第四十話 王さまの使者
つじつまが合わなくて、四苦八苦ですが、なんとかなりました。
誤字脱字ありましたら、御教授ください。
やっとこ事業が軌道に乗ってきて、俺が出張ることも減ってきた。
それぞれの責任者が自然と決まって行き、秩序だって活動できるようになったからだ。
まだまだ人手不足で、満足とは言えないが、ありがたい。
マゼランから、冒険者が多数活動に来てくれた。
おかげで、魔物を減らすことができて万々歳。
マルソーが中心になって、ギルドの立て直しにも熱心だ。
チグリスのところにいたマソプも戻ってきた。
家は半壊していたが、それも治して元気に鍛冶屋をやっている。
ただ、聖女たちにつっかかるマレーネやエディットには困った。
たとえば、このまえのこと…
俺は、執務室に当てた少し狭い部屋で、書類を書いていたのだが…
「お屋形さま、お疲れ様です。お茶を持ってまいりましたわ。」
ティリスが、ワゴンを押してやってきた。
まあ、ちょうど区切りもいいから一休みと思っていたのでナイスタイミング。
「わかった、じゃあ…」
と言ったとろで、後ろからマレーネとエディットがワゴンを押してきた。
「お師匠さまー、お茶を…あら、聖女さま。」
「まあ、お二人はなにを?」
「え~お師匠さまに、お茶をお持ちしました。」
「あらそう?御苦労さま、お茶ならもうお出ししましたので、けっこうですよ。」
執務机の上には、カップが湯気を立てている。
「え~、でもせっかくもってきたのに。」
エディットは、引きさがらない。
「そう何度もお仕事のお邪魔をするものではありませんよ。」
「じゃ、邪魔なんかしてないもん!」
エディットは、俺の背中に回る。
「じゃあ、お仕事で肩が凝ったかもしれないから、揉んであげる。」
「ああ、そんなに慌てると…」
がちゃん
エディットの裾が動いたせいで揺れて、机のカップが見事にコケた。
「あ~」
俺としては、やっと書き上げた書類が、お茶でびしょびしょになってしまって、情けない顔になってしまった。
「ああ、いけません。すぐに拭きます。」
ティリスが気を利かせて、ワゴンの布巾を持って近づく。
「私が拭きます。」
横合いからマレーネが布巾を持って足を踏み出した。
「ああ!」
その足に引っかかって、ティリスがバランスを崩した。
あわてて手を突いた先には、インク壺が…
がしゃん
こんどは、机の上がインクとお茶にまみれて、なにがなんだかわからなくなった。
「あ~あ」
エディットが、他人ごとのようにため息を漏らす。
「なによ、もとはと言えばエディットが、お茶をこぼしたからでしょ!」
マレーネは、容赦がない。
「お姉ちゃん!怒る相手が違う!」
「いえ、いまのはマレーネさんが正しいと思います。」
「ああ!聖女様まで!」
ぎゃいぎゃいと、子猫のケンカじゃあるまいし。
どうでもいいから、机を拭いてくれ。
これにレミーまで混ざるので、収拾がつかなくなる。
最後には、ベスに叱られて、全員が追い出された。
「これ、全部書き直すのか~、あ~あ。」
「ホルストさんが字が上手ですから、手伝ってもらいましょう。」
「たのむベス、呼んできてくれ。そう言えば、ベスの用事は?」
「ああ、クルミを入れたパンが焼けたので、試食を。」
「ああ、そっちのソファテーブルに置いてくれ。
「かしこまりました。モリスががんばって、いいパンに仕上がりましたよ。」
「それは楽しみだ。」
俺は、机の書類はあきらめて、ソファに座りなおした。
「なんですねえ、お屋形さまもモテすぎるのは難儀ですねえ。」
「これ…モテてるのか?」
ベスは、肩をすくめて見せてから、部屋を出て行った。
ホルスト=ヒターチを呼びに行ったのだろう。
せっかく壮大な復興の物語りが始まるとおもったのに、突然ミニマムな家庭騒動に発展している。
まあ、人脈が広がって行った結果なんだけど。
子供たちを育てたのは、間違ってはいないだろう。
事実、ミシェルなんかはしっかり冒険者の存在意義を理解している。
この世界においては、魔物を減らさないと、生きて行けないのだ。
マルソーやジャックも、新しい人材育成に余念がない。
あえて言うなら、俺の男爵と言う爵位が邪魔なものではないかと言うこと。
とにかく、王様の気まぐれで出した爵位だと、古カブの貴族たちは思っているようだ。
慣例と記録にこだわる古い貴族には、振興の成り上がりには、なにかと風当たりがきつい。
「また、間者が来たみたいだぜ。」
マルソーが、部屋に来るなり言った。
「今日は何人ぐらい来てる?」
「さあ?三〇人までは数えたが…」
「まあ、放置しておいてもかまわんだろう、どこを見たって復興の工事ばっかりだ。」
「あいつらの関心は、一網打尽にしたサイレーンだと思うけどな。」
「兵士を貼り付けてあるから、池には入れないだろう?」
「ああ、川漁師もたくさん見張っている。」
「ま、サイレーンを盗むなんて無理だしな。」
「それもそうか。」
何を思ったのか、ほこり臭いレジオの街に、各領主のものと思われる間者がくるようになってきた。
いったい何を知りたいのかはよくわからんが、魔物に蹂躙されてズタズタの東地区や北地区も含めてよく人員があるものだ。
いろいろ調査しているようだけど、そんなもんどんどん見ろって。
そんなに目新しいことはなにもないさ。
財政力もカツカツ。
人口は三分のイチ。
これでどうしろって言うのよ。
「見られて困るのは、船の作り方くらいかな?」
「ああ、あれはわからん。骨の接合方法すらわからん。」
「あはは、継ぎが複雑だからな、しかも一部は融合魔法を使用しているから、強度が上がってる。」
「そんなものあるのか?」
マルソーは目を見開いた。
「まあな、そう言う魔法に特化した魔法使いがいるんだよ。」
「へえ、魔法って奥が深いな。」
「まあそうだな、だからちょっと見たくらいじゃまねっこできないんだよ。」
「すげえ。」
「どっちにせよ、酔わせてパクッちまえ。」
「了解。」
「頼むぞ、ジャックはどうした?」
「あいつにゃこう言う細かい作業は向いてないから市内の見回りに回してる。ミシェルとマルケス通りの二人なら使えるかな。」
若いくせにやるな、あいつら。
「それと、マレーネの探知魔法。」
「ほう。」
「すごいなあいつ、敵意のあるなしを表示できるんだってさ。」
「そりゃたいしたもんだ。」
「それに、武器のあるなしもわかるようになった。」
「対人戦特化型だな。」
「壁の向こうにいてもわかっちまう、こわやこわや。」
「あはは、そりゃ浮気もできねぇな。」
「まったくだ、あはは。」
基本、間者は野放しだ。
見られたくないところに入り込んだやつだけパクる。
野放図にパクっていられるほど、人材は余ってないんだ。
ゴルテスと三〇〇人の歩兵だけでは心もとないので、マゼランの冒険者に応援を頼んだ。
マルソーには、暗部のような真似をさせて悪いと思っている。
これが、マルソーはうまいんだよ。
城壁の中の治安は少しずつ良くなっている。
修復した男爵亭は、行政専門にして日々の事務処理を集中して行うようにした。
俺は、相変わらず横の商人の家で寝起きしているんだ。
慣れちゃったから、こっちの方が楽だし。
アリスティアが、男爵亭の俺の部屋に呼びに来た。
「王都から呼び出し?」
唐突に届いた手紙に、俺は聞き返した。
「殿、いかがいたしましょう?」
アリスティアは、神妙な顔で手紙を取り次いできた。
「お使者は別室でお待ちいただいております。」
「そうか、せっかく来てくれたんだ、会おう。」
王都からお使者にやってきたのは、ちょっとシュッとしたおじさん。
使者は、ロフノール騎士爵と言う、中年の男だ。
こちらも軍隊たたき上げと言った感じで、背筋ピーンと張っている。
色白の、まるで騎士とは縁のないような、丸顔は人のよさそうな笑顔を浮かべている。
俳優で言うと、前田吟のようなシブさもある。
ちょっと額が広い。
人畜無害を絵に描いたような人物だ。
たぶん、メッセンジャー専門の役職なんじゃないだろうか?
人に安心感を与える顔だもの。
アリスティアもあまり警戒していない。
ちょっとした知り合いらしい。
親父さんの同僚だったとか。
まあ、同じ騎士爵だし、軍隊で顔見知りだったのかな?
イシュタール王室も、なかなか広いようで狭いものだ。
「ええ、詳しくは手紙に書いてございますが、国王が直筆でしたためられましたので、ゆめ間違いのございませんよう。」
「なんかした覚えはないがなあ?」
「お屋形さま、とにかく封をあけてみませんか。」
横合いからアリスが声をかける。
王様直筆と聞いて、気になるらしい。
こういうところ、やはり貴族だな。
「マリウスのおじさま、お使者御苦労にございます。」
今や、アリスの方が何層か上の立場である。
「これは、聖女どの、一別以来ですな。御壮健そうでなによりでござる。」
「うふふ、おじさまは相変わらずお固いこと。」
「これは…わっはっは。」
なにやらなごんでいるな。
俺は、受け取った手紙を、使者の目の前で開ける。
「なんだよ、これは。」
「は?なにかございましたか?」
「パンをよこせと書いてある。」
「まあ…」
アリスティアも絶句している。
「パン…?でございますか?」
マリウス=ロフノールも首をひねる。
手紙には一言、パンもってこいと書いてあった。
「はあ、レジオ男爵殿、それではすぐに馳せ参じていただきませんと。」
ロフノールは、困惑しつつもまっすぐに立っている。
「まあ、そこにかけてくれないか、長旅で疲れたでしょう。」
「は、もったいないことです。」
ロフノールは、目の前のソファに腰掛けた。
「ふむ、どこをどう見ても、それ以上のことが書いてない、ロフノール殿、陛下はほかになにかおっしゃっておいでか?」
「はあ、くれぐれもレジオで評判のパンを受け取って来いと…」
「なるほど、わかり申した。ただ、うちのパンは、足が速いので二日も馬に揺られてはだめになってしまいます。」
「左様しからば?」
ロフノールは、眉根を寄せて心配する。
「私が出向いて、お見せしたほうがよろしかろう。」
「そ、そんなものですか?男爵どの手ずから…」
法衣貴族の騎士爵から見ると、領地持ちの男爵というのは二段も三段も上に見えるのかかしこまっている。
「時止めの魔法のかかった特別な革袋が必要ですよ。」
「時止め…」
「まずは、実際に目にされるがよかろうと存じます。」
俺が机のベルを鳴らすと、隣の部屋からチコがやってきた。
黒いワンピースに白いエプロン。
赤っぽい栗毛の上には、プリムまでつけてるじゃん!
「お呼びですか、お館さま。」
「あ、ああ、使者のロフノール騎士爵どのだ。騎士爵どのはパンをご所望だ、準備してくれ。」
「かしこまりました。」
アリスティアとチコは、ロフノールに会釈をすると、部屋を出て行った。
「なんですか?今の娘は。」
「はあ、うちのメイドですが。」
「め、メイドがあのような服装をするのは、始めて見ました。」
「そうですか?まあ、小さい子供ですので、見栄えで選んでおりますが。」
「ふむ、男爵殿のご趣味でしたか。」
ちょ!おま!俺がロリコンみたいなこと言わないでくれよ!
「あれは、あの子が選んできた服ですよ。動きやすいそうです。」
俺はちょっと鼻白んで返答する。
「なかなか発展的な考えの子ですな。」
人のいいおじさんの風貌で、にこにこと後姿を追う。
「あれがよさげだったので、うちのメイドはみんなあんな感じですが、スカートは長いです。」
膝上なのは、チコが十二歳だからだ!
断じて俺はロリコンではない!
ないよな…
「なるほど。」
やがて、扉がノックされて、ティリスが顔を出す。
「お屋形さまティリスでございます。」
「ああ、来てくれたか、王都のお使者だ。」
ティリスはしずしずとドアを開けて入ってくる。
王城に登城してから、ティリスとアリスのローブは作り直した。
あんまゴワゴワした、分厚い生地でみっともないので、総シルクで縫ったのだ。
シルクスパイダーの糸を特殊加工して作られた、特製の布だ。
光沢のある上等の生地で、袖もたっぷり取って、ベールも薄いレースで作った。
ベスやマリア、マーサにモリスと言った寡婦たちが、総出で手編みだ。
(このマーサやモリスも、パン作りに精を出している。)
おかげで、神秘性が上がったわ。
中身はアレだけどな。
「失礼いたします。」
部屋にはいってきたティリスは、いかにも聖女といった佇まいで、上品に見えた。
ロフノールに会釈をして、俺の横に立った。
「こ、これは聖女どの!マリウス=ド=ロフノールでござる。お見知りおきくだされ。」
ロフノールは、ばね仕掛けのようにぴょんと立ち上がって、ティリスに頭を下げた。
俺に対するより、慇懃じゃねえの?
「ティリス=ド=レジオでございます。ロフノール様、遠路お疲れでございましょう?まずは、お着替えなどなさって、おくつろぎくださいませ。」
「チコは?」
「はい、パンの用意を、ここではちょっと…」
「ああ、そうだな、ロフノール殿、お茶を飲んだら食堂に行きましょう。」
「はあ…」
「ロフノールさま、レジオで採れますカモミールティーでございます。」
「男爵殿、聖女様手ずからのお茶でございますか?」
「ええ、さあどうぞ、心が落ち着くお茶ですよ。」
ロフノールは、俺の向かいでお茶のカップを持ち上げた。
その流れで、今日の午前の仕事は終了とした。
「いやしかし。」
「まあまあ、せっかくお越しなのだから、うちの食事も召し上がって行ってくださいよ。」
「しかし男爵、私はこのとおり旅装のままで、埃っぽいですし。」
「なに、そんなもの、ここにいれば気にならなくなりますよ。」
事実、レジオはそこらじゅうで工事している、埃を立てるなと言うほうが無理な注文だ。
でもまあちょっと席を外させて、着替えをさせた。
軽いシャツと薄手のズボンでやってきた。
ロフノールを伴って食堂に入ると、さっそく料理が運ばれてくる。
チコは気を利かせて、ベスに昼食を頼んできた。
「しいたけとハムのスープか。」
「はい、お館さまの好きな味です。」
「ほほう、これは珍しい、透き通ったスープですな。」
「これは手間のかかるスープなんですよ。」
「ほほう。」
「サラダが出る前に、使者殿にパンを出してくれ。」
「はい、かしこまりました。」
チコは、パンの入ったバスケットを持ってきた。
「今日はモリスの焼いたロールパンです。」
「おう、ちょうどいい、うちのパンを説明するにはいちばんいい。」
バスケットはロフノールの前に出された。
「こ、これがうわさのパンですか。」
「どうぞ、手にとってください。」
ロフノールは恐る恐る手を伸ばす。
「や、やわらかい、やわらかいのに手を押し返す。」
なるほど、そう言う表現もありか、かなり弾力はあるな。
「ちぎってお口へどうぞ。」
「なんと、かんたんにちぎれるではないか!ほんとうにこれがパンというものなのか?」
そりゃまあ、あんなビスケットとは違うのだよ、ビスケットとは。
ロフノールは震える手で、パンを口に運んだ。
「うお!これは・なんとうまい!」
ロフノールは口から怪光線を吐きながら叫んだ。
「うーまーいーぞー!」
「あはは、感激しすぎですよ。ただの食べ物です。」
「いやしかし!」
「それだけがうまいわけじゃありませんよ。料理と一緒でこそおいしくなるんです。」
ティリスもアリスも、ほほえんでロフノールを見守る。
ベスの料理をすべて食べきるころには、ロフノールは興奮を抑えきれなくなっていた。
「これは、すばらしいものですぞ!男爵さま!ぜひ、王都でもこれを…ああ!」
「どうされました?」
「しまった!陛下より先に口にしてしまいました!」
「なに、あなたは毒見をされただけですよ。」
「毒見?…おお!そうですな!毒見ですな!」
「あはは、料理はいかがでしたか?うちの自慢の料理人ですが。」
「りょ、料理ですか、もちろんけっこうなお味でした。」
「そうですか、ではロフノール殿はお部屋でおくつろぎください、おお、風呂が沸いておりますので、お先にお入りください。」
「風呂ですか!ご馳走ですな。」
「そうですか?うちでは毎日たいておりますが。」
「ま、まいにちですと?贅沢ですなあ。」
「なに、マキをくべるところに工夫があるんですよ。」
「ほほう、男爵様は物知りですな。」
「あはは、チコ、ロフノール殿を湯殿に案内してくれ。」
「かしこまりました。」
チコは、いつのまにかここのメイドで収まってしまった。
まあ、チグリスがいいと言っているんだからいいだろう。
「こちらでございます。」
「ほほう、これはなかなか…のう、お女中。」
「はい?」
「男爵さまは、そんなに金持ちなのかな?」
「さあ?私はよく存じませんが、お館さまは生活に出し惜しみはなさいません。」
「ふむ、どうも王国貴族としては、感覚がつかめんのう。」
「もともと冒険者でございますし、主神オシリス様の使徒でもございます。魔法の腕も高く、メイスをもてば天下無双。お館さまの考えは、私どもには計り知れません。」
「ふむ、そういうものかのう?」
ロフノールは、のんびりとしたようすで風呂場に消えた。
「なんですか、お使者はレジオの何を探りにいらっしゃったのでしょうか?」
食堂の席に着いて、アリスティアは少し困ったような顔で俺に聞いてきた。
ロフノールが居ては、聞きづらい話だな。
「アリス、レジオの復興など五年やそこらでできるものじゃあないし、探られて困るようなことはなにもないよ。」
俺が言うと、ティリスも右隣から言う。
「アリスは、セイレーンの養殖や、水運事業のやりかたに心配があるのでは?」
「それはしょうがない、黙っていても知れていくものだし、蓋をできるものではないよ。」
「そうでしょうか?」
「そうですよ、水運などは黙っていても、まねをするものは出てくるでしょうし、先駆けてはじめたうちが有利なのはしばらくの間だけでしょう。」
「ティリスはなかなかよく見ているな。」
「今後の領土の運営には、なにが必要なのか考えているのよ。」
「ふむ、わが領土はこれから、農業大国へと発展するのだよ。」
「農業?でございますか。」
アリスは、お茶のカップを手にしたまま、俺の顔を見た。
「ああ、いま、改良している堆肥を使って、大々的に小麦の量産を行う。もちろんキャベツやレタスも重要だ。」
「そんなことできるの?」
ティリスが聞いた。
「できるさ、来年と言わず、今年中に結果は見える。キャベツなど二ヶ月で結果が出るだろう。」
「そんなに早いの?」
「お前らは、作物のサイクルなど知らないからな。そのためにも、畑の周りに獣よけの壁を作るのだ。」
「ああ、そんなことも言ってたわね。ウサギが来るとじゃまだよね。」
ティリスは、ぼきゅっと首をひねった。
「そうだ、ウサたんなんかに畑で働くものが邪魔されてはかなわんからな。」
あいつら肉も食うが、野菜も食うんだよ!
「兵士の訓練で巡回させればよろしいのに。」
アリスが、そんな意見を言う。
「まあ、それもやるさ、アリス。」
「はい、それがよろしゅうございますね。」
ウサギについては、大暴走の後もたびたび出没しては、市民に迷惑をかけた。
出るたびに退治していたんだが、イタチごっこってえもんだ。
ウサギは、交配の後に排卵するので、百発百中で当たるんだよ。
だから、そのたんびに三~五匹ずつ増える。
そりゃあいなくならないわけさ。
そのうえ、こいつらは肉食っちゅうか、雑食性なので何でも食べる。
つまり、畑にとっても害獣なのだ。
体長が一メートルから一.五メートルも育つので、始末に悪い。
兵士の体力づくりも兼ねて、畑の周りに一メートル以上の高さの石垣を築き、その上に柱を立てて柵を作った。
兵士に両手で持てる程度の石を運ばせるのだ。
「うひ~、重いっス!」
「なにやってるんだ、しっかり担げ!」
「班長~、重いっス。」
「がんばれ、これが出来上がったら、お屋形さまから褒美が出るぞ。」
「うおお、がんばります!」
兵士たちは、平原で石を探し、河原から石を運び、土魔法士に頼らずに猪垣を組み上げた。
兵士たちは猪垣の中に土を詰め込んで、それに杭を立てて柵を作り上げた。
「よくやった!みんなに金一封と酒のボーナスだ。」
班長は、男爵からもらった褒美を兵士に配ってくれた。
ゴルテス準男爵は、にこにことボーナスを受け取る兵士たちを眺めていた。
「どうした、ゴルテスのダンナ。」
「おお、これは男爵どの。」
「なにを眺めているんだ。」
「兵士たちの嬉しそうな顔でござるよ。」
「なるほど、兵士たちのおかげで立派な猪垣が出来上がった、感謝してるよ。」
「こちらは、兵士に訓練と体力づくりができて、なかなかけっこうでござった。」
「それはよかった。どうだい、これから一杯。」
「お、よろしゅうござるな。ご相伴にあずかっても?」
「だから誘いに来たのさ。今日明日は、兵士も休暇だ、旦那も呑んだってバチはあたるめぇ。」
「ほっほっほ、ありがたいですな。」
ティリスたちと仕込んだワインがいい感じに仕上がってきた。
俺のお気に入りは、リンゴの発砲ワインで、俺の故郷では俗に『シードル』と呼ばれている口当たりのいいやつだ。
「おお、これは口でも喉でもプチプチと、生きのいいワインですな。」
ゴルテスは大喜びだ。
「男爵どの、出発はいつになりましょうか?」
ロフノールが聞いてきたが、答えはゴルテスが返した。
「おお、ロフノールどの、一両日には出立いたしましょうぞ。」
ご機嫌なゴルテスに対して、怪訝な顔のロフノール。
「よしなに願います。」
「まあそう急くでないわ、マリウスよ。」
ゴルテスは、急に砕けてきた。
「なんじゃ、ユリウス、お主がおるとややこしや。」
ユリウスとマリウス、偶然ではないのよ。
作者が、混同していたので。
「まあ、確かに、たまに作者も間違いよるからのう。」
「まあよい、お主も嫌いではなかろう。」
ユリウス=ゴルテスは、ロフノールに酒瓶を差し出した。
陶器製の、ワインボトルでけっこういい出来のやつだ。
ゴブリンを燃やした灰を混ぜ込んだ、なんちゃってボーンチャイナなんだけどね。
いい白色がでて、滑らかな肌合いが艶めかしい。
「この酒瓶も、良いものですな。」
「お?ロフノール、わかるかい?」
俺は嬉しくなって、ロフノールに話を振った。
「このように透き通ったような肌は、初めて見ます。」
「わかってくれるのは嬉しいねえ。」
マリウス=ロフノールにグラスを持たせて、シードルを注ぐ。
「やや!この杯は!」
薩摩切子を真似して作った、なんちゃって切子グラスである。
石英を河原で拾ってきて、夜なべして作った。
俺の自慢の逸品。
「わかる?わかる?俺の自慢の逸品。」
俺も赤い顔で、ロフノールに言う。
「いやもう、見たこともないような贅沢な杯でござるよ。」
ロフノールは、目の前にグラスを持ち上げて鼻息も荒い。
「それがさあ、ゴルテスのダンナなんか、これの良さがわかってくれないのよ。」
「そんなことはござらん。」
「そうか?この前も変な顔して呑んでたじゃん。」
「いや、それは…」
「なんだよ。」
「このような芸術品でワインを呑んで良いものかと…」
「そんなもん、俺が作ったんだぞ、好いに決まってるだろう。」
「ははあ。」
「なんだよ、割るのが怖いのか?でぇじょうぶだよ、何個でも作ってやらぁ。」
「お屋形さま、ご酒が過ぎたようで。」
なんだか嬉しくて、つい飲みすぎたようだ。
いつの間にか、寝室に寝かされていた。
兵士たちのおかげで、城壁の外にもうひとつ城壁ができた。
川港を作るついでに、城門の前に左右五十メートルくらい堀を作った。
これで、西の城門周りには魔物が近づけない。
西の城門から始まって、ぐるりと東の城門に向かって畑が延びている。
まだまだ全部を囲うほどではないがな。
しかし、農場はまだまだ増える。
城壁から外を見ながら、ウォルフが説明している。
「ホルストは、王都方面にもっと農場を広げたいと言っていますね。」
前方を指さしながら、農場をかたどって見せる。
「それは俺も賛成だ。協力も吝かでない。」
チコが着いてきて、横から顔を出した。
「お屋形さまは、お父さんの工房に大量の注文くれたのよ。」
言われてウォルフはにこりとした。
「へえ。」
「クワの先を、五〇〇本!」
「ふうん、チグリス一人じゃたいへんだな。」
ウォルフは顎に手を添えて考えている。
「まあ、マソプもいるし、大丈夫だろう。」
俺はそう言ってみたが、チコはちょっと心配そうだ。
「そうなのかな?鉄鉱石も残り少ないし。」
「そうか、明日はいや今日のうちに鉄鉱石を探しに行こう。」
「お館さまが?」
「俺のランドソナーなら、すぐに見つかるさ。」
「お客様はどうなさいます?」
「しばらく休んでもらおう。夕食までは、部屋に通しておけ。ああ、町を見たいと言うなら自由にさせろ。」
「かしこまり!」
チコは、元気に答えた。
「チコ、使者の接待はまかせたよ。」
「はい。」
昼食のお茶を済ますと、俺はラルに馬車を出させた。
なぜか、ティリスとアリスも着いてきたんだが。
「なんでおまいらいるの?」
「だって、ドライブなんて久しぶりなんだもん。」
「お外でお茶するのも久しぶり。」
「へいへい、聞いた俺がバカでした。」
かぽかぽとのんきな音をたてて、ロバの馬車は街道を進む。
東の城門から二キロほど北に向かうと、森があってその周りには鉄鉱石があることが多い。
パッシブソナーで、鉄をスキャンするとあるある、鉄鉱石の影がそこここに見えた。
「よし、このへんでいいよ、ラルは待っててくれ。
「あ、カズマ、お茶セット出して。」
「ここなら見晴らしもいいし、木の陰でちょうどいいですわ。」
「へいへい、どうぞおじょうさま。」
皮袋ストレージからテーブルといす、お茶の釜など出して並べた。
「ありがとう、気をつけてね。」
「ああ、ほらりんごだ。」
ティリスにりんごを渡して、広場を探る。
わりと草が立っているので、鉱石が見えない。
「ウインドカッター!」
手加減したウインドカッターを水平に走らせる。
「あるある、儲けたね~。」
ストレージに適当に吸い込んで、かなりの量が入った。
「この草原も、草刈って堆肥に使えるな。うーさーぎーは居ないな。」
試しに土魔法で掘り起こしてみると、五〇メートルプールくらいの畑になった。
草の根も深くないし、この分ならいい畑になるだろう。
うちの領土はこれでけっこう広い。
マゼラン伯爵領とはお隣同士で、境界も接している。
暴走で、最初にアランたちと魔物を始末した平原も、半分はレジオ領だ。
境界はけっこうあいまいだが、あそこだって優良な農地候補だぜ。
こんど、一回見に行こう。
「ラル、あしたこの鉄をチグリスに届けてくれ、そうだな兵士を五人ばかり連れて行くんだ。」
土魔法の精錬を使って、鉄鉱石から鉄だけを抜き出して、のべ板にしたものを魔法の皮袋に入れて渡した。
ラルは、うれしそうに笑って、それを受け取って腰につけた。
「兵士の訓練だね。」
俺は頷いて、ラルの肩に両手を置いた。
「そうだ、馬も使っていい。」
「がってんでい!」
レジオに戻ると、ラルにたのんで鋼板を運ぶ仕事を任せた。
ラルは喜んで仕事を請け負った。
レジオからマゼランまでは、一日半かかる。
途中、野宿で一泊するが、俺の作った小屋は中間地点にあるので、便利だ。
一泊くらい、一〇人なら十分に使用に耐える。
「小屋をもっと頑丈にしたほうがいいな、夜間魔物に襲われないように。」
少し強い柵で囲むとか、堀を掘るとかか…
「そうですね、お館さまの作った小屋は土ばかりだもの。」
ティリスが言うので、改めて思い出すとかなり適当に作ってあるよな。
ほとんどワンルームだし。
窓もはめ殺しにしちゃったし。
「急ごしらえだからな、あとで土魔法士に頼もう。」
少しはいいものになるさ。
夕食にロフノールを招いて、正式な晩餐となる。
この際、ティリスもアリスもドレスで出席している。
ティリスは青い花柄のドレス。
アリスは、ピンクの花柄のドレス。
俺も、ましな服装にかえた。
「男爵さま、お出かけでしたか?」
ロフノールは、慇懃に聞く。
なかなか態度は硬いままだな。
「ええ、農機具用の鉄鉱石を探しに行って来ました。」
「ほほう、鉄で農機具を。」
ロフノールの顔は、マジで驚いている。
「青銅では減りが早いからね。」
「そう言うものですか?私は、素養がないので、わかりませんが。」
俺の作ったワインに、すぐになじんだようだ。
あれは、少し甘めなんだけどな。
「マゼランのドワーフは腕がよくて、重宝してますよ。」
「ほほう、マゼラン伯爵領ですか。」
「ええ、伯爵はレジオに協力的ですから。」
「なるほど、それはありがたいですなあ。」
ロフノールは、にこにこと人のよい笑顔で食事をしている。
まだまだレジオでは、鍛冶屋もいないんだよ。
マゼランの職人街は、いい職人が多いしね。
「聖女殿は、ドレスになるといっそうあでやかですな。」
二人はほほを染めてうなずきあった。
「ありがとうございます、お使者さま。」
ふたりの声に、ロフノールの眉尻は下がりっぱなしだ。
「まったく、 固いのかやわかいのか、どっちなんだ?」
「うほほ。」
鼻毛が伸びてるぜ、おっさん。
「お使者さまはお口がお上手ですわね。」
「どうぞマリウスとおよびください。」
「そんな、もったいない。」
「いえいえ、聖女様にそう呼んでいただけたら、望外の幸せと言うものですよ。」
さっきからワインのピッチが早い早い。
酒豪というより、ただの水みたいだ。
もったいねえ。
「では、マリウスさま、パンのおかわりはいかがですか?」
「おお、もちろんいただきますとも、しかし、この煮込み料理はなんの肉ですかな?」
「ああ、それはツキノワグマですよ、先日王都の行きがけにとってきたんです。」
ロフノールは、驚いてパンのかけらを落とした。
「つ、ツキノワグマですと!なんとまあ、そんな凶暴な魔物を。」
「ああ、足は遅いし遠間から攻撃すれば、あっさりと倒せますよ。」
ロフノールは、ぎょっとして首を回した。
「それは、魔法で攻撃されたのですか?」
「まあそうです、とどめに眉間にメイスの一撃を。」
こぶしを縦に振ってみせる。
「さすが、レジオ男爵は剛の者ですなあ!」
またワインが空になる。
「それほどでも。」
俺は、肩をすくめてみせた。
「陣屋の町レアンでも評判でした。男爵さまはたくさんのけが人だけでなく、村のみんなも治療してしまったと。」
陣屋の町は『レアン』と言うらしいですな。
「たまたまです。聖女たちが馬車に酔ってしまって、動けなかったんですよ。ですから俺が代りに治療したんです。」
俺は妙にテレた。
「治癒魔法は繊細で使いにくいので、魔力が入りすぎました。おかげで、周りにいた村人の水虫まで治ったそうですが。」
「ほほ!水虫まで!」
「その熊は、レアンの郊外の森で獲れたんですよ。」
「なるほど、村人たちが感謝するわけですな!」
そんなもんですかねえ?たいした苦労もしていないので気にもしていなかったが。
ハタからみたら、けっこう大変なことなのかね?
「こちらに来る途中で、サイレーンの池を見てきました。大事業ですね。」
俺の土魔法一発でカマしたんだけど。
「そうです。あれは、サイレーンの災害をなくすために、無理やり行った政策です。本来なら、あんな強引な立ち退きはさせませんが。」
「しかし、危険な魔物ではあります。」
「そうですね、ですから川から隔離したのです。川漁師や水運の安全のために。しかも、サイレーンの卵は高値安定ですからね。」
「さてもそこですよ!サイレーンの卵!聞いただけでよだれが出ますな。」
ロフノールは、目を細めた。
「そうですか?あいにく食べたことがないんですよ。」
「それはもったいない。せっかく大量に捕まえたのです、ぜひご賞味されるべきです。」
「では、今度セリのときにでもいただきましょう。」
俺が言うと、ロフノールは理解が追いついていないのか、聞き返した。
「セリですか?なんです?」
「今度、王都やマゼランの商人を集めて、サイレーンの卵の競売を行うのです。いちばん高値をつけたものが晴れて購入できると言う。」
「おお!なんとも公正なお裁き。」
「商人の独占を防ぐためです。王都だけでなく、周りの町からも商人が来たら、レジオは大儲けですからね。」
「なるほど、それまでに生産を上げると言うことですな。」
「その通り!マリウス殿は商業にも明るくていらっしゃる。」
「なんのなんの。」
マリウス=ロフノールはほほを上気させて嬉しそうにしている。
マリウスと酒を呑み、軽い話をして散会となった。
「お屋形さま、ごきげんですね。」
俺の部屋に来て、アリスティアはソファにかけた。
「ああ、アリスか。どうだい?マリウスは。」
「あんなに正直なお方で、王宮が勤まりますのでしょうか?」
「ふむ、おれはあの正直さが、王様の気に入ってるところだと思うがな。そうでなければ、使者になどせんだろう。」
「そうかしら?」
「おれは気に入っているんだがな。」
「それはよろしゅうございます。」
「アリスはあいかわらずかたっ苦しいな。」
「これはくせでございます。」
「そうか。」
「お屋形さまを尊敬もしておりますし。」
「ふうん。」
「レジオに入って二カ月、もうじき三カ月になりましょうか、瞬くうちに町の様子が変わりました。」
「…」
「すべて、お屋形さまの手腕でございますよ。そのぶん苦労もされましたが、途中くじけもせずやりとげてございます。」
アリスティアにしては饒舌だな。
いつになく、言葉が多い。
「そうか、それで今夜はどうした?」
「そのことでございます。ティリスさまはご懐妊であらしゃいます。」
アリスティアは、まっすぐに俺を見つめた。
「ほえ?」
「お屋形さまの御子がおできになってございます。」
「あら~、それはびっくり。」
「もともとまあるいお顔が、少しふっくらしておいででしょう?昨日医師にかかりましたところ、ふた月でないかとのことです。」
「よくやったと言ってやらねばな。」
おいおい、俺、まだ十七なんだけどさ、親父になんのかい?
精神年齢は五十八歳でも、体は十七歳なんだもんさ。
「さようですね、そして、ティリスさまと相談しまして、今夜から私がお褥にあがることにしました。」
アリスティアは、少し青ざめた顔を向けた。
「いいのかい?」
「覚悟はできてございます。お屋形さまは、私がお嫌い?」
「お好きです。」
「ならば問題ございません。」
そう言って、夜着を落としたアリスティアは、女神のごとくきれいだった。
「聖女様のくせに。」
「こうしたのは貴方さまでしょう?」
「そうかい?」
やわらかい体を抱きよせて、そっと口づけるとアリスは腰がくだけた。
あわてて支えると、ほほを赤くして目を閉じる。
もう一度口づけて、そのままベッドに運んだ。
自慢の胸は、上向きに寝ても崩れたりしない。
そっと手を這わせると、あまい吐息が漏れる。
この際だから、じっくりとその大きな胸を堪能する。
そんなわけで、アリスの開発は念を入れて行っている。
朝までかかって、ゆっくりやってみようと思うので、みなさまとはこの辺で。
「「「「「おい!」」」」
(悲痛な叫びが聞こえそうだ。)
(だって、なろうの管理から叱られたんだもん。前作は削除になっちゃうしさ。)
新しいお話は、みなさん楽しんでくれるといいなあ。
翌朝は快晴。
そろそろ蝉の声が大きくなってきた。
地球でいえばアブラゼミなんだろう、こぶし大の大きな茶色い蝉が、庭木に停まって鳴いている。
みーんみーんとうるさい。
ティリスは、体調がすぐれないと言って、部屋から出てこない。
悪阻というやつか?
俺は、ティリスの部屋に行ってみた。
「なんだよ、具合が悪いのか?」
「…」
ティリスは、毛布をかぶったままだ。
「どうしたんだよ?」
おれが毛布をまくると、また、毛布を引っ張って体に巻きつける。
「何が気に入らないんだか?」
俺はベッドの端に座って、その背中をなぜた。
「わからないの?あいかわらず鈍感なのね。」
「わからんが、俺のせいか?」
「だって、ゆうべアリスとしたんでしょう?」
そのことで怒っているのか?
「お前と相談したと言っていたぞ。」
「頭でわかっていても、感情が付いてこないこともあるのよ!」
「そうか、それは俺が無神経だったな、お前は子供のことを気遣っているんだと思ってた。」
「それもあるわよ。」
「生むのに不安か?」
「それもあるわ、でも、あなたの子供だもん産みたい。」
「そうか、いい子を産んでくれ。」
「ばか…」
ティリスをひっくりかえして唇を重ねる。
「ん…」
「おまえは俺の大事な聖女様だ。」
やっと安心したように、ほんのりと笑ってティリスは俺を送り出した。
「これは、暑くて馬がたまらんなあ。」
マリウス=ロフノールは、従者を二人連れていた。
王様の使者にしては質素なものだ。
もちろん、従者はウォルフたちが接待していた。
「そうですね、ゆっくり行きましょう。」
俺は、あいかわらずの幌馬車に、ロバをくっつけてかぽかぽと、つつましやかに進んでいる。
「男爵さまの乗り物とは思えませんな。」
「愛着があるんだよ。この馬車もロバも。」
「左様ですかな。」
「幌があるから、日差しが暑くないし。」
「なるほど。」
馬車の横に轡を並べて、マリウスは上機嫌で進む。
「しかし、パン持ってこいとは、恐れ入る内容だな。」
「そうですか?」
幌の中から、アリスティアの声がする。
妊娠二か月のティリスは留守番に置いてきた。
アリスも残そうと思ったんだが、どうしても着いてくると言うので、しかたなく許可した。
「聖女殿は、暑くありませんか?」
「はい、お屋形さまが風魔法で、幌の中を涼しくしてくださるんです。」
「ほほう!なんと言う多彩な魔法でござろう。」
「応用しているだけですよ。」
水魔法で霧を出して、風魔法で運ぶだけさ。
「なんと二系統同時発動ですと!上級魔術師でも難しいのに、馬車を操りながら…」
そんなむずかしいことなのか?
俺にはよくわからん。
だいいち、これも生活魔法の応用だ。
ゲームで言えば、魔力①くらいしか使ってないんだよ。
「しかし、水運で向かえば一日で着くのに、馬では二日もかかってしまう。不便なものだな。」
「男爵さま、騎士とはそういうものでござる。」
なるほど、騎士道ってやつですかい?ご苦労なこってす。
半日かけて、ソンヌ川の岩場に来た。
大きな屋根のある休憩所を作ってある。
ここで大休止である。
昼食もここで取るので、川岸に馬をつなぐ。
向こうに遠くサイレーンの池の石壁が見える。
「こうしてみるとでかいな。」
「さよう、わしは最初、何の防壁か見当もつきませなんだ。」
「そうですかね?」
「こうして見ると、出城のようにも見えますな。」
「なるほど、まあ片面一〇〇メートルもありますから、そのぐらいの規模はありますね。」
「まさかあれが、魚の池とは思いませんよ。」
「ふむ、でも魔物に取られては大損ですからねえ。」
「そのとおりですな、サイレーンの卵は、金の重さと同等の値と言いますからな。」
「たまご一グラム金一グラムですか?」
「そのとおり、まことに貴重なものです。」
それはいいこと聞いた。
セリでは、せいぜい釣り上げてくれよ。
俺は、後日四隅に物見の塔を立ち上げた。
やっぱ、見張りは必要だし。
俺は、昼食用にストレージからかまどを取りだして火を起こした。
「男爵さまはいつもそのようなものを持ち歩いておるのですか?」
「ええまあ、俺の革袋は大きめに作ってあるので、大抵のものは持ち歩けます。」
「作ってある?」
「ええ、魔力の大きさによって、革袋は変化するんですよ。こめる術式にも差があります。」
「なんとのう、それでワシの袋は小さいのかのう?」
「どれ、見せてください。」
マリウスは、懐から小さな革袋を取りだした。
「ほう、これですか、なるほどなるほど。」
確かに汎用で、魔力がなくても使えるタイプだが、さすがに小さいな。
着替えとなにか少ししか入らない。
かなり魔力をケチったシロモノだ。
「ちょっと細工してもいいですか?」
「は、はあ。」
マリウスは、不安そうだ。
これだって、金貨一枚はしただろうからな。
「ここをこうして~、うにょにょにょ。」
魔力は倍以上にして、空間を押し広げる。
よし、ここだ!
うにょん!
「ひろがりました、汎用だから少し苦労しましたが、家一軒分は広がったはずです。」
「ええ!家一軒分なんて、金貨五枚しますですよ!」
王都物価たけェ!
「ないしょですよ、マリウス殿は苦労しておられるようですから、ほんのお礼です。」
マリウスは、革袋を握りしめて考え込んでいた。
「ごはんですよ~。」
アリスの間の抜けた声が届いた。




