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第三十四話 王都へ出る

 どこで聞きつけたのか、ギルドの連中がおじゃる伯爵の館の玄関前に集まってきた。

「お師匠さま!」

 マレーネが目ざとく俺を見つける。

「おう、マレーネ、行ってくるぞ。」

「あたしも行きたかったです。」

「師匠!」

 ミシェルも居る。

「まあ、急な話で準備もたいしてできていないんだ。」

「「ししょう~」」

 マルケス通りの兄弟も来た。

「お師匠さま!」

 エディット(十三)がかじりついてきた。

 いつまでも子供なヤツだ。


「ユフラテ。」

「マルソー。」



 冒険者ギルドは空なんじゃないかと言うほど人が寄ってくる。



 ティリスとアリスも、真新しいローブとベールを教会からもらって、俺が買ってやったシルクのマントを羽織っている。

 どこから見ても、立派な聖女だ。

 特にティリスは、ブルードラゴンの聖凱をローブの上に付けているため、キラキラしている。

 傍から見たら、すっげえ立派な聖女さまに見えるだろうな。

 俺は、全身黒のアンダーウェアに、ブルードラゴンの鎧を身につけて、黒いマントを羽織っている。

 ラルは、青い服の上に、皮鎧をつけて、短槍を持っている。

 ウォルフは、縞のローブに身を包み、手には重そうな本を抱えている。

 手持無沙汰だと言うので、小道具に持たせてみた。

 大根役者には小道具を持たせろと言うだろ?

 チコは、黒ベースのミディドレスに、白のフリフリエプロンを着けている。


 ティリスとアリスティアを、うらやましそうに見つめるマレーネとレミー。

 いや、お前たちまで連れて行ったら、大騒動になってしまうよ。

「聖女さまの聖鎧、すごいね。」

 レミーがマレーネに言う。

 なんとなく、悔しそうだ。

「うん…なんか、きれいだね。」

 朝日を浴びて、聖鎧は蒼くきらきらとまばゆく光る。

 やがて、伯爵の騎士たちがずらりと並び、その白銀の鎧をきらめかせる。

 そんな出で立ちで、伯爵の館の前に立つと、六頭立ての大きな黒い馬車が二台出てきた。

 その間を縫って、伯爵が綺羅綺羅しい衣裳で登場した。


「またせたの。」

「いや、丁度だよ。」

 言葉少なにあいさつを交わすと、伯爵はまわりに集まった群衆に声をかけた。

「それでは、我らは王都へ向かう。見送り大義でおじゃる。」

 みなずらりと並んで馬車の道を開けた。


 俺たちは馬車に乗り込んだ。

「あたしまで着いてきちゃってよかったの?」

 チコが心配するが、大したことではない。

「メイドの一人くらい連れているものでおじゃる、かえって従者が少ないくらいなのじゃ。」

「急ごしらえなんだからしょうがない、それに聖女が二人いるんだから、それでいいさ。」

「聖女は、使用人ではないでおじゃる。」

 伯爵は、ちょっと残念そうな顔で言った。

「そうか?」


「それよりも、王都まで馬車が止まることはないでおじゃる、その方が重要でおじゃる。」

「止まらないのかよ、夜も?」

「夜もでおじゃる。なにせい王都では、お主の来るのを待ち構えておるのじゃ。」

 なんかいやらしい顔で言ってるよ。

「ほんとかよ。」

 俺は、げんなりした顔をしているにちまいない。

「そのための六頭立てである。ワシも矢の催促にほとほと困っておったのじゃ。」

「さいざんすか、じゃあおなしゃす。」

『ハイ!』

 御者の掛け声で、馬車はゆっくりと動き始めた。


 まあ、サスペンションがあるわけではないので、木の躯体にしっかりクッションを敷き詰めて、振動軽減に努めているが、なしにはならない。

 つか、ケツITEEEEE!

 飛ばすと言うほどではないにせよ、通常より速い速度で走っているので、振動がハンパねえ。

 走り出して、三〇分もするとアリスティアがぐったりとして、蒼くなってきた。

 続いてティリスも、蒼い顔をして桶に顔を突っ込んでいる。

 そりゃまあ、そうだな。

『せんせい!、吉田君がゲロ吐きました!』

 ってかんじですよ。

 ラルとチコは、わりかし平気な顔している。

 外見ていても、大して変りばえのする景色ではないがな。

「二人とも、これを呑め。」

 俺は、きついアルコールの蒸留酒を飲ませた。

 おかげで、気絶するように二人とも眠ってしまった。

 そのほうがいいよ、車酔いはつらいものだからな。


 昼前にはレジオとの分かれ道を通過して、本街道に入る。

 道は大きく迂回しているので、そろそろマゼランから流れているレーヌ川の河畔に出るはずだ。

『ど~う!』

 レーヌ川の河畔に着いて、昼食の休憩に入る。

 いくらノンストップとは言え、食事とトイレくらいは休むさ。

「しょ、食欲なんかありませんよ。」

 蒼い顔をして、ティリスが降りてきた。

「…」

 アリスは、道の向こう側に行ってしゃがみこんでいる。

「あんま離れるなよ、なにか出てきても困る。」


 冷たいけど、女の子の羞恥心より、命が大事な冒険者ってもんだよ。

 俺は、簡易なかまどを出して、お茶を沸かす。

「ほい、殿さま。」

「おう、いいかおりでおじゃる。」

「お茶っパはケチらない主義なんだ。」

「それはよい主義でおじゃる。」

「ティリス、アリス、お茶を飲め。少しは気分も良くなるぞ。」

 二人は、少し蒼さの減った顔をして、そばに来た。


「熱いぞ、気をつけろ。」

「はい。」

「ありがとう。」

 二人はかなり元気がない。

「もう少し進むと、少し大きな町があります。そこで一泊する予定ですので、いましばらく我慢してください。」

 御者が、申し訳なさそうに説明する。

「なんだよ、殿さまおどかしたな!」

「ほほほ、騙される方が悪いでおじゃる。」

「ちぇっ、まあいい、二人にゆっくり休ませることができる。」

「そうでおじゃるな、聖女どのはお疲れのようでおじゃる。」

「まあ、あまり町から出たこともないシスターだ、仕方がないよ。」

 その割に、ラルもウォルフも平気な顔をしているな。


「俺たちは貧乏だから、ハラは丈夫なのさ。」

「板張りの荷馬車にはなれてますからね。」

 あ、そう。

 みんないろいろだな。

 ちなみにチコは、外の景色が面白くて、酔ってる暇はなかったらしい。

 ゆっくり昼飯を楽しむ時間もなく、また馬車は走り始める。

 レジオより少し規模の小さい街に着いたのは、午後六時ごろだ。

 まだ明るい。

 ティリスもアリスも、ぐったりしているので、担いで降りる。

 ほとんど荷物扱いだな。


「なんか扱いが、ますます粗雑になっているような気がします。」

 ティリスがぐったりしながらもらす。

「私まで、粗雑です。」

 アリスティアも不満そうだ。

「そういうことを言っていると、おいてくぞ。」

「が、我慢します~。」

 伯爵が泊まると言うので、本陣が開けられて、一行はその中に納まった。

「風呂はあるのか?」

『ございます。』

「よし、すぐに入るので、頼む。」

『かしこまりました。』

 本陣の手代は、しつけが良くて、てきぱきとしている。


「伯爵、聖女様を先に風呂に入れてもいいだろうか?」

「ああ、かなりまいっておるようだ、すぐに入ってもらうとよかろう。」

「すまない、ほら、お前たち、行くぞ。」

「伯爵さま、すみません。」

「ありがとうございます、伯爵さま。」

 ふたりをかかえて、風呂に向かう。

「こっちがティリスの着替え、これがアリスの着替え、間違えるなよ。」

「まちがえたら、あたしの胸がぶかぶかなだけです~。」

「私は入りません…」

「わけわかんねえ。」

 俺は、皮袋を二つ渡して、風呂場を出た。


「チコ、あいつらかなりまいってる、助けてやってくれるか?」

「かしこまり!」

 チコは、風呂場に向かってかけて行った。

「チコ、着替えは持ったのか?」

「カズマがくれた袋に入ってる。」

「そうか。」

 チコの着替えもたくさん買ってきた。

 いくら都会とは言え、すぐに買えるかどうかはわからないからな。


「伯爵はお疲れでないかい?」

「正味、これで三往復目でおじゃる、もう、へろへろでおじゃるよ。」

「だよなあ。さすがに、この馬車での移動は、俺もこたえるわー。」

「もうすこし車体がはねたりしなければのう。」

「やりかたはあるんだけど、今すぐには無理だな。」

「あるのかえ?」

「ああ、俺の国では、車輪に柔らかい素材を巻いたり、車体と車軸の間にばねを入れたりしていたんだ。」

「ばね?」

「ああ、そういうものもないんだな。まあ、はねないまじないさ。」


「うむ、マゼランに帰ったら、すぐにそれを作ろう。」

「マジっすか?」

「うみゅ、金をかける価値があるぞよ。」

「まあ、そりゃそうだ、作れば売れるしな。」

「儲かることは大好きじゃ。」

「どっちかというと、俺も冒険者よりは商人向きだな。」

「うひひ、儲かる話はどんどんしようぞ。」

「そうだな、ま、そんときゃよろしく。」

 伯爵さまは、どっちかって言うと、金儲けがお好きなようで。


「どれ、伯爵さまそこのベッドにねっころがりなよ。」

「なんじゃ、ワシにはそんな趣味はないでおじゃる。」

「バカ言え、ちょっと楽にしてやろうってんだよ、下向いて寝てみなよ。」

「こ、こうでおじゃるか?」

 伯爵が俯せに寝たので、腰から順にツボを押してマッサージしてやる。

「ううう、これは…」

「気持ちいいだろ?」

「ううむ…」

 もみもみもみ…

「くか~」

 伯爵は気持ちよくなって、寝てしまった。


「やっぱ、かなり疲れた様子だな。」

 あっさり陥落した伯爵を見て、ウォルフが感心している。

「カズマさんはすごいですねー、そんなこともできるんですか?」

 俺としては普通のことだと思っていたので、ぼっくりするわ。

「え?こんなの簡単なアンマさんだよ。疲れた時にはこういうのがいいんだよ。」

「へえ、初めて見ました。」

 お約束なんだけど、この辺は中世ヨーロッパのような時代設定なので、衛生管理や保健体育なんかの発展がイマイチだ。

 魔法で病気やけがを治してしまうので、予防医学や衛生観念などと言うものも発達していない。

 もちろん、病理医学などもわかっていないので、東洋的なツボなども皆無なんだね。

 それこそ今のマッサージなんか、魔法を使ったように見えるかもしれないな。


「おまえも体験してみるか?」

「いいんですか?」

「ウォルフも、馬車で揺られてけっこう疲れただろう?ずっと同じ姿勢だったし。」

 ウォルフも、隣のベッドに寝させて、背中と腰の壺を押す。

「うあ~、なんか気持ちいいです~。」

「だろ?」

 この辺の連中は、こういうサービスを知らないから、商売になるかもしれん。

「なんかハナがつまってきましたよ~。」

「それ、効果が出ている証拠。今に、眠くなるよ。」

「あ~、う~、きもちいい~…ZZZZZZZ」

「ほらみろ、眠くなるんだよ。」


 いいかげんで手を放して、眠ったままにする。

 こいつは、体力がないから長旅は疲れるわな。

 それでも、王都の向こうから歩いてくるだけ大したもんなんだけど。

 レーヌ川の北にあるナントカってえ町から、王都を経てマゼランに向かってきたんだってさ。

 よくまあ、このヘタレ具合で、喰われなかったもんだ。

 運だけはいいのかもしれない。

 商隊から商隊へ、渡り歩きながらやってきたんだそうだ。

 伯爵が寝てしまったので、部屋に休むところがない。

 どうしようかと迷っていたら、どうやらティリスとアリスが風呂から出てきたようだ。

「聖女さま~、ちゃんと頭をふいてくださいよ~。」

「はいはい、わかってますよ~、でもそれは座ってからでもいいでしょう?」

 二人を追って、チコが走ってくる。

 聖女の部屋に、俺も向かった。


「はい~?」

 チコは苦労しているようだね。

「チコ、自分は洗えたのか?」

「うん、カズマ、ちゃんと洗ってきたよ。聖女さまが、髪を洗いたいって言うから…」

「ああいいよ、ちょっと待ってろ。」

 俺は、風魔法でティリスの頭に温風を送った。

「うあ~、気持ちいい~。」

「これならすぐに乾くだろう。」

「そんな魔法の使い方があるんですね~。」


 三つ編みを解いて、背中に広がった金髪をなびかせて、アリスも出てきた。

 簡素な綿のワンピース姿だ。

「アリスも髪乾かすか?」

「お願いします~。」

 アリスの髪は、濃い目の金髪で、水にぬれるとますます濃い色になる。

 解いても肩甲骨まであるので、風で乾かすとふわりと広がる。

 一方、ティリスの髪は、明るい金髪でいつも二本の三つ編みにしている。

 今は、それを解いているので、背中の中ほどまでしっとりと濡れた髪が広がっている。


「お客さん、ちゃんと乾かさないとくさくなりますよ~。」

「かずま~、ブラシ当てて。」

「へいへい。」

 風魔法に、火魔法で温風を作って、手早くブラシで風を通す。

「これいいわねー、お商売できそうよ。」

「女性客に人気が出そうだな。」

「あ!あ!それはダメ!」

「なんだよ、お商売って言ったじゃん。」

「う~、女性客はダメダメよー。」

「なんだかな、そんなもん今さらだろう?とにかく髪を乾かせよ。」


 ティリスもアリスも、若いだけあって伯爵みたいにへばっている訳でもない。

 この辺は、どうしようもない部分だな。

 俺の精神的な部分で、かたこりガーとか思うけど、実はぜんぜんどってことない。

 この辺は、オシリスさまさまなところだ。

 行き倒れとは言え、十七歳の体を使ってくれたのがベストだな。

 ちなみに、ティリスは二十歳だし、アリスは十八歳なので、どちらも回復力は強いんだよな。

 なんてミニマムなことを考えていたんだが、宿の外が騒がしくなってきた。


『聖女さま!聖女さまは、いらっしゃるか!』

 陣屋の玄関先でがなる声がする。

 俺は、階段を下りて玄関に向かった。

「どうしたんですか?聖女さまになんの御用が?」

「じつは、けが人が出まして、この町には治癒術師が少なく、魔力切れもあって難儀しております。」

「なんだ、そんなことですか。それなら、聖女さまが出向くまでもない、私が診ましょうか。」

「あなたは?」

「冒険者ですが、治癒術も使えます。どこに行けばいいですか?」

 相手は、四十がらみの体格のいい男で、短く刈り込んだ栗色の髪とあいまって、精悍な感じがする。

「そうですか…こちらです。」


 なんだよ、俺じゃ不足だってか?

 そりゃまあ若輩者に見えるもんな。

「俺で治らなかったら、改めて聖女さまを呼んできますよ。」

 かなり不服そうな様子だったので、少しフォローしてやると、あからさまにほっとしてやがる。

 案内されたのは、町の広場で、そこには十人以上の男たちが、手を釣ったり足に添え木をしたりして寝かされていた。

「なんとまあ、それでも重症というほどでもないか。」

「これのどこが重症でないと!」

 俺は、男の声を無視して、傍らの男を見舞った。

「どうです?ああ、腕に切り傷ですか、もう少しの辛抱ですよ。」


 俺は、全体を見回して、グローキュアの詠唱に入った。

 ヒーリングでもよかったが、それは個別に使おう。

 詠唱二十秒ぐらいで十分だろう。

「グローキュア!」

 ぼそりとつぶやくと、全体に薄い膜のように白い光が広がった。

 広場にいた全員が、それを浴びる。

 中で、切り傷などの軽いけがのものが半数いたが、キュアを受けて立ち上がる。

「治ってる!」

「すごい、一気にこれだけを治した。」

 ついでに、その辺にいた連中の水虫まで治ったそうだ。


「ふむ、骨折ですか。」

「ええ、いまので痛みは引いていますが…」

「なに、こんなもの、簡単ですよ。」

 俺は、十秒詠唱のヒーリングをかける。

 どう言うメカニズムか、折れて曲がった腕がくにゃりと動いて、元の場所に納まった。

「な、治ってる!痛みもない!」

「ああ、それでも骨折は骨折なんですから、一週間くらいは安静ですよ。」

「はい、ありがとうございます。」

 こうして、全部のけが人を治療して、本陣に来た男の前に立った。


「こんなもんでいいですか?」

 にこにこと笑って見せる。

「う、あ、ありがとうございます。あなたは、治癒術師だったんですか。」

 明らかに狼狽をみせているが、安心したようだ。

「まあ、それも使える程度ですよ。どうしてこんなにけが人が出たんですか?切り傷に、骨折、一部内臓まで。」

「ええまあ、東の森の木を伐採に行っていたんですが、いきなりクロクマが三頭も現れて、あばれたんです。」

「それじゃ、死人も出たんですか?」

「いえ、けが人だけで、なんとか撃退したんですが、この始末です。」

「ふうん、夜になったので、もう出てはこないですね。」

「そりゃそうですが…」

「朝のうちに様子を見てきますよ。クロクマですね。」


「ええ、胸に白い月の模様があります。」

「ほう、ツキノワグマ。熊の胆がいい値段になりますね。」

 俺は嬉しくなったよ。

「そりゃ、獲れればの話でしょう!」

「獲れますよ、明日の朝、行ってきます。」

「へ?」

「みんな、けがが治ったからと言って、無茶してはいけませんよ。一週間は安静にして、寝ていてくださいね。」

 俺は、けが人たちを帰らせて、本陣に向かった。

 本陣では、食事の用意ができたところだった。


「カズマ、お帰りなさい。あたしたちの出番はあるの?」

 ティリスがイスから振り返った。

「ナイナイ。全部治してきた。前座だけでけっこうだよ。」

「なに言ってるのよ、あたしたちよりカズマの治癒術のほうが強力なのに。」

「ばかだね、美人の治療はプラス補正がかかるんだよ。」

「いやん、美人だなんてェ~。」

「お前だと言ってない。」

「ぶぎゃー。」

 伯爵も復活したみたいで、食堂に下りてきた。


「どうだい伯爵、具合は。」

「うむ、快調でおじゃる、こんなに気持ちいいのは初めてでおじゃる。」

「そりゃよかった、そろそろ食事だそうだよ。」

「うむ。」

 俺たちは、向こう側のテーブルに着いた。

 伯爵と一緒のテーブルに着けるような身分じゃないからな。

「あ、明日の朝少し出てくる。ツキノワグマが出たそうだから、退治してくるよ。」

 俺が言うと、ティリスが絶句する。

「つ、ツキノワグマ?」

 チコも驚いたようだ。

「そんな危険な魔物が出たんですか?」

 ウォルフも知ってはいるが、見たことはないそうだよ。

「ああ、今日のけが人はそいつのせいらしい。」


「あらまあ、たいへんですねえ。」

 アリスが言うと、ちっとも大変そうに聞こえない。

「朝食前に森に行って見る。」

「私たちは?」

「ここにいればいいさ、たいした相手じゃあない。」

「ツキノワグマですよ、よっぽど大変じゃないですか!」

 アリスは顔を蒼くしている。

 そんな奴が、荒野に出るなよな~。


 夕食が終わるころを狙って、さっきの男がやってきた。

 男は、東門付近のまとめ役をしている、モルテンと言った。

「先ほどは、村のものを助けていただき、ありがとうございました。」

「なにほどのことはありませんよ、お礼には及びません。」

「いやいや、よくよく話を聞けば、あなたが有名なレジオの英雄だと言うではありませんか。」

「レジオの英雄?よしてくださいよ、そんなたいそうなもんじゃありませんよ。」

「いやいや、謙遜なさる。私の態度が良くなかったとお思いなら、このとおりお詫びします。」

「いえ、それはもうけっこうですから。」


「そこで、今夜はいきなり押しかけて申し訳ないのですが、治療のお礼に伺ったのです。」

「お礼なら、今ほど伺いましたが…」

「いえ、皆から治療費を集めてまいりましたので、お納めください。」

「よしてくださいよ、なにほども魔力は使っていませんから、そんなものをいただくいわれは…」

「いえ、あそこにいたけが人だけでなく、その周りの普通の人たちまで体調がようなって、喜んでおります。」

 モルテンは、金の入った革袋を差し出した。

「まさか、これほどの治癒術師とはつゆ知らず、恐れ入ったしだいで。せめて、気持ちだけでもお受けください。」

「参ったな。」

「カズマさま、村人の真摯なお礼の気持ちです、ぜひ受け取ってあげてくださいな。」

 アリスが、横合いから声をかけてきた。


「こ、これは聖女さまで!」

 ふわりと広がった金髪が、後光のように輝いて、モルテンは平伏寸前。

「どうぞそのままで、モルテン様、皆様の善意ありがたく頂戴します。」

 アリスはゆっくりと膝を折った。

「へへ~。」

「ああ、そうだな、それは教会への寄付としよう。」

「あら、カズマ、ほんとうにいいの?」

 ティリス、お前は遠慮しろ。

「ああ、これは全部村人から、教会への献金だ。」

「ではありがたく頂戴しますわ。モルテンさま。」


 こう言う作法は、教会独特でティリスがやってもけっこう様になる。

「こちらの聖女さまもお美しい!」

「あら。」

「お世辞だお世辞!」

「ひどいわね、カズマったら。」

「まあいい、それと村長さん、明日の朝東の森にツキノワグマの探索に行きます。みなさん、安静にしていてください。」

 それは、暗に着いてくるなってことさ。

「本当によろしいので?」

「村の人がいると、かえって派手な魔法が使えないので。」

「はあ、なるほど。」


 モルテンは、しきりに首をひねりながらかえっていった。

「まったく、カズマは欲がないわね。」

「そんなことないぞ、ただ、貧乏な村のもんから金を取りたくなかっただけだ。」

「それが欲がないって言うのよ。あれで、けっこうお金持ってるもんよ。いろいろ薬草とか採ってるから。」

「そんなもんかね?まあ、それはお前たちで使え。」

「教会の寄付じゃないの?」

「お前ら、教会じゃん。」

「あらまあ。」


 翌朝は快晴。

 俺は夜明けとともに東門に向かった。

「カズマ殿。」

「モルテンさん、どうしたんですか?」

「いえ、せめて後背だけでもお守りしたいと…」

「そうですか?でも、一人で結構ですよ。」

「そうおっしゃらずに。」

 モルテンは、ちょっと良さげなショートソードと盾を用意していた。

「じゃあ、危なくなったらすぐに逃げてくださいね。」

「承知しました、では、こちらです。」

 モルテンの案内で、クマに遭遇した伐採現場までやってきた。

「ここですか…では、少し探索します。」

「探索?」

 俺は、半径五百メートルくらいで、探知してみた。すると、二時の方向に変な反応がある。

 距離は二〇〇メートルくらい。


「なんだろう?」

 がさがさと進んでいくと、ブーンと言う高周波音が聞こえてくる。

「モルテンさん、伏せて。」

 俺も伏せて進むと、やはり!

 前方には大きな蜂の巣があった。

「これが、クマの出た原因ですね。」

「な、なんという大きな蜂の巣!」

 木の枝が折れて落ちそうなほど巨大な蜂の巣は、直径一メートルはありそうな茶色の物体だった。

 たまに、蜂がぶうんと外に出てくる。

「はちみつを取りに来た敵だと思ったんじゃないですかね?」

「なるほど。」


「しかし、これをクマにくれてやるのはもったいないな…」

「いや、この大きさでは、かえって危険ですよ。」

「そうですね、えっとこれくらいの強さで、蜂の巣を壊さないように…」

 ひゅううううう

 …と、付近から風が集まってきて、蜂の巣を中心に渦を巻きはじめる。

 それがだんだん冷えて、蜂を巻き混んでいく。

 蜂の巣の周りは白く霜が付き、蜂は下にぽろぽろ落ちていく。

「ほんじゃ、これでいただきっと。」

 あたらしい皮袋を取り出して、木からぶら下がった蜂の巣(一メートルくらい)を収納してしまった。

「ちょ!おい…なんてえ魔法だ!」

 モルテンは、顎が落ちそうなほどびっくりしている。




「じゃあ、これはこれで良しとして、問題はクマですね。」

 魔法の革袋をしまって、モルテンを見る。

「は、はあ。」

「ここで待ってると、クマが来るかな?」

 俺は、ストレージからお茶セットを出して、湯を沸かす。

 魔法で出した水は、純水に近いのであんまいい味はしないが、贅沢は言ってられない。

「どうぞ、モルテンさん。」

 金属のマグカップを出して、モルテンに渡す。

「熱いですよ。」

「は、はあ。」


 お茶を飲んでのんびりしていたら、索敵に引っかかった。

「来ましたよ。」

 俺は、すばやくお茶セットを収納して、メイスを持ち出した。

「メイス?」

 モルテンは怪訝な顔をした。

「しっ。」

 俺は、無詠唱の氷槍を三本出した。

「アイスランサー。」

 ひゅん

 と音はしないが、氷の槍が飛び出して、ツキノワグマに向かって飛んでいく。

 一本は右肩に刺さり、一本は左目に刺さった。

「ごわああああ!」

 そりゃ痛いわな。

 クマは大声で吠えた。


「そーれ、いただき!」

 俺は風を纏うと、木の間に舞い上がった。

 ごきいいん

 ツキノワグマの眉間にメイスの重い一撃を当てると、一気に固い頭骸骨が砕ける感触。

「もう一丁!」

 ごきいいいいいん

 クマは、その場に昏倒した。

「よし、これならいい熊の胆がとれるな。」

 すぐにストレージに収納する。


「あなたはいったい…」

「しっ、もう一匹きますよ、二匹か…」

 これはヤバいな、血の匂いを嗅いで、興奮している。

「ランドランサー。」

 土の槍を固く硬く固めて、弾道軌道で打ち出す。

 正味、垂直に近い飛ばし方だ。

 それに照準補正をかけて、高空一〇〇〇メートルから落としてやる。

「ごああああああ!」

 俺たちを見つけて立ち上がるクマ。

 もう一匹は、まだ四足で立っている。


 その四足のほうに、ランサーが高空から接近した。

 ごしゃあああ!

 背中から胸に向けて、一気に落ちてきた槍が突き刺さり、そのまま地面に縫い付ける。

「ぐぎゃあああ!」

 これは動けない。なにしろ三メートルはある槍の半分が地面に埋まっているのだ。

 しかも、後からソニックブームが追いついてきて、クマを地面に押し付けた。

「ぐおおおおお!」

 くまは、悔しそうに咆哮する。


「じゃあ、残りはこいつだけだな。」

 ばきべき!

 邪魔な木の枝を無造作にへし折りながら、最後のツキノワグマが俺に迫る。

「モルテンさん、下がってください。」


 俺は六尺棒を出すと、くるりと振り回した。

 幸い、ここは余裕がある。

 一八〇センチの棒が余裕で振り回せる。

 立ち上がると二メートルは優にある、大型のツキノワグマ。

 はっきり言って、むっちゃ迫力がある。

 ひゅ~ひゅるるるるるる

 もう一本の槍が、少し遅れて降ってきた。

 照準補正されて、クマの右肩からずっどーんと突き刺さる。

 あ~あ、腹の横から槍が出ちゃったよ。

 熊の胆大丈夫かな?


「あがががががが!」

 おれは、ゆっくりと近づいて、棒で顔面をつつく。

「ぐおおおおおお!」

 クマは、両手を振り回すが、槍がじゃまして前に出られない。

 俺は、メイスに持ち替えて、やはり脳天にぶちかます。

 が、浅い?

「ぐぎゃああああ!」

 まだ手を振り回している。

「もう一丁!」

 ごきいいいいいん


「クリーンヒットですな。」

 独り言さ。

 槍にささえられて、立ったまま絶命するクマ。

 だらりと力なく前足が下がる。

 地面に縫い付けたクマも、すでに沈黙している。

「儲けた儲けた。」

 俺は、さっさと収納して、モルテンさんに向き直った。

「排除終了です。」

「あ、ああ…すごい早業だ。」


「あ、しまった、これ討伐依頼が出てないですね。しまった~、ただの狩りじゃん。」

「いや…村からお礼は出せるよ。」

「まあいいです、これはサービスです。」

 俺は、獲れたツキノワグマを収納すると、モルテンさんを促して町に戻った。


 モルテンと連れ立って本陣に戻った俺は、クマ肉だけでなくハチミツのおまけつきと言う幸運に喜んでいた。

「しかし、たった二発でツキノワグマの脳天をカチ割るとは、恐れ入りました。」

 モルテンはしきりに俺のメイスを褒める。

「え?ああ、マゼランのドワーフで、チグリスと言う鍛冶屋の逸品ですよ。」

 すかさずチグリスの宣伝をする。

「へえ、そんなに腕がいいんですか。」

「俺のメイスも剣も、チグリスに作ってもらったんですが、バランスがいいですよ。特にメイスは、毛皮が傷つかないのでありがたいです。」

「なるほど。」


 モルテンは、森の伐採に障害がなくなって喜んでいる。

「冒険者ギルドにはないしょですが、今朝の討伐は全部サービスですので、なにも言わないでください。」

「しかし、それでは討伐報酬もないですよ。」

「いえいえ、熊の胆三頭分ですから、これで十分おつりがきますよ。」

「そうですか?」

「モルテンさんには、案内までしてもらったし、チャラで行きましょう。」

 俺は、深く追及されることより、サービスで乗り切った。

 向こうにしても、たいそうな出費になるところを、タダですんでラッキーだろう。


 朝食の席で、事の次第を報告する。

「え~、クマですか?見たかったです。」

 ティリスは、ブレないね。

 変なものにも興味がある。

「ここでは売らないから、王都に行ってから見せてやるよ。」

 それで納得したみたいだ。

 アリスは、ちょっと心配顔だ。

「まあ、危険なことは避けてくださいね。」

「ああ、今日もたいして危険はなかったさ、遠くから魔法で攻撃したし。」


「何を使ったのでしょう?」

「氷槍を正面から肩に当てて、土槍を弾道軌道で打ち出した。」

「弾道軌道?」

 俺は、手で軌道を描いて説明した。

「ああ、知らないか。こう上に向けてぎゅ~んと飛ばして、上空で下に向けて加速するんだ。獣は、気が付かないうちに、上から攻撃を受ける。」

「それで、どうやって当てるの?」

「照準の自動補正をかけるんだよ、こうやって。」

 説明しながら、手で軌道を描いてみせた。

「すごいこと考えるわね、そんな魔法見たことも聞いたことも喰ったこともないわ。」

 ティリスさん、喰ったら痛いですよ。

「まあ、使うのは俺だけだろうな。」


 そりゃまあ、ここの人間に弾道軌道などと言う、概念自体ありえない。

 ただ、魔法の運用に関しては、いい使い方だと思うんだがな。

 直線的な軌道だけでは、障害物が邪魔になる時だってある。

 岩に隠れたりされたら、攻撃しにくいじゃないか。

 それを飛び越えて、上から攻撃が降ってきたら防ぎようがない。

 だけど、やっぱ軌道を曲げるなんて考えないんだよなきっと。

「それから、大量のハチミツが手に入った。これで、パンが作れるよ。」

「ハチミツですか!それはすばらしいですね。」

 アリスが両手を合わせて、うれしそうに声を上げた。

「だって、一メートルくらいの蜂の巣だよ。それを取りにツキノワグマは来ていたのさ。」

「はあ、それと伐採の人たちが、偶然ばったりと出会ってしまったと言うことですね。」


「そうそう。災難って言えば災難だよね。」

「しかし、兄ちゃんも容赦ねえなあ。それでクマ三匹獲るかよ。」

 ラルが、笑いながら言う。

「しゃあねえじゃん、モルテンさんが困ってたんだから。」

「ちゃんと依頼取ってから、討伐してくれよな。もったいないじゃん。」

「まあそう言うなよ。おれも、後で気が付いたんだから。」

「あ~あ、クマ三頭だと、討伐報酬は銀板二枚はいけたと思うがな。」

「そんなにか?もったいないなー。」

「まったくだよ、こんどからそういう時はちゃんと相談してくれよな。」



「従者のほうが、偉そうですね。」

 ウォルフは、くすくす笑っている。

「まったくだ。」

 俺たちのテーブルは、笑いに包まれている。

「楽しそうでおじゃるな。」

「んだよ、伯爵さま。なんならこっちに座るかい?」

「いいのでおじゃるか?」

「いいさ、なあ?」

 二人のシスターは、あいまいな表情でうなずいた。


「いいってさ、伯爵、ここ座りなよ。」

 おじゃる伯爵は、もそもそと歩いてこっちに来た。

「いや、今朝さ朝飯前に東の森に行って、ツキノワグマ獲ってきたんだよ。」

「なんと!朝飯前にクマを獲るとは!」

「それがさー、立ち上がると一間も超える大きさでさー、すっげえ凶暴だったんだよ。」

「ほうほう。」

「で、一匹目を氷槍でひるませて、メイスで止めをさしたんだ。」

「ふむ。」

「で、二匹目は土槍でやっつけて、三匹目はメイスでやっつけた。おかげで、いい熊の胆がとれるよ。」


「なんとまあ、お主は見かけによらず、剛の者よなあ。」

 伯爵は、お茶のカップを持ったままあきれている。

「お近づきになってよかったろ?」

「まったくじゃ、わが郎党にくわわらず、損したでおじゃる。」

「伯爵さま、やっすい給金でこき使うつもりだぜ。」

 ラルは、面白そうに笑う。

「こりゃ、小僧の分際で大人をからかうもんではないでおじゃる。」

「へ~い。」

「さて、みんな荷物はいいか?朝飯食ったら、すぐに出発するぞ。」

「「「はい」」」


 もともとたいした荷物もなく、その荷物も魔法の皮袋ストレージに収納できるので、ずいぶん楽だ。

 ほとんど、手ぶらもいいところだ。

「カズマのおかげで、荷物にならなくてうれしいわ。」

 ティリスは、首から下げた革袋を嬉しそうになぜる。

「私にまでいただけるなんて、思ってもみませんでした。」

 アリスも、なくすといけないので、首から下げている。

「なに、そんなもんでよければ、いつでも作ってやるさ。ただし、ほかの人には内緒だぜ。」

 なにしろ、こいつが知れると、依頼が増えて泣けることになりそうだ。

 もっとも、小さいので金貨一枚、大きいのでも五枚はするシロモノだからな、おいそれとは依頼できないだろう。

 世間では、かなり魔力を使う汎用の袋は、それなりに高価で取引されている。

 その相場を崩しても申し訳ないからな。


 ティリスとアリスは、昨日よりは体がなれたらしく、そうそう気分が悪くなることもないようだ。

 まだ蒸留酒は呑ませているが。

 伯爵も欲しがって、閉口した。

「一杯だけだよ。」

「ケチくさいでおじゃる。」

「そう言う問題じゃない!」

 また、王都が近づくにつれ道が良くなって、振動が少なくなってきたことも原因の一つだ。

 道は、だんだんいい石で舗装され、フラットで気持ちのいい道路になってくるし、道幅もすこしずつ広くなっている。

「なんだか都会っぽくなってきたな。」

「そうですねー、道も快適だし広いし。」

「畑が、すごくきれいに並んでいますね。」

 首都のアフロディーテは、人口十五万人の大都会(笑い)らしい。

「ウサギとかでないな~。」

「にいちゃん、こんな都会でウサギは出ないだろう。」


 いや、いるんですけど、今日は出てこないですね。」

 ウォルフは、ここを通ったことがあるので、事情がわかるんだろう。

「ウサギは危ないからなあ。」

「まったくです。」

 丘の向こうに、城塞都市首都アフロディーテの尖塔が少し見えてきた。

「やっと見えましたね。」

「ああ、あれがアフロディーテか。」

「それでも、ここからだと、一里と少しはあるんですが。」

「一里か、まあ半時も走れば着くな。」

 陽は中点を通り過ぎて、お昼の時間はとっくに過ぎているんだが、馬車が止まる様子はない。

「このまま一気に王都に入るつもりなのか?」


「たぶんそうですね。」

 ティリスがかなりしゃっきりしてきた。

「殿さまも、そんなに焦って行かなけりゃならんのかね?」

 俺が言うと、アリスが答えた。

「王都での叱責が、かなりこたえた様子ですね。」

 俺もそれは聞いているからな。

「だからか、せっかく福々しいのにな。」

 けっこうしょんぼりしていたのだ。

「あれで痩せたら、ちょっとミョウチキリンじゃないですか?」

 ティリスは、ひどいこと言うなあ。

「それもそうだな。」

 俺はもっとひでえ。


 王都の城門前には、多数の馬車と人が並び、ごったがえしていた。


「ほえ~、すごいですねー。」

 ティリスは、人の多さにびっくりしている。

「これが毎日なんですよ。」

 ウォルフも、窓からのぞいてうんざりしている。

「毎日ですか~、これは災難ですね。」

 アリスも人の多さに驚いている。

「まあ、王都だしな、このくらい賑わっていてくれないと、この国の将来が心配になるよ。」

「そうだよ、町はにぎやかでなきゃ。」

 チコの言うとおり、城門の向こう側ではすでに大道芸人や、吟遊詩人が明るい音楽を奏でている。

 だいたい城門だって、あまりに大きくてくちあんぐりになる。

 差し渡し三〇メートルはありそうな幅に、高さも一〇メートル近い。

 奥行きが二十メートルはある。

 検問は、電車の改札みたいに細かく分かれている。


 城壁は五百メートルごとに、高い物見の塔が突き出ていて、とんがり帽子のような屋根が優美だ。

 城壁自体も幅が十五メートル以上ありそうで、これを突破するのは難儀そうだな。

 ま、王都が攻められる状態では負け戦だろうけど。

 城壁の高さもだいたい十五メートル。

 場所によって高さも違うのは、代々修復をしてきたからだろう。

 これなら、魔物の暴走にも耐えられそうだ。


 馬車は貴族専用の入り口があって、そちらに回される。

「なるほど、貴族は優遇されているなー。」

「すごい検問ですねー。」

 アリスは、その人数の多さに驚いている。

 まあ、二万人のマゼランに比べれば、十五万人のアフロディーテはやはりすごいんだろう。

 名古屋市で二百二十九万人という規模からすれば、あきれるくらい地方都市だな。

「それでも、近隣の伯爵さまだ、待遇はいいみたいだな。」

 前の詰め所から、ヘルメットに飾りのついた、隊長格の兵士が出てきて、馬の轡を取っている。

 それだけでも、伯爵さまの権威が伺えるってものだ。

 一般兵士も五人ついた。


 伯爵の馬車は、ほとんど顔パスで通過した。

 次は、俺たちの馬車だ。

 ティリスとアリスは、聖女なのでこれも簡単にパス。

 俺たちは、一人ひとりカードを確認され、俺なんか犯罪歴判別用の水晶まで持ってきやがった。

 あとで覚えてろよ~。

「確認できました、どうぞ通ってください。」

 通ってヨシなんて行って見ろ、帰りにカミナリ落としてやろうと思ってたわ。

 ひしめき合う門前を尻目に、俺たちの馬車は王宮目指してメインストリートを進む。

 門前から三十メートルの幅を確保して、するすると小高い丘に向かっている。

 丘の上には、白亜の城塞。

 四隅に何本も塔の立ち上がった、優美で繊細な意匠がうつくすぃい。


 屋根は緑色で、窓飾り一つとっても丹念に作り上げた、芸術品のようだ。

 また、単価の高い透明なガラスをふんだんに使っている。

 王宮にふさわしく、三重の塀で囲われているお城は、アフロディーテの町を睥睨しているようだ。

「わざとらしく荘厳だな。」

「お城ですねえ。」

「なんだ、意見が分かれるな。」

 ティリスは、うっとりと城を見上げている。

 場末のシスターにとっては、王宮は上がることもできない遠い場所なのである。

 ほんの一握りの、教主や枢機卿が上がれるだけの、尊い場所なのだろう。


 俺から見たら、「へっ」てなもんである。

 こちとら、体制ってやつが大嫌いだ。

 なんど長ってやつにかみついたかわからん。

 どいつもこいつも、偉そうにしやがって。

 てめえの後ろに何があるかで、偉さにも差があるんだぜ。

 二台の馬車は、素通りで城の門をくぐり、二の門一の門も抜けて、王宮前の車止めに入った。

 せり出す庇が、王宮の入り口であることを、堂々と主張している。

 若い侍従らしいのが、お仕着せを着て待っている。

 殿様は、侍従が開けた馬車のドアを抜けて、入り口前に立つ。


 ほどなく、俺たちの馬車のドアも開けられる。

 俺は、ブルードラゴンから献呈された鎧を、しゃらりと鳴らして入り口に立つ。

 続いて、ティリスも、蒼い鎧を鳴らして出てきた。

 黒いローブ白いベールの、アリスが続き、ウォルフ、チコ、ラルの順に降りてきた。

 ブルードラゴンの鎧を見つめる侍従の目が熱い。


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