すべてウォルフに命じて、川漁師の方にも言いつけてある。
モルテンたちの連れてきた馬は、白地に黒の斑点のあるゴマで、なかなかいい顔をしている。
馬に向かってそう言うと、ぶるると鳴いて俺をじっと見た。
「お前、うちに来るか?」
ひときわはっきりといなないて、馬は大きく首を振った。
「ふむ、皆の衆ありがたくいただいていく。モルテンにも伝えたが、後日セイレーンのセリを行うので、代表者二名は参加するように。」
「「「ははー!」」」
俺が言うと、村人たちが一斉にひれ伏した。
経済ってTUEEEなあ。
俺たちは、もらった馬を厩につないで、やはりロバに馬車をひかせてかぽかぽと王都を目指した。
馬は、帰りに引き取っていく予定だ。
昼を待たず城門にたどりついた。
あいかわらず賑わっていて、城門の周りでは物売りの屋台もちらほら見える。
やはり、この前はレジオの災害で、多少は控えていたんだろうか。
「ロバのダンナぁ、串焼きいかがっすか~?」
「ウリ!ウリ!朝どりの瓜っすよー!」
「ひかえおろう!この方は、レジオ男爵さまである、レジオの聖女さまもいらっしゃる、軽々しく近寄るでないぞ。」
マリウスが、怒声をまきちらすと、わっと民衆が寄って来た。
「すげー!青竜砕きの英雄さまだ!」
「魔物一万匹の狩人男爵!」
「トロールキラー!」
よけいに前に進めなくなってしまった。
「どうする?マリウス。」
「ど、どうすると言われましても…」
そこに、幌の中からアリスがすっと現れた。
周りにいた住民が、急にしんとする。
「王都の皆様、女神オシリスの使徒カズマ=ド=レジオさま付き聖女、アリスティアでございます。」
わっと民衆が沸く。
「これよりは国王陛下の招へいにより、王城に赴かねばなりません、どうかお静かにお通しくださいませ。」
すっとお辞儀をしてみせると、割れるような歓声とともに、人垣が割れて行った。
俺は、そのままロバを進めて、城門を無事くぐることができた。
「なんか俺が、アリスの付き人みたいだな。」
「あ!差し出がましいことをしてしまいました。申し訳ありません。」
「なに、気にするな。アリスの人気のおかげで、俺たちはすんなり通れたんだから。」
「さようさよう、聖女どののおかげでござる。」
あいかわらずきんきらきんの城門が見えてくると、石畳も細かく緻密な模様を描くようになる。
王城の門の前には、近衛兵の詰め所があって、一日三交替で詰めているらしい。
「レジオ男爵さまである、国王陛下の招へいによりまかりこした。」
マリウスが、はっきりした口調で告げると、鉄の城門が左右に開く。
「なんだか、マリウスのおじさまがお屋形さまの家来みたいですわね。」
「まったくだ、どういうつもりなんだか?」
少し進むともう一度鉄柵が張り巡らされていて、車止めになっている。
そこで馬車を預けて、徒歩で王城の入り口に向かう。
南に向けて開けた王城の入り口には、赤いお仕着せの侍従が一〇人ほど待ち構えていた。
幅広の階段を一歩一歩、ゆっくりと上がる。
アリスの歩幅がちんまいせいだ。
それに合わせると、なにやら偉そうな歩き方になる。
「お待ちいたしておりました、レジオ男爵さま。どうぞこちらへ。」
赤いお仕着せの一人が、前に出て声をかけてきた。
「ロフノール準男爵さまは別室にてお待ちください。」
「そうか、聖女は?」
「もちろん男爵さまとご一緒に。」
「わかった、案内たのむ。」
「ははっ。」
マリウスは、無事使者の任が遂行できたので、別室にて報酬が与えられるのである。
このへんが、現金しか扱われないこの世界の動きだ。
法衣貴族の流れでもある。
俺たちは、謁見の間へ向かうのかと思われたが、途中から横の階段を上り三階に移動した。
なにしろ広大なこの宮殿だ、案内なしには迷ってしまうだろう。
途中からアリスが不安がって、俺の袖を握って着いてくるようになった。
随所に明り取りがあって、けっこう明るい階段なんだが。
窓から明かりの入る廊下には、歴代の国王であろうか、肖像画のようなものが並び、ところどころに全身鎧が立っている。
「なんだか怖いお顔の方が多いですね。」
「みんな眉間にシワがよってるからな。」
悩みが多かったのかね?
「強そうに見せたかったんでしょうか?」
「そうかもな。」
やがて、突き当りの部屋に案内された俺たちは、黒っぽいドアの前で止まった。
「レジオ男爵がおこしです。」
「入れ。」
侍従はうやうやしくドアの取っ手に手をかけて、仰々しく開けた。
部屋の中は、光にあふれてまぶしいぐらいだった。
二方の壁がすべてガラスで覆われ、床から天井まですべてがガラスである。
この世界でガラス板がどれだけ高いものか、この部屋の主の財力、権力がうかがい知れる部屋である。
「すてきー。」
アリスが思わずこぼす、その先にはテラスにいっぱいの鉢植えの花が今を盛りと咲いている。
あまりに色とりどりに咲いているので、花の香りでむせかえりそうだ。
不調法ながら、花の名前などはぜんぜんわからんし、この国の花など知らん。
俺は深く頭を下げて、胸に手を添えた。
アリスは、膝を折って会釈した。
「よく来たな、レジオ男爵。」
部屋の中央にテーブルといすがある。
国王は、書き物に忙しそうだ。
「は、一別以来であります。」
「まあ、固くなるな。聖女殿もご一緒か、もう一人の鎧の聖女殿はどうした?」
「はあ、懐妊しまして、留守番をしています。」
「懐妊?わはは、レジオ男爵、手が早いのう。」
イケメンの王様は、いかにも快活に笑って、膝を叩いた。
まったく、イケメンはいくつになっても仕草がサマになるもんだ。
「もともと還俗して結婚する予定だったんです。それが、この騒動で聖女などといわれてしまって、困っていたんです。」
「なるほどのう、まあ座れ。」
「は、失礼します。」
俺は、王様の指し示すソファに座った。
横に、アリスも座る。
「今日呼び出したのはほかでもない、レアンの町で評判になっておるレジオのパンのことだ。」
「ええ!本当にパンのことで呼び出したんですか?」
いやマジで?
「なんだ、なにかほかのことだと思ったのか?」
「いやだって、この忙しいときにわざわざ使者まで立ててこられるなんて、よほど緊急な要件だと。」
「緊急だとも、私の晩餐が庶民より貧しいなどと、がまんできるか?」
「できるか?とおっしゃられても、わかりませんよ。」
「そうか、で?レジオのパンとは、どういうものだ?」
俺は黙って、壺に入ったパンだねをテーブルに置いた。
「なんだこれは?」
「レジオのパンの、重要な秘密です。」
「ほほう、これがか。」
「これがないと、レジオのパンは焼けません。」
「ふむ、それほど重要なものなのか。」
「国家機密に相当するほどのシロモノです。」
「ふ~む。」
そして、おもむろにロールパンをひとつ、テーブルに置く。
焼きたてのいい匂いが、ふわりと立ち上がった。
壁際に立っている侍従が、すわ!とこちらに向くが、王様は手で制した。
「さわってもよいか?」
「はは、ぜひ手に取ってください。」
王様は、恐る恐るパンを持ち上げた。
「なんと、ふわふわするではないか。」
「もちろんです、これがレジオのパンでございます。」
「おお!よいにおいもするぞ!」
王様は、手に持ったままぱくりとかぶりついた。
侍従があわてて駆け寄る。
「よいよい!レジオ男爵がワシに毒など盛るものか。」
え?どこにその信頼があるの?
「うむ!これはうまい!歯ざわりも良い。レジオ男爵、なぜこれをワシに献上せんのだ。」
「いや、王様はもっとおいしいものを召し上がっていらっしゃると。」
「これ以上のうまいものがあるか!即刻、そのパンの種を献上せよ。」
「かしこまりましてございます。」
王様の真意が奈辺にあるか、そのあたりは推測の域を出ないが、やはりカズマをこの国に囲い込むと言うことか。
レジオの聖女がその役を担うかと思われたが、反対に取り込まれている。
カズマを取り巻く状況は、混沌としてきたと言えよう。
まだまだ王女二人は幼く、姻戚関係に持ち込むわけにもいかない。
どこかに頃合いの娘でもいたら、たちまち押しつけられたことだろう。
それでなくても、子爵・男爵はもとより、伯爵までが縁をつなごうと手ぐすね引いている。
そのことを見ても、このイシュタール王国が平和である証拠だろう。
王様は、満足そうにパンをかじっている。
俺は、おもむろにレタスとハムをはさんだサンドイッチを取り出す。
「おお!なんだそれは!また違うではないか!」
「ええまあ、これも献上しますか?」
「むむ!小癪な奴!どれかしてみい。」
俺の手からサンドイッチをむしり取ると、ぱくりと口に入れる。
「おお!なおうまいではないか!レジオ男爵!この作り方も教えるのだ。」
「さようですね、門外不出のレシピなれど、王様の仰せとあればいたしかたなしと言うことで。」
そして極め付け、マヨネーズ入りサンドイッチを出す。
(そんなものまで!)
アリスは、目を丸くして俺を見つめた。
「こ!これは!なんだこのソースは!むむむ!うまい!うまい!」
あっという間にそれも平らげる、食の細い王様じゃなくてよかったね。
「侍従、奥を、奥を呼んで参れ!レジオ男爵、まだあるのだろうな?」
「ええ?今ので最後ですよ。」
「バカを申せ、まだあるのじゃろう?あるよな!」
王様、なみだ目になってる。
そんなにカミさんがこわいのか?
俺はしかたなさそうにうなずく。
アリスがくすくすと笑っている。
「ああよかった、こんなうまいものを奥にも食べさせず、ワシ一人で食べたなどと知れて見よ、ワシがどんな目に会うか。」
王様は、部屋の隅にいる侍従に目を向けた。
なんだよ、あいつが奥方のスパイか。
「では、お言葉に甘えまして、用意してございますレジオのパンをご賞味いただきます。」
「侍従、口を出す出ないぞ、アンリ=デュポン・奥に告げ口するでないぞ。」
奥方のスパイにくぎを刺す。
王様、なかなか鋭い。
「アンリ、すぐさま姫たちも呼んで参れ、すぐにじゃ!」
「はは!」
スパイはすぐに頭を下げて退室した。
なんだ、小遣い稼ぎにスパイの真似事をしているだけか、仕事はするんだな、あたりまえか。
「王様、姫様とは?」
「うむ、長女 アンリエット、次女 スエレンじゃ。九歳と七歳だがなかなかに利発での。」
「それは楽しみですね。」
「問題は、世継ぎが生まれぬことじゃが、どうしたもんかのう?」
王様の悩みもつきないなあ。
「王様、栄養と運動が肝要でございます。王妃様の運動はたいへん必要なことでございます。」
「なんじゃと?」
「栄養、食事の摂りすぎは肥満の元でございますが、食事をした分軽い運動なさると、いっそう体がすこやかになり、懐妊しやすくなります。」
「ほほう、それはどういうことかな?」
「医学ではなく、健康法でございますよ、適度な運動、睡眠、いずれも健康に直結します。」
王様は、首をひねっている。
「奥方が健康であれば、何人でもお子は生まれます。まずは、散歩など外に出て体を動かすことでございます。」
「ふうむ、レジオ男爵はどこでそのようなことを習った?」
「私の生まれた国でございますが、はるか東方にございます。」
「ふむ。」
「健康にはひときわ関心の高い国でございました。脂肪の摂りすぎや、塩分のとりすぎ、酒の飲みすぎなどは、厳に戒めるよう言われてきました。」
「耳の痛いはなしじゃの。」
そこへ、ドアをノックする音。
「王妃様がおこしです。」
「入るがいい。」
するりと音もなくドアが開くと、きらびやかな衣装をまとった王妃が現れた。
「王様、およびとか?あら?」
王妃の鼻がひくひくと動いた。
「うむ、ここに座って、これなるレジオのパンを賞味するのじゃ。」
「はあ…」
「毒ではないぞ、私も食べた、驚くぞ。」
奥方もおそるおそる手を出す。
「まあ、柔らかい、そしてこのかおり…」
天然酵母は良い香りをたてている。
「そのままぱくりとどうぞ。」
俺は、ほほえんだままパンを勧める。
王様もにこにこ笑っている。
「まあ!おいしい!」
「食の細い奥も、これなら食べられそうか?」
「はい、殿、これはたいへんおいしゅうございますね。」
アンリに連れられて、姫さま二人もやってきた。
「お父様、お呼びですか?」
「およびですか?」
舌の足りないかわいい声が聞こえた。
「おお姫たちよ、ここに座りなさい。」
「「はい」」
テーブルに並べられて、いいにおいのするものに気がついた。
「これを食べてみなさい。」
二人は、疑いもせずパンに手を出した。
「「おいしいです!」」
俺は、だまって湯気の出るビーフシチューを出して、テーブルに置いた。
「パンを浸して食べてください。」
「むむ!」
王様は、ちぎったパンで、シチューのふちをぬぐうようにして食べた。
「おお!こう言う食べ方もできるのか!万能であるな!」
「まことに。」
王妃様も、同様に手を出して、湯気の立つシチューに浸して食べている。
姫様の前に、イチジクやりんごのジャムを出して、スプーンを置いた。
「ひめさま、このようにパンに乗せて、おあがりください。」
上の姫が、素直に手を出した。
ジャムを載せたパンを渡す。
「あま~い!おいしい!」
アンリエット姫が、歓声を上げたのでしたのスエレン姫も俺にパンを差し出した。
「わたくしも!わたくしも!」
「はいはい、どうぞ。」
王様は、ごくりとのどを鳴らした。
「な、なんじゃそれは!」
「ああはい、イチジクとりんごのジャムでございます。先日、レアンの郊外で蜂蜜が手に入りましたので、果物に混ぜて炊き込んでございます。」
「なんと!蜂蜜か、ぜいたくじゃの。」
王様が、蜂蜜でぜいたくなどと、甘味の少ない世界なのでしょうがないか。
「おあがりになりますか?」
「おお、もちろんじゃ。」
「わらわにも。」
食が細いとおっしゃる王妃様も、すぐに手を出してきた。
「レジオ、いやカズマ、出し惜しみをするでない、まだなにかあるのだろう?」
「されば、これが最後でございますが。」
そう言って、蜂蜜の壷を出す。
「それは?」
「レアンのはちみつでございます。」
「おお!これが!」
「王様、いちばん贅沢できるはずのお方が、下々のものに驚かないでください。」
「ワシの食卓など、これに比べれば貧相なものよ、のう、アンリ=デュポン。」
「いえあの…」
「朝昼晩、ハンで押したように同じような内容でな、たまに狩に出ると肉が変わる程度よ。」
「ほう、それは残念ですね。」
俺は、ちらりとアンリを見た。
「じゃろう?」
「おかわいそうな王さま、このソースのレシピを差し上げましょう、厨でおつくりになればよろしいかと。」
「ふむ、このとおり作れば、この白いソースになるのかえ?」
「はい、原料は卵の黄身と酢と植物油ですから。あと、塩こしょう程度です。」
「ほほう、かんたんじゃの。」
「ただし、攪拌が死ぬほど大変です。」
「かくはん?」
「全部の材料をむちゃくちゃ混ぜないと、白くなりません。」
アリスは、黙って額に汗を落とした。
これを造ったときの苦労が、よみがえったのだろう。
「ほほう。」
「それは、なにかえ?このソースを作る儀式かえ?」
「王妃さま、手間をかけない料理は、ただの材料でございます。」
「ほほう、なかなか言うものじゃのう、レジオ男爵どの。」
「事実でございます。小麦もそのままではパンになりません、この魔法の薬を使って時間と労力をかけないとパンにはならないのです。」
「ふうむ、これは?」
「パンをふくらませる薬です。中には小さな生き物がおりまして、リンゴを食べながら増えております。」
「ほほう、興味深いのう。」
「ねえだんしゃく、シチューはもうないの?」
上の姫様がかわいい声で聞いてきた。
「はい、姫さま、シチューですか?ございますよ。でも、王様そんなにお食べになって、よろしいでしょうか?」
「うむ、よい。出してやってくれ。」
「かしこまりました、でもこれだけですよ、食べ過ぎは体によろしくございません。」
「そうなの?アンリ=デュポン。」
「は・はあ…」
アンリ・デュポンは、あいまいな返事を返す。
「だんしゃく、アンリはたくさん食べろというのよ。」
スエレン姫が、俺を覗き込むように言う。
「なるほど、姫さまは食が細くていらっしゃるのですね。できれば、大きくなるために、たくさん食べることは必要です。」
「そうなの?」
「ですが、その分運動をして、体を育てることも必要です。」
「カズマは、すぐ難しいことを言うなあ。」
王様は、横からチャチャを入れる。
「この国のご婦人は、全体的に運動不足です!もっと厳密に言うなら、この国の貴族のご婦人はと、言い換えた方がいいです。」
うわ、言いきったよこの人。
「王様は、そうお考えになりませんか?」
「いや、わからんではないが、具体的にはどういったものかのう?」
「たとえば、王妃さまはダンスのレッスンはしておられますか?」
「そう言えば、してないのう?」
「しておりませんわ。」
「貴族の女性は、ダンス以外で体を動かすなど、なさいませんでしょう?」
「そう言えばそうかのう?」
「そうですね、ほとんど部屋から出ませんし。」
「それでは、いつまでたっても王子さまの誕生はおぼつきません。」
「まあ!」
「一に体力・二に体力!お世継ぎのために、毎日三〇分から一時間、ダンスのレッスンをぜひ行ってください。」
「そうするとどうなる?」
「王妃さまの体力が上がり、王様との和合が進みます!」
「ふむ、それはたいせつじゃのう。」
「王妃さま、スエレンさま出産後、虫歯が増えてございますね。」
「ど・どうしてそれを。」
「わかりますとも、それなのに王妃さまに魚のメニューを勧めるものはいなかった、違いますか?」
「はい、さようです。」
「骨を作る素が減っているのでございます。小魚などを骨ごと食べるメニューが必要です。」
「ほほう、それは?」
「おなかの中で胎児が、骨の元を母親から吸収します。ですから、母親の骨が減るのです。」
「骨が減ったのなら、骨を食べればよいのです。」
「しかし、陸の動物などは骨が太く大きく、食べることができません。」
「小さな魚をすりつぶせば、魚の骨の素がすべて体内に吸収されます。これは、魔法では補えません。」
「おお!そうであったか!」
アンリ=デュポンは怪訝な顔をしている。
「アンリ=デュポンどの、いかがお考えか?」
「は、それはその…」
「そなたは、王妃さまにも近しい方と存ずるが、国王陛下、王妃さまの健康について、どうお考えか?」
「それは、日々健康で病気もなければ、この国は安泰でございます。」
「王様のお側に侍るならば、ご典医のみによって健康が保たれるものでないことを学ばれるが良かろう。」
「は、男爵さまのおっしゃるとおりです。」
いまにも、「ちっ」と舌打ちの音が聞こえてきそうだ。
アリスは、だまってアンリをうかがっている。
「おまえ、王妃さまのお気に入りだからって、いい気になるんじゃねえぞ。俺の目は、絶えず光ってるからな。」
盛大な殺気を背中にはらんで、鋭くにらんでやると、アンリは震え上がった。
アリスが、俺の袖を引くが、俺は容赦しない。
オークキングを殺した時のような、盛大な殺気をはらんでやった。
「なめんなよ、俺はドラゴン砕きだ、おまえなどなにほどやあらん。」
アンリは、立ったまま失禁しそうに震え始めた。
無理に搾り出すように言葉を返す。
「は!はは~!失礼いたしました!精進いたします!」
「それでいい、今度なめた目してみろ、マート=モンスにいる、ブルードラゴンの巣に落としてやる。」
アンリは血走った目を、俺に向けた。
「俺は、主神オシリスさまから、使徒として遣わされているのだ。わかったな!」
アンリ=デュポンは、その場にひれ伏して声を上げた。
五体倒置状態である、全身がおこりのようびぶるぶる震えている。
「おっ、お許しください!男爵さま!」
俺は、冷たく見下ろして、きわめて低い声で命じた。
「よい、元の位置に控えておれ、国王陛下の御前である。」
アンリは、あわてて部屋の隅に控えた。
「けっ、石田三成めが。」
「おいおい、どうしたんだカズマ。」
「俺の尊敬する王さまを、大事にするよう、侍従には思っていてほしいだけです。そう、申しただけです。」
「わかった、すまんの。」
王様は、なぜか困ったような顔をしている。
「おお、姫さまたちが、驚いてしまいましたね。では、お詫びにこのジャムは姫さまに献上しましょう。」
「おい!カズマ!俺のは!」
「え?だってこれだけしかないですもん。お二人の姫さまたちに、一つずつしかありませんよ。」
「じゃあ、その蜂蜜だ!はちみつならよかろう。」
「ええ?これは王妃さまに献上するんですよ~。」
「それはありがとうございます、男爵。」
すかさず、王妃が答えた。
焦ったのは王さまである。
「俺の分がないではないか!」
「ですから、このレジオのパンの種を、献上したじゃないですか。」
「うう~!」
「ああもう、子供みたいですね!では、近ぢかサイレーンの卵の競売を行います。王様も参加なさいますか?」
「な!」
「サイレーンは、三匹シメる予定です、もちろん肉も出しますが、メインは卵です。」
「おまえ!そう言う大事なことは、最初に出せよな。」
「なんのお土産もなしに、王宮になんか来ませんよ。」
俺は、肩をすくめて答えた。
「よし、ワシ自らがレジオに行こうではないか、いつやるのだ?」
王様は、ソファから乗り出すようにして言った。
「まだ未定ですが、王様の予定はいつがよろしいでしょうな?」
「アンリ=デュポン、いかがか?」
「は、レジオに御幸でございますか、行きかえりに三日ずつ必要ですので、前後一週間といたしますと…」
警護の計画とか、寝所の用意とか手間がかかりそうだな。
「時間のやりくりをせい。いつがよいのか?」
「されば、来月の中ごろ。」
「よし、詳しくはレジオ男爵に連絡せよ。カズマ、よいな。」
「かしこまりまして候。」
俺は、この国に柳沢出羽の守を置く気になれん。
アンリの芽は摘んでおくに限るな、こいつは後に必ず柳沢になる。
「ほれ、隠し立てすると良くないぞ、まだなにか持っているだろう?」
「はあ、ばれましたか…本当にこれが最後ですよ。」
俺は、ハンバーグを出して見せた。
「何じゃこの丸い肉は。」
「肉をたたいて丸めて焼いたものです。これを、こうしてパンにはさみ、レタスを載せてマヨネーズを乗せるのです。」
「うおう、うまいぞ!これはうまい!皆も食してみよ。」
「陛下、おいしゅうございますね。」
「「おいしいです!」」
「アンリ=デュポン、おぬしも食べてみるがいい、ここに参れ。」
俺の声に、アンリは瞬間移動なみにはやく、目の前に来た。
「は、ははっ!」
「下品ながら、これは手に持って食べるが作法である、食してみよ。」
一口かぶりついて、アンリは驚愕に目を開いた。
「どうだ、感想は?」
「斯様においしいものを、過分にして存じ上げません。」
アンリは、素直に感動した。
「で、あるか。全部食せよ、王様の食卓をもっと良いものにするには、お主が良いものを知らねばならん。」
「王宮に侍るものは、すべからく国王陛下の安寧に尽力せよ。」
「は!レジオ男爵さまの御心のままに。」
アンリの言葉に、王さまはジト目で俺を見た。
「…お前のほうが、王様らしくねえか?」
「ご冗談を。虎の威を借る狐でございますよ。」
「何じゃそりゃ?」
「虎に後ろを歩かせて、狐がその威光で自分を強そうに見せると言う故事にちなんでございます。」
「ほほう、それはなんとも。」
「さて、王様のご用も済んだことですし、そろそろお暇しましょうかね。」
「まだいいでしょう?男爵。」
アンリエット姫が、小さな手で俺の手をつかんだ。
「えっと…」
「もう少し居てやってくれ。」
「わかりました、姫さま。アンリ、リュートを持って参れ。」
「はっ。」
すぐにアンリは部屋を出ていった。
「おい、ウチの侍従を勝手に使うなよ。」
「いいじゃないですか、少しは素直になってきたようですよ。」
「お前にかかっちゃ、城の中のだれも逆らえんな。」
王様は、明らかに苦笑をもらしている。
「ご冗談を。」
程なく、アンリはリュートを持ってきた。
俺は、ギターは弾けるが、リュートなんざ弾いたことがない。
つまり、チューニングをギター風にすればいいのだ。
「羊の腸の弦か、まあこれならよかろう。」
おもむろに弾き語り。
「あるー日、森の中、くまさんに出会った。花咲く森の道、熊さんに出会った。」
姫さまたちは、目をまんまるにして聞いている。
「くまさんの、言うことにゃ、お嬢さん、お逃げなさい…」
歌い終わると、姫さまたちは盛大に拍手して喜んでいる。
「おま、芸が細かいなあ。」
王さまは、呆れたように言った。
「男爵は、よい声ですね。」
王妃のほうが、いい感想じゃん。
「そうですか?」
「ねえ、もっと!」
アンリエット姫は、俺の膝に手を置いて言う。
「ほかにはないの?」
スエレン姫は、俺の袖を引く。
「もちろんございますよ、ちょっと大人の歌がいいですかね?」
「歌って!」
「さくらんぼの実るころ、あたしは貴方とであった。さくらんぼの実るころ、あたしは貴方を愛した。」
「とれびあん!」
王妃さまは、涙を流して喜んでいる。
「男が女の歌を歌うのか、不思議じゃのう。」
「もうないの?」
姫さまは、つぶらな瞳でもっともっととせがむ。
「まだございますよ。」
「歌って男爵。」
「そうなにから歌ったらよいのか、音にはいろいろあって、最初の音がド、一つの音に一つの言葉…ドはドーナツのド。」
定番ですな、子供たちに聞かせるにはこれです。
「おもしろーい!」
「もっとー!」
「エーデルワイス、エーデルワイス…」
「エーデルワイスってなに?」
「私の国で咲いている、このくらいの小さな白い花です。」
「ふうん、どこに咲くの?」
「高い山の上の、岩場などですね、取りに行くのは危険です。」
「まあ!」
「ですから、故郷の誇りと言われているのです。」
「男爵は、物知りね。」
「姫さまも、いっぱいお勉強なさいませ。」
「ぶう、お勉強きら~い。」
「お勉強きら~い。」
「お姉さまがきらいなどと申されますと、お妹さままで嫌いになってしまいますよ。」
「だって、つまらないんですもの。」
「そうでしょうか?知らないことを知ることは、楽しいと思いますが。」
「男爵が先生ならいいのに。」
「そうは参りませんよ、私にはレジオを立て直すと言う使命がございます。オシリス女神さまから言いつけられてございます。」
「では、私がレジオにまいります。そうすれば、お勉強を教えていただけます。」
「王様~、何か言ってくださいよ。」
「ふむ、アンリエット、レジオはまだ建て直しの最中なのだ、そなたが行っても邪魔になるだけだぞ。」
「いや、そう言うことでなくてですね。」
「そうね、お嫁入りにはまだ早いわね、王家から輿入れと言うには、男爵では格が足りないし。」
「そう言うことでもなくてですね。」
あ~、この夫婦は!
後に、アンリ=デュポンは、あれほど恐ろしい人に会ったのは、生涯一度だけだと同僚に語ったそうだ。
「正直チビった…」




