第三十九話 ウハウハ!
まだ苦しんでいます。
本当に、これでいいのか悩んで悩んで、でも正解が得られません。
途中みたいで申し訳ないのですが、読んでいただきましたらさいわいです。
王都ではあふれかえっていた陣借りものも、レジオにくると半数近くは逃げ散った。
たったこれだけの旅程で厭になるような根性無しはいらん。
なにしろ、待っているのは瓦礫の撤去作業が主体だ。
レジオまでたどり着いても、そこでの作業に三日で逃げ出すやつが出てくる。
つらい作業だわ。
魔法の素養のないやつらは、自分の腕力が頼りだし。
「殿、どうしてレジオの領地をお受けになったのでしょうか?」
アリスティアは頭がいい、やっぱりそこに気が付いたか。
「どうして…とは?」
「このように荒れた領地をいただいても、時間と出費がかかるだけでしょう?」
美しい眉根をきゅっと寄せるしぐさも愛らしい。
「まあ、常識的に考えればそうだな。」
「子供でも疑問に思います。」
「簡単に言うと、王家に金がないからだ。」
「おカネ?」
「貧乏なんだよ、イシュタール王家は。」
「なぜ?オルレアンもバロアも、大変裕福でいらっしゃるのに。王様もお妃さまも、お衣装は立派でしたわ。」
「そこからの税収が、どこかで消えているんじゃないかな?」
「まあ!」
「だから、政治向きに金を使うと、どこかでしわ寄せが来る。」
「はい。」
「レジオを丸投げにしたのは、そう言う思惑もあるのさ。」
「…」
「つまり、俺のやっつけた魔物に対して、はらうゼニがないんだよ。」
「そんなばかな。」
「だから、勲章やマントでごまかして、直接の討伐報酬をケチってあるのさ。」
俺は肩をすくめた。
「レジオの領地をやるから、そこの税収は三年免除してやるって、宰相のおっさんが恩着せがましく言ってたよ。」
「あれは、そう言う意味だったんですか。」
「そう。金がねえから物納で勘弁してくれってところだ。」
「はあ~、困ったものですねえ。」
「俺が宰相なら、貴族たちを締め上げて、領地の収入を吐き出させるがね。」
「そんなことをしたら、お命を狙われまする。」
「そこはそれ、うまく逃げちまえばいいんだよ。」
「領地や領民を捨てて?」
「彼らも、とばっちりを受けなくて済む。」
「そうでしょうか?」
アリスティアは、先まで読んだようだ。
「簡単じゃないが、報償としては微妙なもんなんだよ。」
貴族にしてやるなんて、聞こえはいいが、その実・中身はお粗末なものだ。
かげで王様が頭を下げるような行政では、この国も危うい。
しかし、素直に引き受けて嬉しそうにしていないと、みんなの面目が立たない。
魔物一〇〇〇〇匹っていうのは、恐ろしく都合の悪い取引だったってことだよ。
俺自身も、やるんじゃなかったって、後悔したもんさ。
こんなお荷物しょい込むのはノーサンキューだったんだけど、やっちまったものはしょうがない。
ここは素直に受けて、できる限り復興させて、あと、できなかったら逃げるんだよ。
ほかに手もなきゃ、アテもない。
だから、いろいろとできることを広げているんだ。
瓦礫の片づけなんか、本来いち部署で担当すれば済む話さ。
だから、最初にやってきた陣借りたちに、適当に職名を付けてまかせた。
たとえば、ホルスト=ヒターチに治安維持局とかね。
でも、東地区でがれきを撤去しているけど。
ゲオルグ=ベルンに、街頭整備局とか。
それもかなりハードな状態で、ブラック企業もまっつぁおな勤務地だからな。
根性のない奴には勤まらない。
そのぶん、生半可なやつは残っていない。
言うなれば、篩<ふるい>にかかったやつばかりだ。
並はずれた根性と、体力の持ち主と言える。
この一カ月、瓦礫の撤去と家の修復で過ぎたが、そのおかげで東西を結ぶメインストリートはきれいに復旧した。
べスの『かもめ亭』も営業を開始、俺の家からも近い。
俺は、ベスにパンを教えて、食堂で売るようにした。
「ベス、これがパンのタネだ。」
俺は、革袋から壺を出して見せた。
複数仕込んであるウチのひとつで、リンゴを主体としたタネだ。
「へえ、そんなものがあるのかい?」
「そうだよ、これをこうして篩をかけた粉に混ぜて、さらにミルクを混ぜる。」
「ほえ~、ミルクとは贅沢だね。」
「そこに、塩をこのくらいと、蜂みつをこのくらい入れる。」
あらかじめ測ってあるあるものを、小鉢に小分けしてある。
「ちょ!そんな高級品を!」
さすがベス、一目で見抜いたな。
砂糖がないから、はちみつで代用しようと思ったんだけど。
そのうち、サトウキビでも見つけるさ。
輸入品はあるんだよ、砂糖。
ロマーニャは、高値安定を狙って、小出しにしてやがる。
こすっからい連中だ。
「いいんだよ、おれはいっぱい持ってるから。」
「はあ…」
ちゃんとはちみつが入ってないとまずいじゃないか。
「そして、こうしてよくこねたものを、バターを塗ったボウルに入れて一次発酵。」
三十分ほどこうして寝かせると、膨らんでくるんだ。
ふたりでお茶を飲んで膨らむのを待つ。
宿屋の運営についてなんかを聞いてみた。
タネは、魔法で発酵させてもいいけど、魔法使いが居ない状態では、自然発酵に任せないといけない。
そのほうが気泡が小さくて歯切れもいいけどな。
なんとかタイム…そうそう、ベンチタイムだ。
こいつが膨らんだら、もう一度バターを練り込んで二次発酵。
ここもベンチタイムがある。
よく膨らんだモノを、ケッパーで切り取ってくるくると丸めるとロールパンのできあがり。
バットに並べて、三次発酵を待つ。
パン作りは、待つことも仕事のうちだねえ。
いいかんじで膨らんだら、オーブンに入れて焼くのだ。
「なかなか手間のかかる行程だね。」
ベスは、ロールパンを睨むように見ている。
「このベンチタイムが重要らしいね。」
マリアが、横から聞いてくる。
「うん、そのうち子供たちに発酵魔法を覚えさせれば、早くできるようになるよ。」
「なるほどねえ、まあ、最初はあたしたちだけでやらなきゃならないんだね。」
「そう言うこと。」
もちろんマリアの手伝いも含めて。
こいつは売れたね!
古くなったらパン粉にして…なんて考えてたら、ぜんぜん残らない!
しかたがないので、パン粉は別にキープして作ったさ。
また、西の城門の周りに牛牧場を開設。
これも、寡婦とその子供に世話をさせ、乳製品を大量に作ることにした。
「聖女さま、危ないですよ!」
ティリスが平気な顔をして牛に近づくので、寡婦たちは顔を真っ青にした。
「あら、平気ですよ、この子たちはおなかに子供がいるので、穏やかですし。」
ふつう、胎に子供がいたら気が荒いだろうが!
ティリスはもう!
「「「えええ~?」」」
「じゃあ、ちょっと見ててくださいね。」
ティリスは、小さな椅子とバケツを持って、牝牛のおなかの下に置いた。
「は~い、しぼりますよ~。」
きゅっきゅっと両手を動かして、牝牛の乳を搾る。
「はあ~、そういうふうにやるんですか。」
「はい、さああなたたちもやるんですよ。」
寡婦たちはびくびくしながらも、牝牛の腹の下にバケツを置いた。
「ふひ~、なかなかうまく出ません。」
「こう言う感じで、上から下へ~。」
ティリスがして見せると、彼女たちもなんとか理解したようだ。
そうしていると、孤児たちも牛の下に入って乳を搾り始めた。
子供たちは、すぐになじんだようだ。
「あはは!うまく出るよ。」
「あたしも!」
「はあ、こどもたちは上手ですねえ。」
「遊びみたいなものですからねえ、こうして絞ってあげないと乳腺炎と言って、病気をおこしたりします。」
「まあ、そりゃたいへんだ。」
「人間にもありますからね。」
「ああ、あの痛いやつ。」
自分の胸を押さえて、顔をしかめる。
「はあ~、乳の出の好い人はそれで悩むんだねえ。」
「出なきゃ出ないで、悩みの種だし。」
寡婦たちは、それぞれに悩みがあったようだ。
バケツで絞っては、大きな樽の中に乳を集める。
それを子供たちがバターにする。
バターは重要だ。
子供たちの貴重な現金収入になった。
あ、もちろん樽を改造してバターチャーンを作った。
くるくる回すと牛乳を分離できる単純なものだ。
子供たちは、かわりべんたんにこれを回すと、中から新鮮なバターが出てくる。
残ったホエーは、草に混ぜて乳牛に食べさせると、栄養価が高い。
もちろん、子牛の胃からレンネットを取り出して、チーズ造りも始めた。
魔法を使えば、子牛を殺さずにレンネットを手に入れることができるんだ。
「これは盲点だった。」
魔法の利便性を再認識する、ここは化学にはまねのできないところだな。
魔法のイメージ力は、本人の才能でもあるのだ。
「そうですね、でも牛乳からこんなおいしいものができるなんて、お屋形さまは物知りですわ。」
アリスティアは、ことのほかチーズにご執心だ。
「パンにバターにチーズ!レジオにはおいしいものがあふれているわ!」
ティリスが、こぶしを握り締めて力説する。
ちょっと大きい子供達には、鶏に似たトリ(体高五〇センチ以上ある、けっこう大型。)をたくさん捕まえて、トリ小屋を造らせた。
こいつは飛べない鳥だ。
色は黒っぽいやつとか、焦げ茶色とかで、トサカはない。
ま、卵産んでくれれば、どんなもんでもいいさ。
ドードー鳥の小型版みたいなやつ。
養鶏は、わりあいやりやすいと思ったのだ。
こちらも、テニスコートくらいの広さに一〇〇羽くらい入ってる。
子供たちの土魔法で一メートルくらいの高さの柵を作ったが、俺が殴ったら割れた。
しょうがないから作り直してやった。
念には念を入れて、幅三〇センチ~五〇センチの頑丈な奴だ。
子供のつくったやつの外側に添えた。
「この上に花でも植えるときれいだな。」
と言ったら、
「こんな長いのに植えるのは非効率だわ。」
と、ティリスに責められた。
心外だな。
こっそり一メートル間隔でプランターを作ってやった。
土をいいかげんに固めてあるので、もっても五年くらいだろう。
まあ、雑草でも固まって咲いていたらきれいなものさ。
「人生には潤いが必要なのだよ。」
そう言ったら、あきれられたけど。
雄鶏も捕まえたから、増えたら柵を増やせばいい。
カルシウムが欲しいから、魔物の骨をがんがん叩いて粉にさせている。
これを餌に混ぜると、卵がしっかりする。
男の子たちはなかなか・いい働き手になってきた。
「お屋形さま~、骨粉ってこのくらいでいい?」
「おお、よくやったな、こっちがまだ荒いぞ、よくたたいてくれ。」
「はい!」
子供隊の中でも、すこし大きな子たちだ。
「なかなか役に立つ連中だな。」
「お屋形さま、あの子たちはそのうち兵隊としても使えますよ。」
ホルスト=ヒターチは、俺のそばにいて良く補佐してくれる。
子供たちは、がんばって餌集めを始めたし。
牛と鶏はキープできたが、やっぱ豚はな~、このへんじゃでかいイノシシしかいないんだもんな。
トンカツ~、常時キープできたらトンカツ専門店出そうと思ったのに。
ここじゃ、トンカツの作り方なんか、誰も知らんから儲かると思うんだよ。
でもって、プロシュートだよ~。
豚じゃないけど、いいハムとソーセージが作れそうじゃないか。
こうやって、ちまちまと改革を進めていけば、きっとレジオの産業はよくなるよ。
農協で育ててきた知識は、邪魔にはならないからね。
「カズマは欲張りね。」
ティリスは言うけど、みんな商売しないと暮らしていけないじゃないか。
ただ、大イノシシは、小さくても二メートル半はあるからな、普通で三メートル。
こらもう、気も荒いし飼いならすのは大変だろう。
赤ちゃんを盗んでくるか、気の優しいメスを連れてくるかしないと、養豚なんて無理だ!
「ここを、商業中継基地としてマゼランと王都を繋ぐんだ。」
「ほえ~、カズマさまは、壮大な理想をおもちですねー。」
アリスは、いまいちわかっていないようだが。
「ウォルフ、川港の造成は進んでいるか?」
「はい、順調ですよ。ホルストが、がんばってますから。」
「なんだ?あいつ、東門やってたんじゃないのか?」
「それは、軌道に乗ったので別の人に任せてます。川港は、お館さまの肝いりですから。」
「なるほど、かなり深く掘ったからなあ。護岸だけでも手伝おうか?」
「いえ、泳ぎの得意な連中を選んで、川底からやってるみたいですよ。一度、入り口を閉じて、水を汲み出すんだそうです。」
「ほえ~、手間だなあ。やっぱ手伝おう。水抜きは、素人には無理だよ。」
「そうですねえ、ホルストに話しておきます。」
「それと、そろそろ水運に鬼門のサイレーン対策をしようと思う。」
ウォルフに言うと、計画書をめくって見ている。
「あれですか、じゃあ川漁師のメルスを使ってください、彼なら知識も豊富です。」
「わかった、意外と人材いるじゃん。」
「まあ、町ひとつあるわけですから。」
「ウォルフの人材管理のおかげだな。」
ウォルフは黙って赤くなった。
いいやつだ。
俺は、メルスと共に、領内のレーヌ川河畔にやってきた。
「ほう、この岩場の向こうにいるのか?」
「はい、お館さま。ここからでもくちばしが見えます。」
メルスの指さす先には、確かに尖ったくちばしが、水面から出ているのが見える。
たまに水面から飛び跳ねる姿は勇壮だ。
「へえ~、でかいな。」
「平均で三メートルは優にありますから。」
「この辺は深さはどのくらいだ?」
「へえ、だいたい一〇メートルはございます。」
深いところは二〇~三〇メートルの場所もあるそうだ。
そうか、そんな距離で船の底を打ちぬくとは、スピードも侮れんな。
「まあ、縦に泳ぐのは速いんですが、横に泳ぐのは苦手で。」
「まあ、あのかっこうならそうだな。」
「ですから、網で捕るのはわりと簡単なんです。」
「よしわかった!メルス、お前が中心になって、追い込みの船団をしつらえろ。おれはこれから池を作る。」
「へ?あっしがですかい?」
「おまえでなくて、誰ができる。いいか、川の上流と下流を同時にふさぐんだ、そして、セイレーンを追い詰めろ。俺の掘った池に追い込むんだ。」
「がってんです。やってみせまさぁ。」
「よし。」
俺は、岩場から降りて、川のふちに立つ。
「この辺でいいか…」
川から十五メートルくらい離れたところの、開けた場所を選んだ。
ま、川沿いだ、どこも広く草原になっている。
メルスは、俺の後ろに立ってごくりと喉を鳴らした。
「だいたい一〇〇メートル四方くらいで…」
ごごごごご
俺の目の前で大量の土が移動を始める。
土魔法も極めると、こんなこともできるなんちて。
まだまだこんなもん初歩だろう。
土ボコの応用編だしさ~、消費魔力量は抑えられているんだぜ。
ごっそり抜けた土を池の周りに盛り上げて、ほかの魔物がちょかいだせないようにしっかり固める。
ま、サイレーンも肉食。
魔物だって、ここに落ちたら助かるめえ。
深さにして十五メートルはとれた。
その分、囲いも同じくらいは立ち上げる。
幅は二〇メートル。
堤防より堅固だ。
大水が来ても、この囲いであれば流されまい。
逃げても知れてるけど、船がやられると困るからな。
「お館さまァ、すっげえです!こんな魔法使い見たことねえです!」
「そうか?これもオシリスさまの加護だよ。」
「へえ!ちげえねえ!」
「じゃあメルス、あとは頼んだよ。」
「へい!きっとやりとげます。」
入り口は三重の柵で仕切りを入れて、川の水が循環できるようにした。
硬化のかかった、しっかりした入り口だ。
ここに、水ごとサイレーンを流し込むのだ。
いまからわくわくするじゃないか。
こういう大事業は大好物です。
俺たちは、レジオに戻った。
「船大工はいるか?」
「へい、南地区に五人ほどいたはずですが。」
「そうか、俺はそっちに行ってみる。おまえは、漁師を集めてくれ。」
「へい!」
俺は、メルスと別れて南地区に入った。
南地区の村長は、ガメルという欲深そうな名前の男だった。
だいたい三十五ぐらいか、背は平均だががっちりしている。
「ガメル、船大工はどこにいる?」
「はい、ご案内します。」
大平透のような、深い声だ。(大魔王さまとはちがうよ。)
「船を二艘頼みたい。平舟でもいいが、大きさは三〇メートルはほしい。」
「お館さま、なにをするんですかい?」
「水運だ、マゼランから王都に向けて荷を運ぶ。」
「そりゃあ無理だ、セイレーンに沈められちまう。」
「セイレーンはつかまえる。そして、川には出さない。」
「へえ?」
「だから、船を造るのに何日かかる?いくら必要だ。」
「そうですね、そんな大きさだと…」
「よし、ほかの町が気がつく前に、レジオで水運を独占するんだ!いそげ!」
「へい!」
船大工たちは半信半疑だったが、スポンサーの意向なのでそのまま船の開発に手をかけた。
レジオの周りにも、果物の実る森はあるが、ここも森ゴリラ・クマなどの魔獣が出没する。
しかし、いまは大暴走のおかげで、獣が極端に出てこない。
これを逃す手はない。
俺は、手のあいた者を集めて、一気に採集をさせた。
ゴルテスの連れてきた兵士に護衛をさせる。
三十人くらい連れてきた。
寡婦・孤児は合わせて一〇〇人以上いるだろう。
怠け者の陣借り者より、よほどまじめに働いてくれる。
「お館さま~、こんなに集めてどうすんですか~?」
「みんなの現金収入を確保するんだ。」
「こんなもん、急に売れないでしょう?」
「だから、全部酒にするんだよ。」
寡婦と孤児を集めて、盛大に樽を作らせておいた。
町の一角に作った大きな倉庫に運び込み、女の子を集めてブドウ踏みだ。
「あ、あたしもやるー。」
「ティリスはだめ。」
「え~?なんで~?」
「こういうのは、穢れなき乙女でないとだめなんだよ~。」
「あ~!ひっど~い!」
「子供の仕事を取るんじゃないよ奥方。」
後ろからベスの声がする。
「ようベス、宿屋はいいのかい?」
「お館さまがおもしろいこと始めたって言うから見に来たんだよ。酒は、宿屋につきものだからね。」
「まあな、さすがにブドウは酒になるのがはやいな、つぶすそばから泡が出てるぜ。」
「ほう、こりゃあいい酒になるね。」
「そこで俺たちの出番。」
「?」
俺は、水魔法で発酵を促進してやる。
糖分を分解して、アルコールにするんだ。
分子構造がわかると、どう進めればいいのかがわかる。
「無花果や、リンゴもこうしてきっかけを作ってやると、すぐに酒になるんだ。」
シードルやカルヴァドスになる。
これで、ティリスもアリスティアも酒精おこしは得意だ。
「そこに、この蜂蜜を加える。」
「あ~!もったいない!」
ティリスが叫ぶ。
「アホ、使うときに一番いいものを使わないでどうする。とっといてもいいことなんざないぞ。」
「それもそうですね。」
「こう言うときは、いいモノから使うんだ。そうすれば、いいモノができる。」
「はい。」
ベスが聞いてきた。
「そのはちみつは?」
「この前レアンの街で取ってきた蜂蜜だ、ものすげえ大量にあったからな。」
リンゴにぶっかけて、樽に仕込む。
「お館さまは、いろんなことを知ってるんだねえ。」
ベスが感心したように覗き込む。
「ティリス、発酵促進を頼む。」
「はい」
ティリスは、樽の中の糖分に働きかけ、酵母と結び付けてアルコールに昇華させる。
「うわ、動きすぎだ。」
俺は、樽の栓を抜いてガス抜きをする。
「爆発するところだった。ティリスの発酵促進は効率が良すぎる。」
「良くって文句言われてもねえ。」
「あはは。」
作業場には何十樽というワインが並んだ。
一個一個、製造日と原料が焼き印される。
炭で真っ赤になるまで熱せられた焼き印は押しつけると、じゅうと音がする。
「あ?マレーネとエディットがいるじゃないか!」
マゼランの娘たちが、なぜか混じっている。
「あ、めっかっちゃった!」
マレーネがしまったと言うような顔をする。
エディットは、にこにこ顔だ。
「なんでここにいるんだよ。」
「だって、お師匠さま、ちっともマゼランに帰ってこないし。」
「そうだし!」
「ん~まあ、仕事ふえちゃったしなあ。」
「だから、ミシェルとマルソーに頼んで連れてきてもらったんだ。」
「いや、おまえ、親父さんはどうしたんだよ。」
足の悪いアダムは、紙漉きで忙しいはず。
「ああ、近所の未亡人が世話に来てくれてる。うまくやってるみたい。」
「はあ?あのやろう、隅に置けねえな。」
「そんなわけで、あたしはこっちに来てもいいんだって。とうちゃんが送り出してくれたの。」
「うえ~、大丈夫かよ。」
「大丈夫ですよ、あたしもお手伝いします。」
「わかった、詳しい仕事はチコに聞いてくれ。」
「「はーい。」」
「マルソー、しばらくこっちにいるのか?」
「ああ、今日みたいに果物採りに出るときは、護衛も必要だろう?」
「そりゃそうだが。」
「男爵さまがいつも出張ってちゃ、仕事にならんだろう。」
「ああ、そう言うときは頼むよ。」
「任せとけって、明日にはレミーとジャックも来るぜ。」
「騒がしくなりそうだな。」
レジオの冒険者ギルドは、まだまだ仮置きのような状態なので、受付すら機能していない。
こうなると、マリエとかベテラン受付嬢が欲しくなるな。
「そりゃ欲張りだ。」
俺は、ベス達の元に戻る。
「そういえばバターはどうだい?」
小ぶりな樽にミルクを詰めて、ハンドルでぐるぐる回して、遠心分離する。
バターチャーンを、真似してみた。
「ああ!あれはいいね!なにに使ってもうまみが出る。」
「だべ?パンはどうだ、うまくできるようになったか?」
「いい出来だよ、みんな、パンだけ買いにくるよ。」
「そうか、マリアはうまくなったようだな。」
同じ寡婦のマリアに、パンを専門に作らせているそうだ。
「パン係をもっと増やそうかね?」
「そうだな、そっちのリンゴもってけ、パンの種にエサやらねーと育たねえ。」
「あいよ、マーサとモリスってのがやりたがってるんだけど。」
「やらせてみろよ、下手だったら他の仕事に使う。」
「わかったよ、やらせてみる。」
ベスは、リンゴを三つほど持って宿屋に帰った。
『そ~れ!引け~い!』
レーヌ川では、七十艘の船が浮かんで、いっせいに網を張っている。
漁師の連携がやっとまとまったので、セイレーンの追い込み漁を始めたのだ。
各船には、魔法使いがたくさん乗っている。
セイレーンが逆襲したときに対処するため、また、けがをした時の治療のためである。
このあたりの川の水深は、約二〇~三〇メートル。
セイレーンは縦には速く泳げるが、横にはさっぱりなので網で囲うにはあまり心配はいらない。
川底からの垂直攻撃さえ気を付けていれば、厄介なことはないのだ。
縦に長い網を川中にひろげ、盛んに音を立ててサイレーンを追い込む。
何しろ気の荒い連中だ、一言言うと三言帰ってくる。
「黙ってやれねえのか!てめえら男だろう!」
おれの一括に、全員首をすくめた。
「お館さま~、もうちょっとうまみくだせぇよ~。」
ゴンゾと言う、ひげ面の大男が小さくなって懇願する。
「ばかやろう!セイレーンの卵ってえうまみがあンだろが!すぐに現金収入にはならんが、巨万の富をくれるぞ。」
「あ!セイレーンは生け捕りにするんですかい?」
「いまごろ気がつきやがる!てめぇ、アタマ使ってンのかい!」
「す、すんませ~ん。」
最初に、ゴロまいてきやがったので、叩きのめしてやったらおとなしくなった。
「男爵だか柄杓だか知らねぇが、川にきて勝手なこと言うんじゃねえ!」
川漁師のゴンゾが、息まいてきた。
「ああ?てめえこそ生意気なこと言うんじゃねえぜ。」
最初からケンカ腰なゴンゾは、一歩も引かない。
「男なら口で勝とうなんて思うな!」
ゴンゾは、右手を振りかぶって上からたたきつける。
それを右手でいなして、腹に拳を叩き込む。
レバーが上にずれて、息ができなくなる。
「ぐむ!」
「ほれ!顎がおるすだ!」
アッパーカットをねじりこむ。
「げはあ!」
ゴンゾは、腹を抱えたまま前のめりにぶっ倒れた。
「うわあ~!ゴンゾがやられた!」
川漁師たちは大騒ぎになった。
流石のゴンゾも、白目を向いてひっくり返ってる。
俺は、軽くヒールをかけてやった。
そのうち目が覚めるだろう。
ほっとけ。
ま、そのおかげで、ゴンゾは言うことを聞くようになり、川漁師たちとも和解した。
仕事がスムーズに進むようになったのだ。
上流と下流から同時に網を張り、徐々にせばめて生簀に追い込むのである。
「おお!さすがにうまいなあ。」
「船を操る技術が重要ですね。」
さすが、アリスはまじめだな。
「セイレーンの卵が食べ放題、うう!」
食い気に走るティリス。
「そいつぁ売りもんだ、手ぇつけんじゃねえぜ。」
「ええ~!食べようよ~。」
そんなことを言っているうちに、八十メートルほどの川幅をせき止めた網が合流する。
そろそろとセイレーンが固まって来たところで、生簀の入り口を開けると濁流とともにセイレーンが生簀になだれ込んだ。
「「「うわ~い!」」」
漁師の歓声がこだまして、滝のようにプールに水が落ちる。
その水につられて、セイレーンがいっしょに雪崩込んで行く。
どどどという、とてつもない音がして、高低差八メートルくらいの滝を雪崩落ちる。
「「「うおおおおおお!!」」」
川漁師たちの歓声が響く中、セイレーン達はプールに落ちて行く。
「とりこぼしはないか?」
俺は、探知魔法を川の中に広げて、立て泳ぎしている魚がいないか探してみた。
いまのところ、川の中にはいないようだ。
「よし!」
これで、無事セイレーンは生簀に収まった。
俺の土魔法で、入り口を閉じるとセイレーンはくちばしをつき出してあばれている。
嘴のような槍のような、とがった口を空に突き出してジャンプする様は、ミサイルのようだ。
運河部分は、幅が五~六メートルしかないので、流速が上がる。
斜めに飛んでいく奴もいて、壮観というか、ブラックタイガーの編隊と言うか…
なにしろ、数にしたら数百匹に該当する。
そりゃあ恐いわ。
プールがチト狭かったかと思うくらい。
「あ、あれは怖いですね。」
「刺さると、返しがあって抜けないそうだよ。」
「痛そう。」
アリスは真っ青になっている。
生簀に入ったセイレーンは、盛んに飛び上がっている。
生簀の囲いは、丸太で補強してあるし、この周りに石積みで獣避けを作れば大丈夫だ。
あとは、兵士の巡回で守ろう。
「どうだ?取りのこしはいそうか?」
メルスは、上気した顔をあげて言った。
「すげえです!とり残しはいません!」
「よし、メルス!みんな上がれ、一杯やろう。」
漁師たちを陸に上げて、酒をふるまう。
この前作ったカルヴァドスだ。
「うめー!こりゃあうめえ酒だ!」
「まだ若いけど、いい酒だろ?こんど、売り出すんだ。」
「お館さま~、これは売れますぜ!」
「さあ、肉も食ってくれ!」
ティリスたちが用意した焼き肉も、どんどんふるまう。
総勢二百人近い川漁師たちは、満足げな顔をしている。
「メルス!このセイレーンの世話は、あんたたち川漁師に任せる。うまく増やしてくれ。」
「「「「へい!」」」」
ここもただ働きだが、これでセイレーンの養殖が軌道に乗ったら、税収は計り知れない。
損して得取れだよ。
川漁師たちは、四隅の見張り塔に常駐するものをくじ引きで決めた。
「いや、お館さま、セイレーンがいなくなれば、ここも立派な漁場になりますぜ。」
「ああ、そうだね、船が沈められないもんな。」
それは考えてなかったが、なるほど優良な漁場も確保できたんだ。
「俺たちにとっちゃ、渡りに船ってやつですよ。」
「ちげえねぇ!」
「ついでにもっと池作って、ほかの魚もやりますかい?」
「それもいいな、研究しちゃあどうだ?穴なら得意なやつがそろってるぞ。」
「やってみます。」
いい返事だ。
ムリ~とかできね~とか言ってるやつは、一生うかばれねぇ。
一大事業とも思えた、セイレーン捕獲作戦は、こうして落ち着いた。
なんと言っても、領地もちだ。
方針が決まれば、いかようにも動かせることができる。
こんな面白いモノもないな。
上役の指示を受けながら、どうでもいいような作業をしなくてもいいなんて。
計画を頭で練るだけでなく、こうして実現できることの楽しさは、言うに言われない。
「お館さま~!大変です。」
「どうしたウォルフ。」
「王都の商会から、セイレーンの卵の注文がこんなに来てます!」
「はあ?まだ卵が取れてもいないのに?」
「どうも、大々的にやったのでうわさが広まったようです。」
「じゃあ、セリやろうぜ。それも盛大に。」
「セリ?」
「だれが一番高く買うか、一か所に集めて売りつけてやるのさ。」
「なるほど!一番高値を付けた人が、買付けできると言うことですね!」
「初セリだ、ご祝儀相場で大もうけだな!」
一匹のセイレーンからは、だいたい百キロくらいの卵がとれる。
そりゃもう笑いが止まらん。
また、商人は王都から、レジオの船でやってくる。
船賃も儲かってウハウハ。
当然、宿屋に泊る。
宿賃入ってウハウハ!
宿では、あのパンを食べる。
王都で宣伝してくれてウハウハ!!
まあ、最初の卵は塩漬けにして、王様に持って行ってやろう。
レジオは、かつてない繁栄を得ようとしていた。




