↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
38/68

第三十八話 レジオに帰還

 二日を経て、マゼラン伯爵の馬車はレジオに着いた。

「伯爵、休んで行ってよ。」

 荒廃したレジオの町は、伯爵にはショックなんだろうな、顔色が悪い。

 まだ西門付近はマシな方なんだぜ。

 東門に至っては、崩壊しているからな。

 教会の前に、慰霊塔を立てたから、それだけでも見て行ってくれるとよかったんだが。

「いや、ワシはすぐにマゼランに戻るでおじゃる。あんまり留守にしすぎたからのう。」

「たいへんだったな、今回は俺のために手数をかけてしまったし。」


「なに、お隣さんじゃもの、心配には及ばんよ。」

「伯爵さま、いろいろお骨折りいただき、ありがとうございました。」

 こういう時、アリスは如才ない。

「うむ、聖女殿もいろいろかかりもあろうが、おすこやかで。」

 おじゃる伯爵は、手を振りながら去って行った。


「いい人ですね。」

「いい人ねえ、あれでけっこう計算してるよ。」

「利害関係が良好なうちは、こちらにもいい顔してくれますよ。」

「ティリスはぶっちゃけすぎだ。」

 俺たちは互いに笑い合って、前に住んでいた商人の屋敷に入った。

「なんだか、ここが家だって気がするわね。」

「そうか?ティリス、アリス、自分の部屋決めろよ。着替えてゆっくりしよう。」

「そうですね。」

 二人は、二階に上がっていった。

「チコは、どうする?二階にするか?」


「そうねー、ちょっと見てくる。」

 俺は、一階の奥まった部屋に進んだ。

 ここの亭主の部屋らしい、広い部屋があるんだ。

 そこで荷物をおろす。

 どこかで落ち着く場所を確保するのは重要だよ。

 ま、出すものはお茶セットくらいのものだが。

 魔法の袋は場所を取らないから便利だね。


「ラル、風呂の準備をするぞ。」

「がってんだ。」

 最近はめんどくさがって、水魔法で水を入れている。

 どうせ、ほかしておいても魔力は減らないしな。

「生活魔法って便利だよなー。」

「そりゃ兄ちゃんは使えるからそう言うけどさ、それも使えない俺たちは大変なんだぜ。」

「なんだよ、ラルは魔法が使えないのか?」

「いや、習ったこともないし、親は着火ぐらいなら使ってたけど。」

「ふうん、親がそれだけ使えたのなら、お前だって使えるさ。」


 井戸から風呂までは、約三メートルくらいだけど、風呂桶がでかいから運ぶのが難儀だ。

 自然と、水魔法で入れたほうが早いことになる。

「着火くらい使えたほうがいい、やってみろよ。」

「ど、どうするんだ?」

「いいか、指先に自分の体の中から魔力を集中させるんだ、火の着いたところを想像しながら、それを前に出す感じで…」

 ラルは、うんうんうなりながら、汗を流している。

「そうすると、こうやって火が出る。」

 ぼはあ!っと俺の指先から火柱が立ち上ったので、ラルがのけぞった。

「やりすぎだっちゅうの!でも、出方はわかった。」

「そうか?ラルの魔力はどのくらいかな?」

 俺は、ラルの手を握ってみた、おれの手からラルに向かって魔力が侵入する気がする。

 なるほど、魔力の循環か、こいつは使えるかもしれない。

 魔力の増量とか、魔術の伝達とか。

 肉体的接触は、容易にその障壁を崩すのだ。


「な、なんかくるよ!やめろよ。」

 ラルはあわてて手を離した。

「あ!」

 おれの手先からふよふよと、魔力が空間に浮遊していった。

 あ~あ、もったいねえ。

「なんだよ、たいしたことないだろ?」

「わかんねえ、すっげえ怖かった。」

「ふうん、でも魔力のイメージはわかったろう?」

 ラルの魔力は意外にある、俺ほどではないが十分魔術師として立てるほどだ。

 もっと知識を植え付ければ、大成するに違いない。

「うん!わかった、こうだろ?」

 ぽっと指先に火が点った。

「うん、それでいい、基本さえわかれば、生活魔法なんざ簡単だ。」


 ラルは、焚口に座り込んで、マキに火をつける。

「なるほど、これは苦労しないわー。」

「よかったな。」

 俺は、マキ小屋から太い薪を運んできた。

 少し太いやつは、斧で割る。

 こいつはけっこう面白い。背筋も鍛えられるしな。

「兄ちゃん、割りすぎだよ、山になってる。」

「おっといけねえ、面白くてついな。」

「カズマー、ごはんはどうします?」


 ティリスが呼びに来た。

「風呂を先にしようかと思って、焚きに来た。」

「そうなの?じゃあ、お風呂のあとね。」

「ああ。部屋は決めたか?」

「ええ、アリスもいま着替えてるわ。」

 ティリスは、普段の黒いローブに白いベール姿だ。

「じゃあ、台所にパンのタネが置いてあるから、作りかけてくれ。」

 ティリスは、うれしそうに目を輝かせた。

「作ってもいいの?」

「ああ、ティリスも覚えただろう?」


「う~ん、自信ないなあ。」

「じゃあ、あとで教える。アリスも呼んでくれ。」

「わかったわ。」

 ティリスは、廊下を抜けて行った。

 風呂場は屋敷の北のはずれにあって、洗濯場と隣り合わせになっている。

 やはり、水回りは井戸のそばがいいらしい。

 台所はその隣にある。

 この屋敷は、採光に広い窓がいっぱいあって、どこも明るいのが特徴で、俺も気に入っているところだ。

 やはり、窓って言うのは重要だな。

 明るい部屋と言うものは、気分まで明るくなってくる。

 まだガラスは高いので、細かい枠に分かれている。そのほうが風情があって俺は好きなんだがね。


 台所には日の光が入って、まだまだ明るい。

「粉は用意できてるか?」

「はい、ここに。」

 アリスは、木のボウルに粉を入れて持ってきた。

「じゃあ、これをざるでゆする。」

 目の細かいざるがなくって、若干目が粗い。

 これは技術の問題だからしょうがない。

「なんでざるを通すの?」

 ティリスが、ボウルを覗き込んだ。

「こうすると、ムラがなくなって、ダマができにくいんだ。

「へえ、なるほどね。」


 ザルでゆすって細かくなった小麦粉に、天然酵母を足してミルクを加えてよく練る。

「ミルクはなんで足すの?」

「ああ、風味がよくなる。舌触りも良くなるしな。」

「ふうん。」

「しゃべってないで、よく混ぜろよ。」

「は~い。」

 そう言っている横で、黙々と練っているチコとアリス。

 チコは、こう言った作業に向いているらしい、さすがドワーフ娘。

 アリスはまじめにやるタイプ。

 ティリスはフィーリングで左右される。

 しかし、四人分のパン生地か…多くねえ?

 まあいい、余ったら教会にでも持っていくか。


 ラルは、石窯の前で火をおこしている。

「で、こうしてまとまったら、ボウルの上に濡れ布巾をかけて、半時間ぐらい寝かせる。」

「ねえカズマ、これってこの間のワイン酵母と同じようなもの?」

 ティリスが聞いた。

「まあそうだな、似たようなものだ。」

「ふむふむ。」

 ティリスは、ボウルに手をかざした。

「ああ、見つけた。はいはい、活性化するのよ~。」

 ティリスに活性化を促されたパン酵母は、むくむくと膨らむ。

「あ、できたわ。」

「すごいな、ティリス。」


「ふふん、どんなもんよ。」

「いや、びっくりだわ。こんなにうまく発酵促進するなんて。」

「原理がわかればかんたんよ。」

「なかなかやるな~。」

 やるなんてものじゃない、こいつすでに細菌を見つけるスキルを確立している。

 いつの間に、顕微鏡魔法をマスターしたんだろう?

 あなどれないな。

「チコ、ラル、いらっしゃい。」

 ティリスに呼ばれて、二人がティリスの前に立つ。

 ティリスは、二人の頭を抱えると、いっしょに額をくっつける。

「いい、目に魔力を集中するのよ。いくわよ。」

「うお、キター!」

「ああ!見える!」


「さあ、二人とも発酵する相手が見えたわね。」

「うん。」

「はい!」

「それを刺激するの、こうやって。」

 パンのタネは、むくむくと膨らむ。

「わかった!」

 ちょ!ティリスさん、そんなワザ、いつ覚えたの!

「アリスに教えた時に、わかったのよ。」


「すごいな。」

 俺は、ティリスの進歩に目を開いた。

「もう、できるわね。」

「「はい!」」

 なんということでしょう、発酵の伝道師が誕生した瞬間でした~ってほんとかよ!

 チコは、ロールパンのネタをゆっくり発酵促進始めた。

 むくむくとロールが膨らむ。

「生活魔法の延長なんだから、魔力もあまり使わないでしょ?」

「うん、これならあたしでも簡単にできる。」

 チコは、満足そうな顔をしている。


「こうかな?」

 ラルの前のロールパンのタネが膨らむ。

 ぽん!

「うわ!」

 いきなりタネが破裂した。

「やり過ぎだ。」

 俺は、はぜたタネを見て、笑った。

「うわ~」

 手に付いたねばねばで、テンションが下がる。

「もう一回だ、いいか?」

「うん…」

 むくむくとタネがふくらむ。

「そこで止めて。」


 タネは最高値の一歩手前で止まる。

 あとは、勢いで膨らむ。

「よ~し、いいかんじだぞ。タイミングわかったな。」

「うん。」

 ラルが発酵促進の魔法を練習する横では、アリスティアがタネを育てている。

「できましたわ。」

「アリスじょうず。もう大丈夫ね。」

「はい、ティリスさまのおかげですわ。」

「うひゃ~、こっぱずかし~」


 おかげで、テーブルの上は膨らんだパンネタでいっぱいになった。

 これをドーム型のパン窯に入れるのだ。

「ラル、窯をもっと温めてくれ。」

 下から温風を上げるタイプのドーム窯なので、下に焚口がある。

「了解。」

 夏場に窯の前はきびしいが、ラルは文句も言わない。

「じゃあ、待ってる間にお茶いれるね。」

 チコは、手を洗って石窯の横のカマドで、お湯を沸かした。


「や~、家はいいなあ。」

 俺の声に、ティリスもイスに座る。

「のんびりしますね。」

「あ、ゴルテス準男爵に会うの忘れてる。」

「ダメダメですね!」

「まあいいや、パンが焼けてからで。」

「そうですね。」

 窓の外は、緑濃い木々の葉が、風に揺れている。

 夏本番だな。



 夕方、日が赤くなって、ゴルテス準男爵が顔を出した。

「レジオ男爵、お帰りなさい。」

「あ、ゴルテスさん、お手数掛けます。」

「なにをおっしゃる、私は職務を全うしているだけですよ。」

「それが難しいと思いますけどね、まあ、お座りくださいよ、そろそろ夕食と思っていたんです、ご一緒にどうぞ。」

「いや、それは。」

「変わり映えのしないメニューですが、今後のことも相談したいですしね。」

「そうですか?では、遠慮なく。」

 夕飯に出したパンは、準男爵にはカルチャーショックだったようだ。

「なんと!これがパンですと!?柔らかい、口当たりが良い、歯ごたえがたまらん!」

 はむはむと、ものすごい勢いでパンをかじるゴルテス。

「ちょっと手間をかけたパンです、これ、売れると思いませんか?」

「これを売り物に?そりゃあすごい、これで大儲けですな。」


 準男爵は、目を丸くしている。

 やはり、ビスケットではパンと言うには無理がある。

 まあ、文化的なもんだからな、これ以上は言っても詮無い話さ。

 ふくらし粉を混ぜた粉に水を加えて、何度も折り曲げて焼くのだ。

 なんちゅうか、パイ生地のミルフィーユの固いやつみたいな、ビスケットの膨らんだやつみたいな。

 KFCのビスケットが、一番近い。

「まあね、これをうまく売り出して、復興費用を稼ぎだすのは無理があるかな?」

「無理と言うか、時間がかかりますな。」

「だよなあ、かならず食べるものではあるけど、利益が少ないもの。」

「薄利多売と言うよりも、作る職人の養成からですから。」

「やっぱそう?じゃあ、これは町の名物に据え置きだな。」


「ですな、かえってこれで客を呼び込むと言うことも。」

 ゴルテスは、ふむふむと頷いている。

「しかしこれが毎日食べられるなら、望外の幸せと言うものですわ。」

 ゴルテスは、さらにもう一個手を出した。

「ふうん、まあ、それなら寡婦の仕事にできるかな。よし、あしたから崩れた家屋の整理を始めよう。崩れた城門もなおさないとな。」

「そうですな、まずは城門。それから家屋と行きましょう。」


 ゴルテスは、軽く打ち合わせると、帰って行った。

 彼も、その辺の商人の家に居るらしい。

 部下の何人かが、彼の食事や身の回りの世話をしている。

 そのほかの兵隊さんは、城門近くの兵舎に入っている。

 まあ、三〇〇人そこそこしかいないので、兵舎に余裕はある。ありすぎる…

 完全に町としては崩壊してしまったな。

 これは、本当にマイナスからの出発じゃないのか?

 俺は、目の前が暗くなるような錯覚を覚えたよ。

「なに暗い顔してるのよ、大丈夫よカズマ、みんながあなた一人に何とかしろと言うわけじゃないわ。」



「それぞれに、できることで町をなおそうと思っているんだから。」

「そうかなあ?」

「そうよ、壊れたとはいえここはみんなの町なんだもの。捨てたりなんかできないわ。」

「それならいいけどさ。」

「しっかりしなさい、男爵さま!さ、お背中流してあげるわ、いらっしゃい。」

 ティリスは、俺の手を引いて奥に向かった。


 翌日からぼつぼつと陣借り者がレジオを訪れるようになった。


 人別を取って、みんな東門に送る。

 東門では、ホルスト=ヒターチが待っていて、瓦礫の撤去を指示する。

 これで、やる気のある奴は、すぐに作業に入るし、楽しようと思ったやつはなんだかんだ言い訳をしていなくなる。

 だからと言って、瓦礫の片づけはなくならないんだけどね。

 ゲオルグ=ベルンは、現場を回ってハッパをかける。


 なかなか使えるやつらだ。


 さすがに、東門周辺は小型の地竜がつっこんでいるので、城門自体が吹っ飛んでいるし、建物もばらばらだ。

「男爵さま、この地竜の死骸はどうしますか?」

「そいつは食えねえだろう?燃やして埋めてしまおう。俺がやるよ。」

 寝っ転がってるのは、ヴェロキ=ラプトルにそっくりな小型の(でも二メートルくらいあるけど。)地竜。

 こいつが何匹も突っ込んできたのだ。

 こいつをレビテーションで持ち上げて、外の穴に運ぶ。

「ファイアーボール。」

 ものぐさな仕草で、軽く火魔法を放つと、一気に燃え上がった。

 あの、粘着性のファイヤーボールだ。

 地竜の体にネバ付いて、燃え上がる。


「あいかわらず、お館さまの魔法は派手だね。」

 傍らに来た、おばちゃんがスコップ持ってひとり言のように言った。

 細川ふみえみたいな丸顔で、目が大きい。

 もっと大きいのはおムネだけど。

「ああ?ベスかよ。なまじ残ると、ゾンビ化するじゃん。」

「そりゃそうだ、穴が浅かったかと思ったんだけど。」

「なんだよ、おばちゃんが掘ってくれたのかい?」

「おばちゃん言うな。」

 ベスは、ふんと鼻息をはいて、俺に向かって笑った。


「そうか、ベス。ありがとう、ここで穴掘ってるってことは、あんたひとりかい?」

「ああ、息子はいるけど、まだ八つだしね。」

「そうか、特技は?」

「宿屋で料理人やってたんだけど、主人は死んじまった。」

「その宿屋は残ってるのか?」

「ああ、半分壊れてるけど。」

「よしわかった、ベス、悪いが東地区に行って、アルとテオって言う大工がいるから連れてきてくれ。」


「村長のヘルム爺さんに会えば、呼んでくれる。」

「アルとテオだね。」

「ああ、俺が呼んでるって言えばわかる。」

「あいよ、がってんだい。」


 ベスは、じゃっかん横幅の増えた体をひるがえして、西に向かって駆けて行った。

「すげー、レジオのおばちゃんは体力あるなあ。」

 俺の目の前で、地竜は灰になった。


「男爵!」

 アルとテオが、ベスに連れられてやってきた。

「おう、アル、テオ、すまんな。」

「なんの、それで何の用だい?」

「さしずめ俺は、天使のよう…」

「帰るぞ。」

「わかったわかった、ベスの宿屋の修理を優先してやりたい、お前ら頼めるか?」

「ああ、あと少しで今の仕事が終わるから、できるよ。」

「悪い、頼まぁ。」

「男爵の頼みじゃなあ、やらざあなるめぇ。」


「ベスの宿屋って、あそこをかい?」

「ああ、そこはベスに任せる。なおして、すぐに宿屋を始めろ。客なんざ掃いて捨てるほど来るさ。」

「お館さまが言うんなら、やるよ。」

「その辺でお茶ひいてるやつを使ってもいい、できるな。」

「ああ、できるよ。」

「ああ、マリアが生きてたら手伝ってもらえ。」

「…そうだね。」

 古い確執もあるだろうが、ここは復興優先でたのむよ。


 ベスは、避難している寡婦を集めに出て行った。

「アル、手間賃だ。」

 俺は銀貨を五枚出した。

「へい、確かに。」

 多いか少ないかはわからんが、アルはあっさり受け取った。

「材料がなかったら、その辺の家を壊せ。」

「すでにばらばらの物もあるから、平気ですよ。」

「わかった、任せる。」

 俺は、また東門に向った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。