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第三十三話 おじゃるの殿さま

 おじゃるの殿様(マゼラン伯爵)は、王都でかなりひどい叱責をうけたらしく、沈んでいた。

 そりゃそうだな、命からがらここまで逃げてきた難民を、門前で追い払ったんだから。

 しかも、いっぱいの麦粥だけで。

 今でも目に浮かぶ、疲れきり家族を失い、うつろになった無表情で、マゼランの城壁前に座り込む難民たち。

 人間って、絶望を目の当たりにすると、あんなに無表情になるんだ。

 あれは、泣いているよりも胸に来るものがあるよ。

 マゼラン伯爵としても、王都の評価はダダ下がりだ。

 まあ、アレがどんな評価を受けようが、市民の生活にはあんま影響がないとは思うが、やけくそになって税金とか上げるとやっかいだ。

 シャルル=ド=マゼランは、百二十年続く名門の生まれで、それなりにこの町を統治してきた。

 五百年前の遺跡の教会もある、由緒正しい街「マゼラン」を持つ、かつての英雄の子孫だ。

 王家としても、伝統ある騎士の家系なので、重要視してはいるが今回の問題は、人道問題なので蔑にはできない。


 結果として、伯爵は王都に呼び出されて、個別に叱責を受けたそうだ。

 それも、かなり重く。

 まあね、領地を経営するという感覚からすると、あれはまずかったよな。

 領民が、伯爵をどう思うかって言うのも、重要だろう。

 貴族なんていうものは、王様から領地を管理すると言う義務を持たされる。

 その分、税金の上がりを差配できるんだが。

 その流れで、レジオの復興に協力すると言う名目で、かなりの資金を搾り取られたんだと。


 はっきり言って、アホやね。


 まあ、マゼランの街としては、後続の魔物たちが押し寄せたときに、門前に彼らがいると迎撃できないと言う理由はある。

 魔法を打ち出しても、フレンドリーファイアの可能性もあるし。

 なにより、思い切り攻撃できない。

 それならそれで、街の反対側に向かわせることもできるんじゃないかと思うし、やはり殿さまのよりかたは性急にすぎた。

 俺が思ったように、あの魔物たちが最後の一匹だと思ったものは少なかったようだ。

 マゼランでは、伯爵の騎士団と冒険者ギルドが、迎撃準備に入ったそうだ。


 そりゃそうだよな、まさか俺が一人で全部始末してくるなんて思いはしない。

 俺もできるとは思わなかった。

 ルイラの特訓がなかったら、まず無理だったろう。

 アランたちの訓練も身に着いていた。

 すべては、この迎撃戦のためにあったように思う。

 オシリス女神が仕向けたとしたら…やっぱ、チチもんだる!


『ひっ!』

『どうされました?』

『なにやら悪寒が…』

『神様のくせに、お風邪ですか?』

『へんですねえ…』


 ただ、もう一つ問題なのが、レジオの町を解放したのが、どこの馬の骨ともつかない流れ者の忘れ病の冒険者であること。

 しかも、それがそこいらの町と言う町に流布されて、知らないものがいないくらい知れ渡ってしまったこと。

 これは、王家の威信にもかかわる大事<おおごと>なんだよ。

(ライラとパセリが言いふらしたと、もっぱらの噂だが。)



 解放に向かったゴルテス準男爵は、何もしなくても町を押さえることができた。

 ただ、三〇〇人の陸軍歩兵隊で対処できたかと言われると、はなはだ疑問だ。

 と言うか、無理だ。

 魔物一〇〇〇〇匹と言うのは、それほど脅威なんだ。

 魔法も使えない、歩兵連隊になにができる?

 ゴルテス共々全滅していたことは、間違いのないところだ。

 また、帰ってきた住民に対して、カズマが食料を分け与えてしまったので、持ってきた物資も残っている。

 王国にしては懐が痛まなくて、いいことなのは間違いない。

 しかし、解放したのがただの冒険者では、王家としても対応に苦慮するんだ。

 はっきり言って、メンツが立たない。


 騎士団ならいいよ、ゴルテスのつれてきた陸軍の兵士でも。

 活躍してくれたのなら、ばんばんざいだ。

 でも、一介の冒険者ではね。


 どんな褒美がいいのか、それ以前にどんな人物なのか。

 功績の規模が大きすぎて、従前の記録に照らしても例がない。

 王家は、徹底した前例主義なので、過去の日記や記録によって動く。

 こんな功績にはこう言う褒美。

 何人の功績に対しては、これくらい出しました。

 なんて言う記録を、貴族はめんめんと日記に残しているのだ。

 そして、行政はそれを元にして政策を練る。

 しかるに、今回は異例中の異例。

 さすがに、金一封では安すぎるし…


 なにしろ、魔物一万匹だよ、命がけじゃん。


 俺は、特に何かしてほしいわけじゃないんだよな、成り行きでやっちゃっただけだし。

 俺が使える魔法が、うまくかみ合ったようなもんだし。

 死にそうになったのだって、実を言えば自業自得と言うもんだ。

 自分から魔物の群れにもぐりこんだ訳だし。

 ただ、オシリス女神にレジオを復興させろと、言明されてしまったことが重くのしかかる。

 俺に何ができるのよ。

 さしあたり、みんなに食い物配ったが、それだって俺ができることをしただけだ。

 寡婦や孤児に仕事を与えることも必要だし。

 そう思えば、俺のやっていることは、レジオの復興に一役買っていると言えなくもない。


 レーヌ(女王様)川の川岸には、三階建てや六階建ての大きな建物が並び、カフェやパンや様々な店が軒を並べる。

 中央広場には、いろいろな産物が並び、屋台店も並んで賑わっている。

 街を囲む城壁の周りには、貧民街もあるがそれはしょうがない。

 レーヌ川の中州にある教会は五百年の歴史を誇る、オシリス女神を祭る教会だ。

 近隣からも巡礼がやってくる。

 街の中には、五十か所以上の泉がわいていて、泉の精霊の加護もあるんだってさ。

 そんな恵まれた街にあって、伯爵はけっこうな金持ちなのに、レジオに対して冷たすぎた。

 俺だって、憤りを感じたりしたが、それは為政者の考えなので、こっちとしては引くしかない。

 俺の町じゃない、奴(おじゃる伯爵)の町だ。

 くやしいが、それが現実だ。


 俺は、本気でこのイシュタール王国を捨てるつもりになっていた。

 ティリスとアリスティアを連れて、帝国にでも移住するか。

 もしくはロマーニャ、スオミス、どこでもいいさ。

 王族・貴族なんていうものの、誠意のなさはよくわかっている。

 彼らにとって大切な物は、自分たちの権益だ。

 それを脅かすものは、誰であっても排除する。

 それこそが、貴族の寄って立つところだ。

 きたねえこともへいきでするさ、貴族はよほどのことがない限り罰せられたりしない。

 馬鹿を見るのは平民だ。


「悔しかったらヴェルサイユにいらっしゃい!ベルサイユに」…だ。


 現実は現実なので、捨ててしまえ。



 考えてもしょうがないことは、後回しにすればいい。

 頭のいい連中が考えてくれるさ。


 ティリスのおかげで、あたらしいバッファローを確保できたので、マゼランでも牛乳が取れるようになった。

 当然、質のいいバターができる。

 バターができれば、いいパンが焼ける。

 そこで、俺は鉱物の取れる原っぱの街道沿いに生えている、果物の森に向かうことにした。

 あれは、いろいろと使い道がある。

 あいかわらずティリスとアリスは着いてくる。

 今日は、ラルやチコまで一緒なので、ロバの馬車を出した。

 かぽかぽと、平和な音をさせて街道を進む。


 こうして見ると、この街道だって捨てたもんじゃないね。

 ダケカンバの白い肌はあざやかで、葉っぱの緑に透けて落ちる陽の光がきれいだ。

 街道も、マゼランの近くは石畳で舗装されて、ほこりも少ない。

 これで、シャドウ=ウルフが出なけりゃ、天国なんだがな。

 ウサギとか…


「お弁当持って来ればよかったですね~。」

 ティリスが、のんびりと景色を見ながら言う。

「ストレージにいやほど食料なら入っているし、これから採るのは果物だぜ。」

「そう言う問題じゃないんです~。女の子がお弁当開けて、はいどうぞって言うのがいいんじゃないですか~。」

「そういうもんかね?」

 ジジくさい。



 鉱物の森の反対側には、ソフトボール大のブドウが実をつけている。

「う~ん、やっぱ大きいなあ。まあいい、ブドウとバナナとイチジク、リンゴもほしいな。」

「みんなで手分けして摘みましょう。」

 アリスが言うと、子供たちも果物に手を出している。

「カズマ、獣が来ないか見張っててね。」

 ティリスが俺に言うので、俺はメイスを持って馬車の前に立った。

 どちらにせよ、見張りは必要なんだし、女子供よりはマシだろう。

 明るい陽射しに囲まれて、森の中は見通しがいい。

 下草が低いので、蛇ですらすぐ見つかる。


 俺は、索敵範囲を二百メートルくらいに広げて、ようすを見た。

 これで空間魔法って言うのも、けっこうアバウトなもんで、見つけたいものに集中しないと、動くものすべてに反応する。

 今も、ティリスの足元に動く蛇の姿が見える。

「ティリス、後ろに蛇がいるぞ。」

「ええ~?どこにー?」

「あぶない、シスター!毒蛇ですよ!」

「え?アリス、どこ!」

 ティリスはすぐに前に飛びのいた。

 その途端に、草むらからマダラの蛇が鎌首をもたげて立ち上がる。


 俺は、ストレージからナイフを取り出すと、一気に投げた。

 同時に、無詠唱のマジックアローを三本飛ばす。

 ナイフは、蛇の胴体に当たり、マジックアローは頭を切り飛ばした。

「うわー、兄ちゃんハヤワザ~、全弾命中でばらんばらんじゃん。」

 ラルが、蛇の破片を持ち上げてみた。

「ちとあせった。」

 俺は、ため息をついた。

「ふえ~、助かりました~。」

 まだ口がぱくぱくしている。

 なかなか命根性がきついな。

「マムシじゃん、こんなの居るんだな。」

「ええ、これは神経毒で、体がしびれるんです。噛まれると、ひどく腫れます。」

 アリスは、すらすらと説明した。


「よかったね、ティリスおねえちゃん。」

 チコも駆け寄ってきた。

「こんなのがいっぱい歩いているんでしょうか?」

「いえ、めったに出ませんから、心配はいりませんよ。」

「そうですか、よかった。」

 ぶどうひと房で、けっこうな量があるのに、なしやリンゴはドッジボールくらいあるし、イチジクなんかバスケットボールくらいあるぞ。

 馬車の荷台に山積みになりそうなので、少しでやめて丘の上で火をたく。

 お茶が入ったところで、採ってきたリンゴをむいてみた。

「あま~い!」

 チコはかなり気に入ったようで、喜んで食べている。

「ほれ、ラル。」

「あいよ。」


 ラルもかぶりついてみたところ、かなり気に入ったようだ。


 俺は、空間魔法で皮をむいたりんごを圧縮してみた。

 もちろん、ぎゅ~っと絞ると、透明なジュースが滴り落ちる。

 それをボウルに受けると、きれいなりんごジュースになる。

「あら、これはいいですね。」

 ティリスが指を突っ込んだ。

「あ!こら、雑菌を入れるなよ。」

「へ?」

「手はけっこう雑菌が付いているもんなんだ、りんごジュースを酒にするんだからな、まあいい、それはお前が飲んでいい。」

「うわ~い、アリスさん飲んでみようよ。」

「あ、はい。」

 俺は、あたらしいりんごの皮をむいて、りんご果汁をバケツいっぱい出してみた。

「すごい魔法だね、ユフラテ。」

 チコが横から覗き込んできた。


「ああ、空間魔法で左右から圧縮しているんだよ。」

「ふうん、このジュースはどうするの?」

「俺の考えが正しければ、醗酵を促進すればりんご酒になるはずなんだ。」

「わお!それはいいわね、父ちゃんが喜ぶよ!」

「ドワーフは呑み助ばっかりだからな~。」

「じゃあ、もっとりんご採ってこよう。」

「そうだな。」

 ついでだ、採れる限りとって果汁をとろうか。

 今日は、果物三昧の日だからな。

 チコたちが取ってきたりんごを、片っ端から圧縮して果汁にする。

 それを土魔法で形成した壷に詰めていく。


 りんごジュースの予定だったんだが、まあ、酒でもいいか。

「醗酵促進って、どうやるんですか?」

 ティリスがコップを置いて聞いてきた。

「ジュースの中に、糖分があるだろう?そいつを魔法で刺激するんだよ。」

 果汁の中には、どんな果汁でもアルコールの種が含まれているのだ。

 そいつを刺激して、醗酵を促進する。

 口で言うのは簡単だが、これが意外と難しかった。

「あ!わかりました!」

 俺よりもティリスのほうが、先に捕まえたらしい。

「この子ですね!」

 ティリスは、アルコールの種を見つけたようだ。

 この子は、こういう細かい作業が得意なようだ。


「ああ、俺も見つけた。」

 わかったぞ、これだな。

 米?と似たやつだ。

 顕微鏡みたいな視覚魔法が有効だ。

 確か、糖度の半分くらいがアルコールになるんだよ。

 隣のシズエばあちゃんが密造のぶどう酒作ってたから聞いたんだ。

 残りが炭酸になる。

「しまった、ジュースの糖度が上げてない。まあいいか、こいつは実験用だし。」

「糖度ってなんですか?」

「ジュースの甘さだ。」

「ああ、なるほど。よく熟していたほうが甘いですね。」

「そう言うことだな、チコ・ラル、真っ赤に熟しているヤツを集めてくれ。」

「わかったわ。」

「あいよ。」


 そう言っているうちに、ティリスのボウルはぷちぷちと泡が上がってきた。

「おお、すげえ発泡した。」

「これでいいんですか?」

「そうそう、りんごの中のワイン酵母が活性化したんだ。」

「なるほど。」

「カズマさま、色が濃くなっていますわ。」

 アリスティアも覗き込んで、驚いている。

「うん、糖分が酵母に分解されて、色が変わったんだな。」

 俺のボウルも、発泡を始めた。

「ぶどうなら、簡単にワインになりますね。」

「そうだ、ぶどうも傷みやすいから、ここでジュースにしていこう。」

「じゃあ、踏み潰すんですか?」

「いや、これも空間魔法で搾り出すさ。」


 別口で、形を変えた壷を大量に作って、これにぶどうを搾って入れる。


「ティリス、そっちにこの蜂蜜を加えるとどうだ?」

「やってみる。」

 ティリスは、ボウルに蜂蜜を少しずつ加えて、醗酵を促進する。

 見る間に泡が増えてきた。

「うわ~、なんか泡泡だよ。」

「やっぱり糖分を加えると、発泡と醗酵が進むな。」

 アリスティアが聞いてくる。

「わたくしにもできるでしょうか?」

「どうかな?この中のワイン酵母が見つけられるか?」

 アリスティアは、ボウルの中を覗き込んで一生懸命見ようとしている。

「う~ん、わかりません~。」

「それは残念、あとで顕微鏡魔法を教えてやろう。」

「今です、いま教えてください!」


 こいつも言い出したら聞かないなあ。

 まあいい、教えておけば今後も便利だろうからと、教えることにした。

「だから、この中には目に見えないほど小さいものがいるんだよ。」

「え~?」

「そう言うものなんだって、認識することから始めるの!」

「う~。」

 だめだ、粒子とか分子とかの概念は、小さいころから触ってないと理屈でわからないんだ。

「なによ、アリスティアは粒が見えないの?」

 ティリスが割って入ってきた。

「そうなんだよ~。」

「あのねえ、水って言うのは本当に細かい粒が集まってるのよ。だから、スライムがいっぱいいるって思うといいよ。」

「スライム?」

「そう。」

「余計わからない。」

「わかった、あたしの見てるものを見せてあげる。」


 ティリスはアリスティアの額に自分の額をくっつけて、魔力を開放した。

「え?え!ちょっと!」

 ティリスの視界はぐんぐんと拡大されていき、りんごジュースの粒子を拡大していく。

「こ、これが粒?」

「そうよ、りんごジュースの粒と、それを醗酵させているもうひとつの粒がこれ!」

「へえ~。」

 ティリスって、こんなことができるんだな。

「言語理解の延長よ。」

「すげえ。」

「だから、これを魔法で刺激してあげると、泡がいっぱいできるのよ。」

「すごいです、ティリスさんはすごいですね!」

「あんた、あたしのことアホの子だと思ってたでしょう。」

「な、なんのことかしら?」

「計算に弱いからって、すべてができないわけじゃないんだからね。」


「はい、おみそれしました…」


 なんだかんだいって、仲はいいんだよなこの二人は。


「わかります、なるほど、こう言うことですね。」

 ばふん!

 壺の中のブドウ果汁が爆発した。

「ぶえ~!なにすんのよ!」

「あ、あれ?」

「あんた刺激しすぎたのよ!慌ててもいいワインにはならないわよ!」

 アリスティアは、しょぼんと頭を下げた。

「残念ですわ。」

「やりかたは間違ってないんだから、もっとゆっくり発酵させればいいんだ。」

 俺は、二人にクリーンの魔法をかけながら言う。


 アリスティアは、すぐに顔を上げ『はい!」と頷いた。


「まったく、現金なんだから。」

「えへへへ」

 アリスティアは、うまく酵母菌を見つけたらしく、こんどはうまく行ったようだ。

 こぽこぽと小さな泡が、底の方から湧きあがってくる。

「うまいぞ、あとは酵母に任せればいい。」

「そうなんですか?」

「最初の刺激だけで、あとは自然がうまく回してくれるんだ。」

「へえ~。そうなんですね。」

「あわててもいいワインにはならないってことさ。」

「カズマさまは、いろいろなことを御存じなんですね。」

 アリスの目がきらきらしている。

「う」

 なんか、こんな目で見られると、自分が汚いものに思えてひるむ。


「ユフラテ!イチジクをジュースにして。」

 チコが、でかいイチジクを持ってきた。

「あいよっ」

 こいつも空間魔法でぎゅっと絞ってやる。

 紅色の綺麗なジュースが絞り出された。

「うわ~、きれいね!」

 チコは大喜び。

「う、あんま甘くない。」

 ラルがコップを口にして、渋い顔をする。

「どれどれ、う、本当だ。」


「じゃあ、そこにこの蜂蜜を混ぜてくるくる。」

「うん、これでいいわ。」

「カズマ、それもワイン化する?」

 ティリスが聞く。

「これか?」

「ちょうど、はちみつがはいっていい感じだもの。」

「ほれ。」

「はい。」

 ティリスが、ジュースに働きかけると、これも小さな泡を放出する。

「なんか、酒だらけになりそうだ。」

「いいじゃない。」


 当初目的をすっかり忘れて、ワインの仕込みに一生懸命になってしまった。

 お昼を食べながら、各種ジュースを味わい、たくさんの収穫を持ってマゼランに戻った。


 マゼランの市街に入ってから、俺と別れて親戚の家に向かったウォルフだったが、親戚の家はすでになくなっていた。


 どうも、旦那が死んで、嫁さんの実家に引越したそうだ。

 途方に暮れるとはこのことで、ウォルフは貧乏な風采が、さらにみすぼらしくなって俺の所に来た。

「なんだ、そりゃ災難だったな。」

「はい~、困りました。」

「困るコタあねえよ、おれん所に来ればいい、歓迎するぜ。」

「はい?」

「俺ん所で、細かいことやってくれよ、金の管理とか。」

「い、いいんですか?」

「話の分かるやつがいると、俺も助かる。」

 別になにか仕事ぐれぇあるだろう。

 気楽なもんだが。


 ごちゃごちゃやっているうちに、城から兵士が遣いにやってきた。

『そのほうがユフラテか、殿がお呼びである。』

「なんだこいつ。」

『すぐに城に参れ。』

「ああ?」

 こいつがまた、横柄な野郎でぶん殴ってやろうかと思ったさ。

 まあ、それでも向こうは殿様だ、しゃあねえっちゃあしゃあねえ。

 それに、待ちに待った伯爵の呼び出しが来たわけだ。

(っていうほど待っちゃあいねぇがな~。)


 スローな生活を送っているイシュタール王国だが、やはり時間は有限だ。

 俺は、兵士に従って領主館にやってきた。

 おじゃる伯爵の領主館は、レジオ男爵の館よりはるかに大きい。

 はっきり言ってお城だ。

 岡になった地面からにょっきり生えている感じで、石造りの城がにょ~んと伸びている。

 四方にはとんがり屋根の付いた塔が立っている。

 夜な夜な、クサリ引きずった鎧が歩いていそうだ。

 この辺の特産なのか、白い御影石みたいな石のブロックで積んである。

 けっこう威嚇するような建物だね。

 すんげえ長い塀がぐるりを囲っていて、正面に門がある。

 門番は二人、ちゃんと詰め所があって、交代制で見張っているらしい。

 門の入り口は大きくて、高さが三メートル横幅五メートルくらいある。


 門番に呼び出しの旨を伝えると、『入れ』と言う一言。

 こいつも横柄なヤロウだ。

 一介の冒険者なんかを相手にするには、こんなもんだろうな。

 城門から中に入ると、大広間があって突き当りに大階段。

 Y字に分かれて二階に向かっている。

 その階段の上り口にも二人、衛兵が立っている。

 何人立ってるんだ?

 その衛兵に聞くと、『二階に行け』と言う。


「二階かよ。」

 階段を上がって、また広間を進むと、大きな両開きドアがあって、そこにも衛兵がいる。

 王様の城かよ…さすが百二十年続く由緒正しき血筋だな。

 昔だったらここだけで王国だったのかもな。

 ドアの前の衛兵に、来訪の向きを告げると、ドアが中から開かれた。

 一段上のところにイスを置いて、そこに座っている伯爵。

 肘掛に手をかけて、不機嫌そうにひじを立てている。

「よくおじゃったの、ユフラテ。」

「これは殿様、お久しぶりでございます。」

 一応へりくだってみせる。


 こっちが下手に出たので、少しは機嫌が直ってきたようだ。

「うむうむ、なかなか大変だったようじゃの。」

「たいへんでしたね、魔物一万匹は。死ぬかと思いましたよ。」

 俺は、立ったままで返事させられている。

 これも、なんかムカッとくるな。

「い、いちまんびきとは…こともなげによく言うわのう。」

「終わってしまえば、それまでですよ。」

「恐ろしい奴じゃの、肝も座っておるわ。」

「まあ、あれだけ死ぬか生きるかの目に会えば、多少は肝も据わってくるもんです。」

「そうか、実はのぅ…」

 そこで、伯爵は言いよどんだ。


「じつは?」

 俺は、話の続きをうながした。

「まあ、ぶっちゃけレジオの復興についてじゃ。」

「そりゃあエライ人の考えるこってしょ?」

「おまえがそれを言うか?ユフラテ。」

「あはは。」

「おまえ、どうやってあのゴルテス準男爵をたらかしたんじゃ、あやつの報告書には無茶苦茶なことが書いてあったぞ。」

「事実でしょう?魔物一万匹も、ブルードラゴンも。」

「その上、使徒ジェシカに、オシリス女神か?」

 伯爵は、一気に苦虫一〇〇匹噛んだような顔になった。

「だって、どんどん出てくるんだもん。」


「中央では上を下への大騒ぎになっておったぞ。」

 苦い顔のまま

「ざまあみろって。」

「おいおい、それでな、一度お前に御前へあがれと通達が来た。介添えに、ワシも来いとよ。」

「おや、殿さまも?」

「仕方なかろう、レジオはおとなりじゃもの。」

「そうでおじゃるか。」

「それはワシのセリフじゃ。」

「おい、おじゃるの殿様。」

「な・なんじゃ?」


「正直に全部話せよ、王宮でなに言われてきた。」

「う~」

 俺は黙っておじゃる伯爵を見上げた。

「わかった…王都ではなあ、ワシの行動は悪かったと言うことじゃ。ワシは、マゼランの町に害が及ぶのを恐れたのじゃが、向こうでは受け入れてくれなんだ。」

「そうか、まあ冷たいっちゃあ冷たかったしな。それで?」

「ひとりでレジオを解放した男を御前に連れて来いと、王のおおせじゃ。」

「そりゃ断れないなあ。」

「王はな、お前にレジオを任せたいようじゃ、まだ摺合せが済んでおらんようじゃが。」


「よせやい、俺に代官でもやれってかい?」

「いや、爵位授与じゃ。」

「へ?」

「レジオ男爵領を、そのままお主に授与するとよ。」

「いや、それはアカンだろ。俺は一介の冒険者だぜ、どこの馬の骨ともつかない。」

「それはそうじゃが、まあその線で言えば、百二十年前に当時の地竜退治で功績を上げたわが先祖も、一介の騎士だったそうだからあまり変わらん。」

「あんたには伝統があるさ。」

「そう言ってくれるのはいいがのう、お主、受けるんじゃろうな。まさか断ったりしたら、ワシの立場が…」

「なんで殿様が立場わるくなるんだ?」


「王宮なんてものは、魑魅魍魎の巣じゃからな、何かと言えば人の足を引っ張るのでおじゃる。」

「なるほどね。」

「ワシの場合は、多少失敗したが伝統があるので、手が出せない。しかし、一介の冒険者を御せない伯爵などなんの足しになるでおじゃる?」

「あらやだ、やりだまに上げられるか、バカにされるか。」

「わかっておるようでおじゃる。」

「わかったよ、王宮には行くよ。殿様の顔を立てるよ。」

「よかった、ここに金がある、これで従者の着るものを買ってくるのじゃ。」

 伯爵が手を振ると、黒い服を着たハゲが、お盆に小袋を乗せてやってきた。

「従者?」

「ほれ、おぬしにくっついておる小僧がおるじゃろ、あれにもそれなりのものを着せて、従者として王都に付き従うのじゃ。」

「わかった、ありがたくいただいておく。」

 俺は、お盆から小袋を持ち上げた。


「ふう、なんとか肩の荷が下りたわい。」

「まだまだ、王都に行くときは、頼むぜ殿様。」

「ま、毒を食らわば皿までじゃのう。」

「ちぇっ、俺は毒かい?」

「「わははははは」」

 俺は、伯爵と共犯者にされるらしい、まあ、鬼が出るか蛇が出るか?

 王宮ってところも見て来てやろうかい。


 伯爵の館から町に出て、冒険者ギルドに顔を出す。


「ユフラテ、やったなおい!」

 ギルドマスターは、俺の肩をゆすって大声で言った。

 若干額が後退しているが、本人は気にしているので言わない。

「おいおい、なんだよ。」

「叙爵だって?大した出世じゃないか。」

「バカ言え、まだ分かった話じゃないよ。王宮に行って、爺様たちにイヤミ言われて終わりってこともある。」

「ううむ…冷めてるな。叙爵といえば冒険者の夢だぞ。」

「それだけ、気持ちの悪いところだってことさ。」

「ふうん、それで?今日はなんだ?」

「ああ、レジオで獲ってきた魔物だけどさ、どうする?ここで出すかい?」

「一万匹をか?」


「いや、二五〇〇はヘルム爺さんにくれてきたから、残り七五〇〇。それにオークキングにオークロードにトロール。」

「鬼かおまえは!」

「鬼はオークだろうに。買い取りしてくれないのか?」

「そんな大量に買い取って、どうしろと言うんだ。この町は二万人しかいないんだぞ。」

「じゃあどうすればいい?」

「そうだな、紹介状書いてやるから、王都のギルドで売ってこい。あそこなら十五万人いるからだいじょうぶだろう。」

「なんだかなー、オークキングとか、ここで卸してやろうか?」

「そうだな、半分でいい。ワイバーンも出せよ。」

「ハーピーとか、いろいろレアもんがあるぜ。」

「このやろう、大儲けじゃねえか。」


「そう言やあ、冒険者レベルは上がるんか?」

「Cどころじゃねえよ!王都からBに上げろって言ってきた。」

 ギルドマスターは、両手を広げて笑っている。

「はあ?そこまでじゃねえだろ、たかが一万匹で。」

「バカ言え、一人で一万匹だぞ、おれならA付けるか、AA付けるわ。」

「へえ~。」

「今のマゼランで、お前に勝てる奴なんざ居やしないよ。」

「うへ、やりすぎたか…」

「まったく…、コステロ!仕事だ!」


 いや~売れた売れた、オークロード十匹、一匹当たり百二十貫で、銀板一枚半×一〇匹=十五枚ってことは、金貨一枚と半分。(四百五十万円)

 ワイバーンは、二八〇貫なので、銀板一枚と銀貨六枚と銅版八枚。(五十万四千円)

 オークキングとトロールは王都で売ることにした。

 ゴブリンは、いつでもいいや。

 ふところがあったかくなったので、ほくほくしてチグリスの家に戻った。

「ティリス、アリス、仕度しろ買い物に行くぞ。」

「ほえ?なんですか?」

「なんでしょう、カズマさま。」

「みんなで王都に行くんだ、そんなくたびれたローブじゃダメだろ。新しいのを買いに行こう。」

「え~、このローブは支給品ですよ。」

「教会から支給されているものですから、町では売ってませんよ。」


「じゃあ、教会に言って新品をもらおう。それから、ラルとウォルフ!」

「おう。」

「はい。」

「お前たちも、いい服と防具をそろえる。ナイフもいるな、武器屋にも行こう。町に繰り出すぞ!」

「「「「はい~?」」」」

 なぜかチコもくっついて、洋服屋に向かう。

 さすがに、古都マゼランには、センスのいい服屋も多くてまよう。

 とりあえず、ティリスとアリスに、上等な下着をあつらえる。

 ドロワーズなんか、ひらひらのレースだらけだ。

「こ、こんなのつけるんですか?」

「は、派手です。」


「どうせ見る人なんかいないんだ、せいぜい派手なので行こう。」

 ブラジャーなんてものはまだないが、コルセットとブラシェールなんてものがあるので、それも買い込む。

「カズマが見たいだけなんじゃないの?」

「それのどこが悪い。」

「あ、開き直った。まったく、どんな勇者よ。」

「ば~か、俺は勇者なんかにゃならねえよ。」

(やっとタイトル回収かよ!)

「スケベだもんね。」

「それと勇者にどんな関係が…」

 アリスが、複雑な顔をした。


「ぼ、ぼくもですか?」

 ウォルフがあせっている。

「そうだよ、お前も王都に着いてくるだろ?」

「着いていってもいいんですか?」

「いいから、いい服にしろ。と言っても、自分じゃ遠慮してしまうだろうから、店員に任せろ。」

「ええ~!」

「おねいさん、こいつにいい服選んでよ。おあしは銀貨一〇枚。」

「はい!かしこまりました。」

「ラル、おまえが一番大事だ、なんせ従者の役だからな。服だけじゃない、皮鎧もあつらえるぞ。」

「ほえ~。」

「チコ、お前もいい服を着るんだ。」

「なんであたしまで!」


 みんなにいい服をあつらえて、全部ストレージに入れて意気揚々と街に出る。

 街角のブラッスリーに入って、昼食を注文する。

「いや~、オークロードが思ったより高く売れたから、今日はどんだけ食ってもいいぞ。お大尽だからな。」

「またまた、そんな散在していいの?」

「ばかやろう、金貨二枚分儲かったんだぜ、一年寝て暮らせるわ。」

「うぐ、金貨二枚!」

「まだまだ稼ぐし、お前ら食べさせないとアカンからなあ。」

「食べさせてくれるの?」

 ティリスはにこにこしている。

「おまえ、そのつもりだったんだろ?」

「まあ…ただ、教会もかなりめんどくさいこと言ってきた。」

「なにをさ?」


 そこからアリスが口を開く。

「使徒が受肉したカズマを逃がすな、ですって。」

「あからさまに言われたわけじゃないけど、そういう内容のことを言われたの。」

「それは?」

 つまり、枕営業してでも教会につなぎ留めろと言う、冷酷な命令だ。

「つまり、そういうことよ。あたしとアリスは、生贄にするって。」

「うげ、ナマグサ~。」

「私もですか?」

「そうだよ、あんたのプリンで誘惑しろってことよ。」

「プリン…」

 アリスティアは、自分の胸を見下ろした。


 たしかに、大きなプリンだ…


「あからさまに、そういう手を使うってことは、教会の立場が王都ではけっこう綱渡りってことかね?」

 出てきた料理をみんなでつつきながら、今後のことを話した。

「そうかもね、教会庁の総主教さまだって、権力があるわけでもないし、所詮は民衆の信仰がたよりだもん。」

 いやでも、レジオの司祭なんか、けっこう貯め込んでたぞ。金貨三枚もあったし。

「そうか、そりゃあ困ったもんだな。」

「ま、行って見ないと、どんな状況かはわからないし、どんなお願いされるかもわからないわ。」

「は~、出たとこ勝負ってのが、いちばん対応に困るんだよ。どんな対応するか、決めてねえと動きがおそい。」

「まあね、なにが正しいかわかんなくなるものね。」

「そう言うこと。だれが味方か敵か、判断できない。」

「そう言うのは、顔に出ますよ。」

 アリスが、急に言い出した。


「まあな、いやらしい顔してるやつは、信用できないってもんだな。」

 あ~あ、面倒はしょい込みたくないなあ。

 王都なんか行かずに、バックレてやるか~?

「いま、不穏なこと考えたでしょ。」

「え?いえいえそんな。」

「ほら、考えてた。まったく油断も隙もありゃしない、アリス、そっち押さえててね。こいつ、バックレようと思ってたわよ。」

「え~、逃げるんですか~?そういう時は、私たちも連れて行ってくださいね!」

「そ、そういう問題じゃないんですけど!」

「でも~、置いてきぼりにされると、私たちごはんも食べられませんよ。」

「それもそうか、じゃあ逃げるときはみんな一緒ってことでヨロ。」


 はあ~、しゃあねえなあ。


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